WOT -second- 41



セルドに「オリジナル法術」の件を話してから2日後。
フィリアリナの屋敷にはエルグとシェルファナがシリンのもとへと訪問していた。
これは正式な訪問なのだが、対面したのはシリンのみ。
流石に何日も学院を休むわけにはいかないセルドは、本日より学院に戻っている。
エルグとシェルファナとの対面の後、シリンも外出して良いとの許可は両親からももらっている。

「シリン殿は、この件の緘口令については聞いたか?」

簡単な礼の言葉の後、エルグが切り出したのはそれだった。
その言葉にシリンは頷く。

「はい。兄様から今回の件について緘口令が布かれている事は聞きました」
「シリン殿ならば分かっていると思うが、今回の件は他言無用だ。シリン殿の兄と両親は誘拐犯だけに関しては知っているが、詳細はこちらも報告はしていない」

報告をしていないだけであり、知っているかもしれない可能性もある。
現にセルドは知っていた。
自身で調べる分にはエルグは止めないのだろう。
セルドも両親も、シリンの事を考えているので、知った内容を吹聴する事もない。

「あの場に待機させたのは、ティッシ軍の中でも特殊部隊に当たる者達だ。口の堅さは信頼してもらっていい」

その辺りはエルグを信頼しているので、シリンは何の心配もしていない。

「犯人は魔族だったが、私が知っている彼らの情報はとても少ない。なぜなら、彼らは彼らの住まう場所から離れる事は殆どないからだ。過去300年ほどの記録を見ても、彼らがティッシに1度でも来たという記録は全くない」

オーセイ北方から出る事が少なかったはずの彼ら種族。
シリンが思うにガルファの思いつきのような気がしないでもないが、それでも彼らはティッシに来た。

「魔族はね、シリン姫。このティッシから東の海を越えた大陸にあるオーセイの北方を住居としているの。彼らがオーセイに行く事はあっても、それより遠くへ足を運ぶ事は今までなかったのよ」
「だから情報が少ない。分かっている事は、彼らの法力がとてつもなく強大である事、人の姿をしていない事と人よりも長く生きているだろう事、そして…法術呪文も法術陣もなしで使える法術がある事くらいだ」

姿を見なければ情報を得る事も出来ないだろう。
しかし、姿を見せたからと言って得られる情報もそう多くはないだろう。
彼らがどうやって生まれ、どうやって生きているなど、彼らにしか分からない事かもしれないのだから。

「今回の件について緘口令を布いたのは魔族が関わっているからだ。イディスセラ族を受け入れようという不安定な今の時期に、魔族の事を公にして民衆の不安をあおるわけにはいかない」

人と違う姿を持ち、強大な力を持つ存在というのはそれだけ恐怖だ。
朱里との同盟が成されたこの時期に、そんな情報を公開して国を乱す事になってしまえば意味がない。
民衆には、正確な情報を提供すればいいというわけではないのだ。

「シリン姫への報告が遅くなってごめんなさいね」
「他のご令嬢達への説明を先にしておくべきだと思ってね、シリン殿が最後なんだ」

ということは、エルグとシェルファナが直々に浚われた彼女達の屋敷を訪問しているということなのだろうか。
国王自らそういうことをするのはとても珍しい。
意外そうだと思っているシリンの気持が分かったのか、シェルファナとエルグは苦笑する。

「今回だけは特別なのよ」
「魔族が関わっているからな。魔族に関しての情報を彼らを直接見た者から聞きたかったんだ。シリン殿を最後にしたのは、シリン殿との話が長くなるだろうと思ってな」

魔族の情報は貴重なのだろう。
だが、シリン自身は、それほど貴重な情報を得たわけではないと思う。

「魔族への対抗手段を模索している国は多い。そして、我が国も例外ではない。本格的に対抗策を考え始めたのは、前王である父の代からだけどな」
「前国王陛下の代からですか…」

