黄金の監視者 11



アッシュフォード学園のクラブハウス、そこでナナリーとルルーシュは暮らしている。
クラブハウスの中ではナナリーと一緒に折り紙をしていた。
どうやら、ナナリーがクラブハウスで普段お世話をしてくれている咲世子さんに教わったらしい。

「む、難しい…っ!」
?」
「ナナリー、これちょっと難しいよ〜」

は比較的大雑把な性格なので、細かい作業は苦手だ。
鶴を折ろうとしてもまともに折れない。
綺麗な鶴を折ってナナリーに綺麗な鶴をプレゼントしたいと思っていたのに、全然駄目だ。

― 本日ブリタニア帝国第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア殿下の葬儀が…

つけているテレビから流れてくるのはクロヴィスが亡くなったニュースとその葬儀。
ナナリーの表情が少し曇る。
はナナリーにこれ以上このニュースを聞かせるのはよくないだろうと思ってテレビを切ろうとするが、ぱっと映像が切り替わる。

― クロヴィス殿下殺害の容疑で名誉ブリタニア人であるクルルギ容疑者が本日拘束され…

「へ?」

テレビに映ったのは幼い頃見たその姿よりもだいぶ成長した見覚えのある姿。
茶色のふわっとした髪に緑色の瞳の少年とはもう言えないかもしれない成長した青年に近い姿。
拘束され、周囲のブリタニア人に罵倒され、連れて行かれるのが映っている。

「スザク…?」
?」

ナナリーの心配そうな声にははっとなる。
視力が奪われたナナリーは、物音や声にとても敏感だ。
テレビのニュースの声が聞こえなかったという事もないだろう。

「スザクさん…なのですか?」
「あ…」

ここで肯定することはナナリーを悲しませることにならないだろうか。
迷ったのは一瞬だけ、は頷く。

「うん。でも、ナナリー」
「大丈夫です、
「うん…」

気にしてないとは言えないだろうが、ナナリーはにこりっと笑みを浮かべてくれた。
ショックを受けていないのだろうか、それともスザクを信じているのだろうか。
信じられているのならば、この状況にあるスザクに悪いとは思うが、なんとなくむかっとしてきてしまう。
所詮の感情の中心は、ナナリーとなることが多い。
は気配を感じてぱっと顔を上げる。
丁度ルルーシュが部屋に入ってくる所だった。

「お兄様、おかえりなさい」

ナナリーもかなり気配に敏感なのか、ルルーシュが帰ってきたのが分かったようだ。
ルルーシュはくすりっと笑みを浮かべる。

「ただいま、ナナリー。何をしていたんだ?」
が鶴を折ってくれるそうで、教えていたんです」
が鶴……それは鶴か?」
「う…、こ、これでも頑張ったんだよ」

見るも無残な形となってしまっている鶴もどきである。
しゅんっとうなだれる
小さい頃から、ナナリーを守れるように強くなりたい、それのみに集中してきたにとって、こういうものはどうあっても苦手だ。

「お前、本当に色々駄目だな」
「うっ!でも、義兄上、料理ならっ!」
「どんな料理が出来る?」
「おにぎりと鳥の丸焼きなら自信があるよ!」
「それは料理とは言わないよ。、いつもどんなものを食べて生活しているんだ?」

単純な料理ならばはできる。
しかし凝った物となると全然駄目だ。
味よりも量が大切な年頃なのである。

「私、のおにぎり大好きですよ」
「ナナリー…!」
「ナナリー、あまりを甘やかさない方がいい。付け上がるだけだ」
「でも、お兄様。の作るものが美味しいのは本当です」

にとってナナリーが美味しいと言ってくれればそれで十分。
しかしながら、自分は本当にダメダメなんだとちょっと落ち込みそうになる。
ルルーシュはと同じように皇族育ちだったというのに料理はかなり上手い。
勉強もソツなくこなし、運動は…得意ではないだろうが立ち回りがとても上手だ。
対するは勉強は平凡、料理は単純なものオンリー、生活費を稼ぐという名目でバイトの許可が出ているため、学校に行く日や行かない日がまちまちである。

