ヴァールの翼 04




電車にごとごと揺れて3時間ほど。
勿論電車代等はエドもちで、申し訳なくなりながらも『ディアクヴァン』についた達。
ディアクヴァンはそれなりに大きな町だった。
そう、敷地面積で言えば…だが。
ところどころ空き家があり、賑わっているのはごく一部。
賑わっている部分だけを町とするならば、規模は小さいのかもしれない。
だが、土地や建物は有り余っているからか、宿屋の一部屋一部屋がかなり広い。
達は一人一部屋とり、夕食へと出かけた。
移動に時間がかかったためか、もう時間は夜である。



美味しい!!

町の中でも大きな食堂。
その食事の美味しさには思わず声を上げていた。
エドもまんざらではない様子で食事をしている。
アルの前にはお冷が1つ。
はそれに何も突っ込まずに食事に専念していた。

「でも、こんなに美味しい食事なのにお客さんが少ないんだね」
「ああ、雰囲気も変だな」

ちらりっと食堂の中を見回してみる。
客はぽつぽついるのみ。
町に入ってみても感じたことだが、雰囲気がどうも暗い。

「あんた達、この町は初めてかい?」

料理を運んできたおばちゃんが声をかけてきた。
気さくそうな笑顔、だがどこか影がある。

「ここはね、2年ほど前にちょっとした騒動があってね、詳しく知りたければ町の図書館にでも行くといいよ。その時の記録があるはずだからね。それ以来、こんな感じさ。この町に残っているのはあの伝説を信じてこの町を捨てきれない人ばかりなんだよ。あたしもその一人なんだけどね」

おばちゃんは困ったような笑みを見せる。
2年ほど前のちょっとした騒動。
それは確かエド達も言っていたこと。
果たして何があったのか。

「まぁ、ゆっくりしていきな。つい最近もちょっとした爆破事件が町のはずれで起きて、軍の連中が調査の名目でうろついてるけどね」
「ば、爆破事件?」

ぎょっとしたようにが聞く。

「まぁ、大したもんじゃないんだよ。本当に爆破だったのか、それとも地盤が緩んで沈んだけなのか分からないけどね。軍の連中が仰々しく調査に来てるから、事が大きくなりすぎているだけなんだよ。特に怪我人もでなかったしね」

おばちゃんはそのまま料理を置いて仕事に戻っていった。
どこか雰囲気の暗い町。
最近起きた爆破事件。
もしかしたら情報がまだ足りないのかもしれない、とは思う。

「兄さん…」
「なんだよ」

エドはぱくぱく食事をしている。
アルはエドに何か言いたそうだ。

「軍の人たちが来てるって、まさか」
「んなワケねぇだろ。あいつは仮にも”大佐”なんだぜ?こんな町にいちいち偵察に来る様な…」

ぴたりっとエドの動きが止まる。
スプーンを加えたままある一点を見ている。
丁度の後ろになる位置。
は不思議に思って振り向いている。
が振り向いた先には、一人の女性ににこやかに話しかけている男性が一人。
黒い髪に黒い瞳、にこやかな笑顔でなにやらナンパらしきものをしているように見える。
服装からして仕事なのだろうか、それともナンパをしているのはサボっているのか?

まじ…かよ
「東方司令部からそう遠くはないけど、どうして大佐がここに?」
「こんなとこまでナンパをしにサボりに来たとかじゃねぇか?アル」
「…兄さん、それはいくらなんでも」

(ということは、あれがマスタング大佐?焔の錬金術師…別名無能。って言ったら本人に失礼か)

「何?エドワード君とアルフォンス君の知り合い?」

はロイの方をちらっと見て尋ねる。
エドは顔を顰め、アルは沈黙する。

「知り合い、と言えば知り合いですけれど」
「いや、知り合いとは言いたくねぇ、ただの顔見知りだ、顔見知り」
「兄さん、それちょっと酷いよ」
「関わりたくねぇの」

エドは面倒そうに手をぱたぱたと振る。
ため息のおまけつきで。
エドとロイの仲は悪くないはずなのだが、どうもエドはロイに借りを作ることを嫌うというか。

「エドワード君とは仲悪い人なの?その、えっと、大佐さんって人は…」

ロイだろうとは分るが、名前を知らないはずのはとりあえず”大佐”と呼ぶことにする。
エドは答える気がないようで食事を続ける。
アルが困ったような感じで口を開く。

「僕達がお世話になってる人で、兄さんの上司のようなものかな?」
「エドワード君の上司。それじゃあ、挨拶とかしなくていいの?」
「本当はするべきなんだろうけど」

アルがちらっとエドを見る。

「いいんだよ。誰が好き好んであんなエロ大佐なんかに関わ…」

誰がエロ大佐かね?

