星の扉 09




ミッドガルの街中を英雄と二人で歩く。
奇妙な光景だ。
神羅の本社ビルまでそう距離はない。
少し歩けばすぐにビルは見えてくる。

「神羅兵と言ったな。名は?」
「はい、クラウドと言います。サー・セフィロス」

これがセフィロスとの2度目の初対面になるのだろうか。
今までクラウドが一方的にセフィロスを見かけたことは何度もあった。
ソルジャーと一緒のミッションになることなど殆どなく、きちんと会話をするのもこれが初めてだ。

「さっきの動きは見事だったな。将来の目標はソルジャーか?」

セフィロスの魔晄の瞳がクラウドを見る。
クラウドはどう答えるべきか迷った。
ニブルヘイムを出てきたのは、セフィロスのようなソルジャーになるのが夢だった。
それは”だった”であって、今はそうではないと言うこと。
確かにこの当時はソルジャーになりたかったのだが…。
クラウド肯定を返すことができなかった。

「あの程度のこと、たいした事ではありません」

変わりに別の言葉を返す。
否定でも肯定でもない。
そこで言葉が止まってしまう。
だが、沈黙は気まずい。

セフィロスの銀色の髪がさらさらと揺れる。
成人した男性の均整の取れた肉体。
魔晄を浴びた瞳孔が縦に割れている瞳。
その瞳は戦いのときに恐ろしいほどの狂気を帯びる。
愛刀の”正宗”を自分の一部かのように振るい、目の前に立ちはだかるものを全て斬り捨てる。
向かうところ敵なしの英雄。
ソルジャーになると思っている者にすれば誰よりも憧れの対象だろう。
ジェノバが母親のようなものでも…セフィロスも”人間”なのだ。
星が愛しいと思う子供。
クラウドは、はっとなって何か話さねば…と思い口を開く。

「ところで、サーはどうしてここに?ミッション中ではなかったのですか?」

疑問に思っていたことだった。
どうしてここに?というよりも、何故盗賊程度の事件に関わってくるのだろうか…というのが不思議でならない。
魔物が街で暴れたり大規模なテロが起きているならば別として。

「ミッションの方は終わらせて帰る途中だったんだが、連絡が入ってな。強盗騒ぎがあるからついでに止めて来い、と」

”ついで”で強盗騒ぎを止められるということにレベルが違うと感じてしまう。
しかし、かの英雄に強盗騒ぎを止めろと誰が言ったのだろうか。

「止めて来いって誰が…?」

疑問がそのまま口に出てしまう。


「ああ、それは僕だよ」


背後からの声にクラウドはばっと振り返り、セフィロスは軽くため息をつく。
気が付けば、ちまちま歩いている間に本社ビルのすぐ傍まで来ていたようだ。
セフィロスとクラウドの後ろにラクシュがいた。

「サー・ラクシュ」
「こんにちは、クラウド君」

にこっとクラウドに笑みを向けるラクシュ。

「セフィロスがね、何か悩んでいるようだったから、たまには街の方をゆっくりまわって戻ってきてみれば?って言ったんだよ。ついでになんだか騒がしいからそれも片付けてきてねって」

いつもと違う風景を見れば何か考えが変わったりするでしょ?とラクシュが同意を求めるように言って来る。

(セフィロスに悩み?)

クラウドは不思議に思うが、良く考えればクラウドはセフィロスのことをそう多く知っているわけではない。
今のセフィロス自身が知らないことも知ってはいるが、普段のセフィロスがどういう人物でどんなことを考えていたかなどは分からない。
分かっているのは、自分自身の存在理由に星を滅亡させてもいいと思うほど絶望したということだ。

「それで、セフィロス。どうだったんだい?たまには違う道を帰ってくるのもいいものだと思わない?」
「ああ、そうだな」

ふっと僅かに笑みを浮かべるセフィロス。
セフィロスのそんな表情にラクシュは満足そうな表情になる。

「クラウド君は、もしかして強盗事件の関係者?休日なのに巻き込まれるなんて運が悪いね〜」
「いえ…」

巻き込まれたと言うより、自分から巻き込まれていったというほうが正しい。
だが、それを自分から言う気にはならない。
クラウドのそっけない言葉にもラクシュは気を悪くした様子はない。
自分が気の利いた返事を返せないのは性格とこれまでの生活のせいだが、こればっかりはどうしようもない。

