WOT -second- 23



部屋の扉はグルドが入ってきた時に開かれたまま。
部屋の四方にある法術陣をちらりっと見れば、それは発動していないように感じる。

「グルド様。この子と知り合いっすか?」

グルドを見ながら不思議そうに聞いているのはゲイン。

「何だ、お前は気づかないのか」
「気づかないって、何がっすか?」
「お前も彼女に会ったことあるぞ」
「ええ?!!」

盛大に驚くゲインはとても感情豊かだ。
まじまじっとゲインに見られるシリンだが、もしかしてゲインは人の顔を覚えるのが苦手だったりするのだろうか。
いや、シリンを覚えていたグルドの方がすごいのかもしれない。

『あの時は名前を聞かなかったな』
「別にそっちの言葉じゃなくても平気」
「何だ、共通語できるのか」

グルドはシリンを一体どこの人だと思っているのだろうか。
確かにあの時は翔太と話をしていたので日本語しか話していなかった。
イディスセラ族ではないと知っているから、共通語が出来る事くらいは想像ついただろうに、日本語の方が話しやすいと思っていたのだろうか。

「俺はグルド・L・レサ。お前は?」
「シリン」

シリンは簡潔に名前だけ述べる。

「家名は?」
「…フィリアリナ」

シリンのファミリーネームにグルドは純粋に驚いたようだ。
シリンの姿を目に入れた時と同様に目を開いて驚いている。

「ええ?!けど、だって、その法力でフィリアリナなんて有り得ないだろ?!」

(あり得なくて悪かったね)

叫ぶゲインを見ながら、シリンは内心ぼやく。
法力が少ない事に関して、シリンは劣等感があるわけでもないが、そう言われるはあまり好きではない。

「成程、噂のフィリアリナ家ご息女か。双子の兄に法力を全部もってかれたという噂の姫君ならば、その法力も納得いく」
「グ、グルド様、知っているんすか?」
「噂はな。フィリアリナ家の双子の話はかなり有名な話だ」

シリンとセルドの事は、あの閉鎖的な朱里にいた甲斐も知っている話だ。
この世界でもそれなりの身分にある者ならば聞いたことがあるほど有名な話ではあるだろう。

「ガルファはそれに気づかなかったから、お前に八つ当たりしたということか」
「…はい」
「傷は平気か?」
「大丈夫っす」

平気そうなところを見せようとして、ゲインはばっと立ち上がろうとするが怪我は軽いものではないようでふらつく。
シリンは反射的に手を伸ばして支えようとするが、やはりシリンの力では支えきれないようなので一緒に床にしゃがみ込んでしまう形になる。
ちらりっと扉の方を見れば、グルドが入ってきた時のまま、扉は開いている。
シリンはゲインの頬に右手を添える。

「千の力、淡き光の癒し」

ぽわっと白く淡い光が一瞬ゲインの頬を包み込むが、すぐに消えてしまう。
ゲインはシリンが法術を使ったことに驚く。

(よし、使える)

一瞬だけ発動させた法術は、法術が本当に使えるかを確認するためのもの。
扇を出して法術を使うのが一番早いのだが、あまり自分の手の内をさらけ出すわけにはいかない。
グルドとゲインには以前扇を使っていたのを見られているのだが、あれがシリンにとって大事な武器である事を知っているわけではない。

「ちょっと時間かかるけど、我慢してね」
「は?へ?あの、何をするつもりっすか?」

ゲインのシリンへの言葉遣いがいつの間にか変わっている。

「集めしは千の力、開かれし我が知識、交わりしは大地の絆、水の流れと緑の風の優しき願いを今ここに、淡き光の癒しの力」

シリンの呪文に合わせるように白く淡い光が、今度はゲインの全身を包みだす。
癒しの光が彼を覆う。
シリンの右手はゲインの頬にそえられたまま、そこを中心として癒しの光は広がっている。

(身体への負荷も多くない。この方法なら、人の法力使っても平気っぽいね)

この法術はゲインの法力を拝借させてもらっている。
使っている法力は少しずつなので本人は自分の法力が使われている事に気づいてはいないだろう。
シリンは今まで法力を自分の身に取り込んでから、法術を組み上げてきた。
だが、今の方法はゲインの法力を少しずつシリンの方に流し、同時に治療法術をゲインに施す。
自分を通路にして法力を流し返しているような状態だ。
この方法ならば無理に自分の身体に強大な法力を取り込む必要もなく、シリンにも負荷が殆どない。
欠点としては時間がかかることだ。
なので、戦闘時にはとてもではないが使えない。

「この部屋の法力封じは飾りだったというわけか」
「別に飾りってわけじゃないよ。あの扉が閉まれば、効果は出る」
「閉鎖空間で初めて意味をなす法力封じだったわけか。だが、いいのか?俺にそんな事を言ってしまって」
「だって、貴方はここに法力封じがあってもなくても気にしてないでしょう?」

