WORLD OF TRUTH 06



カイの手錠の法術の解除を始めて20日が経つ。
しかし、開始してからシリンは毎日通えていないので、実質10日分しか進んでいない。
カイの捕らわれている所は、ひと気がない所なのでシリンが来やすいのが何よりのことだろう。
いつものように、最初放り投げられた穴にひょいっと飛び込むシリン。
風を呼び、ふわりっと体を浮かせてすとんっと綺麗に着地をする。
今日のシリンはちょっとご機嫌だった。
前々から調べていたことが出来そうだと分かったのだ。
これがちゃんとできれば、カイの手錠にかけられた法術の解除も思ったよりも早くできるかもしれない。

「カイー。今日は実は新しい発見が…」

薄暗い牢屋の中呼びかけてみるが、何の反応もない。
いつもならば明るい声で軽い挨拶を返してくれるというのに。

「カイ?」

シリンは先ほどまでお日様の下にいたので、薄暗いこの中の様子が良く分からない。
明かりをつけてもいいのだが、シリンの法力を無駄遣いしないために、最近は明かりをつけないようにしている。
無性に不安になり、シリンは明かりを呼ぶ。
ぽぅと小さな明かりを手の平に灯し、それを天井へと掲げる。
淡い光に照らされた室内。
冷たい石の壁と床、薄汚れた毛布一枚、それはいつもと変わらない。
だが、その毛布の側に倒れているカイ。

「カイ?!」

ぐったりとした様子のカイの体中のいたるところから、血がにじみ出ている。
シリンは駆け寄って血がにじみ出ている箇所を確認する。
少しだけ震える自分の手をぎゅっと握り締めてから、そっとカイの身体に触れる。
暖かな身体に少しだけほっとする。
生きてはいるがこの怪我はかなり酷い。
出血量ほどたいしたものではないが、すぅっとひかれた線のような傷があちこちにある。

「これ…もしかして、鞭?」

斬られたというよりも、酷く腫れているように見えるその傷。
酷いものはその傷から血がにじみ出て服にまで血がにじんでいるのだろう。
どうして…と、そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
だが、はっとなりこうなった理由よりも、今はカイの回復が先だと思い直す。
シリンの法力では回復の法術を発動する事ができない。
回復を促す法術というのは、思った以上に法力を使うらしいのだ。

(でも、いちかばちかだけど、あの方法なら)

今日カイに伝えようと思っていた新しい方法。
シリンがやると、いつも通り時間がかかるし、かなり集中力を要する。

(迷ってる場合じゃない!)

すぅっと息を吸い込む。
シリンの法術は基本的に言葉で発動させるものだ。

「母なる大地の力よ、空をゆく風よ、流れる清き水よ、温かさを灯す炎よ、この地に生きとし生ける大自然全てよ」

これはシリンの法力ではなくこの世界に生きる自然の法力を借りる法術。
遥か昔はこの法術も使われていたらしいが、その法術のせいで自然が滅びそうになったことを悟った者達が封じたという法術。
その法術を使わせないためにも、今は法力のある者にしか法術を教えないのだとシリンは思う。

「我は願う、我が望みし者へ癒しの力を、大地は溢れる生命力を、風は穢れを祓い清き命を、水は命の流れを、炎は再び暖かき生命の灯火を、この者へ」

シリンの身体を解して法力が集まる。
元々法力が少ないシリンは、自分が本来持つ以上の法力で身体が軋むのが分かった。
自分の持つ以上の法力を内包しようとすれば、身体が締め付けられるように痛むのは仕方ないだろう。

(それでも…!)

両手をカイへとかざす。
シリンの両手が白い淡い光に包まれ、それがカイの身体を包み込む。
思った以上に身体にかかる負担に、シリンはぎゅっと口を結んでなんとか堪える。
見ていられないほどのカイの傷。
どうして、どうして、と思うが、今は治ることを祈る。
祈りを集中へと変え、法術が暴走しないように堪える。
自然の力を内へと取り込むことは、集中力が途切れその力があふれ出した時に溜め込んだその力が暴走してしまう。

(あと少し…)