声はの丁度真上から降ってきた。
顔を上げてみれば、にっこりと笑顔のロイ。
先ほどの女性との話は終わったのか、彼女の姿は見えない。
振られたのだろうか?
などとは失礼なことを思っていたりする。

「何か用かよ?」
「そう言う言い方は失礼じゃないのかね?鋼の。君たちの声が聞こえたからわざわざ挨拶に来たというのに」
「そんな気遣いは無用だ。とっとと帰れ、それから仕事でもしてろよな。どうせ今も仕事サボってこんなところに来てるんだろ?」
「本当に失礼だな、君は。残念だが今日は、仕事をサボったわけではない、これも仕事の一環だよ」
「ナンパが仕事の一環かよ」

その言葉にエドが呆れた様子でてロイを見る。
がちらっとロイを見れば、ロイはにこっと笑顔を返してくる。
その笑顔には少し顔を赤くする。

(いや、だってほんとにかっこいいし…)

「鋼のが女性を連れているなんて珍しいじゃないか?君こそ、こんな場所でナンパかね?」
違うに決まってるだろ!ちょっと事情があって一緒に居るだけだよ」

ことを説明するのにエドはロイから視線を逸らす。
それではやましいことがあると言っているようなものだ。
なにしろ、エドが原因で練成陣が発動してが召喚され…さらには記憶喪失もどきのようなものになっていた…ということになっているのだ。
エドなりに責任を少し感じているのだろう。

「それより、鋼の。君にもすこし協力を頼みたいのだが?」

構わないかね?
ロイは目でそう尋ねる。
仕事の関係かなのだろうか?
となればエドはよほどの事がない限り断るわけにはいかない。

「何の用だよ?」
「いや、大したことはない。2年前までにこの町に住んでいたいた錬金術師の練成陣を君にも見てほしいだけだ」
「練成陣?アンタがここにいる理由がそれか?」
「そんなところだね。ただ、その練成陣は少々複雑そうでね、他の錬金術師の意見も聞きたいのだが生憎、ここにいる軍人で錬金術に詳しい者がいないものでね」

エドも国家錬金術師である。
その錬金術に関する知識は相当なもの。
真理を見たから国家錬金術師になれたのではなく、それ相応の才能があったから。
ロイは、その練成陣を見てのエドの意見を聞きたいのだろう。
流石に錬金術関係は専門家でないとなんとも言えないことばかりだろうから。

「あの…」
「ん?なんだね」

は少し引っかかったことがあるので口を挟む。
ロイはにこりっと笑顔で返事をしてくれる。
引っかかったのは「2年前までにこの町に住んでいたいた錬金術師」のこと。

「2年前までにこの町に住んでいたいた錬金術師の名前って分りますか?」
「勿論分りますよ、お嬢さん。彼らの名前は『ヴァン=マルティア』と『レイン=マルティア』というのですよ」

(態度変わりすぎです、ロイさん)

「ちょっとまて、マルティアって」
「兄さんマルティアさんって言えば…」

そう、が召喚された練成陣があった家の持ち主。
なんとなくは想像がついていた。
なにしろここに彼らの創り上げた合成獣が眠っているのだ。
彼らが昔ここにいたとしても不思議はないだろう。

「彼らを知っているのかね?」
「知ってるつーか…」
「僕達、その人の家を訪ねてディスに行ったんです」
ディス?!彼らはそこにいたと言うのか?!」
「いや、オレ達がついた時にはいなかったぜ?ただ…」

エドはちらっとを見る。

「このお嬢さんは彼らの関係者というわけかね?」
「関係者といえば関係者だけどな」
「兄さん、やっぱり正直に話すべきだよ」
「けどなぁ!」
「だって、偶然にしてはできすぎてるよ。さんが覚えているこの『ディアクヴァン』にマルティアさん達が昔住んでいたなんて」

(偶然ってわけでもないからね。私は知ってて言ったんだし)

は平然とそんなことを思っていた。
エドは顔を顰めながら、頭をがしがしっとかく。
どうにもこうにも、事情を話さない限りはどうにもならないようだ。

「これ以上のことは場所を移動した方がいいだろう」

ロイがちらっと目配せをすると、エドはふぅ…とため息をついて席を立つ。
事情を話すことを決めたようだ。
元々、エド達も「マルティア」さんを探してここに来た。
昔ここに彼らがいたのならば、錬金術関係の本もなにか見つかるかもしれないと期待もしているのだろう。

「ところで、お嬢さんの名前を聞かせてもらえますかな?」
「あ、はい。はじめまして、と言います。…大佐さん?でいいんですか?」
、だね、いい名前だ。私はロイ=マスタング、地位は確かに大佐だがここではロイと呼んでくれないかね?」

苦笑して答えるロイには軽く頷いた。
何か事情があるのだろう。

「はい、ロイさん」

にこっと笑顔を浮かべてロイの名前を呼ぶ。
するとロイも笑顔を返してくれる。

(女の人の扱いが上手だな、ほんとに。だけど、この人は何を考えているのか分らない。紳士に接しているけれど、瞳に込められた感情がそれだけじゃないっていっているから。なるべくボロを出さないように気をつけないと)

エドやアルに分らないように軽くため息をつく。
何が起こるか、何をするのか…。
先の事は分らない。