黄金の監視者 14



どうしてこんなことになっているのか、は分からなかった。
ナナリーに「お土産話を聞かせてください」とせがまれて、何故か同行することになってしまった、生徒会メンバーの河口湖畔への旅行。
息抜きにとミレイに誘われたものの、バイトがあるという表向きの理由とナナリーが行かないことで断っていたに、ナナリーが笑顔でそう言ったのだ。

(ナナリーに素敵なお土産話をしなければっ!)

ルルーシュもスザクも行かないと言う事だったので、ナナリーにお土産話をしなければならないという妙な使命感を覚えたは勢いで参加することになってしまっていた。
そして、その河口湖畔ホテル人質となってしまったのだ。

「うう、ナナリーへのお土産話が物騒なお話になっちゃいそうだよ…」

人質の中で1人別の意味で嘆く
を半分呆れたように見ているのは、一緒に来た生徒会のメンバーのミレイとシャーリーだ。
もう1人の少女、ニーナはおびえた様にずっと小さくなっている。

君は相変わらずナナちゃん一筋なんだね」
「僕の世界の中心はナナリーか義兄上だから」

ぐっとこぶしを握り締める。

「でも、こんなことなるなら、本当にナナリーと義兄上が一緒じゃなくてよかったよ。スザクは別にいてもよかったけど」
「本当にスザク君が嫌いなんだね」
「嫌いというか、気に入らないだけ」

むすっとした表情になる
スザクに声をかけられれば気に入らないながらもちゃんと返事はするし、ナナリーの前では頑張って普通の対応を心がけている。

「でも、の言う通りかもね。ルルーシュたちが来なくて正解ってところかしら」

困ったように周囲を見回すミレイ。
どこかの倉庫になるのだろうか。
ホテルにいた人たち全てがここに集められている。
ミレイの側にいるニーナがびくりっと震える。

「大丈夫よ、ニーナ」
「ミレイちゃん…」

余程怖いのか、カタカタと小さく震えている。
ホテルの人たちを人質としているのは日本解放戦線のメンバーらしい。
日本の軍服らしきものを着て銃を持ち周囲をうろうろしているのが3人ほど。

(その気になれば、なんとかなるかな)

ナイトメアフレームが見張りについてなくてよかった、ととんでもないことを考えているは別として、人質の殆どは怯え警戒している。

「ねぇ、ねぇ、ミレイさん」

緊張感ゼロのはミレイに気軽に話しかける。

「新しく生徒会に入ったっていう、そのカレンさんってどんな人?」

生徒会のメンバーは会長ミレイ、副会長ルルーシュ、シャーリー、ニーナ、リヴァル、スザク、そして補欠のような形でナナリー、それから最近入ったというカレンという人だ。
スザクも入ったばかりなのだが、スザクのことをは知っている。
生徒会に入ったということはナナリーの近くにいることができる人。
が気になるのは当然だ。

「なぁに、。やっぱりナナリーの側に寄るのは女の子でも気になるの?」
「当然」

至極真面目に頷く
にんまりと笑みを浮かべるミレイ。

「容姿端麗、成績優秀、シュタットフェルト家のご令嬢よ。ちなみに、ルルーシュと同じクラス」
「シュタットフェルト家」
「病弱でこれまで学校になかなか来れなかったみたいだけれど、最近はたまに顔出しているわよ」

ちらりっとその姿を見たことがあったが、赤いストレートヘアが肩にかかるくらいの長さで、瞳の色は蒼だっただろうか。
ぱっと見は儚げな感じだった。
ナナリーに害を及ぼすようには見えない。

