黄金の監視者 31



日が暮れ、すやすやと気持ちのよさそうに眠るユーフェミア。
はルルーシュと彼女を見ながらまだ起きていた。

「義兄上は寝なくて平気?」
「後で少し仮眠をとる。お前は?」
「僕は1日くらい寝なくても平気だから」

そういう訓練をしてきたことがあった。
それは今でもその身についており、少ない睡眠時間でも動けるように身体がなっている。
例え睡眠をとろうとしても、近くに気配がある限り熟睡はできない。

「義兄上」
「何だ?」

はこの状況がどうして起こったのかは説明できない。
誰かが介入した、それだけは分かっている。
だが、そんな曖昧な情報をルルーシュは知りたいとは思っていないだろう。

「シュナイゼル兄上が来てる」

その言葉にはっとなるルルーシュ。
目つきが変わる。

「あの浮遊艦…あれに乗ってた」
「シュナイゼルか」

シュナイゼルがとった策ならば納得できるだろう。
平気で人を犠牲にすることが出来る。
それが誰であっても。

「ねぇ、義兄上。聞いてもいいかな?」

はユーフェミアを見ながら静かに問う。

「どうして仮面をとったの?」
「ユフィの前でか?」
「うん」

ユーフェミアがゼロの正体をバラすようなことはないだろう。
だが、その顔を見せる危険性をルルーシュだって理解しているはずだ。

「気づいていた」
「え?」
「ユフィは気づいていたんだ」

は思わずユーフェミアとルルーシュを見比べてしまう。
あの皇族の中でコーネリアに守られるようにして育ってきたユーフェミア。
そんな箱入りの皇女殿下がゼロの正体を見破ることが出来たとは驚きである。
それともコーネリアに守られてきたとはいえ、あの殺伐とした皇族の中で生きてきただけの事はあるということか。

「”ルルーシュ”と呼ばれた時、ユフィを撃つことも考えた」

ルルーシュは自分の手をぎゅっと握りしめる。
一瞬のうちにどれだけの可能性を思いついたのだろう。
ルルーシュは頭がいいだけに、考えすぎてしまうところがある。
それこそ最悪のケースすらも。

「だが、できなかった」

撃てなかったのだろう。
はそれに苦笑する。

(それは甘さだよ、義兄上)

その甘さは時として決定的な致命傷になりかねない。
情が足を引っ張り、最良の決断が出来ない。
人が人である以上、常に最良の決断を求める事ができないことはわかっている。

「義兄上、親しかったからという理由で殺せない人がいたら」

はルルーシュを見る。

「僕に命じてね」

かつんっとは刀を立てる。
にとって斬れない人はたった2人だけ。
躊躇いを覚える人はいるが、それでもどうしても斬れないのはたった2人だけしかいない。

「義兄上が命じてくれれば僕は誰だって斬れるよ。ナナリーと義兄上自身以外はね」

その首をはねろと、一言命じてくれればは従う。
相手が友人であっても、父であっても、母であっても…そして兄であっても。

「何なら、ほら、その義兄上のギアス使ってもいいしさ」

ルルーシュはその言葉にふいっと顔を背ける。

「それは無理だ」
「なんで?」

はルルーシュの持つギアスについて詳しいことは知らない。
ルルーシュもおいそれと自分の手の内を見せることはしないだろうから、も聞こうとしない。
どんな制限があるのか、実際どんな効果があるのか。

「お前にはもう使ってしまったからな」
「…へ?」

ルルーシュは自分の左目を覆うように手を添える。

「俺のギアスは、今のところ1人に対して1度きりという制限がある。だから無理だ」

絶対服従のルルーシュのギアス。
しかしにはそれをかけられた覚えはない。
そもそも、かけられた人間は自分の命じられた行動のことを覚えているのだろうか。
いや、覚えないと考えれば、にその記憶がないことも説明がつく。

(僕にかけたギアスって何ー?!)

