WOT -second- 22



ぱちりっとシリンが目覚めたのは、どこかの部屋のようだった。
寝かされていたのはちゃんとした寝台。
しかも、やけに巨大なベッドである。

(キングサイズ…?)

むくりっと起き上ってベッドの大きさをじっと見てみるが、この大きさである理由が良く分からない。

「シリン様!目が覚めましたのね!」

どこか安心したような声をかけられ、シリンはゆっくりと声の方を見る。
そこにいたのは涙ぐんでいる可愛らしい少女。
その後ろに顔色を真っ青にしながらこちらを見ている、シリンとそう年が変わらない少女が3人ほど。

「ミシェル嬢?」
「そうですわ、シリン様!」
「と、言う事はここは誘拐犯の所?」

ざっと室内を見回すシリン。
部屋はそう狭くはないが大きくもない。
ベッドは何故かこのキングサイズベッド1つのみ。
部屋には10歳前後の少女が全部で5名。
寝ようと思えばこのベッド1つで眠れない事もないだろうが、この待遇はどうなのだろう。
窓は一つあるが、何故か鉄格子付きで法術陣らしきものが刻まれている。
ぐるりっと再び室内を見回せば、室内に4つほど法術陣が見える。

「シリン様、もしかして貴女も…」
「そう言えば、ミシェル嬢もそうだったんだよね」

シリンの前に囮になった少女。
決して顔色は良くないが、他の令嬢に比べれば元気そうだ。

「どうして?貴方は曲がりなりにも、力を持たなくともフィリアリナのご息女ではありませんか!陛下にしても、グレン様にしても、何故貴女のような方を…!!」

ミシェルの言い方は決してシリンを見下しているようではなく、シリンをここに来させた、囮にさせた相手を責めているかのような言い方だ。
パーティーではシリンを完全に下に見ていたというのにだ。

「私を心配してくれているの?」
「呑気なことをおっしゃらないで下さい、シリン様!貴女は無力なのですよ!なのに、なのにこんな……」
「ミシェル嬢?」
「わたくし達を浚った者は化け物なのです!わたくし達はそれでも学院で彼らについて学び、対処もわずかならございます!ですが、シリン様はっ!」
「心配してくれるんだね、ありがとう」

状況が状況だからなんの力もないシリンの事を心配してくれるのだろう。
決して気位だけが高い貴族の子ではない。
こんな状況で無力なシリンをこき下ろすほど性格がねじ曲がっているわけではないのだろう。

(やっぱり、可愛いな)

だからこそシリンは思う。
彼女達を自由にする為にも、まずは外への連絡だ。

「とにかく外と連絡とらないとね」
「ですが、シリン様…!この部屋は法力封じが施されていらっしゃいますし、外へ繋がる唯一の窓はシールドが張られているのです」
「成程」
「成程じゃありませんわ!」
「ん、ま、とりあえず落ち着いて落ち着いて。大丈夫、なんとかするよ」

シリンはベッドから降り、窓の方へと近づく。
鉄格子に加えて確かにミシェルの言うとおりシールドも張ってある。
窓ガラスから見える外にも僅かに歪みが見える。

(二重…三重のシールドの可能性もあるかな?)

まずは部屋にあるらしい法力封じをどうにかするべきだろう。

「シリン様…」

不安そうなミシェルの声に、シリンはにこりっと笑みを浮かべる。
その後ろに座り込んでいる3人の令嬢たち。

「具合の悪い人はいる?ここから出るためにも、体調はやっぱり万全にしないといけないしね」
「脱出するおつもりなのですか?」
「そりゃ、最終的には家に戻らないと家族が心配するでしょ?」
「けれど、絶対に無理ですわ」

きっぱりと断言するミシェル。

「ミシェル嬢?」
「だって、だって、わたくしもここに浚われて誘拐犯の顔を見るまではそう思っていたのよ。けれど、けれど……」

じわりっとミシェルは目に涙を浮かべる。
さっと顔色が青くなり、かたかたっと震えだす。
シリンはミシェルの側により、膝をついてミシェルの顔を覗き込む。
相当怖い思いをしたのだろう。

「まさか、犯人が……ま、魔族、だなんて……!」
「魔族?」

なんだそりゃ、と一瞬シリンは思う。
ここは地球であり、魔族や魔物などは作られた話の中で存在する種族に過ぎない。
この世界で知能ある者はすべて人だ。
もう少し詳しく聞こうとシリンが口を開いたその瞬間、大きな音が響く。

ばんっ

大きな音をたてて、部屋の扉が開いた。
この部屋に入ってくると考えられるのは誘拐犯、もしくはそれに関係する者。
シリンは反射的にミシェルと浚われた彼女らを庇うように、彼女たちの前に立つ。
ずかずかっと遠慮なく室内に入ってきたのは2人。