シリンは前の国王を知らない。
存命ではあるのだが、何か理由があり退位して当時はまだ若かったエルグに玉座を譲ったという事を聞いている。
シリンがシリンとして物心ついた頃には、すでにエルグが王だったのだ。
前国王は、玉座を退いて以来、公の場に姿を現す事がない。

「ミシェル嬢が、シリン殿は魔族と何度か会話をしていたと聞いていたが、彼らと何を話したのか聞かせてもらおうか、シリン殿」

にこりっと笑みを浮かべているエルグだが、その笑みに温かさはない。
これはお願いではなく、王としての命令のようなものかもしれない。

「私が受けている報告では最初にいた魔族は8人、生憎と名までは確認できていない。戦闘時に現れた9人目の魔族については、アレは有名だな」

シリン達を助けてくれた部隊の者達の報告なのだろう。
あの時8人全員が船の外に出ていたわけではないが、8人の存在を確認できたのはすごいと思う。
流石プロの部隊というべきだろう。

「ドゥールガ・レサは有名、なのですか?」
「魔族の存在を知る者ならば、その名は誰でも知っている。残虐、獰猛、冷酷、同種すらも平気で駒とする、魔族の長ドゥールガ・レサ」

目を細めながら淡々と述べるエルグの言葉に、シリンは少し複雑になる。
翔太を愛していると言ってくれたドゥールガ。
良い人ではないだろうが、敵視しようとはどうしても思えない。

「けれど、確認できたのはその長の名前だけよ。他の魔族の名前は分からなかったわ。浚われた子達も怖い思いをした事を思い出したくないのか、あまり大した事は知る事ができなかったの」
「シリン殿は、彼らについて何か気付いた所はあったか?些細なことでもいい」

シリンは少し考えながら言葉を選ぶ。

「陛下がたは、今回の誘拐の目的はご存知ですか?」
「確信できる証言も証拠も何もないがな、狙われたのが10歳前後の貴族の令嬢という点で、想像はつく」
「オーセイでも似たような誘拐事件が、過去に何度か起こっているの」

朱里があるだろう方面に来る事はないだろう魔族が、どこから嫁を浚ってくるかと言えば、オーセイしかないだろう。
このティッシから大分離れた最西端の小さな国々ならば狙われる事もあったかもしれないが、外に出る事が少ない彼らはオーセイを狙う事が多かったはずだ。

「シリン殿は知っているのか?」
「嫁探し、と聞きました」

シリンの言葉に何とも言えない表情になるエルグとシェルファナ。

「嫁探し、という表現は間違ってはいない、わね」
「実際はそんな単純なものでもないがな」

子を産ませるために浚われる幼い令嬢たち。
浚われてしまえば”花嫁”などという綺麗な表現を使えるような、幸せな人生が待っているわけではない。

「ご存知かと思いますが、彼らの種族にも女性はいます。それでも人を浚うのは、同種では出生率が格段に低いからだそうです」
「出生率が低い、か?」
「はい。恐らく長寿であることを得たと引き換えに、出生率の低下となったのだと思います」

長寿であるが故に、生殖能力が低い。
それは進化というのか、退化というべきか、どちらかは分からない。

「成程、だから浚うのは貴族の令嬢というわけか」
「産まれる子の能力は少しでも高い事を望んでいるのでしょうね」

出生率が低い中、やっと産まれてきた子が強くなくては生き残れない。
生き残れないということは、彼らが絶滅してしまう可能性がある。
長寿とはいえ、彼らは決して不老不死というわけではないのだ。

「それから法術の事ですが、彼らが陣と呪文なしに使える法術は、結論を言えば陣を使った法術です」
「陣?だが、法術陣は見られなかったようだが?」

確かに見えないだろう。
彼らは獣の姿で、全身が毛で覆われている。

「見える所に陣がないだけです。彼らだけに伝わる方法かと思いますが、腕に特殊な法術陣を生まれた時に刻み込むようです。彼らが使える法術は恐らく多くて2属性、力の大小は自分たちの意思で調節が可能なもののようです」