「おい、貴様ら煩いぞ!黙れ!」

ガチャリっと1人の軍人に銃を向けられる。
ひっと短い悲鳴を上げたのはニーナ、それをミレイは抱きしめるように落ち着かせる。

「丁度いい、その中から1人選べばいいんじゃないか?静かにもなる」
「ああ、そうだな」

ニヤリと笑った彼らは達を見定めるように見る。

「選ぶって何?」

あまり良いことではないだろう。
は良く分からないでとりあえず目の前の軍人に聞いてみた。
ガチャリっとの額に銃口が当てられる。

「見せしめに殺す人間だ」
「それって銃殺とか?」
「いや?」

ニーナがかなり怯えているのが見なくても分かる。
ミレイもシャーリーも顔色を変えているだろう。

「飛び降りてもらうだけさ」
「どこから?」
「勿論上からだ」

ニマニマしている軍人だが、こう口が軽いのはどうなのだろうか、とは思う。
上ということでここのホテルの構造を頭に浮かべる。
かなり高さはあるが、下は人口とはいえ木々があり、土がある。

「じゃあ、僕が行くよ」
「随分と威勢のいい餓鬼だな」
「うん。こういう空気がどうしても苦手だから早く解放されたいし」
「そのために死を選ぶか」

馬鹿め、と呟くのが聞こえたが、どちらが馬鹿なのか相手はわかっているだろうか。
はサングラスで目が隠れているとはいえ、始終笑みを浮かべたまま。

君!」
「シャーリーさん、これでしばらく時間稼げると思うから後は頑張ってね。ミレイさんとニーナさんも」

ひらひらっと手を振りながら、余裕を持って軍人についていくに顔色を真っ青にしたシャーリー達。
ここの総督がコーネリアになっているのならば、遅かれ早かれなんとかするだろう。
日本解放戦線もそうぽこぽこ人質を殺したりしないだろうし、これで時間が稼げればなによりだ。
はここで死ぬつもりなど全くない。

(かなりの高さがあるけど、木々のクッションおいても無傷は難しいよね)

ちらりっとは自分を連れて行っている軍人を見る。
飛び降りる時、その場いる軍人が3人以下なら誰か1人道連れにすることくらいは簡単だ。
そしてソレをもうひとつのクッションにすればいい。

(我ながら非道な考え方だよね)

しかし、はわが身を犠牲にしてまで見知らぬ誰かのために尽くしたいなどという博愛主義的な考え方は全くない。
自分の身を削ってまで助けたいと思うのは、ナナリーのみである。
ルルーシュは恐らくが身を削ってまでかばわれるのをよしとしないだろうし、そんなヘマはしないだろう。
に恐ろしいほどの身体能力があるように、ルルーシュには恐ろしいほど回転の速い頭脳がある。

ひゅぅっと風が駆け抜けるそこはホテルのビルの最上階の上だ。
そこから下を眺めてみれば、随分と高いことが見える。
しかしながら、真下はご親切に一番木々が多い所。

(うっわー、なんかすごい親切な場所に落としてくれるんだ)

意地悪にも丁度ホテルの入り口の道が舗装されている場所だったらどうしようと思っていたのだ。
その場合は空中で方向転換するしかないのだが、それは結構難しい。

「さあ、そこから足を踏み出すだけでいい」

とんっと銃口がの背をつつく。
ニヤニヤしている日本解放戦線軍は3人。
はふっと笑みを浮かべる。
この光景が恐らくブリタニア軍かそれとも一般放送に流れているかは分からないが、少なくとも軍は把握しているだろう。
顔をズームアップされる前に、さっさと飛び降りるのが懸命だ。
はくるんっと体の向きを変え、自分の真後ろにいた軍人の手をがしっと掴む。

「貴様っ?!」
「1人じゃ寂しいから道連れになってよ」

にっこり笑みを浮かべたまま、はその掴んだ手をぐいっとひっぱり、全体重を空へと投げだす。
ふわりっと浮く体、そして、すぐに自分の身体の位置と相手の身体の位置を差し替えて自分の身体を上にする。
相手の軍人は混乱していて何もできないようだ。

(軍人がそれじゃ駄目だよ)