「……ひっ」

後ろから引きつるような声が耳に届く。
すすり泣きのような声も聞こえる。
シリンは恐れず部屋に入ってきた乱入者を見る。

「相変わらず鬱陶しい反応だ」

吐き捨てるように言ったのは最初に部屋に足を踏み入れた男。
その姿というか、形にシリンは見覚えがある。
声が違うのでシリンがあった人とは違う人である事は分かる。

「まぁ、だが、その反応もそのうち変えざるを得ないだろうがな。啼き声になっ!」

くくくっと嫌な笑みを浮かべならがそう言葉を続ける男。
その男の言葉に僅かに顔を顰める、二歩ほど後方に立つもう一人の男。
いや、はたして彼らを男と表現していいのだろうか。
ミシェル達が恐怖で顔を引き攣らせる彼らの姿は獣の姿。
シリンが以前”日本”で会った彼らと同じような姿だ。
グルドではないが、グルドととても良く似た姿。

(うあ…、やっぱり)

浚われた瞬間に思い浮かんだ通りの姿を目にして、シリンは複雑な気持ちだ。

「で、ゲインが連れてきたのは、1人反応が違うこの小娘か?」
「はい」
「そうか…」

嫌な笑みを浮かべている男は、ちらりっとシリンに目をやり、すっともう一人の男へ手のひらを向ける。

「ガルファ様?」
「馬鹿がっ!こんな法力が小せぇ小娘連れてきてどうする?!偽物つかまされたのか?!ああ?!」

室内に響く怒鳴り声。
その声でシリンの後ろの子たちはさらに怯える。
その反応が嬉しいのか、男の顔が嬉しさで歪んだように見えた。

「で、ですが…っ!」
「いい訳は必要ねぇ!」

ガルファと呼ばれた男はもう一人の男に向けた手のひらを光らせる。
ばちっと光が散らばり、白い光がばちばちっと音をたてて男を襲う。

「ぐっ…がっ……がる、ふぁ…さまっ?!」

白い光は雷のようで、男を覆いつくすように痛みつける。
悲鳴を上げる彼を見て、シリンは思わず顔を顰める。
似たような姿である以上、彼らは仲間ではないのだろうか。
トドメとばかりにガルファと呼ばれた男は、更に力を強め彼を壁へと吹っ飛ばす。

(けど、法力封じがあるはずなのに法術を使った?この部屋の法力封じは条件があるものってこと?)

どんっと壁にたたきつけられる男。
満足そうにニヤリと哂うガルファ。

「いくらなんでもいいって言ったからってな、こんなカスじゃ意味ねぇだろ?なぁ、ゲイン?」

吹っ飛ばされた男、ゲインは小さく呻くだけだ。
壁に叩きつけられた痛みか、それとも雷を全身に受けた痛みからか。
どう見ても治療が必要にしか見えない。
だが、ガルファはそれを見下ろすように見るだけで哂っているだけだ。

「ああ、わりぃな。けど、無能なてめぇが悪いんだぜ?次は、ちゃんとした獲物捕まえてこいよ?一応この小娘も父上の土産にはしてやるがな」

くくくっとガルファは哂いながら部屋を出ていく。
同時にばたんっと大きな音をたてて扉は閉まる。
扉が閉まった瞬間、室内の四方にある法力封じと思われる法術陣が、ほんの一瞬輝きを見せたのにシリンは気づく。

(扉を開くと無効になるってこと?となると、思っているよりも脆い法術陣なのかも)

室内に残されたのはゲインと、彼らに浚われたシリンとミシェル達。
シリンはちらりっと彼女達を見るが、ミシェルだけでなく他の子たちも顔色を真っ青にして震えている。
ぽろぽろ涙をこぼして泣き出している子もいる。
声を上げて泣かないのは、声を出せないほど恐怖を抱いているということか。
シリンは立ち上がり、ゲインの傍に行こうとする。

「シ、シリン様…!いけ、ませんわ。ち、近づいては、きけ、危険、です」

カタカタ震えながらミシェルはシリンの袖をぎゅっと握ってシリンを止める。
シリンはミシェルを安心させるように笑みを浮かべ、ミシェルの手を放させる。
そして、ミシェルの頭を軽く撫でる。

「大丈夫、危険じゃないから」

酷い傷に思えるのに、立ち上がろうとしているゲインの所へ駆け寄るシリン。
ふらつく身体を支えようと手を伸ばすが、はっきり言ってシリンの力では支えられない。
彼の身体の大きさは成人男子より大きい。
シリンの伸ばした手は彼に触れるだけの状態になってしまうが、触れてきたシリンに心底驚いた表情をするゲイン。

「傷、酷そうだから無理に動かない方がいいよ?」

先ほどのガルファが使っていた法術陣は、彼ら一族が使う腕に刻まれているという法術陣なのだろう。
法術呪文も何もなかった。
ガルファの属性は雷、もう片方の腕に別の法術陣が刻まれていないと考えると、属性が分かっていれば対応は可能だ。