「テレビ、つけていたのか」

クロヴィス殺害の放送である。
追悼の言葉とこれまでのクロヴィスのしてきた数々の功績の紹介、そして容疑者逮捕の報道。
それが延々と続けて流れている。

「義兄上、知ってた?」
「この報道をか?」
「うん、それもあるけど、スザクが生きていたってこと」
「いや、俺も初めて知ったよ」

は静かにテレビを見る。
スザクが生きていたことに驚いたことで気がつかなかったが、テレビでは彼を名誉ブリタニア人だと言っていた。

(名誉ブリタニア人になってたんだ。何があってそんなモンに…)

極端な考え方でもしたのだろうか。
は自分も結構考え方が極端だとは思うが、このテレビに映った容疑者であるスザクも結構考え方は極端であるはずだ。

、今日は夕食を食べていくのか?」
「いいの?」
「一緒だとナナリーが喜ぶ。それにお前、ロクなもの食べないんじゃないか?」
「そんなことないと思うけど…」
「成長期なんだ、たまにはお前が作る単純飯よりも、美味いものを食べていけ」

ぱっとの顔が輝く。
うんうんっと大きく頷き了承する。
ゲットーで待っているナオトには悪いが、ナナリーと一緒の食事の方が最優先だ。
後でちょこっと連絡をしておこうと思った。

「えっと、えっと、じゃあ、咲世子さんに鶴の折り方も教わっていいかな?」
「…1日で覚えられるのか?」
「奇跡を信じて!」

はあ〜と大きなため息をついて、ルルーシュは呆れたように首を振る。

「奇跡ばかり信じずにたまには努力でなんとかしてみろ、
「だって、義兄上!この不器用な僕が1日で鶴を折れるようになるなんて奇跡が起こらないと無理だよ!」
「自分で言うな、自分で」

自分の不器用さは自覚している。
それでも、ナナリーが喜ぶのならば頑張って鶴を綺麗に折れるようになりたい。

「ナナリーもすごいけど、咲世子さんって器用だよね」
「咲世子さんは鶴だけではなくて、他にも色々折れるんですよ?」
「そうなの?」
「あじさい、チューリップ、ユリ、お花だけでなくて動物とかも」
「すごいなぁ」

日本人はやっぱり器用だな、とは思う。
同居人のナオトも色々器用な所がある。
今頃新しい住居の細々とした所をやってくれているのだろう。
それはとっても助かるのだ。

「日本の文化はすごいね。僕、畳とか好き」
「タタミ?」
「草の匂いがして、すごく自然に溢れてるって感じなんだ。ほら、昔クルルギの家でも畳の部屋に何度か行った事あると思うけど…」
「草の匂いがしていたお部屋ですね」
「そうそう。日本茶とか、そういう部屋にピッタリだよね」

暖かい感じがする日本の文化を、は比較的好んでいた。
ただ、嫌いなブリタニアの文化が嫌だけなのかもしれないが。

「たまに食べる咲世子さんの日本料理も大好き」
「でも、。お箸を使えるようになったのですか?」
「うっ!」

日本人は料理を箸という2本の細い棒を使って食べる。
それがなかなか難しく、は未だにフォークとスプーンを使ったりする。
ナオトとの同居している家では大体手づかみ、たまにフォークであるので箸が使えようが使えなかろうが関係ない。

「お箸、難しいですからね」
「う、うん…」

はしょんぼりしながらナナリーを見る。
好きな子には良い所を見せたいと思う気持ちがないわけでもないので、やっぱり情けないところを知られるのは嬉しくない。
不器用すぎる自分が悲しくなってくる。

「今日はたくさん食べていってくださいね、
「うん、勿論だよ!」

は大きく頷く。
ずっと一緒にはいられないけれど、たまにこうして食事して、話をして、ナナリーの声を聞いて側にいて、それが今は幸せだと思っている。
この幸せが危ういものの上に成り立っているものだと分かっていても。



ナナリーもルルーシュも、そしてもだが、ブリタニアの皇族だ。
ナナリーとルルーシュは亡くなった事になっているようだが、どうもだけは未だに行方不明扱いのようだ。
とっとと死亡扱いしてくれればいいものを、とは思うがその辺りも父の判断なのだろう。

(ロールパンが余計なことをっ!)

