WORLD OF TRUTH 16



シュリ国は大自然の中にあるようだった。
木々の中に大きな城が1つ。
それを囲むように、屋敷が点々とある。
広さはティッシに比べればそう大きくはないだろう。
でも、建物が城を除けば平らな建物ばかり。

(うそ……)

シリンは自分の見ているものが信じられなかった。
彼女に地面に下ろされ、自分の足で立ったことすら気づかないほどに。
カタカタと自分の体が震えるのが分かる。
どうして震えるのかすら分からないのに、震えは止まらない。

「シリン姫、どうした?」

シリンをここまでつれてきた彼女が心配そうな声をかけてくれるのも、耳に入らなかった。
彼女を迎えてきただろう男が、シリンを見てふんっと哂う。

『そんなモンを気遣う必要などない』
『だが、私の勝手で連れてきてしまったのだぞ』
『やすやすと連れて来られるほうが悪い』
『この子はまだ子供だ』

そんな会話も耳に届かない。
シリンの目の前に広がるのは城とそして町並み。
その城はとても見覚えのある形をしている。
ティッシのような石造りの城ではなく、日本の姫路城、大阪城のような”城”だ。
そして城の下に広がる町並みは、時代劇で見たかのような”城下町”。
シリンは彼女達を見上げる。
この町並みで彼女達の言葉が”何”かに気づいた。

(日本語…なんだ)

そう、彼女達が話している言葉は日本語だ。
だからシリンは理解できる。
そう自覚した途端に一気にこみ上げ来たのは、懐かしいという思い。
じわりっと涙腺が緩む。
ぽろぽろっと涙が零れるのが分かった。

(私、今すごく嬉しいのかもしれない)

ここは日本ではない。
シュリという国だ。
でも、ここに住むのは日本語を話す、黒髪黒目の人達。
町並みは昔の日本のような町並みだが、まるで日本のようで、とてもとても懐かしくなる。

『昴があまり怖い顔をしているから泣いてしまったではないか』
『オレのせいかよ…』
『昴に愛理の優しさの半分でもあれば良かったのにな』
『余計なお世話だっ!今も昔もオレはオレでどうあっても変わらねぇよ!』

舌打ちして、男、昴はふいっと顔を背ける。
彼女がしゃがみこんで、シリンに笑みを向ける。

「すまなかった。悪いがしばらくこの国で暮らしてもらえるか?不自由はさせないつもりだ。衣食住はこちらで保障しよう」

シリンはこくりっと頷く。
なんだかほっとしたのか、シリンは体の力が抜ける。
ほっと息を吐き、そのまま意識がすぅっと沈むのが分かった。
受け止められた腕に、そのまま身を任せて瞳を閉じた。



ぱちりっと目を覚まして目に入ったのは、木目の天井。
まるで田舎の家に来たような気分になってくる感じである。
シリンはゆっくり身を起こすと、自分の服が変えられているのに気づいた。

(浴衣だ…、なんか懐かしい)

小学校の頃、家族で旅行に行った時に着た様な旅館にあるような浴衣だ。
シリンが寝ているのは勿論布団で、布団は畳の上に敷かれている。
なんだか嬉しくなってシリンはふっと笑みを浮かべてしまう。
部屋には障子があり、起き上がって障子を引いてみればそこには庭があった。
暖かな日差しがさす庭には、小さな池と木がある。
シリンは縁側があったので、そこにちょこんっと腰を下ろして庭を眺める。

(なんか、本当に日本に戻って来た感じがする)

さらりっと揺れる自分の髪が黒髪であれば、”紫藤香苗”として戻って来た気持ちになってしまいそうだ。
でも、自分がシリン・フィリアリナであることは変わりがなく、ここはシュリという国だ。

カタリ…

物音がしてシリンがはっとすれば、いつの間にかシリンのすぐ側に女の子がいた。
年は今のシリンとそう変わらないか、少し上くらいに見える。
彼女はお盆に湯飲みを2つとお茶菓子らしきものを持っている。

