黄金の監視者 53




ゼロが撃たれたのは右胸だ。
心臓に近い場所でなかったのが幸いとはあまり言えない状況だ。
は服を破いてどうにか止血をしようとするが、血はなかなか止まらない。

(義兄上、義兄上…!)

マリアンヌを守る事は出来なかった。
だから、今度こそナナリーとルルーシュを絶対に守るのだとあの時誓ったのだ。
それなのに、ルルーシュは今倒れている。
顔色を青くしてこぼれそうになる涙を必死でこらえているユフィ。
必死でゼロに呼びかけるカレン。
そして、どこか呆然としているスザク。

(ちゃんとした医療施設じゃないと治療できない)

「ユフィ、この特区に医療施設は?」

まだ手遅れではない、治療をすればきっとルルーシュは助かる。
はっとなったユフィだが、を見て首を横に振る。

「こんなに大きな怪我を治療できるほど整った設備はないの」
「それじゃ、ここから一番近いちゃんとした医療施設は?」
「ここから車で10分位のところにあるってお姉様が言っていたのを聞いた事があるけれど…」
「それじゃ、そこに行こう」

は倒れたままのゼロの脈を確認する。
弱いがまだ脈はある。
この状態でゼロがぴくりとも動かないのということは、意識はないのだろう。

(義兄上、ごめん…!)

はゼロの仮面を外す。
治療するにしても仮面は外さなければならないだろう。

「あんた、何を…!」

ゼロの了解も得ずにゼロの仮面を外したを怒鳴りつけようとしたカレンの言葉が止まる。
仮面の下のゼロの顔が見えたからだろう。
真っ青になった顔色に、瞳は閉じられたままどこか苦しそうな表情。

「る、るーしゅ…?」

呟いた声はスザクのものだった。
目の前にいるルルーシュがこうなってしまっているのが信じられないかのような声。

「ユフィ、移動用の車調達してくるから移動できるようにしておいて」

こくこくっと必死に頷くユフィ。
は急いで視界を広げて、車を探す。
事態は一刻を争う。
1分でも1秒でも早く、ゼロ…ルルーシュを治療しなければならない。

(義兄上は絶対に死なせない!)

誓ったのだ。
誰にでもなく、自分自身に。
大切な存在を今度こそ死なせずに守り抜くという事を。



特区から少し離れた場所にある医療施設は勿論ブリタニアのものだ。
設備はトウキョウ租界程ではないが最良のものが揃っている。
そこで治療ができれば、ルルーシュの命も助かるだろう。
ただ問題は、そのルルーシュがゼロであるという事だ。

「申し訳ありません」

深々と頭を下げるのはこの施設の医師達だ。

「何故ですか?!」
「国家の反逆者を治療するわけにはいきません」

ユフィが必死に訴えても医師達は決して首を縦に振らない。
ルルーシュの傷は一刻を争うものだというのに。
目の前に医療設備があるというのに、それを使わせてもらえない。

「駄目なら他の治療できる場所に移動した方が早いわ!」

ゼロがルルーシュであることに衝撃を受けていた筈のカレンだが、今はルルーシュを治療する事が先だと思っているのか、ルルーシュを救う事に迷いは全く見られない。
カレンの言葉にルルーシュを抱きかかえているスザクがユフィの反応を見る。

「移動って言ってもカレンさん、ここから移動するのに義兄上の身体が持たないかもしれないんだよ」
「けど…っ!」

どうあっても首を縦に振らない医師達。
ここで待っていても治療を受けられるという保障などどこにもない。

「お願いします、彼を助けて下さい…!」

その場を動こうとしない医師達に、スザクが訴える。
ルルーシュを抱えているスザクの腕がわずかに震えている。
抱えている体温を感じながらも、服ににじみ出ている血は感じてしまう。

「怪我している人を治療するのが医師の役目ではないのですか?!例え国家反逆者であっても、彼は怪我人なのです!その怪我人をどうして治療してはいけないのですか?!」

ユフィは訴えるが、医師達の答えは変わらない。
は首を縦に振らない彼らを殴り倒したい衝動に駆られる。
だが、この場で彼らを倒してしまったらルルーシュを治せる人がいなくなってしまう。
は医療知識も医療技術もないのだ。
高度な医療機器があっても、それを使う事はできない。

「国際指名手配犯に治療を施すわけにはいかないのは当たり前だろう?そんな事も分からないのかい?馬鹿だねぇ、ユーフェミアは」

びくりっと肩を震わせてその声に反応したのはその場にいた医師達だ。
ひやりっとするような冷たさのある紫電の瞳を持つ青年が、奥の方からこちらにゆっくりと歩いてくる。

(クルスセルス殿下…)

どこか怯えている医師達を見る限り、ユフィの頼みごとを決して受け入れるなとでも脅したのだろうか。
ゆっくり歩いてくるクルセルスの表情は穏やかで冷たい笑みだ。

「クルスセルス…お兄様?」
「こうして面と向かうのは初めてかな?ユーフェミア。噂よりも考えが甘い困ったお姫様だね」
「私が甘い?」
「例え”誰”を連れてきても、君にここの施設を使う権利はないんだよ。行くなら民間の施設へ行くんだね」
「どうして、ですか?」