(あの手の性格は、相手の表面上の力しか見なそうに見えるから、隙をつくことは意外と簡単そうかな)

冷静に分析するシリン。
シリンは彼ら一族の事を翔太に聞いていたので、今ここで冷静になることができているのだろう。
彼らが”何”であるのか分からない者にとっては、自分たちとは違う姿を持ち、しかも自分たちよりも強い力を持っていれば恐れるのは当然。
未知の強大な力は誰だって怖い。

「回復系の法術は使える?」

とりあえずゲインをどうにかする事が、今すべきことだろう。
怪我をしている彼には悪いが、彼にこの部屋にいてもらっては困る。

「俺達一族は回復系の法術は使えない」

ゲインが普通に話せたことにシリンは少し驚く。
ガルファの攻撃はかなり容赦ないものだったはずだ。
話す事が辛い程の怪我を負っているのが普通と思える程に遠慮などかけらもなかったように見えた。

(そう言えば好戦的で、力重視の一族とかって翔太が言ってたよね)

力が重視される一族ならば、鍛え方も違うのだろうと思う事にする。
どうにか上手く直撃を避けていたのかもしれない。

「この部屋は法力封じがある。法術は使えないだろ」
「うーん…、そうかもしれないけど、とりあえず座ってて。大人しくしてないと傷が酷くなるかもよ?」

ゲインはシリンの言葉に素直に従って床にだが腰を下ろした。
大きなため息がこぼれていたのが見えたので、やはり決して軽い傷というわけではないのだろう。

(扉が開かれるだけで、法力封じが解除されるものだとすると、部屋全体が密閉状態で初めて成り立つわけだから…)

「部屋の扉って、やっぱり開かない?」
「いや、鍵はかけてないはずだ」
「は?」

普通鍵くらいかけるだろうと思って聞いてみれば、鍵はかけていないらしい。

「じゃあ、開くの?」
「普通に開くけど…」
「え、だって私が言うのもなんだけど、開いたらそっちからするとまずくない?」
「何でだ?」
「何でって…、だって、扉空いたままだったからさっきのガルファって人は法術使えたわけでしょ?」

シリンの言っている事の意味が分からないのか、ゲインは顔を顰める。

(ええっと、もしかして、この部屋の法術陣を全然理解してない?)

理論を理解して使っているわけではないだろうとは思うが、それにしてもその効果くらいは分かって使っているだろうと思っていたのだ。
どういう状態で効果が出て、どういう状態だとその効果が無効になるかくらいは知っているべきだろう。

「んじゃ、部屋の扉開けてもいい?」
「何がしたいか分からないが、開けるくらいは別に構わない。逃げようとしなければな」

首をかしげているゲインだが、シリンの方が首を傾げたいくらいだ。
何故法力封じの法力陣がどうなっているかを知らないのか。
圧倒的な力を持つ一族らしいから、例え法術を使われた所で大した害にはならないとでも思っているのだろうか。
シリンが扉の方に向かおうとそちらを向いた瞬間、閉められていた扉が再び開く。
ゆっくりと開かれた扉から入ってきたのは、1人の獣人。
一瞬ガルファが戻って来たのかと身構えたが、あれとは雰囲気が違う事に気づく。
だが、ミシェル達にとってはガルファだろうが誰だろうが全ての獣人は恐怖の対象のようで、小さな悲鳴がこぼれる。

「ゲイン、ガルファに吹っ飛ばされたらしいが平気か?」
「はい、大丈夫っす」

ゲインの言葉遣いが先ほどシリンに対してのものと変わっている。
かつかつっと足音をたててこちらに歩いてくる男は、シリンの姿を目に留め、一瞬金色の瞳を大きく開く。

「ほぉ…」

どこか嬉しそうに眼を細めた男は、シリンに対してにやりと笑みを浮かべる。
それは決してシリンを見下すような笑みではなく、何か面白そうなものを見つけて嬉しいと感じるような笑み。

『この場で会えるとは意外な再会だな』

彼の口から零れたのは、流暢な日本語。
ゲインがこの場にいる事から、彼もいるだろう事は分かっていた。
シリンは小さくため息をつく。
わざわざ日本語で話してきたのは、獣人の姿の見分けがつかないかもしれないシリンに、あの時会った者である事を知らせるためか。

『こちらとしては、あまり嬉しくない再会だけどね』

シリンも日本語で返す。
獣人が犯人であると知った時点で、グルドもいるだろうとは分かっていた。
先ほどのガルファの目を欺くことはシリンにも出来るだろう。
しかし、グルドはガルファとは違い手ごわそうに見える。
内部で動くにしても、情報を集めながら慎重に動く必要がある。
シリンは、そう強く感じたのだった。


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