WORLD OF TRUTH 08



カイが上手く逃げただろう事はなんとなく分かった。
クルス・ティッシからシリンに何も接触がない所をみる限り、シリンが脱獄に協力したことはバレていないのだろうか。
自分の部屋でぼぅっとしながらシリンは外を眺めていた。
あれから10日程経っている。
流石に今は何もする気が起きないが、そろそろいつも通りの自分に戻らなければ家族に心配をかけてしまうだろう。

(大体カイが好きだってのを伝えることができたとしても、16歳の子が7歳の子供を相手にするわけないし)

冷静に考えてみれば、今のシリンの実年齢は7歳。
ロリコンでもない限り、シリンなどカイ恋愛対象に入らないだろう。
その現実に思いっきり落ち込んだが、年齢ばっかりは覆らない。

(相手は顔立ちいいのに、私は平凡だから隣に並んだら見劣りすること間違いないし)

考えれば考えるほどつりあわない点がぼろぼろ出てくることに、落ち込んでくる。
年齢、容姿、国、問題は山だらけであって気持ちだけでどうにかなるものでもないだろう。
片思いでよかったのかもしれない。

(でも、もうちょっと落ち込ませて欲しいかも)

はあ…とシリンはため息をつく。
さわさわと窓から気持ちのいい風が吹き抜ける。

コンコン

扉をノックする音で、シリンははっとなる。
扉の方を振り向けば、ガチャリと扉を開いて入ってくる人影。

「兄様?」

シリンはセルドの姿に驚いた表情を浮かべる。
今日は兄の帰省の日ではなかったはずだ。
確か3日程前に帰ってきたので、次の帰省日はもっと先のはずなのだ。

「どうしたの?兄様。何か用事でも?」
「シリンにちょっと…」
「私?」

セルドがシリンに用事などとても珍しいことだ。
誕生日が近いわけでもないし、両親にプレゼントする内容の相談でもなさそうだし、一体何なのだろう。

「学院の仲間でお茶会に行くんだけど、一緒にどうかなって思って」
「お茶会?」
「お茶会って言ってもそんな堅苦しいものじゃないし、女の子も何人かいるし」

どこか焦っているような慌てているような様子にシリンは首を傾げる。

「でも、兄様。それって学院の人達の集まりなんだよね?私が行くのはまずいんじゃないのかな?」

セルドが誘ってくれるのだから、シリンを疎むような人達が少ない集まりというのは想像がつく。
それでも、学院に入学する資格すら持たなかったシリンが行って何になるのだろう。
セルドが気まずい思いをするだけではないだろうか。

「シリンは行くのは嫌かな?」

嫌という前に、どうして突然そんなことを言い出したのかが分からない。
普段のセルドならば、お茶会などにシリンを誘わないはずだ。

「雰囲気は全然悪くないんだ。むしろシリンのこと歓迎してくれる人達ばかりだし、その…少し気分転換でもできればって思って、シリンは屋敷に閉じこもってばっかりだから、色んな人達と話でもしたほうが楽しいかなって」

ああ、そうか、とシリンは納得する。
セルドがどうしてシリンをお茶会などに誘ったのか理由が分かったのだ。
ここの所シリンの元気がないのを気にしてくれていたのだろう。
どうして元気がないか理由など分からないだろうが、部屋の中で落ち込んでいるよりも誰かと話をしたほうが気分が変わるからと思ったのか。
確かにシリンには、仲の良い友人というのがいないので、悩みがあっても話すことが出来ない。

(でもこればっかりは、仲のいい友人がいても話すことは難しいだろうけどね)

シリンはせっかくのセルドの気遣いを無駄にはしたくないと思った。

「兄様がよければ行きたいな。兄様のお友達がどんな人達なのかも知りたいし」
「え?僕の友達…?」
「うん、兄様のお友達も行くんでしょう」
「あ、うん。一応1人は友人らしい人がいるけど」

歯切れの悪い答えに、一体どんな人達の集まりのお茶会なんだろう、と思ってしまう。
もしかして、学院の生徒達だけではないのかもしれない。
堅苦しいのはあまり好きではないが、気は紛れるだろう。

(いつまでも、沈んでいるわけにもいかないしね)

吹っ切れなくても、悲しみが消えなくても、ずっとこのままではいけないと思っていた。
だから、少しずつ立ち直っていこうとシリンは思った。



セルドの言っていたお茶会というのは、そう大きなお茶会ではなかった。
だからシリンを誘ったのだろうとは思う。
そうは思うのだが、メンバーがメンバーだ。
恐ろしく綺麗な顔立ちの少年少女たちが並ぶお茶会。

(どー考えても、貴族同士の交流お茶会のような気がする)

集まっているのは子供と言える年齢の子ばかりだ。
それでも、顔立ちが綺麗なところから考えるに、どの子もそれなりに身分のある子供達なのだろう。
有名な貴族の名前だけはシリンも知っているが、流石に顔が分からないので誰がどの家の子なのかがさっぱり分からない。

「兄様、私場違いな気が…」
「大丈夫だよ、シリン」

シリンを安心させるように手をぎゅっと握ってくれるセルド。
慣れた仕草で周りの人ににこやかに挨拶する兄をすごいと思う。
あんな綺麗な人に平然と笑顔を向けることなど、シリンにはできない。

「よ、セルド!それが噂の君の妹?」
「キール」

ひょこっと顔を見せたのは、癖のある赤毛に空色の瞳の少年。
顔立ちは言うまでもなく整っているのだが、綺麗というよりも格好いいに分類されるだろう。

「初めまして、シリン姫。俺はキール・グロウル」
「初めまして、シリンと申します。キール様」

礼儀として挨拶と形を取る。

「セルドと違って素直で可愛いな」
「色ボケが、シリンに手を出すなよ」
「セルドって本当に相手によって態度が違うな」
「君に遠慮してどうする」
「一応俺の方が年上よ?」
「たった2つだけどな」

