WOT -second- 34



夕食をグルド達と一緒に食べるようになって本日3回目。
今日は何故かグルドの姿が見えなかった。
いるのはゲインと他の獣人3人である。

「グルドはいないんだね」

いつもグルドが座っている場所の隣に腰をおろして、シリンは隣にいるゲインに話しかける。

「ドゥールガ様から連絡が入ったようっすから。もう少しすれば来ると思うっすよ」
「お父さんからの定期連絡ってこと?」

シリンの”お父さん”発言に大層複雑な表情をするゲイン。
それが聞こえていた他の人たちも同様である。
ドゥールガがグルドの父である事は間違ってはいないはずだが、シリンは自分が何かまずい事を言ったのだろうかと首を傾げる。

「いや、あの…、あの方をそう表現する人っていないっすから」
「けど、グルドのお父さんってのは本当だよね?」
「はい」

親子だからといって慣れ合うような年齢でもないだろうし、ドゥールガが彼ら種族の長である以上、”お父さん”という雰囲気はないのだろう。
シリンはなんとなく、もう少し彼らの反応を見てみたくなり言葉を考える。

「つまり、グルドは今親子のコミュニケーションしてるんだね」

にこっと笑顔でシリンがそう言うと、ぶっとタイミング悪く飲み物を飲んでいた者が吹き出し、食べている最中だった者はむせる。
ゲインはパンに手を伸ばしたままぴたりっと動きを止めている。
ぎぎぎっと音が聞こえてきそうなぎこちなさで首だけを動かしシリンを見るゲイン。

「お、おやこのこみゅにけーしょん、っすか?」
「違わないでしょ?」

決して間違ったことをシリンは言っているわけではない。
内容はどうあれコミュニケーションではあるはずだ。
ただの義務的な報告連絡であっても、そこに親子という関係がある以上は親子のコミュニケーションであることは間違いではないだろう。

「何にしても、コミュニケーションは大切だよ。ほら、お嫁さんもらうつもりなら相手をちゃんと口説く為にもコミュニケーション必要でしょ?」
「お嫁さんっすか?」
「好きになって欲しいなら、ちゃんと自分から口説かないと」
「く、口説、くっすか?!」

そうだよ、と返そうと思ったシリンの言葉が口から出る前に止まる。
口を半分開いたままシリンは少し顔を顰める。
小さな悲鳴が聞こえた気がしたのだ。
だが、それは気のせいではないようで、この場の雰囲気が変わったように思える。
先ほどまでは、ほのぼのとした明るい雰囲気だったというのに緊張感が漂っている。

「ゲイン、さっき…」
「シリンさん。グルド様が来るまで何があってもオレから絶対に離れないで下さいね」
「ゲイン?」

遠慮ない足音がこちらに近づいてくる。
同時にぺたぺたと裸足で歩いているかのような小さな足音。

(…ガルファ?)

ゲイン達が緊張する人物でここにいる人物と言えばガルファが思い浮かぶ。
だが、彼は1人ではないように思えるその小さな足音が気になる。
確かめるべきだと思ったシリンは腰を浮かせようとするが、腕をゲインに掴まれ止められる。
この腕を振り払うか迷っているうちに、ガルファが姿を見せ”誰か”を引っ張ってきているのが分かった。
その誰かがこの小さな足音の主で、真っ青な顔で震えながらも決して泣かないように唇を噛みしめているのが見えた。
シリンは一瞬頭の中が真っ白になるのを感じた。
ガルファが引っ張っているのはふわふわの栗色の髪の毛、可愛いと思えるその顔立ちは恐怖にひきつっており、ミントグリーンの瞳は零れそうになる涙を堪えている。

「し、シリンさん、駄目っす!」

ゲインが慌てるような声が聞こえた気がした。
その場に立ちあがり、周りに聞こえないような小さな声で小さく何かを呟くシリン。
誘拐をして花嫁を浚っているのだとしても、扱いは決して悪くしないだろうとシリンは彼らをどこかで信じていた。
すっとガルファに向かって右手のひらを向けるシリン。

「護るべき者、深き空間を渡りて導く光の元へ。嵐を呼ぶ新緑の風、闇を纏いて巻き上げよ」
「はあ?」

シリンが口にした法術呪文の意味が分からなかったのか、顔を顰めたガルファは次の瞬間、緑の風に包まれて吹っ飛んだ。
どんっと大きな音と共に室内の壁に叩きつけられる。
ぽすんっとシリンの腕の中に倒れ込むように転移したのは、先ほどガルファに髪をひっぱられていたミシェルの身体。

「扱いは丁重にしていただきたいんだけどね。ガルファ・レサ?」
「し、しりん…さま」

シリンは腕の中にいるミシェルを自分の後ろへと促す。
ゆっくりとまだ震えながらミシェルは、シリンの後ろへと移動する。
その間に壁の方に吹っ飛ばされたガルファが起き上がっていた。

「貴様…」

ガルファはばちばちっと手に雷を纏う。

「ガ、ガルファ様!それはいけません!」

シリンに攻撃する気らしいガルファに、ゲインが制止の声をかける。
だが、そんな声など聞こえないかのように、ガルファは手を振り上げる。
雷撃がシリンへと向かうが、シリンは左手をすっと上げて軽く振りはらう。
それだけで向かっていた雷撃はふっと霧散した。

「なっ?!」
「放て鋭き風の刃」

振り払った左手を再びすっと振り上げると、風の刃が3つほど放たれガルファに向かう。
恐らく防御結界などできないだろうガルファはその場から、とび上がる。
だが、風の刃はガルファが避けた方向へ向きを変えガルファに襲いかかる。
風の刃が切り裂いたのは、ガルファの腕を浅く3か所のみ。