ざざざっと木々が引っかかる。
しかしそのお陰でスピードが落ち、かかる重力が半減する。
頬や腕に数箇所の掠り傷を負うがそんなことは気にしない。
サングラスも勢いではじかれるように飛ばされてしまったが、それも仕方ないだろう。
軍人と木々をクッションにダンっと無事着地。

(うあ…、思ったよりも肩とか足とかに負荷がかかったかも)

ここまでの高さから飛び降りたことは未だかつてない。
ビルの3階くらいならば飛び降りることも出来るが、見上げればこのホテルの頂上はかなりの高さだ。
サングラスが外れてしまったので目の力が普通に発動する。
上に残っている軍人は驚いたようにこちらを見下ろしている。
そして、ホテルから離れた場所にナイトメアが多数、ブリタニア軍人のものだろう。

(助かりました)

木々とクッションになってくれた軍人に手を合わせて感謝する。
自己満足だが、人の死に比較的慣れてしまってるにはこんなものである。
どうしようか、と思っていた所でポケットに入れておいた携帯が音を鳴らす。

「もしもし」

ため息と同時にこぼれる応対。
さすがのもあんな高さから落ちれば疲れるものだ。

か?!』
「あれ、ナオトさん?どうしたの?」
『おまっ…!さっき、上から落ち…!』
「もしかしてテレビに映ってた?嫌だな〜、あんまりこの姿見られたくないんだけど」
『いや、かなり小さかったから今のお前を知らない限りは分からないと…ってそうじゃない!何で無事なんだ?!』
「何でって、犠牲になってくれた素敵な日本解放戦線の軍人がいてくれたから」

てへっと可愛らしく言ってみれば、相手が黙り込んだのが分かった。
呆れているのか、それとも非道なことをしたと思われているのか。

「えっと、ナオトさん?」

これで嫌われてしまったら仕方ないが、それでもやっぱりちょっと悲しいかもしれない。
は自然と声が小さくなってしまう。
一番はナナリーで二番はルルーシュだが、ナオトが三番目になりつつあるのかもしれないからだ。

『とにかく無事で…よかったよ』

心底安堵したかのような声に、は嬉しくなる。
心配されるのはちょっと嬉しいものだ。

「それより困ったことがあるんだけど」
『どうした?』
「僕、ここからどうすればいいと思う?ホテルの中に戻るのは無謀だろうし、コーネリア皇女殿下が何かをしてくるだろうから、下手に動いて巻き込まれるのも嫌だし」
『逃げておけばいいんじゃないか?』
「どこに?」
『河口湖にでも飛び込むか?』
「うーん、やっぱりそれしかないかな」

このホテルは河口湖の真ん中あたりに立っている。
ホテルと外を繋ぐのは一本の橋のみ。
だからこそ立てこもりなどがしやすいのだ。
しかしながら、泳いで戻るにはかなり距離がある。

(ボートか何かないか探してみよう)

ナオトと少しだけ話してから、無事に帰って来いと言われて電話を切る。
と同時にどんっとどこからか爆音が響いた。

「へ?」

後方に気配を感じてみれば、白いナイトメアフレームが空にいた。
同時にずずっと沈み始めるホテル。
ぎょっとしながらは慌ててホテルから離れる。
そしてさらにホテルの上階の方で爆音。

「のあ?!少しは人のことを考えてよー!」

文句を言いながら、振ってくる瓦礫を器用にも避ける。
避けながらホテルから遠ざかっていく。
ホテルの近くからゴムボートらしきものがいくつか出て行くのが”視え”た。
そのゴムボートには人質となっていた人たちが乗っている。

(人質を解放した?いや、違う。コーネリア殿下?)

コーネリアだったらこんな手段をとらずに人質を保護するだろう。
となれば別の誰かが動いたのだろうか。
とにかく今のには自分が無事に逃げることが大切だった。
周囲を気にせずに、逃げることのみに集中していたは気づかなかった。
黒の騎士団という存在が人質解放に手を貸していたという事に。
それを知ったのは、ゲットーの家に帰ってからである。