セルドの友人だろうが、セルドのキールに対する態度にシリンは驚く。
家でもそんな態度を見た事がなかった。
自分の知らない兄の姿に、ちょっと寂しいと同時に、気兼ねない態度を取れる友人がいて嬉しいとも思える。

「シリン姫。緊張しているみたいだけど、ここはフレンドリーな態度でオッケーだよ?無礼講のお茶会だからね」
「シリンに話しかけるな」
「何でさー?」
「シリンが怖がってるじゃないか」
「えー、怖くないよね?シリン姫」

曖昧な笑みを返すシリン。

「それより、セルド。クルス殿下には会った?」
「いや、まだだけど」
「早く挨拶してこいよ」
「分かってる」

クルスの名にシリンはぴくりっと反応した。
今は会いたくない名前である。
恐らくカイにあの傷を負わせた相手。

「シリン、行こう」
「え、あの、兄様…」
「大丈夫、クルス殿下はとても優しい方だから」

(優しい人があんなことするわけないのに…っ!)

セルドは構わずにシリンの手を握って歩き出す。
シリンは緊張からなのか手に汗をかいてくる。
自分の気持ちを落ち着かせる為に、シリンは小さく深呼吸。

(大丈夫、大丈夫。バレていても相手はこの場で言うような馬鹿じゃないはず。こっちが変に緊張してたら怪しいと思われるだけ)

落ち着け落ち着けと心の中で繰り返す。
心の中で言い聞かせると同時に、深呼吸を何度も繰り返す。
そうしているうちに段々と落ち着いてきた。
セルドはシリンがそうしているのは、クルス殿下に会うために緊張しているからだと解釈していた。
間違いではないのだが、緊張の理由が違う。

「クルス殿下」

セルドが1人の少年…いや青年と言ってもいいだろう…に声をかける。
彼はセルドの声にふりむき、ふわりっとした笑みを浮かべる。
ふんわりとした柔らかそうな亜麻色の髪は決して長くもなく短くもなく、優しそうに細められた新緑の瞳はとても綺麗だ。
セルドも綺麗だが、彼もかなり綺麗だ。
だが、中性的な顔立ちなのに、女性だとは感じない雰囲気を持つ。
そこだけ世界が違うような雰囲気で、普通の人とは違うと感じる。
シリンは、彼を見て納得してしまった。
まるですとんっと分からなかったことの答えが、その場で綺麗に埋まるように。

(何も感じてない目……、違う、多分人を自分と同じに見てない、対等に見てない)

決して周囲を見下しているわけでもないし、自分が上にいる事が当然だと思っているわけでもないだろう。
綺麗な花を愛でるのと同じように、綺麗な人がいれば笑みを浮かべ、強い人がいればその実力に素直に感嘆し、自分が不要だと判断すればきっと容赦なく捨てる人なのだろう。
シリンはそう感じた。

(別に自分に人を見る目があるなんて思わないけど、この人がカイにやったことを知っているから、多分そう感じるんだと思う)

セルドを見る目もシリンを見る目も、決して冷めたものではないと分かったから、だからシリンは彼に対してそう感じた。

「シリン?」

セルドの声にシリンは自分が彼をじっと見ていたことに気づく。

「あ、申し訳ありません…!」

とっさに謝罪を口にするが、彼は気にした様子はなかったようだ。
セルドが彼、クルスと何かを話しているようだが、シリンの耳には入っていなかった。
対等に見れない人が誰もいないという事は、寂しいことでもあると思う。
でも、シリンはクルスに同情心など沸かなかった。
寂しい人だからといって、彼のやったことがそれで罪にならないというわけでもない。

(この国のイディスセラ族への認識がアレだから仕方ないのかもしれないし、私のこの気持ちは半分以上私怨みたいなものなんだけどね)

湧き上がりそうになる怒りが、私的なものであることをシリンは理解している。
それでも、怒る気持ちを抱えるくらいはいいだろう。

「シリン姫?」

いつの間にか目の前にクルスの顔があって、シリンはびくっとなる。
にこりっと無邪気な笑みを浮かべるクルスを見ると、ティッシ国軍の副将軍の1人とは思えない。

「気分でも悪いのかな?気分が優れないようなら休める場所に行こうか?」
「いえ…、大丈夫です」

気遣ってくれるのは分かるが、近づいて欲しくないのが本音である。

「シリン、無理しないで休みたければ休んで良いよ?ここには僕が無理やり連れてきたようなものだし」
「本当に大丈夫だから」

セルドまで心配してくるのでシリンは無理やり笑顔を浮かべる。
クルスの前で怒りを抑えて笑みを浮かべることなど難しいのに、なんとか笑みの形をつくる。
それがぎこちないものだと分かってしまったのか、セルドの心配そうな表情は消えない。

「頑固なお姫様には多少強引な方法が必要なようだね、セルド」
「クルス殿下?」
「シリン姫を休ませておくから、お茶会は続けるように言ってもらっていいかな?」

クルスはシリンをひょいっと横抱きにする。
突然身体が浮き上がってシリンはぎょっとなる。

(ちょ…っ!冗談じゃない!)

拒否したくても身体の大きさの差と身長差で逃れることは出来ない。
軽々とどこかへと運ばれてしまう。
お茶会の場所となっていたのは、どこかの屋敷の庭で、庭の近くにある屋敷の部屋へと運ばれているようだった。
シリンを抱き上げている手にきっと悪意はないのだろう。
それが分かるだけに、心にある怒りをおさめる為に、シリンは大きなため息をひとつつくのだった。


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