少しずつカイの傷が治ってゆく。
傷が治っても失われた血までは回復しない。
それでも、痛々しい傷が消えていくのを見て、シリンはほっとする。
あと少しで完治するところまで行った所で、シリンは自分の集中力が限界だと悟る。
白い光が段々と薄くなり、そして消えてゆく。

「……はぁ」

光が消え、大きくため息をつくシリン。
両手を見れば震えているのが分かる。
身体にも力が入らずそのままごろんっと後ろに倒れこむ。
ごんっと頭を石の床に打ち付けてしまって、ちょっと痛い。

(つ、疲れたぁ…)

身体が鉛のように重い。
まるで法力を限界まで使い切ったかのような疲労だ。

(兄様なら簡単にできるんだろうけど、私にはこれが限界か)

シリンはカイの方を見る。
それでも、カイの怪我が殆ど治っているのが見えて嬉しかった。

「…ん…」

カイの瞼が動き、うっすらと目が開くのが見えた。
ぱちっと目を開いたカイはがばりっと身を起こす。
そして、自分の身体を見回して傷が殆どないことに驚いているようだった。

「何でだ?オレは確かにクルスのヤツに…」

クルスという言葉に、シリンは1人の人物を思い浮かべる。
名前だけ聞いた事がある。
クルス・ティッシ。
このティッシ国の王の年の離れた実の弟で、かなりの法術の使い手であり、若くして副将軍職についている男。
カイは自分の身体が治っていることに首を傾げていたが、はっとなってようやくシリンの存在に気づく。

「シリン?!」
「やっほー」
「やっほーじゃないだろ?!お前、なんでこんなところで……」

だらんっと床に寝転がっているシリンにカイは言葉を途中で止める。

「何をした?」
「は?」
「オレに何をしたんだ?」

(あれ?もしかして傷治したのまずかったのかな?)

せっかく頑張って治したので、それが駄目だったと言われると結構凹むのだが、本人の承諾なくやってしまったので仕方ないと思うことにする。
シリンはなんとか身体を起こそうと力を入れるが、やはり身体に力が入らない。
身を起こすのは諦めて、転がったままカイを見る。

「やっぱ勝手に傷治したのまずかった?」

ごめんね、と付け加えるシリン。

「そうじゃない!別にこんな怪我なんてそのまんまでも平気だ。法力はなくなったわけじゃないから…、内側から法力で勝手に治そうとしてくれるから普通よりも治りは早いしな」
「んじゃ、私のやったことは無駄っぽかった?」
「…むだ…ってわけじゃないけどな」

カイはまるでシリンの方が傷だらけになってしまったかのように、痛々しそうな表情を浮かべながら、シリンの身体の下に腕を入れてシリンの身体を起こす。
カイの身体を背もたれにするようにシリンを自分の前へと座らせる。

(うわぁ…、なんか後ろから抱きかかえられている?!)

内心物凄く照れ照れのシリンをよそに、カイは後ろからシリンをそっと抱きしめる。

「シリン、お前、無茶しただろ」

(無茶…かな?)

シリンは出来る事をやったまでだ。
あれほどの傷をそのままにしていることなど出来ない。
幸い自分にはなんとかできる方法があったのでそれを実行した。
実験も兼ねたものになったので、それが成功したこともあり自分には利益ありだ。

「回復系の法術は法力をかなり使う。確か、シリンには発動は無理だったんじゃないか?」
「あ…、うん、まあ。普通にやったらできないね」
「けど、無理してオレの怪我を治してくれたんだろ?」

無理といえば無理だが、そこまで大げさなものではないのだ。

「そんなに大げさなものじゃなかったんだけど…」
「それはオレの台詞だ」
「へ?」
「別にこんな怪我はいつものことだ」

その言葉にシリンは目を大きく開く。
いつものこと。
それは前にも同じようなことがあったことを意味する。

「カイ、それって…!」
「オレがここに捕らえられてから半年くらいになるが、月に1回くらいクルスのヤツが憂さ晴らしなのかは分からないが、来るんだよ」

何のために?
その理由を頭の中で考え、シリンは法術のせいではなく、別の意味で手が震えるのが分かった。
この震えは、恐らく怒りだ。

「持ってる法力がでかくて、尚且つ封じられて行き場がないもんで、身体が傷つけば自然に法力が身体の治癒力高めて治るの早いしいいんだけどな」
「よくないよ!」
「そうか?けど、捕らえられたイディスセラ族の扱いなんてこんなモンだろ?」
「でも、そんな話聞いたこともない!」

