黄金の監視者 54





呼吸器をつけたルルーシュは眠ったままだ。
一命を取り留めたが出血が多く、目覚めるまでにはまだかかるだろうとの事。
襲撃があり、ルルーシュの治療が始まったのが昨日の事。
あれから1日経って、今はルルーシュが眠る病室にディセル、ユフィ、スザク、カレンがいる。
クルセルスはもうこの医療施設にはいないだろう。

「私が…、ルルーシュは私を庇って怪我をしたのに、私、何の役にも立てなくて」
「違う、あたしがゼロを守り切れなかったから…!」

状況を簡単に聞く限り、ゼロを狙ってカレンが相手をしていた者が急に銃口をユフィへと向けたらしい。
それに気づいたルルーシュが、自らの身体を盾にユフィを庇った結果の怪我というわけだ。

「別にユフィのせいでもカレンさんのせいでもないよ。襲撃を計画した人が一番悪いんだからさ」

襲って来たのはその手のプロの人間だ。
誰も傷一つなくというのは無理だろうとは思っていたが、こんな事になるとは思っていなかった。
ルルーシュは警戒心を最大限に働かせていたし、実際に襲撃者と対峙する事もないだろうから安全だと思っていたのだ。
一応ルルーシュの命は繋ぎとめられたが、ユフィを庇ったことでルルーシュの命が消えてしまったら、は襲撃指示を出したクルセルスだけでなく、ユフィすらも許す事ができなかっただろう。

(早く、目を覚ましてよ、義兄上)

眠ったままのルルーシュに視線を向ける
スザクの視線も眠っているのルルーシュに向けられたままだ。

「ルルーシュが…ゼロ、なんだね」

ぽつりっと呟いたスザクの声が妙に響いた。
びくりっとカレンの肩が一瞬揺れる。
この場でゼロがルルーシュだと知らなかったのは、スザクとカレンの2人だ。
ゆっくりとスザクがへと視線を向ける。

「君は知ってたんだね。だから、黒の騎士団にいた」

ルルーシュがゼロだから黒の騎士団にいたというのは間違ってはいないが、決してそれだけではない。

「意外と落ち着いてるね、スザク。もっと驚くかと思ってた」

薄々と気づいているのではないかと思っていた。
ルルーシュをよく知る人物からゼロを見れば、ルルーシュかもしれないと思えるところは少しだがある。
勘のいいスザクがそれを見逃すとは思えない。

「勿論驚いたよ、今でも十分驚いてる。だって、何でルルーシュが…、ルルーシュは平和で静かな所でナナリーと一緒に暮らしているのが幸せだって思って…たんだ」

ぎりっと拳を握り締めるスザク。
今どれだけ叫んでも、ルルーシュは答えてくれない。

「それはスザクの勝手な願いでしょ?義兄上とナナリーはいつだって綱渡りのような生活だったよ。いつかはブリタニアに見つかってまた同じように扱われるかもしれない」

ルルーシュはいつもナナリーを第一に考えてきた。
マリアンヌが亡くなり、周囲を信用する事をやめてしまったルルーシュが大切にするのはナナリーただ一人。
ルルーシュ1人だけが残っていたのならば、静かに暮らす必要などなかったのかもしれない。
けれど、足と視界が不自由なナナリーがいる。

「…うん、本当は多分わかってたんだ」

スザクは俯きながら話す。

「ルルーシュがずっと静かに生活するような性格じゃないって、ブリタニアに対して強い憎しみを抱いているってことも」

ルルーシュとナナリーが、まだここが日本と呼ばれていた頃に来た時、すでにルルーシュはブリタニアに対して憎しみを抱いていた。
あれだけ一緒に仲良く遊んだにさえも、日本で再会した時は思いっきり警戒されたのだ。

「再会した時のルルーシュとナナリーが幸せそうだったから、それをルルーシュが自分で壊そうとしていたのが信じられなかったんだ」

表面上は幸せそうに見えたルルーシュとナナリー。
けれど、実際はとても危うい状況で成り立っている脆いものなのだ。

「けど、幸せに見えたそれは、ルルーシュにとっては本当の幸せじゃなかったんだね」

ギアスの力を手に入れたからこそ、今ゼロとして動いていたルルーシュだが、ギアスを得る事がなくとも、あと数年ほどすれば同じように行動は起こしていただろう。

「幸せは待っていても来てくれないから、だから義兄上は幸せを掴み取る為に行動を起こしただけ。それが血塗られた道であっても、その先にナナリーが笑顔でいられる世界が待っているのならば、覚悟はできていたんじゃないのかな?」

かつてが覚悟を決めたように、ルルーシュも覚悟を決めた。
大切な妹ナナリーが笑顔で暮らせる世界を作る為に、かつての親友だったスザクを敵とする事も最終的にはふっ切ったはずだ。

「でも、そんな人の命を犠牲にしてなんてやり方…!」
「そう、そんなやり方は良くないわ」

スザクの言葉を引き継ぐように、まっすぐに視線を向けるユフィ。

「だって、それだとルルーシュの幸せがとても少ないもの」
「うん、そうだね、ユフィ」
「どうしても人の命を絶たなければならない時もあるかもしれない。けれど、私はルルーシュにも笑っていて欲しいわ」
「僕もそう思う。ナナリーも義兄上も、笑顔だけは忘れないで欲しい」

