第二の土地04



魔物の大量発生があった2つ目の土地。
距離はかなり離れている為、人的介入があったとしても第一の土地とは同じ人物が起こしたものである可能性は限りなく低いだろう。
だが、あの時聞こえた”声”。
人的介入が確かならば、それを起こした者は1人ではないはずだ。

第二の土地はファストの外れにある、南東の小さな村の近くで発生した魔物達。
近くの村は避難が無事に出来、ここでは犠牲はそうなかったと思われていた。
レイ達は第二の土地から一番近い小さな村に着いていた。
ガイとの剣術修行をし、出現した魔物を退治しながらここまで来た。
途中、馬を使うこともあったため、そう時間はかからなかった。
ちなみに、レイの剣術修行は前途多難である。
まだ素振り段階だ。

「何か引っかかるんだよね」

リーズは宿変わりに村人に借りた部屋のテーブルの上に地図を広げて何か考えている。
地図に点々と記されたものは、魔物が大量に発生されたと報告された場所だ。
正式な記録ではなく、サナやリーズ、ガイが聞いた情報の記憶を頼りにしたものなので、いくつか漏れている場所もあるかもしれない。

「魔物の発生した場所に規則性があったりするとかでしょうか?」
「いや、規則性はないように見える。ただ、何か引っかかるんだよ」

レイも地図を見る。
だが、見た限り記された印はバラバラで、何か理由があるようには思えない。

「場所に共通点もなかったらしいわよね」
「共通点に関しては各国の諜報担当が念入りに調べているだろうから、これ以上調べたところで新しい発見はないだろ」
「今の所、場所以外にも特に共通点と言えるような情報は上がってきていないわ」

サナとガイも地図を覗き込む。
レイとは違い、ガイ達は公務として魔物の討伐を行っている。
現在魔物の討伐の部隊は公式なものであり、各国はその部隊に最善の協力をするよう促されている。
魔物の討伐の部隊があることと、魔物の活性化、魔物の大量発生が起こっているという程度しか知らないレイとは違い、ガイ達はそれなりに情報を持っている。

「見事なほどまでに発生場所の規則性がないのが逆に怪しいとも言えるんだよね」

リーズは地図に記された印を指で辿っていく。
辿る順番は恐らく魔物の発生が確認された順だろう。

「魔物の発生は同時に起こることはなかったのですか?」
「同じ時期に発生したものもいくつかあるけれど、正確な日時や時間が分からないものもある。国が本格的に対処をとろうと決めた時は、最初の魔物の大量発生が起こってから1年くらい経った後だからね」

各国が本格的に対処を取る事を決め、情報収集にも力を入れるようになってから起こった事に関してはかなり正確な日時や場所が特定できている。
それ以前のものは、被害状況から推測してどの程度の規模のものだったのかと推測を立てることしか出来なかったようだ。

「生存者も最初の頃は殆どいない状況だったから、最初に何が起こってこうなってしまったかが全く分からないと言ってもいいね」
「過去を視る魔法は?」
「視るための媒体が残っていない事と、その場に溜まった他の思念によって上手くいかない事が原因で駄目だったよ」

過去を視ることが出来る魔法というのが存在する。
それはその空間の過去を覗き込むのではなく、過去そこに存在した物に宿る記憶を覗き込むという魔法だ。
生物に対しては使えないもので…生き物は常に考えを持っている為上手く記憶を引き出せないらしい…遺跡に宿る記憶を引き出す時に良く使われている魔法だ。
ただ、いつの記憶を引き出すかのコントロールが難しい事と、利用することが少ない事で会得しようとする魔道士は少ない為、マイナーな魔法の1つではある。

「人的介入があったとして、あれだけの魔物を召喚するとしたら古代精霊語を使った禁呪以外には考えられ……」

リーズは地図を辿っていた指をぴたりっと止める。
順番に辿っていった箇所をもう一度最初から辿りなおす。

「リーズ、何か分かったのですか?」

雰囲気を変え、どこか真剣に地図を睨みつけるリーズ。
リーズの指が地図をたどるごとにリーズの顔色が変わっていく。
レイには地図の印の発生順が分からないので、順番に規則性があったとしても気づくことは出来ないだろう。

