WORLD OF TRUTH 18



戦争が始まる。
そんなことは頭の中で嫌と言うほど分かっていたはずだった。
クルスの言葉で、父の言葉で、兄セルドが参加すると言った言葉で。
だが、実際のその開始の合図かのような爆音を聞くと怖くなる。
怖いのは自分の身が危機に晒されるからではない。
心が凍り付いてしまいそうなほどに怖いのは、ティッシにいるセルド、父、そしてクルスに、ここにいるカイ、愛理が対峙してしまうことだ。
カイのことは好きだし、愛理と話した時間も楽しかった。
血の繋がった家族のことを愛しているし、クルスのことは嫌いではない。

(あの城へと逃げる?そして、結果が出るのをじっと待つ?)

このまま何もしようとしなければそうなるだろう。
そして大好きな彼らが対峙し、どちらかが傷つくことに変わりはない。
その結果を望まないのならば、後悔しないような行動を自分で取るべきだ。

(今私が望むこと、それは…)

戦争が止まって欲しい。
願いはそれだが、そんな願いが叶うほどこの世界は甘くはない。

(傷ついて欲しくない。我がままだと分かっていても、カイ達も兄様達にも!)

戦争に引き分けなんてものはない。
どちらかが勝ち、どちらかが負けて終わる。
何をもって勝ちと成すか、何をもって負けとみなすかそれは分からない。

(私はティッシの勝利を望んでいるわけじゃない、だから、その為に今出来ることをやるだけ)

シリンはカイと愛理を見る。
顔立ちから分かるように、きっと2人の持つ法力はシリンが思っているよりも大きいだろう。
法術も使い方次第では、相手を傷つけるだけでなく追い払うという事ができる。
考え込んでいたシリンだったが、自分の身体がひょいっと浮き上がるのが分かった。

(え?わ、何?!)

突然カイに抱き上げられて慌てるシリンをよそに、カイは愛理を見る。

『愛理、飛べるな?』
『勿論』

2人同時にふわりっと体を浮かす。
身体が浮いたことに、シリンは一瞬ぎょっとする。
いくら抱き上げられているとはいえ、法術で空を飛んだ経験など殆どないシリンにとっては、ちょっと怖いのだ。
2人を援護するようにA・Iが扇を構え、ふわりっと軽く振る。
扇から風が舞い上がり、強風が吹き、その先から「うわっ!」「どわっ?!」と叫び声が聞こえた所を見ると、誰かがいたのだろう。

『随分と早い進行じゃの。早めに城へと向かった方が良かろう』

頷くカイと愛理。
言葉も印もなく、カイと愛理が意識するだけで風は彼らを城の方へと運ぶ。
A・Iも法術を使っているのかは分からないが、後方をついてくる。
抱き上げられているシリンの目に、数人のティッシ軍人らしき人影が見えた。

(進行が早すぎる!)

ティッシ軍人から法術が放たれる。
それは殺傷力のある法術。

「カイ、後ろ!」
「…ちっ!」

カイは懐から何かビー玉のようなものを取り出し、ティッシ軍人に向かって投げつける。

パンパンパンッ!!

ビー玉のようなものは火花を散らして破裂する。
そう殺傷力はないように思えるが、かく乱には十分の威力だ。
それを見て、あれ?とシリンは思った。

「カイ、あれって…」
「シリンにもらったやつ。使わなかったらずっと持ってたんだけど役に立ったよ」
「うーん…」
「シリン?」
「もうちょっと威力上げてもよかったかな?って思って」
「こんな時に何を…」

抱き上げられているシリンは後方を見る事ができる。
火花が直撃したはずの軍人は、そうダメージがなくすぐにこちらに向かってくる。
脱獄で役に立てばと渡したものなので、こんな本格的な戦争で役に立つとは思っていなかったが、遊びでなく本当に逃げる為ならもうちょっと威力があるものがあった方がいいかもしれないとシリンはこんな時にそんなことを思う。

(思ったよりも私、結構冷静かもしれない)

カイに抱き上げられているからか、戦争が始まると思った時よりも気分が落ち着いているのが分かった。

(大切な人に無事でいて欲しい、傷ついて欲しくない)

見ず知らずのティッシ軍人よりも、カイと愛理の方が大切。
そのティッシ軍人が父やセルド、クルスだったら話は別だが、それ以外なら追い払われる軍人を見ても、大変だな、くらいしか思わなかった。

(今の状況で私が守りたいと思うのは、カイと愛理。兄様たちはここにいない)

自分の身を守る為にも、今カイと愛理を守りたいと思う以上、自分にできることをする。
法力の少ないシリンに出来ることなどたかが知れている。

(けど、法力が少ないからこそ、理論をくみ上げて少ないながらの法術を作ろうとした知識が私にはある!)

