WORLD OF TRUTH 14



イディスセラ族は皆黒髪黒目であり、法力が総じて高い。
彼らの暮らす国は結界で覆われており、彼ら以外の出入りを許可されていない、完全に外部から孤立した国である。
しかし彼らの国、シュリは世界でも大きな国の1つとして認められている。
暗黙の了解のようなものだろう。
それは何故か。
彼らの持つ法力が総じて高いからに他ならない。
敵にまわせば厄介だが、味方にすればこれ以上心強い種族はいないだろう。
自らの欲望の為、彼らの血を引き入れたいと思う者がいないわけではない。
ただ、シリンの住むティッシという国には、そう考えるものがとてもとても少なかっただけのことだ。
だから、彼らを排除する方向へと動いた。

その日は屋敷の様子がどこか慌しかった。
シリンがいつものように散歩から帰ってくると、目に入ったのはぱたぱたと屋敷の中を走るメイドと執事の人。
メイドの1人がシリンの姿に気づき、にこりっと笑みを浮かべてくる。
でも、その笑みはどこか悲しげな笑みに見えた。

「シリン姫様、旦那様と奥様がお話があるとおっしゃっていましたので、お部屋に戻る前に寄っていただけますか?」
「うん」
「忙しいのでご案内できないのは心苦しいですか、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ありがとう」

何の用だろうと思いつつ、シリンは両親の部屋へ向かう。
屋敷の中はやっぱりどこを見ても慌しく見える。
シリンは両親の部屋の前で扉をノックする。
すると扉が中から開く。
扉を開けたのはセルドのようで、シリンに中に入るように手招きしてくる。
部屋の中には大きなソファーが2つ向かい合っていて、その間にテーブルがある。
片方のソファーには両親が座っている。
セルドはシリンを引っ張ってもう片方のソファーへと両親と向かい合わせるようにして座らせる。

「父様、母様、あの、何か…?」

3人ともとてつもなく真剣な表情をしているのだが、シリンには事情がさっぱりである。
屋敷の中が慌しいことに関係があるのだろうか。

「シリン」
「え、あ、はい」

口を開いたのは父だ。
ピンと空気が張り詰める。

「ティッシはシュリに攻め入る事が先日決定した」

クルスがそのようなことを言っていたことをシリンは思い出す。
戦争になるのだと。
そうしなければならない状況になってしまったと。

「知っての通り私達は軍に属している。陛下は我が国の全力を持ってイディスセラ族の殲滅を行えと命じられた。分かるな?シリン」

イディスセラ族の殲滅との言葉に、シリンは悲しそうな表情を浮かべてしまうが、父は何も言わなかった。
何故殲滅でなくて和平を望まないのか。
出来ないことだと頭で分かっていても、そう思わずにはいられない。

「私は…、屋敷で待っていればいいの?父様」
「そうだ。この屋敷が一番安全だ。だが、万が一ここが危険にさらされた時は、周りの人の指示に従って逃げるんだぞ」

万が一ということがあり得るほど、今回シュリへ攻め入ることは危険なことなのだろう。
殆どが父や兄と同じ法力を持つ者ばかりのイディスセラ族。
法力の大きさなどまちまちのこのティッシの軍人で、果たして勝つことができるのか。

「はい」
「それから、安全だからと言って、今日のように屋敷の外には出ては駄目だ」
「はい」

外出禁止を言い渡されたことで、事がかなり深刻なのだと実感する。
念の為かもしれないが、何の力もないシリンを外に出すわけにも行かないだろう。
万が一があってからでは遅いのだから。

(イディスセラ族との戦争…)

シリンは膝の上できゅっと拳を握り締める。
カイのことは忘れてない。
あの日、無事に逃げることが出来たカイは、きっとシュリに戻ったのだろう。
ティッシとのシュリとの仲は、シリンが思った以上に悪い。
だから戦争になってしまう。

「大丈夫だよ、シリン。私達は負けない」
「父様…」

シリンを安心させるように優しい笑みを浮かべる父。
その笑みを向けられたシリンは複雑だった。
両親を心配する気持ちは確かにある。
でも、それ以上にこの戦争が起きることが嫌で仕方がなかった。
まだこの世界に生まれて8年しか経っていないシリンがどうこう言えるものではないが、それでも、争いというのは嫌だ。

「シリン?」
「…戦争、きらい」

シリンは顔を俯かせて呟く。

「争うことは、悲しくて寂しいからきらい」

最初に争いを始めたのはどちらなのか、そんなことは分からない。
でもこういうのはどこかで断ち切らなければならないと思うのに、そうはいかないのが人というものである。

「そうだな」

悲しそうな笑みを浮かべる父が見えた。
俯いたままのシリンの手を、横からそっと握ってくるセルド。
悲しそうなシリンの気持ちを少しでもやわらげたいと思ってくれているのだろうか。