話をしている間も足を止めずにゆっくり歩いているため、いつの間にか本社ビルの中に入ってきた。
一緒に歩くのはここまでだろう。
心中では少しほっとするクラウド。

「それでは、俺はここで失礼します」

クラウドは一礼してからその場を離れる。
車で先に来ているはずの女性と少女が見えた。
そちらの方へと小走りで向かう。

「ストライフ、こっちだ」

事件場所に駆けつけた兵士とは別の同僚の兵士がそこにいた。
連絡をもらったのだろうか、クラウドを待っていたようだ。

「あの人と一緒に歩いて来るなんて…お前、すごい度胸だよな」
「成り行きだから仕方なかっただけだ」
「仕方ないって、お前な、もっと普通は喜ぶとかするぞ?」
「何か話をしたわけでもないし」
「とにかく、事情聞くからここから離れよう。…行きましょうか?」

後半の台詞は女性の方にかけた声だ。
小さい一室で、他の兵士や女性の職員なども同席して話を聞くことになるのだろう。
簡単な事情聴取だ。
恐らくそう時間は掛からない。

”久しぶり”に見たセフィロスは、昔のセフィロスのまま。
まだ狂気に染まる前のソルジャー1st、英雄セフィロスだった。




ささっとあっという間に離れてしまったクラウドの方を見るソルジャー1st2人組。
本社ビルの1階入り口近くのフロアで立っていては目立つが本人達は全く気にしないようである。

「クラウド君、副社長の気まぐれ犠牲者第6号で、先日ザックスの下士官に配属になったばかりなんだよ」
「ザックスのか?それはさぞかしやりがいのある仕事だろうな」
「毎日奮闘している、と言いたい所だけど、結構ささっと片付けているみたいだね。仕事ははやいよ」

ラクシュの言葉を聞き流し、セフィロスはクラウドが去っていた方をじっと見ている。
セフィロスのその視線が動かないのが少し気になったラクシュは聞いてみる。

「クラウド君と一緒に歩いていたみたいだけど、何か話したの?」
「いや、特にこれと言ってないな」
「そう?にしては、気にしてるみたいだけど?」

くすっとラクシュは小さく笑ってセフィロスを見る。
セフィロスの交友関係は広く浅い。
深い付き合いを持つものなど本当にごくごく僅かだ。
その深い付き合いも、友人程度である。
一般的に見て深い付き合いと言い切れるほどのものではないかもしれないという程度のもの。

「戦う姿を見た。……隙がない綺麗な動きだったな。荒削りだったが」
「戦う?もしかして、クラウド君が強盗倒したの?」
「ああ」

小さく細い身体で、人質を取った強盗相手に躊躇うことなく突っ込んでいった姿。
面倒だが何とかするか、とセフィロスが思っていた矢先のことだった。
遠目で見ていたクラウドの姿が何故か目に焼きついている。

「たまには寄り道して戻ってくるのもいいものでしょ?」
「そう、だな」

ラクシュは生まれながらにしてソルジャーとして生きているこの英雄を気にかけていた。
初対面では随分と冷めた子だというイメージ。
それでもいくらかの感情はあるようで、たまに表情を動かす。

「セフィロスはね、もっともっといろんなものを見て体験した方がいい。いつか、セフィロスを変えてくれるような人に出会えるようにね」
「オレを変えてくれる、か」

ソルジャーとして働き、ソルジャーとして過ごす。
それが当たり前の生き方になっているセフィロス。
何かが足りない。
自分は何故生まれながらのソルジャーなのだろうか。

「周りとの違いに気づいたからって、自分の存在を考え込みすぎないでね。すべてをひっくるめて受け入れてくれる人っているもんだよ?」

ぱしっとラクシュはセフィロスの肩を軽く叩く。
常に無表情のこの英雄は頭の中で色々考えていることをラクシュは知っている。
表情に出さないのではなく、出せないだけの不器用な性格であることも。

ソルジャーとして抜きん出た実力を持つ英雄セフィロス。
どこからともなく、科学部門の責任者である宝条博士が連れてきた神羅での一番初めのソルジャー。
誰もがセフィロスに一目置き、そして畏れ恐れる。
セフィロスに気軽に話しかけることが出来る者などラクシュとザックスくらいだ。
ザックスはその性格ゆえ、ラクシュはセフィロスの不器用さを知っているゆえ。

セフィロスは自分が異端であることを自覚してる。
それでも構わないと思い始めてはいるが、どうしようもなく寂しくなるときもある。
だから自分が”何者”であるかを求めてしまう心がある。
普通のソルジャーとは違う自分は何なのか…。




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