法術の応用。
それがシリンにはある。
自分に発動が無理な法術でも、カイと愛理にならばそれが可能かもしれない。
知らない人であっても、誰かが怪我をするのは誰だって嫌だ。
犠牲なく追い払う方法があるのならばシリンはその方法を選ぶ。

(ティッシ軍の人たちをなるべく傷つけないように、それでいて追い払うことができる法術…、組み合わせとしては水か風…)

シリンが考え込んでいるうちにどんどんどんっと何か攻撃をされ、周囲の地面が削られ土ぼこりが舞い上がる。
完全にティッシの軍人が追いついてきたようだ。

『お兄ちゃん、私達はともかくシリンが危ないよ!』
『分かってる!くそっ…シリンがいるのに平気で攻撃してくるなよなっ!』

毒づくカイだが、シリンはこれは仕方ないと思う。
全ての兵士にシリンのことを知らされているわけではないだろうし、国をかけて攻めてきたというのにたった一人の貴族の子供のために、それを台無しにするような真似などできないだろう。

(悪いけど、遠慮しないでこっちも法術を組み上げさせてもらうよ)

軍人なんだから、それなりの覚悟を持っているだろうからいいだろう。
シリンはそう思う。
後悔するのは後だ、今何もしなければもっと後悔する。

『カイ、彼らに向けて私が今から言う法術呪文を詠唱して!』
『へ?は?シリン?!お前、言葉?!』

シリンがイディスセラ語を話せることを知らなかったカイは思いっきり驚く。

『いいから、繰り返す!』
『うぁ、はい!』

シリンの強い口調に思わずびしりっと姿勢を正すカイ。
くすくすっと思わず笑ってしまうが、ふっと真剣な表情になる。
シリンだと発動できない法術だが、カイの法力ならできるだろう。
カイはシリンを片手で抱えて、もう片方の手を空けてすぅっと後方を指す。

「大地に揺れる緑の風よ」
「大地に揺れる緑の風よ」

ふわりっと舞い始める緑の光を帯びた風。
これは風の属性の法術。

「空へと舞い上がる優しき風よ」
「空へと舞い上がる優しき風よ」

今度はやや青みの光を帯びた風が舞い上がる。
緑と青、2つの風がねじれるように空へとくみ上げられる。
舞い上がるのはただの風、だが、されど風なのである。

「全てを飲み込み、我の道を遮りしものたちを彼方へ」
「全てを飲み込み、我の道を遮りしものたちを彼方へ!」


ごうっ!!


風が全てを舞い上げる。
その威力と大きさは半端ではない。
それは大きな竜巻。
周囲の全てを風は巻き上げ、人も、建物も、土も。
しかしその風は緑色の光の粒を散らしながら、外へと向かってスピードを上げて移動していく。
道行く全てを巻き上げながら。

その威力に呆然としているカイと愛理。
カイに使うように促したシリンも予想以上の威力にかなり驚いている。

『よし!成功!』

ぐっと拳を握り締めるシリン。
多くのティッシ軍人を巻き込んでその竜巻は森の方に向かったが、家屋にも被害は大きく出ている。

『ごめん、家とかも壊しちゃった』
『あ、いや…』

家屋も巻き込むのを承知していてカイに頼んだシリンだが、謝罪は述べる。

(やっぱり、法力の大きさが違うとあれも発動できるんだ。それなら、他のもできるかな?)

驚いているカイをよそに、シリンは第二段の発動を考えている。
同じ法術ばかりでは防がれてしまう可能性が高くなる。
ならば次々に新しい法術を組み上げていけばいい。

『お兄ちゃん、すごい…』
『いや、オレは言われるままにやっただけだから』

カイは理解して法術を発動させたわけではない。
驚いているのは予想以上の威力だからか、それともシリンが教えた法術の威力が自分の知っている法術の中でもかなりレベルの高い法術と同じ規模ほどのものということで驚いたのか。
自分の使える法術がレベルの低いものばかりなので、シリンは法力の威力の基準がよく分からない。

『呆然としている暇などないじゃろう?急ぎ城に向かわぬと、次から次へと押し寄せてくるぞ』

A・Iの言葉にはっとなるカイと愛理。
確かにそうだ。
なんとかカイの放った法術で一時的にティッシ軍人を追い払ったものの、あれで終わりと言うわけではないだろう。

『シリン、今のもう一度教えてもらっていいか?』
『家屋破壊もしちゃうけどいいの?』
『とりあえずはティッシのやつらを追い払えれば構わない』

カイが気にしていないのならばいいのだろう。
しかし、全く同じものというのも芸がない。

(家屋の被害を最小限にするために、ちょっと組み替えておこう)

『全く同じなのもなんだし、少し変えていこうか、カイ』
『本当にいいのか?』
『何で?』
『だって、オレはティッシ軍人を追い払うために教えてくれって言ってるんだぞ』

シリンはティッシの住人だ。
それに気をつかってくれているのだろう。
シリンは思わず嬉しくなってふっと笑みを浮かべる。

『だって、カイと愛理の方が大切だからね』

カイは少し驚きながらもほんのりと頬を赤くする。
シリンの言葉が嬉しかったのか恥ずかしかったのか。

『城まで一気に行くぞ!』

カイの言葉に愛理とシリンが頷き、カイはシリンを抱き上げたまま再び城へと向かうのだった。
A・Iがシリンをじっと見ていたことに、誰も気がつかないまま。


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