WORLD OF TRUTH 01



ぱちりっと目が覚めて最初に目に入ったのは、全く見たことがない天井だった。
自分の身体がふかふかの何かに横たえられているのが分かる。
”香苗”は、一瞬自分が助かったのだと思った。
だが、何かおかしいということにすぐ気づく。
身体が全く自由に動かないのだ。
目は正常だというのに、身体が動かない。

「う、まぁ…あ?」

声を出してみてば、上手く言葉を発することが出来ない。
喋れないというよりも上手く舌が回らないのだ。
思わず口に手を当ててみれば、口に触れたのはものすんごくちっさな手。
もみじのような手というのはこういうものを言うのだろう、とそんなことを思ってしまう。
そこで、ハタと気づく。

(なんじゃ、こりゃーー!!)

声を大にして叫びたい所を、心の中で絶叫するだけに留める。
もみじの手はまるで赤ん坊のような手で、それが自分の手であることは実感できる。
まさかと思い、寝返りにチャレンジしてみる”香苗”だが、ふらふらっと身体が揺れるだけである。

(ま、ま、まさか…)

現在の状況に驚愕している”香苗”をよそに、誰かがこちらに近づいてくる。
金髪に緑色の瞳をした女の人だ。
彼女が何か言ったのは分かったが意味がさっぱり分からない。
”香苗”にはその言語が理解できないのだ。
にこにこ笑みを浮かべながら、”香苗”ともう1人を同時に抱き上げる彼女。
思わず一緒に抱き上げられたもう1人見る。

(うわ…、外人さんの赤ちゃん)

そこには金髪に蒼い瞳をしたとっても可愛らしい赤ん坊がいた。
顔立ちも日本人の顔立ちなのではなく、良く見れば抱き上げてくれた彼女に似ている気がする。
彼女の顔立ちも整っている方だと言っていいだろう。

(親子?)

目の前の子供と彼女とは親子なのだろうと結論付ける。
しかしそのすぐ側にいた自分、そして同様に抱き上げられている。
その状況を考えれば結論は出るだろう。

(って、もしかして私もこの人の子供ー?!)

何故?という疑問が頭の中を駆け巡るが、それに答えてくれる人はいない。
あうあう言っている”香苗”を見て、彼女が何か喜んでいるらしいことしか分からない。
何がどうなってこんな状況になっているのかは分からないが、今自分が赤ん坊になっている事実だけは分かったのだった。

自分が赤ん坊になってからというもの、自由に動かないからだと舌にイライラしてくる。
しかも、周囲の人の言葉がさっぱり分からないのだ。
少なくとも日本語ではないことが分かる。
”香苗”は自分の隣にいる、同じ年くらいの赤ん坊を見る。
金髪碧眼のとっても可愛らしい赤ん坊は男の子らしい。

(この私とは似ても似つかない子が、双子のお兄さんらしいってことは分かったんだけどね)

周囲の言葉の意味がつかめなくても、なんとなくは分かる。
なんとなくでも分かるのは、その言葉が英語にとても良く似ているということに気づいたからだ。
決して英語の成績が良いとは言えなかった”香苗”だが、基本的な単語ならば分かる。

(この子の名前がセルドで、私がシリン)

自分の名前とこの双子の兄の名前くらいは分かっていた。
”香苗”…シリンは自分の今の顔を鏡で見たことがある。
兄であるセルドに似ているかと言えば、全然似ていないのだ。

(双子って言っても二卵性なんだろうね)

可愛らしい兄とは違って、今の自分は今も昔の平凡と言っていい顔立ちだ。
変に顔立ちが整っていたら違和感を感じてしまうだろうが、生まれ変わっても平凡というのはちょっと虚しい。
こればっかりは遺伝なのだから仕方ない。

「だぁ…う!」

セルドがシリンに向かって手を伸ばしてくるのが見えた。
シリンはその手を自分の小さな手できゅっと掴む。
すると、セルドが満面の笑みを浮かべる。

(か、かわいい…っ!)

思わずシリンはそんなことを思ってしまう。
自分の身体をなんとか動かして、セルドの側まで行く。

「しぇるど」
「う?」

上手くまわらない舌で、セルドの名前を呼ぶ。
セルドは何を言われたか分からないかのようにきょとんっとした表情だ。
シリンはセルドの手をしっかりときゅっと握る。
純粋なセルドのこの手を握っていると、心が温かくなってくる。
同じ時に生まれた双子の兄。

(あなたが幸せになりますように)

シリンは自然とそう思った。
純粋なこの幼い子供が、自分に笑みを向けてくれた兄が、幸せになってくれればいい。
そう思ったのだ。


自分が赤ん坊になったと自覚してから3年。
シリンは3歳になっていた。
流石に3年も経てば、言葉を理解するようになり、発音は悪いものの話をする事もできるようになっていた。
だが、兄のセルドは流暢に言葉を操ることが出来る。
デキの違いということだろうか。

(だって、ここの言葉文法も発音も日本語と全然違うから!)