「貴様ぁっ!」

再び手に雷を纏って、今度はシリンに直接向かってくるガルファ。
シリンは冷静にガルファを見て、すっと小さく構える。
後ろにいるミシェルに怪我をさせないように、彼女を絶対に前へ出さないようにする。
先ほどの雷撃を霧散させたのは、シリン自身にかけられている自動防御の法術だ。

「そこまでだ、ガルファ」

グルドの声が響き、ガルファの動きがぴたりっと止まる。
ゆっくりとこちらへ向かってくるグルドの姿。

「花嫁候補を里へ移動させるまでは、小さなものでも騒動は避けろ、と言われているだろう?」
「…ちっ!」
「ゲイン、その女を部屋に戻して来い」

くいっとミシェルを示すグルドにゲインは動く。
近づいてくるゲインにミシェルはびくっと震える。
先ほどのような扱いをされれば仕方ないだろう。
迷いながらも、逆らえないと思ったのか表情を硬くしながらゲインについてくのが見えた。

「シリン」

ふっとシリンは顔を上げてグルドを見る。
グルドはシリンの首へと手を伸ばし、かちりっとその首へ何かをはめる。

「え?何?」
「悪いな法力封じだ」

首のあたりを確かめてみれば、細い輪が首にはめられている。

「父上から”そろそろ戻って来い”とのことだ、ガルファ。数日のうちに発つぞ。周囲もどうやら煩いようだからな」

ちらっとシリンへ視線を向けたグルド。
それはエルグが配しただろう人の事を言っているのだろうか。
場所を見張る為に誰かに随時見張らせてはいるだろうが、それに気づかれているという事。

「シリン、お前はこっちだ」

ひょいっとシリンの身体を担ぎあげるグルド。
そのままシリンを担いで向かう先は、シリンが今までいた部屋とは違う方向だ。

「グルド?」
「悪いな。これ以上泳がせておくわけにはいかなくてな」

ぎくりっとシリンの身体が強ばる。
それは、シリンが何かしようとしていたことが、最初からわかっていたという事なのか。
それでいてシリンの好きにさせていた。

「今まで囮を使われた事は何度もあった。表面上俺達と普通に接して逃げる為の情報を得ようとしていた女もいた。だが、生憎と逃げだす事に成功した例は1つもないがな」
「それって、分かっていたって事?」
「シリンの俺達への対応が演技だとは思わないが、何かは探っていただろう?」

そこで何も言葉を返さず黙るシリン。
くくくっとグルドが笑う。

「まだまだ子供だな、詰めが甘い」

グルドはシリンに対して警戒をしているようには見えない。
今までの接し方と変わらない。
気づいていながらシリンと普通に話をしていたという事なのだろうか。

「遅くとも1週間後には里についているだろう。それまで俺の部屋で大人しくしていろ。生憎と俺の部屋の扉は重いから、逃げたくとも逃げられんぞ、シリン」

ぴたりっとグルドが足を止めた先にあるのは一つの扉。
扉の縁を鉄だろうか…金属で補強してあり、鍵はかかっていないようでグルドがそのまま押すと開いた。
シリンを担いだままグルドは部屋の中に入り、扉がゆっくりと閉じていくのが見えた。
ぽんっと室内にある巨大なベッドに放り投げられるシリン。
ばっと反射的に身構えるが、その反応に逆にくくくっと笑われてしまう。

「警戒している女に何かするほど外道じゃないつもりだ。大人しくしていろ、そうすれば悪いようにはしない」
「私は別に構わないよ。他の子達の安全を保障して」
「ああ、勿論だ。ガルファには二度と勝手なことをさせないよう見張る。最も、ガルファ自身これからそんな余裕もなくなるだろうがな」
「それは絶対?」
「絶対だ。グルド・L・レサの名にかけて誓おう」

シリンはじっとグルドを見る。
グルドは決して彼女達に乱暴をしようとはしていなかった。
それに関しては信用できるだろう。

「それから、しばらく俺はこの部屋には戻らないから、安心してベッドで寝ろ。添い寝して欲しいというのならば別だがな」
「必要ないよ」
「だろうな。とにかく、逃げるなよ、シリン」

シリンはその言葉に頷かない。
そうなることが分かっていたのか、グルドは何も言わずにそのまま部屋から出て行った。
ゆっくりと閉まる扉はその扉の重量を表しているかのようだ。
試しに完全に閉まった扉へと近づき、ぐっと押してみる。

(びくともしない…)

焦りそうになる心を落ち着かせるために、シリンは大きく息をつく。
すっと右手のひらを広げて法力が完全に封じられたかを確認する。

「淡き光の導きを」

右手のひらには何の反応もない。
本当にシリンが持つ小さな法力も綺麗に封じられているようだ。
首にはめられているせいで、どんな法力封じなのかも目で確認できない。

(でも…)

シリンは左手のひらを上に向ける。

「解放」

ふっと出現する扇が1つ。
それをシリンはぎゅっと握り締める。
シリン自身の法力を封じられた所で、シリンには殆ど影響はない。
先ほどガルファを吹っ飛ばした法術も、シリンが良く使う高度な法術類も、すべてシリン自身の法力を使っているわけではないのだ。

(この法力封じの構成が分からない以上、外すのは脱出時じゃないと)

問題は予定を早めなければならないということだ。
グルドに自分が泳がされていた事を知り、シリンは自分が素人である事を実感する。
例えさまざまな法術に対応できても、シリンは決して経験豊富でも実戦経験があるわけでもない、ただの素人でしかないのだ。


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