「それを終わりにする為に今回のことがあるんだよ、シリン」
「兄様」
「シリンが悲しまないように、寂しくならないように、僕も頑張るから」
「…兄様?」

セルドの言葉にシリンは不安になる。
まるで、自分もその戦争に参加するかのような言葉。
セルドはシリンと同じ、まだ8歳の少年だ。
まさかとは思うが、こんな幼い少年を戦争に借り出そうとでも言うのか。
シリンは父と母の方を見る。
2人共、困ったような笑みを浮かべていたが、否定はしないでいる。

「どうして、兄様…」
「陛下が僕を認めてくださったという証だよ、シリン。僕の法力の大きさはとても期待されているんだ。それに、幼い頃から実戦に出るのは良い経験だと思うし」
「いくら…!いくら良い経験でも、こんな戦争に行かなくてもっ!」
「シリン、それだけの戦力を投入しても今回の戦争は勝てるかどうか分からないと思えるものなんだ。僕は後悔したくない、だから参加できることを誇りに思うよ」

ぎゅっとシリンの手を握ってくれるセルド。
両親が改まってシリンを部屋へと呼んだ理由が分かった。
セルドもこの戦争に参加するからなのだろう。

(まだ、たったの8歳なのに…っ!)

「負けるわけにはいかないんだ。だから、シリン」
「負けてもいい!」
「シリン?」

シリンは首を横に振る。
何も出来ない悔しさから涙が零れそうになる。

「兄様たちが無事でいる方が大事だよ」

優秀なこの兄の心を守れるようにと思っていた。
安らげるように受け止められるようにと思っていた。

「僕も父上も母上も、シリンがいるから頑張ろうと思えるんだよ?」
「兄様?」
「シリンがこの屋敷で待っていてくれるから頑張ろうって思うんだよ」

シリンは顔を上げてセルドを見る。

「シリンが笑顔で幸せに暮らせるようになるために、僕達は戦うんだよ」

国のため、人々の為。
そう思って戦う人が果たしてこの国に何人いるだろうか。
きっと軍人の多くは、身近な幸せを守りたいからこそ戦うのだ。

(そうかもしれないけど…っ!私は、本当は兄様達に戦って欲しくなんてないのに!)

とても自分勝手な思いだということは分かっている。
この国の中心地以外の所で被害に合っている人達の事を思えば、この戦争は正しいことなのかもしれない。
でも、酷いことだと分かっていても、見ず知らずの他人よりも親しい身内を優先したいと思ってしまう。

(力があるから戦わなければならないなんて、間違ってる!)

例えもてる戦力全てを投入する必要があるとしても、セルドのような小さな子供までも参加させて何を得る気なのだろう。
イディスセラ族による被害を見ていないからこそ、シリンはこういう事が思えるのだということも頭では分かっているのだ。
ふいにぽんっと頭の上に大きな手が置かれる。

「シリン」
「父様…」
「大丈夫だ。私たちが強いことはシリンが良く知っているだろう?」

強い法力を持つといわれるフィリアリナ家。
例外はシリンだけであり、父も母も、そして兄であるセルドもこの国ではトップクラスの法力を持つ。
確かに強いだろう。
それでも、絶対というのはどんな時でもないのだ。
シリンが不安に思わないはずがない。

「待ってる…から」

シリンはまず父を見る。

「無事に帰ってこないと私怒るからね、父様」
「ああ」

くしゃりっと頭を優しく撫でてくれる父。
滅多に会えないこの父に、頭を撫でられるのがシリンは好きだった。
暖かさを感じさせてくれるから。

「母様、無理したら駄目だからね」
「ええ、勿論よ」
「本当に本当に無茶は駄目だよ」
「シリンほどの無茶はしないわよ」

くすりっと笑う母。

「私、無茶なんてしてないよ」
「そう?頻繁に外に出かけて、屋敷の皆に心配かけているのは誰かしら?」
「母様…」
「大丈夫よ、シリン」

決して前線には出ないだろうが、後方での参加が安全かと言うとそうでもないだろう。
優しく見えるこの母も、その内に秘める法力は大きい。
だから、女である事など関係なく戦力とならざるを得ない。
ふわりっと笑みを浮かべる母。

「兄様、帰ってきたら絶対にお茶を一緒に飲もう」
「お茶だけでいいの?」

それだけじゃ足りないんじゃない?とセルドは言う。

「じゃあ、丸1日ずっと私と一緒にいよう。いつも学院とかで忙しくて全然一緒にいられなかったから」
「うん、構わないよ」
「一緒にお茶飲んで、お話して、本読んで、それから…」

シリンはぎゅっとセルドに抱きつく。
まだ小さな身体の少年。

(帰ってきたら抱きしめたい)

抱きしめてその無事を確認したい。
でないと安心できそうもない。
だから、無事で、無事に帰って来て欲しい。
勝利なんていらない、何も変わらなくいい、ただ無事で帰って来てくれればシリンはそれだけでいい。
そう思ったのだった。


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