イディスセラ族を捕らえたという話は聞いたことはある。
でも、どんなに悪い人でもそんな乱雑に扱うはずがないと思っていた。
イディスセラ族を捕らえるのは、父も母もいる軍だ。
両親がそんな酷いことをするはずがないと、シリンは思いたかった。
言葉では否定しても、そう、思いこんでいたかっただけなのかもしれない。

(気づきたくなかっただけなのかもしれない。こんなことがあってもおかしくないってのは分かっていたはずなのに、父様や母様がそんなこと黙っているはずがないって思い込んでいただけなのかもしれない)

両親は本当に知らないだけかもしれない。
軍の一部の人達が酷いことをしているだけかもしれない。
それでも、シリンは自分の考え方の甘さが許せなかった。
のんびりゆっくりカイの手錠の法術を解いていけばいいと考えていた自分が甘かったのだ。

「食事もついて、寝る場所があって、拷問じみたことは月に1度、光も見える場所で、結構待遇は悪くないと思うけど?」

シリンは首を横に振る。
そんなことない、こんなのがいいとは言えない。

「オレが聞いた話じゃ、もっと酷い待遇の所もあるらしいし。捕まったら逃げる事ができる可能性はかなり低いし。実際捕まったやつで戻ってこれた同族は、もうほんとボロボロだったしな」

逃げれる可能性がある分自分は恵まれている、とカイは言う。
どうしてこんな明るく話せるのだろう。
同じ国の人で酷い目にあわされた人がいるのに、どうして自分と笑顔を向けて話してくれたのだろう。

「憎まないの?」
「は?」
「同じ国の人が酷い目にあわされたのに、そんな酷い目にあわせたのはティッシの人なんだよね?どうして、私と普通に話してくれるの?」

カイはシリンに向ける目には憎しみなんて全くない。

「オレからすれば、何でシリンはオレが怖くないの?って聞きたいんだけど?」
「そう言われても、なんで他の人はイディスセラ族を怖がるのか分かんないし」
「オレだって、別にシリンに何かされたわけじゃないし、シリンがオレを怖がらなかったからオレはシリンを憎む理由なんてないし」

国や種族で差別するわけではなく、個々を見ているからシリンはカイを怖がらないし、カイもシリンを憎んだりしないのだろう。
ただ、シリンはイディスセラ族に何かされたわけではないからこう言えるだけで、カイは実際、カイはシリンと同じ国の人に酷い目に合わされているのだ。

「それに、元々オレが興味本位でティッシ国に不法侵入したのも悪いんだしさ」
「不法侵入?」
「そう、自分の力を過信して、調子にのって不法侵入したから捕まっちゃったんだ。兄さんは絶対にオレを馬鹿にしているだろうし、妹は泣いてるだろうなぁって思うけど、自業自得だからな」

はぁとカイが大きなため息をついたのが分かった。

「お兄さんと妹がいるの?」
「ああ。色々すごくて尊敬はできるけど我が道のみを行く唯我独尊の兄と、シリンとそう年が変わらない妹がね」

(兄妹がいるんだ…)

嬉しそうな感情がこもった言葉。
シリンがセルドを大切だと思うように、きっとカイも兄と妹のことが大切なのだろう。
ぎゅっと自分の手を握り締めるシリン。

(のんびりしている場合じゃない。難しくても、大変でも、早くするべきだ)

「カイ」
「ん?」
「ゆっくりやるのはやめよう」

20日程かけてなどやっていたら、カイがまた同じような目にあってしまう。
多少危険でも、最初から後者の方法を選ぶべきだったのだ。
ティッシの人達から見て、イディスセラ族への印象というのは、きっとシリンが思っている以上に悪いのだろう。

(髪と瞳の色で、法力で、そんなことだけで差別するなんて私は嫌だ)

甘い考えなのかもしれない。
イディスセラ族がカイのような人ばかりではないのかもしれない。
教わったように破壊と殺戮を好むイディスセラ族もいるのかもしれない。
でも、シリンはカイがこれ以上ここに閉じ込められているのは嫌だと思ったのだ。


Back  Top  Next