WOT -second- 04



シリンは今セルドと一緒に父の前に立っている。
のんびり甲斐と会話をしていたシリンだったが、父に呼ばれてそちらに行けば、ミシェルの相手が終わったらしいセルドも一緒にいた。

「父様?」

ほんの少しどこか困ったような笑みを浮かべている父。
シリンはその父の様子に首を傾げる。

「エルグ陛下がセルドとシリンに誕生日のお祝いをくださったんだよ、シリン」
「…陛下、が?」

セルドの言葉に、朝そんなような噂があるとメイドが教えてくれた気がするが、本当だったとはと、少し驚くシリン。
セルドは嬉しそうな表情を隠そうともせずにシリンに笑顔を向けている。
それはそうだろう。
このティッシ国の国王陛下から誕生日のお祝いを贈られるということは、その存在を認識されているという事であり、期待されているという意味でもある。

「兄様には分かるけど、何で私にも…?」
「きっと陛下はシリンにも期待されているんだよ」

(何を!何を期待しているの?!兄様!)

と叫びたいところだが、嬉しそうなセルドの様子にそんなことも言えない。
自分がお祝いを貰ったのも嬉しいのだろうが、シリンも同じようにお祝いを貰ったのが嬉しいのだろう。
大切な妹であるシリンが国王陛下に認められたという事を意味しているのだから。

(周囲の人たちは、私のお祝いは兄様のおまけだと思っていると思うんだけどな)

「お祝いの品を持ってきて下さったのがクオン殿下でな、2人でご挨拶をしてきなさい。あちらにおられるから」
「はい、分かりました父上」
「はい、父様」

父が示した方向に亜麻色の髪の少年が見える。
クルスやエルグと同じ髪の色だ。
クオン・ティッシはエルグの息子であり、このティッシの第一王位継承者である。
名前だけはシリンも知っているが、顔を見た事はない。
クルスとエルグが似ていることからクオンも顔立ちは2人に似ているのだろうとは思っているが、性格だけは似ていないで欲しいと、ちょっと思っていたりする。

「クオン殿下」

声をかけたのはセルドだった。
その声に振り向いたクオンの顔立ちは思ったよりも幼く見えた。
確かクオンはシリンよりも1つ年下だったはずだ。

「セルド!」

クオンの表情がぱっと笑顔に変わる。
クルスも純粋な笑顔を見せる事があるが、クオンの笑顔はそれにそっくりだ。
裏もなくただ本当に嬉しいというだけの笑顔。

「本日はフィリアリナのパーティーにおいで下さり、ありがとうございます」
「いや、僕が父上に行きたいと無理を言ったんだ。セルドにどうしてもお祝いの言葉を言いたかったんだ」
「光栄です」

セルドとクオンは面識があるのか、とシリンは思ったが、クオンは学院に通っているはずだという事を思い出す。
クルスも以前は通っていたらしいので、その関係でセルドとも面識があった。
クオンとも似たような理由で面識があるのだろう。

(兄様って結構交友関係広い?)

はっきり言ってシリンの交友関係は狭い。
知り合いは少ないし、名前を聞いても顔を知らない人が殆どだ。
自分の交友関係の狭さを認識してしまって、シリンはちょっと落ち込む。

「ディット、あれを」
「はい、かしこまりました」

クオンの後ろに控えていた男が、紫紺の綺麗な布に包まれたものをセルドに差し出す。
ゆっくりと包みを開けるとそこあったのは銀色の細い腕輪。
宝石などは全くはまっていないシンプルなものだ。

「クオン殿下、これは…!」
「法力が大きすぎて安定しない事もあるだろうということで、父上が特別に作らせたものだ。セルドが成人するまでは、これで法力を安定させるといい」
「宜しいのですか?」
「勿論だ。父上がセルドのために作らせたものだからな」

セルドはどこかほっとしたようにそれを受け取る。

「兄様、法力が安定しないって…?」

シリンはセルドの法力が安定しない事もあるというのを全く知らなかった。
セルドはどこか困ったような笑みをシリンに向ける。
否定しないということは、法力が安定しなかった事が何度かあったということだろうか。

「そんな大変なことじゃないから大丈夫だよ、シリン」
「けど、兄様…」
「風邪をひくのと一緒で、そんな大層なことじゃないんだ」

恐らくシリンが生まれ持つはずだった法力も持って生まれてきただろうセルド。
セルド自身がそう感じているように、それは正しいのだとシリンは思う。
だが、それはセルドが”奪った”のではなく、シリンが”押し付けた”ようなものなのだ。
2人分の法力、それがセルドの中にある。

(言われなくても少し考えれば分かったはずの事だ。なんで、私、全然気付かなかったんだろ)

シリンは自分の迂闊さを悔やむ。
成長するにつれ、その法力に耐えられる身体にはなっていくだろうが、セルドはまだ9歳。
ただでさえ大きな法力を持つフィリアリナ家の人間でありながら、その法力は2倍。
不安定になるほどの強大な法力を身体が抱えきれないのは仕方ないことなのかもしれない。

「シリン姫は知らなかったのか、セルド」
「…シリンに言って心配をかけたくなかったので」
「随分と甘いんだな」
「僕はシリンが大切ですから」

シリンだってセルドが大切だ。
だから、心配かけるからと言わずに話して欲しかったと思うが、はっとなるシリン。
シリンもセルドの事は言えない。
朱里に浚われた時にさんざん心配かけたのに、正直には何も話していないのだ。
殆どの事を誤魔化してしまっている。