シリンが法術を使った瞬間、グルドは驚いていなかった。
そして法力封じを飾りだと言った時も、それがどうでもいい事ように感じたのだ。
恐らく、グルドにとってはここに法力封じがあってもなくても変わらない。

「法術が使えた所で、ここから逃げられやしないだろ」
「外にはシールドがあるから?」
「いや」

グルドは小さく笑みを浮かべる。
それは自信が溢れる笑み。

「圧倒的な力の差は、どれだけあがいてもどうにもならんだろう?」

彼らから逃げられるだけの力がシリン達にはないのだと、言っているようなものである。
確かに彼らは強いのだろう。
それだけの自信があるのだから。

「圧倒的な力の前には、どれだけあがいても無力?」
「例外はあるだろうがな」

例外があることをあっさりと認める。
自分たちが最強であると思い込んでいる相手ならば楽だろうが、グルドはそうは思っていない。
かなり厄介な相手である。

「聞きたい事が山ほどあるような眼をしているな」
「聞きたい事はたくさんあるよ」
「俺もだ」

シリンはゆっくりと自分の手を握り締める。

(駆け引きってのは、あまり得意じゃないんだけどな)

例え中身が大人であっても、シリンの中身は普通の大人だ。
特殊な環境で育ったわけでもなく、駆け引きが得意なるような教育をされた訳でもない。

「話は後でゆっくりするとしようか」
「後で?」
「俺達の食事の時にゲインに呼ばせるから来る度胸があるなら来い。その時に聞きたい事に全部答えてやる」
「俺達?」
「ここには俺達一族が全部で8人いる。見張り2人を除いて6人で決まった時間に食事を取る。そこに来いってことだ」

普通ならば怯えて嫌がるだろう取引だが、シリンとしては反対に歓迎すべきこと。
そちらからここにいる人たちに会わせてくれるのだから。
誰がどんな人なのか、少しでも分かれば隙を見つける事が出来る可能性が上がるかもしれない。

「ゲイン、立てるか?」
「はい。もう、完全に大丈夫っす」
「そうか」

ひょいっと立ち上がるゲインは完全に回復しているようである。
軽く体を動かし回復具合を確認したらしいゲインは、ちらっとシリンを見る。

「あの…、治してくれて助かったっす」
「大したことじゃないから」
「けど、俺達一族は回復法術使えないっすから、あのまんまだとグルド様の足をひっぱりかねない事になっていただろうし」

何故かどこか丁寧な口調でシリンに話すゲイン。
治療をしてくれたからか、日本で会ったシリンの事を思い出したからか。
実際シリンがした治療は、シリンにとっては大した事がない事だ。
法力はゲインの法力、シリンがやったのはその法力を治癒力として返還しただけ。
それがすごい事なのだが、シリン的にはそうすごい事だと感じていないだけだ。

「何で回復法術使えないの?」

好戦的な一族ならば、戦いも多くするだろう。
戦いが多いのならば回復法術はどう考えて必須だ。

「使える人がいないんすよ。あの方も回復法術は使えないんで、俺は貴女が里に来てくれると嬉しいっす」

シリンを歓迎する様な言葉を聞き不思議に思う。
10歳前後の少女を浚っているのだから、彼女らに何かさせたい事があるのだろうとは思っている。
だが、そのさせたい事が何なのかはさっぱり分からない。
しかし、ゲインの物言いでは連れてきてこき使うような感じには思えない。

(浚ったのが10歳前後の少女でしかも貴族ばかりってのがね…)

考えていても分からないだろう。
食事のときに聞けば、なんでも答えてくれるらしいので、グルドに聞いてみればいい。

(一族のトップがロリコン趣味とかだったりして…って笑えない)

そんな理由で誘拐事件を起こしていたのだとしたら、ものすごく嫌だ。
だが、浚っている子たちの年齢を考えると、ロリコンではないところを完全に否定はできない。

「里…ね」

シリンはちらっとグルドを見る。

「食事の場に来るならば、それも話してやる」

国ではなく里。
それだけ少数の一族ということなのだろう。
数が少ないとされるイディスセラ族でさえ、国を成り立たせている。
少ないイディスセラ族の数も、千単位の人数はいるらしい。
恐らく彼らの一族はそれより少ないのだ。

(もうちょっと、翔太に詳しく聞いておくべきだったかな)

「行くぞ、ゲイン」
「あ、はい」

グルドはゲインを連れて部屋を出ていく。
2人で部屋に出ていき、ぱたんっと閉まる扉。
先ほど同様、四方にある法術陣が一瞬輝き、法力封じの効果が再び現れる。
シリンは小さく法術呪文を唱え、法術が発動しない事を確認する。

(閉鎖空間が成り立てば、効果は普通にある)

だが、扉が開かれるだけで効果が消える法術陣を無効にするのは簡単だ。

(連絡取らないとならないわけだし、この法力封じを無効にするのがまずは最優先かな)

よし、と気合を入れて、法術陣の構成を確認する為、シリンは一つの法術陣へと近づくのだった。


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