心の中でのみいい訳をするシリン。
下手に日本語の知識がある分、覚えが普通よりも遅いらしい。

「シリン、先生が来たよ」
「う、うん…」

シリンの部屋にシリンを呼びに来たセルド。
3歳だというのに、専用の家庭教師がつくこの家はかなり裕福らしい。
シリンの名は、正式にはシリン・フィリアリナ。
この国ではフィリアリナ家というのは貴族であり、この国”ティッシ”は王政国家らしい。

(しかも、科学力のカの字もないくらい、技術が進歩してないし)

例えるならば中世ヨーロッパ。
ただ、多少便利なところと言えば、”魔法”のようなものがあることだろう。
機械類は殆どない、あってもカラクリ仕掛け程度のものだ。
その代わりと言っていいものか”魔法”のような存在があり、それをこの世界の人は”法術”と呼ぶらしい。

「よろしいですかな、セルド様、シリン姫様」

真っ白い髭を生やした初老の教師は、セルドとシリンの教師だ。
法術を覚える為の教師。

「法術とは法力を持ってして発動する術です。法力は人の生命力のようなもので、生まれた時にその力の大きさは決まってしまいます」

何度も聞いた法術の基礎の基礎。
一番最初に聞いた時はすごいものだと思ったが、何度も聞けば流石に飽きてくる。
半分以上聞き流しているシリンと違って、セルドは毎回真剣に聞いている。
まだ子供の純粋さというものがあるのか、とにかく言われたことをきっちり守る素直さがあるのだ。

「セルド様とシリン姫様がお生まれになったフィリアリナ家は、代々大きな法力を宿す子が生まれる家であり、わが国ティッシでは期待されている家柄でもございます」

老人はセルドを期待するように見て、そして困ったようにシリンを見る。
これもいつものことだ。

「セルド様はとても大きな法力を秘めていらっしゃる。シリン姫様は…残念ながら法力は大きくないにせよ、ここで多くを学べば将来を期待できましょう」

これを老人が言う時、いつもセルドが悲しそうな顔でシリンを見る。
最初シリンは同情かと思ったが、どうもそうではないらしい。
自分ばかりが法力が大きくて申し訳ないと思っているらしいのだ。

(別に気にしてないのに)

セルドは生まれた時に自分が、シリンの法力を殆ど奪って生まれてきてしまったのかもしれないと思っているらしい。

「持つ法力が大きな者は、その容姿に現れます」

そう、法力の大きい小さいは見た目で大体分かるのだ。
シリンとセルドがあまり似ていないのもそのせいらしい。
法力の大きいセルドは綺麗な顔立ちをしていて、法力の小さいシリンは平凡な顔立ち。

「法力が大きな者は整った容姿に、それは法力を体内に巡らせ、最も安定した身体を生まれる前から作り上げるからです」

だから、持つ法力の小さいシリンだけが平凡な顔立ちなのだ。
ちなみに両親共に美形だったりする。
両親はフィリアリナ家に相応しく、持つ法力も大きい。
シリンが生まれたばかりの頃は、シリンはフィリアリナ家の子ではないのかと言われていたこともあったらしいが、出産に立ち会っている者たちがそうではないと証言しているためにその可能性は否定された。

「それはイディスセラ族にも同じことが言えます」

イディスセラ族。
この話に、シリンは少しだけ興味を持っている。

「イディスセラ族は黒髪の法力の多き種族であり、凶暴で残忍な種族であります。黒髪の人間は生まれることがなく、イディスセラ族のみが持つ色なのです」

シリンの髪の色と目の色は、兄であるセルドと同じ色。
金髪に蒼い瞳なのだ。
生前は黒髪黒い眼だったシリンとしては、黒髪のそのイディスセラ族というのに興味がわいたのだ。

「イディスセラ族はシュリという国をたて、法術結界を張り、その国は外部から孤立しています。よろしいですか、セルド様、シリン姫様」

老人は交互にセルドとシリンを見る。

「我らティッシ国は、シュリ国から程近い場所に位置する国です。彼らからの攻撃が過去に何度かありました。彼らは何故か敵意を持って我が国を法術で攻撃する。その理由は未だに分かりませんが、我が国は黙って攻撃を受けるわけには参りません」

そうは言うものの、シリンが生まれてからその攻撃があったという事実を聞いた覚えがない。
幼い子供の耳に入れることではないと話をしてくれないだけかもしれないが、イディスセラ族の住まうシュリ国が危険だと言われても、シリンにはピンとこない話だ。

「その為に法術を学ぶのです。では、本日は前回の復習から参りましょうか」

そして講義が始まるのだ。
長い前ぶりである。
この教師の機嫌が良い時などは、ノリノリで過去にどんなことがあったかを熱心に語ってくれる。
それを話半分で聞き流しているシリン。
イディスセラ族がたった2人で村を1つ滅ぼしたとか、持つ法力は平均的に高く、王家に匹敵する法力の持ち主が何人もいるとかなんとか。

(大体、強力な法力とやらを持っている人がゴロゴロいる国なら、さっさとその力で他国に攻め入ることができるでしょうに)

イディスセラ族の法力の強大さと危険性を語る教師の言葉に対して、シリンは冷静に判断していた。
王家並みの法力持ちがたくさんいるのならば、もうすでにこのティッシに攻め入って征服が完了しているはずだろう。
それをしないということは、教師の言う事が誇張しすぎなのか、そのイディスセラ族のシュリという国に何か事情があるかなのだろう。

(だからこそ、興味があるんだよね)

つまらない法術の勉強。
両親は殆どシリンとセルドの側にはいない。
仕事が忙しいのか、会うのは3ヶ月に1度くらいだ。
世話はこの屋敷で働いているメイドの人達がやってくれている。
やりたくない勉強よりも、知りたいことを知りたい。
シリンはそう思っていた。


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