『えっと、起きてたんだね。お茶とお菓子持ってきたけど、一緒に食べないかな?って思って…』

どこかオロオロしながら話す彼女に、シリンはにっこりと笑みを浮かべる。
シリンの笑顔が了承の証だと思ったのか、彼女はぱっと顔を輝かせて、シリンの隣にすとんっと腰を下ろす。
片方の湯のみをシリンに差出し、シリンが湯飲みを受け取ったのを見て、次に皿に乗ったお茶菓子の方を差し出してくる。
お茶菓子は膝の上に、湯飲みは手に持つ。

『そのお菓子は、ティッシにはないかもしれないけど、水羊羹って言って甘くて美味しいよ』

(確かに羊羹だ)

シリンは膝の上にある茶菓子を見る。
黒くちょっとテカリのあるお菓子、そして手には透き通った緑色の日本茶。
じぃっと2つを見つめているだけのシリンを見て、彼女は言葉が通じないかもしれないという事に初めて気づいたようだった。

『あの、ごめんね。そうだよね、普通イディスセラ語は分からないよね…』

シリンはそんなことないと口を開こうとしたが、1度その口を閉じる。
この世界に生まれて8年、日本が上手く話せるだろうか。
理解はできても、発音が出来るだろうか。
でも、泣きそうなほどにおろおろしている子を見ると、下手でもいいから通じる言葉を話したほうが良さそうだ。

『だい、…じょうぶ。分かるから』
『え?』
『言葉、分かるから』

思ったよりもしっかり出た日本語に、シリンはほっとする。
長い言葉を話すのは無理かもしれないが、短い言葉なら綺麗に話せそうだ。

『へへ、良かった。言葉通じなかったらどうしようかと思っちゃった』

照れたように笑う彼女は可愛かった。
やはりというかイディスセラ族というのは全体的に法力が大きいからか、顔立ちが整っている人盛りだくさんのようである。

『あの、シリンでいいんだよね?』
『うん』
『私、愛理、紫藤愛理。よろしくね』
『しどう…あいり?』
『あ、そっか、他の国では苗字の方が後なんだっけ?えっと、それだと、愛理・紫藤が正しいかな』

シリンが驚いたのはそれではない。
愛理の苗字にだ。

(私と一緒…?)

妙な偶然というのもあるものだ。

『あのね、字はこういう字を書くの』

愛理は地面に指で”紫藤愛理”と書く。
文字もまさに日本語の漢字。

『あいのことわりで愛理?』
『え?うん、そう!すごい、シリン!漢字の意味まで知っているんだね!』

驚く愛理だがシリンの方が驚いていた。
愛理の苗字は”紫藤香苗”と全く同じ苗字だったのだ。
音だけ一緒かと思いきや、漢字まで一緒とは思わなかった。

『それより、羊羹食べよう!お茶飲もう!』
『うん』

愛理が羊羹を食べるのを見てから、シリンも羊羹を口に運ぶ。
冷えていて、さらに甘い味が口の中に広がり、とても美味しい。
久しぶりの日本の食べ物は、懐かしくて懐かしくてたまらない。
羊羹などめったに食べなかったものだったが、こうして世界が違っても食べられるのは嬉しいものだ。

『おや、随分と仲良さそうじゃの』

いつの間にかシリンと愛理の後ろに1人の女性が立っていた。

『あ、エーアイ!』
『言葉が通じぬと思って来たんじゃが、余計なお世話だったかの?』
『ううん、そんなことない!たまたまシリンが言葉分かったから良かったけど、困るところだったし』
『おや、彼女はイディスセラ語を話せるのかえ?』
『うん』

さらりっと長い黒髪が揺れる彼女はとても綺麗な人だった。
どこか幼さが残る顔立ちだが、肌は白く、着ている着物がとても良く似合っている。
にこりっと笑みを浮かべるが、何故かそれが暖かいとは感じなかった。

「私はA・Iと言う。何か困ったことがあれば申し出てくれれば、力になるぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」