まだ戸籍上では生きていることになってしまっていると、ナナリー達が一緒にいることは喜ばしいことではない。
ルルーシュはそれを分かっているはずである。
ナナリーとルルーシュが皇族である事がバレてしまえば、今度はどんな目に合うだろう。
ブリタニアに支配されているここで、それがバレることはとても危険なことだ。

(それでも、僕がナナリーに会えて義兄上に会えるのは、2人の優しさから)

会いたいと思ってくれているから会える。
そしてそれをアッシュフォードも認めてくれているから、アッシュフォード学園にも通わせてもらっている。

(でも、スザクの処刑…か)

は租界の高いビルの屋上に立っていた。
租界ではサングラスはともかく、ウィッグはつけない。
どんなに遠くてもには関係ないが、あえて今日租界にいる事を選んだのは、1人で考えたかったからだ。
今日はスザクが容疑者として処刑場に連れて行かれる日。
多くのブリタニア人の批判を受ける中、彼は見せしめとなる。
はそれを”視る”。

(ん?あれ…?)

スザクを乗せた軍用車に近づくように、1台のトラックのような輸送車が近づいてくる。
ゆっくりとだが、まるで遮るかのように。
そしてそれが対峙すると、雰囲気が変わった。

(何だろ?)

仮面を被った男…だろうか、その男が何かを要求しているらしい。
生憎仮面を被っている状態では、読唇術で情報を読み取るには何を言っているのかさっぱりだ。
たいした武装もせずにこんな真正面から、スザクを救うともいうのか、無茶なものだ。

(こんな無茶苦茶なこと、一体誰が……って、あれ?)

そんな風に”視て”いると状況が一転する、仮面の男がスザクを浚い、それを庇うかのように動いたのはスザクを拘束していた軍用車にいたブリタニア軍人。
まるで彼を逃がすかのように他のブリタニア軍を攻撃する。
その混乱に乗じて、仮面の男は闇に乗じて逃げていく。

(なんだ、あれ?まるで何か魔法でも使ったみたい…催眠術とか?)

まるでこの世には存在しない不思議な力でも使ったかのような奇跡である。
奇跡という所でははっとなる。

(まさか…)

不思議な力と言えば、自分のこの”視る”力もそうだ。
こんな力が存在するのならば、強制催眠術のような力があってもおかしくはない。
だが、そうひょいひょいそんな力があるものだろうか。
が今まで生きてきて、似た類の力を持った者は1人としていなかった。
これについて何か知っているかもしれない父だけがいるのみ。

(とにかく仮面の男を探して…!)

闇に乗じて逃げてしまった仮面の男。
ぐるりっと租界を探し回り”視る”。
この力を使い続けるのは案外疲れるものだ、それが長距離なら尚更。
今回は短距離なのでまだいいが、眼が疲れてきた頃に仮面の男らしき影を発見する。
自分の目が暗闇に強い眼でよかったと思う。
でなければ見つけることが出来なかった。
ちょうどスザクが仮面の男に背を向けて去る所だった。
スザクを仮面の男が開放したのか、それとも別の理由があるのかさっぱり分からないが、スザクは怪我もなく無事ということに少しほっとする。

(まさか、裁判受けにブリタニアに戻るとか馬鹿なことしないよね、スザク)

馬鹿正直なところが変わっていなければ、そのまんまブリタニアに戻りそうである。

(それにしても、この仮面の人って誰なんだろ?声も聞こえなかったから男か女かも分からないし…)

マントで体のラインもはっきりしない。
背は低くないほうだ。
となると、分かるのは成人した人間ということくらいか。
はそのまま仮面の男の動きを追う。
周囲を警戒しているようだが、まさかが遠くから”視て”いるなどとは思わないだろう。

(あ、仮面を取る…)

冷静に見ていただが、見えた顔に目を大きく見開いて驚く。
思わず口をかぱっと空けてしまうほどにその人物の顔に驚愕した。

「あに…うえ?」

純粋に、そう、ただ純粋には驚いた。
予想もしない人物がそこにいたから。
ナナリーの次に大切だと思う存在であるルルーシュ。
仮面をとった先に見えた顔は、確かにルルーシュの顔だった。