ちょこっと不安になるが、ルルーシュが命じたものなのだから、少なくともナナリーの害になるようなことはないだろう。
それだけは安心である。

「それでもさ、義兄上」

ギアスがなくても、ルルーシュが命じてくれればはきっと逆らわない。
それがナナリーの幸せに繋がるものだと思っているから。

「そうしなきゃならない時が来るよ?親しい相手だからといって躊躇していたら、シュナイゼル兄上を出し抜くことなんて出来ない」

ユーフェミアだから、スザクだからと攻撃することを躊躇っていては、そこを付け込まれる恐れがある。

「シュナイゼルに対しては策がある」
「策?」
「あれも人であることには変わりない。人である限り情は無くならない」
「あの兄上に情なんてあるの?」
「あるさ」

平気で兄弟すら見捨てるだろう兄に情があるのだろうか。
が知らないシュナイゼルの一面をルルーシュは知っているのかもしれない。
シュナイゼルの事をあまり知らないはそれ以上は言えない。


「何?」

答えるの声はいつもと変わらない。

「俺が…、いや私がユーフェミアを撃てと言えば撃てるか?」
「うん」
「コーネリアを撃てるか?」
「その”場”が出来れば」

コーネリアを守る騎士はかなりの実力だ。
コーネリアを撃つということは、撃てるような場を作らなければならない。
その場が作られれば、は撃つことが出来る。

「父上は?」
「今更愚問だよ、義兄上」

あの父が全ての元凶と言ってもいいだろう。
だが、あの父がいなければ何も始まらなかった。
ルルーシュも、も、そしてナナリーの存在すらも。

「シュナイゼルすらもか?」

とは唯一全く同じ血を分けた兄。
義兄弟が多い中で、同じ血を分けた兄弟がいるというのは比較的珍しいことなのだろう。
大体が母の違う者たちばかりだ。

「義兄上、僕は日本に来る時に決めてきたことがあるんだ」

ふっとは小さく笑みを浮かべる。
それはには分からないだろうが、小さい頃ルルーシュが見たことがあるシュナイゼルにとてもよく似ている。

「多分シュナイゼル兄上は敵になるだろうから、これで会うのは最期だろうって」

8年前、そうもうあれから8年も経っている。
実の兄であるシュナイゼルと別れてから8年。
大して仲が良かったわけでもないとは思っているが、8年は気持ちに完全にけりをつけるのに十分な時間だ。
だから、もう迷わない。

「だから、兄上が敵となった時、迷わず殺そうって決めてきた」

どうしてシュナイゼルが敵となると確信できたのか、今は分からないが、何もしてくれなかった、多分それだけであの時のには十分だった。

「師匠に言われたんだ。戦場での迷いは多くの犠牲を生むだけだって」

迷っている間に多くの命が失われていく。
迷いがある甘い状態で戦場に参加をするな、と。
何を見ても、何を”視て”も、何を聞いても、決して自分の信念だけは揺るがすな。

「戦場を経験してきたんだったな」
「うん。多分、ゼロが殺してきた人よりも多くの人を僕はこの手にかけているよ。それこそ、一般人もね」

幼い頃からの手はすでに汚れてしまっている。
それは変えられようのない事実で、だからこそナナリーを守りたいと思うのかもしれない。
そしてルルーシュも。

「僕はナナリーと義兄上が大好きだから」

自分が今まで人を手にかけてきたのは、ナナリーとルルーシュのためだとは思わないし言わない。
それはその人に責任を押し付けることになってしまうから。
自分がしたことは自分で背負う。

「大好きな2人の為に自分に出来ることをしたいから、だから、どんなにたくさんの人を犠牲にしても後悔しない」

(だって、これは僕自身のためでもあるから)

のその決意はとても強いものだ。

は…強いな」
「それだけの経験はしてきたつもりだから」

強くなる為に、守れるようになる為に頑張ってきた。
だから今の強さがある。
肉体的なものも、精神的なものも。

「俺も、きっとどこかで吹っ切らなければ駄目なんだろう」
「そうだね」
「情は…戦場では必要ないものだ」

はそれに悲しげな笑みを浮かべる。
確かに情で動くことは戦場では愚かなことだ。
それが頭では分かっていても、ルルーシュがそうなってしまうのは悲しい。
笑っていて欲しい、笑顔でいて欲しいと思うのに。
ルルーシュは自らの力で、自分とナナリーの居場所を獲得するために動く。
その道はとても険しい修羅の道。

(義兄上、どんな道を行ってもいい。だけど…)

幸せでいてほしいと思うのだ。
ナナリーだけでなく、ルルーシュにも。

(笑顔は忘れないで)

楽しいと思う気持ちを忘れないで欲しい。
人が人であるための感情を完全に捨てないで欲しい。
何も想わなくなってしまうのは、とても寂しいことだから。