綺麗な日本のお姫様の口から英語が零れたような違和感がある。
しかし、バリバリ日本人に見えるのに、名前がA・Iとは変だな、とシリンは思った。
愛理はちゃんと日本の名前っぽいというのに。

『良かったの、愛理』
『うん、同じ年の子がいないからシリンが来てくれて嬉しい!』
『じゃが、兄に黙ってここに来てしまったのじゃろ?戻らなくてよいのかえ?』
『あ、そうだ!』

愛理はぱっと立つ。

『シリン、ごめんっ!お兄ちゃん達に黙ってきたから、ちょっとだけ様子見てくる!』
『ううん、いいよ』
『また湯のみとお皿を回収に来るから!』

愛理は慌しそうに、自分の分の湯のみと皿を置いてどこかへと行ってしまった。
その様子をくすくすとA・Iが見ている。
A・Iはシリンににこりっと笑みを向け、愛理が座っていた場所に腰を下ろす。

「静香が逃げるのに協力をしてくれたと聞いておるが…」
「静香?」
「お主を連れてきた女じゃよ」
「あ…。いえ、協力だなんて。ただ、ちょっと」

(強制的に連れて来られただけというか)

「下手に暴れず、素直に従ってくれただけで十分感謝に値するぞ?」
「感謝されることなんて何もないですよ」

さわりっと気持ちのよい風が吹く。
こうしていると、ティッシがこの国に攻め込むことなど嘘かのようだ。

「ティッシの者はかなり朱里国の者を疎んでいると聞いておったが、お主はそうでもないようじゃな」
「私は、どうして彼らを疎むのかその理由が分かりませんから」
「不思議な子じゃ」

ふふっとA・Iは笑う。
シリンはふと思う。
A・Iという名に何か違和感を感じていたが、それは本当に名前なのだろうか。

(A・Iって確か…人工知能の略じゃなかったっけ?)

まさかね、と思いながらシリンはA・Iを見る。

「でも、イディスセラ族の人も私に対してあまり反感とか抱いていないように見えるので、それは不思議です」
「一部の者は随分と好戦的で、お陰で今戦が起ころうとしているんじゃがの」

戦の言葉にどきりっとなる。

「イディスセラ族でティッシへ攻撃している者は一部の者じゃ。朱里は人口がとても少ない。故に下手に他国を刺激せずに他国の者を受け入れ、人口を増やすことができるならばそれで良いと考えていいるものもおる。愛理はどちらかといえば、後者の考え方じゃな」

そう言えば、この国に着いたときに見えたこの国の光景。
ティッシに比べれば随分と小さいと思ったものだ。

「今回の戦は好戦的な者が対応するだろうと穏健派は見守っておるだけじゃが、他国を甘く見ている証拠じゃな」
「イディスセラ族は全ての人が法力が大きいのではないのですか?」
「勿論そうじゃ。じゃが、戦える者ばかりではない。そして、ティッシにもこの国の人口と同数、いやそれ以上の軍人がおるじゃろ?」
「あ、はい。…多分」
「勝つことを考えずに、守りきることだけを考えるべきなのじゃろうが、そうもいかん血気盛んな若い者がおるからの…。力があるならば振るいたいという欲望は分からぬでもないが」

シュリの人口が少ない為に穏健派はこのまま隠れ住み、良い条件があれば他国の者を迎え入れれば良いと考えているのだろう。
しかし、若い血気盛んな者は違う。
他の国の者に比べれば大きな法力を持つというのならば、攻め入り奪えばいいと考えているのか。
大きな力を持てば、そのままそれをくすぶらせたままでいいと考えるのは半分くらいだろう、あとの半分の人はそれを振るいたいと思うはずだ。

「貴方は後者の考え方なんですか?」

戦に賛同しているようには見えない。

「妾は今はここから動けぬ故、平和であることが一番だと思っておる」

どこか遠い所を見るかのような眼差しで言うA・I。
今はということはいつか状況が変われば、別の考えに変わるのだろうか。
シリンは、彼女の存在感が薄い感じを受けていた。
それが何故かは分からないが、そう思ったのだ。


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