WOT -second- 33



大雑把にだが彼女達への説明をし、彼女達はシリンへベッドに移るように交渉し出した。
結構真剣な話をしていたはずなのだが、シリンがソファーに寝る事は絶対に許せないことのようである。

「よろしいですか、シリン様!本日はちゃんとベッドで眠ってくださいませ」
「そうです。本来ならばシリン姫様ではなく、年長者の私がソファーに行くべきなのです」
「え?それも、何か違うような…」

先ほどとは打って変わって、シリンは圧されてしまっている。
今夜も色々こそこそ作業をしようと思っている手前、夜中にベッドに途中から潜り込むのは大変申し訳ない気がするのだ。

「シリンさまには、万全の体調であっていただきたいのです」
「セレン、良い事を言ったわ!その通りですわ、シリン様!」
「えっと…」
「えっと、ではありませんわ!」

じりじりっとソファーに座っているシリンに寄ってくる彼女達。
女は怖いというが、今まさにその状況かもしれない。
シリンの事を心配してくれているので、悪気はないだろうが、年長者云々を当てはめるのならばシリンが一番年長者だ。
精神年齢で、という注釈がつくが。

「随分と賑やかだな」

部屋の中に突然ふって湧いた男の声に、びくりっと大きく肩を揺らせ怯えた表情を浮かべ出すのは彼女達4人。
ふっと部屋の扉の方を見れば、グルドがそこに立っていた。

「グルド?」
「朝食を運んできた。それから、シリン。良ければ今から案内してやるが来るか?」

案内というのは昨日言っていた訓練室の事だろう。
普段食事を運んでくるのはグルドではない。
ついでだったのか分からないが、グルドの手には大きな籠が1つ。
シリンはひょいっとソファーから降り、恐怖で固まっている彼女達の間をすり抜けてグルドの元へと近づく。

「一応、私も朝食食べたいんだけど?」
「ならば、この中から2つ3つ持っていけばいい」

グルドは籠の中からパン1つと果物2つを取り出し、シリンへと放り投げる。

「ありがと」

グルドは部屋の扉の近くにとんっと籠を置く。
彼女達の反応から近づかない方がいいと思っているようだ。

「し、シリン様!」

ミシェルに呼ばれて、シリンは振り返る。

「ちょっと出てくるけど心配しないで。多分お昼頃には戻るから」
「で、ですが…」
「ベッドとソファーに関しては保留ね」

ひらひらっと手を振りながら、シリンは部屋の外に出る。
心配そうな彼女達の視線が少しだけ気になったが、この船の中を歩き回れる数少ないチャンスを逃す事は出来ない。
まだまだ情報が必要なのだ。

「この船にちょっと”興味”があるだけだから」

にこっとシリンは笑みを浮かべる。
この言葉でミシェルがシリンの言いたい事を分かってくれるか分からない。
ミシェルは何か引っかかったようにじっとシリンを見つめてきたが、シリンは言葉を続けずにそのまま部屋を出て行った。
シリンがこの船内について詳しく調べるために、グルドについていくという事を理解してくれれば何よりだ。

「何の話をしていたんだ?」

歩きながらグルドが聞いてくる。

「ちょっと昨日ソファーで寝た事怒られちゃってね」
「ベッドは狭いか?」
「そういう訳じゃないんだけど、寝るのが私だけ遅かったから途中でベッドに入ると起こしちゃうかな?って思ってね」

別に隠すようなことでもないのでシリンは正直に話す。
シリンはぱくっと手に持っているパンを口にくわえる。
グルドがじっとシリンが歩きながらパンを食べている様子をじっと見てくる。
何か話したい事でもあるのだろうかと、シリンはグルドに視線を向けて首を傾げる。

「そんなに腹減っていたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど…。歩きながら食べるのはまずい?」
「俺は気にしない」

はむはむとパンを食べるシリン。

「訓練室ってどこにあるの?」

そこを案内してくれるからこそ、グルドはシリンの所へと声をかけに来たはずだ。
この船は本当に広い。
なるべくどこに何があるかを把握しておきたい。

「丁度この下になる。半分は動力関係だが、半分は訓練室だ」
「下って事は、下の階?結構広くない?」
「かなり広いな」

訓練室というのだから、その当時は何かの訓練に使っていたのだろう。
それを考えれば確かにそれなりの広さがなければ意味がないかもしれない。

「今訓練室に誰かいる?」
「いないと思うが、ガルファがいないことは分かっているから誰かがいても平気だろう。ガルファ以外はシリンには比較的友好的だろうからな」

シリンは首を傾げる。
少なくともシリンが会話したことあるのはグルドとゲインくらいで、他の人たちとは交流していない。
それなのに友好的なのだろうか。

「俺やゲインとの接し方を見ているから友好的なんだろうさ。人間のしかも女に普通に接してもらう事は本当に数少ない」
「私は女って言う年齢でもないんだけど…」
「俺達から見れば伴侶の対象年齢だから、十分女だ」
「…結婚早いんだね」

10歳前後の少女が”女”という認識という事は、このまま大人しく浚われれば即誰かの嫁にされるという事なのだろう。
そして徐々に慣れさせていく。
慣れればいいが、慣れなければ浚われた子達は相当キツイだろう。

「結婚、か」
「結婚じゃないの?」

ため息をつきながらのグルドの言葉に、シリンは不思議に思う。
奥さんをもらうという事は結婚ではないのだろうか。

「俺達種族は生憎と、人間のような派手な式を挙げるわけじゃないんでな。仲介人1人置いて、神の前で誓うだけだ」
「へぇ、なんかすごく神聖なものっぽいね」
「実際はそんな神聖な式にはならないがな」