ここは確かに一般市民が使えるような施設ではない。
だからと言って皇族専用でもない。

「何故かって?だって君は皇族としての権利を放棄したんだ。だから、彼らは君の”お願い”よりも俺の命令を優先する」

クルセルスが言いたいのは皇位継承権の事だろう。
ユフィは特区を設立するにあたって、その覚悟として皇位継承権を放棄した。
それだけの覚悟をしたという事なのだろうが、それがここでは裏目に出る。

「けれど、けれど…!彼は…!」
「すでに籍を抹消された皇族など、俺にはどうなろうと関係ないよ」
「っ?!」

ちらりっとスザクに抱えられたルルーシュを見て、クルセルスは哂う。
その残酷な言葉にユフィは息を呑む。
ルルーシュだと分かっていてクルセルスは彼を見捨てるのだ。
そう、クルスセルとはこういう人物なのだ。
はぎゅっと自分の手を握り締める。

「それなら…」

ルルーシュを移動させている時間などきっと残っていない。
救う方法があるのならば、はそれを取る。

「皇族ならば、貴方の命令は撤回できる?」

すぅっとはクルセルスをまっすぐに見る。
今のはフィルディールと戦った時のまま、ウィッグもサングラスもしていない。
昔のシュナイゼルによく似た顔立ちをさらしている。

「ああ、そうだね。皇族の”権利”を持つのならばね」
「…そう」

クルセルスはの姿に驚きもせず、ただその笑みだけが冷たいものではなく、どこか楽しそうなものへと変わる。
は医師達へと視線を向ける。

「クルセルス・ジ・ブリタニアの命は撤回する。だから、治して」

医師達は困惑し、どうしたものかととクルセルスを交互に見る。

「ロールパンに感謝なんかしたくないけど、僕の籍が丸々残っているのは今日この時ばかりは有難いって思うよ」
「君がそう簡単にくたばるとは誰も思っていなかったからね」

くくくっと笑うクルセルスの声には彼を睨む。
気にいらないのだ。
まるで父はこの事が解っていたかのように、だけの名をそのままにしていたのかと思えてしまう。

・エル・ブリタニアの名のもとに、クルセルス・ジ・ブリタニアの命を撤回する」

かつんっとは一歩踏み出す。
医師達を睨むように見、ちらりっとルルーシュの方に視線を向ける。

「義兄上を治して」

医師達はのその言葉にはっとなって動き出す。
皇族としての証明などは何も持っていないし、今のの顔を知っている人は軍に殆どいないだろう。
それでも彼らが動いたのは、の名だけでも知っていたからか。

「一声だけで、人を動かせる気持にさせる所はシュナイゼル兄上にとても良く似ているね、

は顔を顰めてクルスセルを睨むように見る。

「皇族の権利を使うってことは”義務”が発生するよ」
「そうだろうね」
「これを盾にどこかのエリアの制圧を命じられるかもね」
「別に、このエリア以外なら構わないよ」

本当に大切な人を守る為にならば、他の何を犠牲にしても構わない。
テロの制圧であろうと、エリアの制圧だろうと、今更だ。
大切だと思う人達が傷つかない為ならば、生きるためならば、そのくらいやってやる。

「ああ、あまり変わってないようで安心したよ。君の噂すら聞かないから、甘い考えに染まって弱くなったのかと思ったよ」

くくくっと楽しそうに笑うクルセルス。

「本当はユーフェミアかゼロ…、今はルルーシュって言った方がいいかな?どちらかが死んでくれればそれで良かったんだよね。でも、それ以上の収穫があったからいいや。今回はこれで引いてあげるよ」
「それは感謝すべき?」
「しなくていいよ。次はもっと確実な方法で殺しに来るから」

深い笑みを浮かべるクルセルス。
それは暗い笑みで、優しさや温かさなど全く感じさせない怖いほどの笑み。

「君を手に入れるには、ユーフェミアとルルーシュが邪魔っても分かったしね」

は拳を握り締めるだけに留める。
本当ならば、クルセルスをこの場で始末してしまいたいくらいだ。
だが、クロヴィスの暗殺の時にさんざん騒がれたように、皇族を殺すという事は大きな影響を与える。
何よりも、堂々とユフィとルルーシュを狙うと宣言しているクルセルスが何の策もなくこの場にいるはずがない。
今この場で2人を狙うと言っても、決して自分がやったのだと証拠は絶対に掴ませないだろう。

「早く戻っておいでよ、

ディセルはクルセルスを父のようには嫌ってはいない。
だが、決して彼とは相容れないものだと分かっている。
何故なら、クルセルスはナナリーを認めない人だ。

(僕が戻る時は、ブリタニアがナナリーに優しい国になった時だけだよ)

ブリタニアが今の状況から変わらない限り、はブリタニア戻らない。
ブリタニア皇族としての権利を使っておいて、ブリタニアは認めない。
都合がよすぎるかもしれないが、そうでなければ守れないものがあるのならば、利用できるものは利用させてもらう。
卑怯だと言われても、罵られても、本当に大切なものを守れないのは意味がないという事を分かっているから。
だから、は名乗ったのだ。
自分が名乗ることでルルーシュの命が救われるのならば、安いものなのだから。