(お互い様、なのかな?兄様)

お互い様だから、今後も何かあっても隠し続ける、というわけにもいかないだろう。
話す事も大事なのだ。
シリンはセルドに心配をかけたくないと思って話しておかない事があったことを反省する。

「クルス兄上が気に入っている姫だと聞いていたから、そのくらい気づいてもよさそうなのにな」

まるで期待を裏切られたとでも言うようなクオンの言葉。
期待させるほどの何かが自分にあるとは思わないが、セルドの事を気づけなかったのは確かに自分の注意不足なので、シリンには何も言えない。

「それから…ディット」
「はい」

ディットと呼ばれた男はもう一つ紫紺の布に包まれたものを持っている。

「シリン姫、君にも父上から品がある」
「ありがとうございます」

シリンは精一杯の笑顔を浮かべる。
男が差し出した包みの中には小さな鏡がひとつ。
常に持ち歩けるような大きさで、飾りも何もついていないシンプルなもの。

「父上が君の事を考えて、護りの法術陣を組み込んだ鏡だ。何かあった時に護ってくれるだろう」
「お気づかい感謝します」

法術陣という事は、鏡の裏にでも刻まれているのか、少なくとも表面上は普通の手鏡にしか見えない。
持ち歩ける大きさということは、常に持っていろという事なのか。

(なんか、すごく嫌な予感がする…)

後で部屋で何の仕掛けもないかじっくり調べてみようと思った。
エルグには悪いが、何もない方が不気味で仕方がない。
何か仕掛けがあったほうが納得できるが、それが何か分からない状態ではやはり不気味だ。

「シリン姫、ひとつ聞いていいか?」
「はい、何でしょう」

蒼い目がじっとシリンを見る。

「クルス兄上は、君のどこが気に入ったんだ?」

不思議でたまらないとでもいうように、クオンは問う。
シリンはそれにどう答えていいものか迷う。
クルスがシリンを気に入っているのは、初対面で遠慮もせずにずけずけものを言ったからなのだろうとは思う。

(って言っても、何であそこまで懐かれているのか、私もあんまりよく分からないんだよね)

ただ普通に接しているだけで、シリンは別に特別な事をしているわけではない。
それがクルスにとって新鮮で嬉しいことなのだろうが、特殊な環境で育ったクルスの気持ちはシリンには分かり難いだろう。

「何か特別なものがあるわけでもないだろう?君はどう見ても普通だ」
「そうですね」
「僕はクルス兄上をとても尊敬している。クルス兄上は法術も剣術も体術も、そして政治や戦略に関しても、すべてにおいて才能があって素晴らしい人だ」
「はい、私もそう思います」

けれど、それは努力があっての結果なのだとシリンは思う。
そして才能があるかのように何でもできる人であっても、人は寂しさに耐えられなくなることがある、それはクルスも例外ではない。

「セルドだって、僕は将来はクルス兄上に並ぶ素晴らしい人になるのだと思っている。セルドにはそれだけの才能がある」
「兄様はとても頑張っていますから」

クルスもセルドもこの国では、その能力を認める者が多いほどに優秀な人達。

「君はその2人に好かれているようだけど、どうして何もしようとしないんだ?守られるしかないだろう自分を何も思わないのか」
「クオン殿下、シリンは…!」
「兄様」

シリンはまだ9歳になったばかりで、学院に通う事もできない。
そんな少女に何かを期待する方が酷であるのだと、セルドは言いたかったのかもしれない。
だが、シリンはそれを首を横に振って制す。

「そうですね。私もクルス殿下やセルド兄様のお役に立てるようになりたいと思っています」
「役に立つ…ね。君に何が出来るんだ?」

政治の事も分からないし、シリンの法力では軍などもってのほか。
出来ることは本当に少ないのだろうと思う。

「今の私にはきっと待つことしかできません」
「待つこと?それじゃあ、何もできないのと一緒だ」

シリンは少し困ったような笑みを浮かべる。

「そんな事ありません、クオン殿下。僕はシリンが屋敷で待っていてくれるから、帰る場所があると分かっているから頑張れるんです」

セルドがシリンの肩にそっと手を置く。
シリンが屋敷で待っていることで、帰ってこようと思えるようになる家族がいる。
待っている人がいるということはとても温かいこと。

「だが、セルド。それだけでは駄目だと思う日が来るぞ」
「その時は僕がシリンを守ります」
「人を守るというのはとても難しいぞ」
「それでも、…です」

クオンは僅かに顔を顰めた。
セルドの答えにクオンがどう思ったかは分からない。
シリンはセルドの言葉が素直に嬉しいと思えた。

(クオン殿下は、兄様を心配してくれているんだろうね)

どんなに素晴らしく才能がある人でも敵が全くいない人などいない、万人に好かれる人などいないだろう。
だから、クオンは言いたかったのかもしれない。
身を守るすべを持たない大切な妹の存在は、いずれセルドの弱点になってしまうと。
実際、そのクオンの心配は杞憂にしかすぎない。
何かあってもシリンは自分でどうにかできるものを持っている事を、クオンが知るのはまだ先の事だろう。


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