シリンは、このあたりに刻み込むように法術陣があるはずだと分かるように、自分の右腕を左指で示す。
多くて2属性というのは手が2本だからだ。
脚や身体にも刻み込む事もできるだろうが、あの手の法術陣は身体への負担が大きいとシリンは考える。
3つ以上の属性の法術陣を身体に刻み込むのは無理だろう。

「それは、シリン姫からみて理論上可能なものかしら?」
「理論上は、としか言えませんが可能です。ですが、身体に法術陣を刻み込んで使う方法はお勧めできません。恐らく、普通の人では身体が持たないでしょうから」

遺伝子改良され、普通の人よりも頑丈にできている彼らだからこそできる方法。
過去の文明が生み出した悲しい結果だ。
そして、さらに悲しい事に彼らは兵器として生み出された。
どんなに強大な法力を持っていても、長寿であっても、頑丈な肉体を持っていても、呪文なしの法術が使えたとしても、それは戦いの場での有効なものばかりだ。

「腕に刻み込むという事は、使う法術の属性は二度と変わらないということか?」

エルグに問われ、シリンは少し考える。
実際腕に刻まれている法術陣を見たわけではないが、どんな法術陣を描いてあるのかは見当がついている。
彼らがその法術陣を利用して使う法術を防ぐ方法が分かるからだ。

(属性を変えるという事は陣を書き変えるってことだから、できなくはないだろうけど…、かなり難しい作業になるし、理論理解してないと正しく書き変えることなんてできないだろうから)

途中で属性を変更させる事は無理だろう。
彼らが理論を理解していない以上、2つの法術陣を並べて使う事も不可能のはずだ。

「彼らでは、変えられないと思います」
「シリン殿にならば出来るという事か」
「そう、ですね…。たぶん、その法術陣を見れば、変更も解除も可能だと思います」

身体に刻み込む方法がどのような方法を使っているかによるが、不可能ではない。

「あと、彼らが乗ってきた船ですが、あれは過去の文明の遺産だそうです」
「過去の文明か。量産されている可能性は?」
「ゼロでしょう」

きっぱりとシリンは言い切る。
船室の中にあった法術陣といい、船を維持している法術陣といい、その船に使われている材質といい。
あれは、過去の科学力があってこそ作る事が可能なものばかりだろう。
しかし、過去の文明で何も驚かないという事は、過去に発達した文明があったことを、恐らくエルグとシェルファナは知っているのだろう。

「他にもあれと同じ船があるのかしら?」
「ある、かもしれないですが、あれより小型の船はあると言ってました」
「…空を移動する船は厄介だな」

今この世界に空を移動する船は、公には存在しない事になっている。
存在する事を知らなければ、船が空を移動していると考える人は少ないだろう。
つまり、盲点になってしまうのだ。

「あの船だけに限定するのでしたら、私の仕掛けがそのままで持って帰ったので、破壊は可能ですが…」

シリンはぽろっとそんな事を言ってしまう。
その言葉ににやりっと笑みを浮かべたエルグを見て、失言だったと感じた。

(し、しまった…。これは言うべきじゃなかったかも)

あれだけ大きな船を破壊すれば、被害は甚大だ。
破壊された場所が民家のない所ならばいい、海の上ならば一番理想的だろう。
だが、今船がどこにあるのか分からない。

「まあ、破壊は少し物騒だな。それは1つの切り札にでもしておいてくれ、シリン殿」
「はい、分かりました」

今すぐ破壊してくれ、と言われなくてほっとするシリン。
船の存在が危険だとしても、流石にどんな被害が出るか分からない状態では、破壊命令など出さないだろう。
後々、魔族と戦争という事態になったらどうなるか分からないだろうが…。


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