人の命がどうとかについて意見は、とユフィでは違うものになるだろう。
それでも、共通した願いが1つ。
ルルーシュにも幸せで、笑顔でいて欲しいという事。

「さて…と」

ぐっとは両手を上に伸ばして、伸びをする。
くるくるっと軽く肩を回して身体をほぐす。

「ここはユフィ達に任せるよ。僕はちょっとやらなきゃならないことあるから行くね」
?」

心配そうな表情のユフィににこっと笑みを浮かべる

「ここは一応僕の名前で使ってるから、コーネリア殿下に連絡くらいはしないとさ」

・エル・ブリタニアの名を使ってクルセルスの命令を撤回したものの、ここはエリア11である。
ここの総督であるコーネリアの了解は取らなければならないだろう。
皇族だからといって、支配されているエリアで好き勝手してもいいというわけではないのだ。

「ごめんなさい、。私、何の役にも立てなくて…」

しゅんっとなるユフィ。
ユフィが皇位継承権を持っていたとしても、何癖付けてクルセルスはここを使わせなかったに違いない。
だから、ユフィが気にする事は何もないのだ。

「そんな事ないよ。兄上にはバレていたから、戻ることになるかもしれないってことは覚悟してたし。ルルーシュ義兄上が無事なら、これくらい全然平気だよ」
「でもっ!」
「ユフィ」

はぴんっと指を一本立てる。
ルルーシュとユフィならばナナリーを守ってくれる。
だから、は自分がブリタニアに一時的に戻っても大丈夫なのだと思える。

「義兄上を頼んだよ」

こくりっと強く頷くユフィ。
スザクもいるし、今のスザクならばルルーシュを傷つけようなどとは思わないだろう。
ゼロはルルーシュであり、そのルルーシュが傷ついているのはスザクの主であるユフィを庇った為なのだから。

。あんた、ブリタニアの皇族…なの?」

カレンが部屋から出て行こうとするを睨むように見る。
はどこか困ったような笑みを浮かべるが、頷いて肯定する。

・エル・ブリタニア。それが僕の本当の名前」
「リキューレルって姓は?」
「思いつきの偽名」

嘘をつく理由もなく、は本当の事をそのまま答える。

「ブリタニアの皇族ってことは、黒の騎士団に入ったのは…」
「ナナリーとルルーシュ義兄上の為だよ。別に何も企んでいないし、今のブリタニアが大っ嫌いなのは本当だしね」

はブリタニア皇帝である父に忠誠など誓った覚えはない。
今のブリタニアの体制そのものが嫌いであり、ブリタニアに敵対している黒の騎士団を裏切る理由など何もない。

「他意はないのね」
「当り前だよ」

迷いのないの答えに、カレンは小さくどこか呆れたような溜息をついた。
その反応がにすれば意外だった。
もっと糾弾されるかと思っていたのだ。

「あんたが皇族ってことは、ルルーシュは…」
「悪いけどそれは僕の口からは言えない。義兄上に直接聞いてみて」
「直接、ね」
「義兄上の事は義兄上の問題だから、明言は避けたいんだ」

ルルーシュがブリタニア人であることは、その容姿を見ても明らかだ。
それがただのブリタニア人というわけではないことには気づいただろう。
それに、クルセルスの言葉を全て聞いていたのならば、ルルーシュがどういう存在であったかは簡単に想像がつく。
それでも、の口からは直接は言えない。
こう言う事は本人が言うものだと思うから。

「他に何かある?」
「ないわ」

きっぱり言い切るカレン。
はその返答に少し驚く。

「あんたはゼロを裏切っていないんでしょう?」
「うん、勿論、ルルーシュ義兄上を裏切るなんて有り得ないし」
「あんたが何者でも、あたしはそれだけで十分だわ」

カレンはナオトが少し前に言っていた事を思い出していた。
が素直にゼロに従っているのを、ナオトは少しだけ疑問に思っていた。
ルルーシュとナナリー以外には絶対に従わないのではないのだろうか?
ナオトのその考えは正しかったという事だ。

「何かあっても、ここはあたし達でどうにかするわ」
「カレンさん…」
「大丈夫よ」

ふっと笑みを浮かべるカレン。
睨むように見ていた瞳の感情が和らぎ、はカレンが本当に自分を信じてくれているのだと分かった。

「んじゃ、暫くの間よろしく」

ひらひらっと軽く手を振って、は部屋を出る。
向かう先はこの施設にある連絡の取れる場所だ。

・エル・ブリタニア…か)

かつてはブリタニア皇族としての権利を行使した事は一度もなかった。
ブリタニア皇族だからといって何かを優先してもらった事はない。
権利を行使する事は、何らかの義務が伴うものであると分かっていたからなのだろう。

(アッシュフォードを辞めた時点で覚悟はしていたはずなんだけど、このエリアにとどまれないかもしれないってのは……寂しいかな)

ナナリーの優しい声が聞けなくなる。
ルルーシュの鋭い突っ込みも聞けなくなる。
確かな幸せではなかったが、アッシュフォード学園での生活は暖かなものだった。
今度はその暖かなものを確実なものにするために、動かなければならない。
それは、ブリタニア帝国の頂点に立つ、父であるブリタニア皇帝に本格的に反逆するという事だ。