花嫁候補の彼女達は魔族を恐れる。
大人しく震えているだけならばまだしも、騒がれてしまえば式どころではないだろう。
その様子がなんとなく思い浮かんでしまう。
そして何よりも、ガルファの様子を見る限り、扱いが必ずしも良いとは限らなそうにも思える。

「シリン、この階段を降りるぞ」
「ん」

段差としては高い階段があり、それをタンタンっと降りていく。
段差が高いのは彼ら種族仕様になっているからだろうか。
降りられない高さではないが、少し降りにくい。
階段を降り切ると、大きな扉がひとつ。

「訓練室とは、このでかい扉で隔たれている。シリンの力じゃ開かないだろうな」

くくくっと笑いながら、グルドは片手でその扉を押す。
ずずっと重そうな音をたてて扉がゆっくりと開く所を見ると、頑丈さなどを考えてあるのか確かにシリンの力では開きそうもない。
扉の向こう側に広がるのは、まっ白い広い空間。
どれくらいの広さだと言えるだろうか、少なくとも説明できるほどぱっと見た感じでは分からない程の広さである。

「すごい広いね…」
「訓練室だからな」
「ここ、何で真っ白なの?」
「さあな。真っ白と言っても、製作者の趣味らしく、壁には洒落た模様が描かれてはいるらしいがな」
「模様?」

シリンは近くの壁に近づいて、じっと顔を近づける。
そこには確かに少し色の違う白で何かが描かれているように見える。
ただ、その模様はかなり大きいようだ。

「あ、ほんとだ」
「見えるのか?」
「へ?何で?」
「俺達種族は色には少し弱い目でな、微妙な色の違いはあまり分からないんだよ」
「へぇ〜、けどこうやって違うと触った感じとかも違うんじゃ…」

壁に手を当てて撫でてみるシリン。
だが、触れた感覚はつるっとしたもので、何かが描かれている場所では違和感も何もない。

「あれ?」
「上にさらにコーティングをしているらしいぞ」
「コーティング?」
「物騒な法術を使っても壊されないように、綺麗にコーティングされている」
「ま、確かに必要だよね。訓練で船が潰れちゃったら意味ないし」

丁度壁に顔を向けているシリンは、グルドに背を向けている形だ。
なるべく自分の纏う雰囲気を変えないように、シリンはすっと真剣な表情になる。

(模様とコーティング、もしかしたらここも何かの法術陣があるのかもしれない)

グルドがいるこの場では下手な行動は出来ない。

「これだけ綺麗ってことは、ここはあまり使わないの?それとも結構丈夫ってこと?」
「船自体を出す事は十数年に1度くらいだからな、訓練室もあまり使わないと言えば使わない方だろう。だが、傷がないのはこの壁のコーティングが甲板同様特殊なモノって理由だろ」

こんこんっとグルドは壁を軽く叩いてみせる。
傷一つも見られず、まっ白に輝く白い壁。
800年以上経っても衰えることがない物質。
甲板のものと同物質であると考えて、一度壊れると脆いとはいえ壊れないない限りの耐久はかなりのものだろう。

(こういう過去の遺産って、結構、ある…んだよね。ちょっと前に、桜と似たような人口知能生命体も2つほど目覚めているって言ってたし。そう言えば、そのうちの1つがオーセイでって…)

ぞくりっとシリンの身体に嫌な予感が駆け巡る。
今になって思い出す、桜と同等の核兵器以上の物騒な戦争に使われた兵器の事。
その時一緒にグルド達のような種族もいるような事を聞いたのだ。

(ちょっと、まって)

シリンは最終手段として桜の存在があるから、比較的安心していた。
誘拐事件にそんな兵器を出してくるとは考えにくいが、それが確実に存在しているとしてこの事件に出てこないとは言い切れない。
今は、彼ら種族が今回のこの誘拐をそう重要視しているわけではない事を願うばかりである。
ドゥールガ・レサが生きているのならば、桜同様のその兵器の重要性は理解しているはずだ。
だからこそ、ここにそんな重要性の高いものを出してくる可能性は低い。

「シリン、どうした?」

グルドの言葉にはっとなるシリン。

「あ、えっと。こういう技術ってすごいな〜って考え込んでた」

へらっと笑ってみせるが、シリンは上手く笑みを作れた自信がない。
今、最悪の可能性を想定していても意味がない。
シリンがやることは、浚われた子達を安全に逃がすことだ。
悪い可能性に捉われて、上手くいくはずだった事が失敗してしまっては意味がないのだ。

「あまり顔色良くない。体調がすぐれないなら今日は部屋で夕食を取るか?」
「ううん、平気」

シリンは首を横に振って笑みを浮かべる。
部屋に閉じこもっていると、また最悪の可能性を浮かべてしまいそうになる。
そんな気が滅入るような事をするくらいならば、少しでも情報が得られる事をしたい。

「まぁ、シリンが一緒に食事をしてくれれば、ゲイン達も嬉しいだろうからいてくれた方がいいしな」
「それって、グルドも?」
「あ?」
「グルドも私が一緒の方が嬉しい?」

シリンは何も考えずに聞いただけだった。
グルドがその問いにすぐに答えずシリンをじっと見つめてくるので、シリンは自分が何か変な事を言ったのだろうかと思い考える。
そこで、ハタとなる。

(って、私、もしかしてかなり恥ずかしい事聞いた?!)

自分の質問した内容に慌てだすシリンを見て、グルドはくくくっと笑いだす。
それを見て、根拠も何もないが、シリンは少しほっとできるような安心感が心に広がったのを感じた。
こうやって何気ない会話で笑顔を見せてくれる人がいる種族が、そうそう物騒な兵器など持ち出したりするはずがないのではないか。
確信など何もない、ただの勘のような思いだが、それは先ほど浮かんだ最悪の可能性からの大きな不安を薄れさせるには十分だっただろう。


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