「レイ」
「はい」
「最初の場所で使われていたあの禁呪。いや、禁呪と言い切ってしまっていいか分からないけど、あの魔法は確か現代精霊語だったと言っていたよね」
「はい。かなり複雑に呪文が組まれていましたが、全て現代精霊語による魔法でした」

あれを紙に全て解説して記すとしたら、30枚くらい紙を消費してしまうのではないのだろうか。
答えが分かっていればなるほどと納得できるようなものだったが、結果が分からない状態であれだけの魔法を見せられれば、複雑すぎて何が何だか分からないだろう。

「もしかしたら、これもそうかもしれない。例えば、ここを結び合わせると火の属性の陣のようになる」
「ですが、この状態では1つ足りませんよ」
「そう、だから最後にこの場所」

第一の土地から第二の土地そして第五の土地まで繋げると未完成の火の陣が出来る。
そこに一箇所加えるだけで火の陣は完成する。

「他の場所も同じなのでしょうか」
「火、水、土、風…そして魔」

魔物の発生した場所を順に繋ぐと、それぞれで5つの未完成の陣が完成する。
そして未完成の陣を埋めるように5つの魔物の大量発生が起これば5つの陣は同時に完成して信じられない状態になる。

「それから、この5箇所は確か同時に起こったはずだ」

5つの陣を完成させるかのような5つの場所での魔物の大量発生。
それは現に起こっていたらしい。
ただ5つの陣が並んでいるならば問題はないだろう。
リーズが顔色を変えたのはその並び方が問題だ。
上手く5つの陣が入り乱れ、一見では陣だと分からない。
一般的に陣を組む時は一つ一つの陣を順に組むのが基本であり…基本ではあるが必ずしも順に組まなければならないわけではないが…これはそれを成していない。
それに、魔物の討伐に力を入れた時期には陣と分からないほど複雑になっていて、思いつきもしなかったのだろう。

「これは、もしかして召喚ですか?」

レイの声がかすれる。
全て現代精霊語による陣の組み立て。
あの場所での現代精霊語の魔法のようにとても複雑で、陣があると気づかなければこれが魔法であることは分からないだろう。
ここまで大掛かりな召喚陣を描いてまで召喚しようとしていたもの。

「予想以上に大事になっているのかもしれないね。レイが印をしてくれと言っていた場所、これらが召喚陣ならば、そこが丁度これによって召喚された”モノ”が出現するだろう場所になるね」

思わずぞくりっとなるレイ。
レイが印をしてくれと言った場所は幻魔獣が出現されたと思われる場所だからだった。
そこから強大な魔力を感じたのだ。
偶然で幻魔獣ほどの魔物がこの世界に来る確率がかなり低いことは分かっていた。
だから誰かが故意にやっただろうことも想像していた。
だが、これを見ると怖くなる。
ここまで大きな事をして、そしてさらに幻魔獣まで呼び出す。

「でも、偶然である可能性もかなり低いけどないわけじゃない」

リーズはそう言うが、その可能性が殆どゼロに近いと分かっているだろう。

「俺はこれが偶然であることを願っているよ。こんな複雑な召喚陣を組める魔道士が、少なくとも味方ではないとは思いたくない」

リーズの顔が顰められる。
地図を見れば分かるだろうが、この召喚陣はとても複雑だ。
先の村で現代精霊語を使った禁呪とも言える様な魔法が存在していたことを知っていたからこそ、これが陣であり召喚陣でもあることが分かっただけに過ぎない。

「そうですね、これほどまでに現代精霊語を複雑に組み込めるなんて…」

レイもリーズに同意する。
魔法学校で魔法を学び、真面目に魔法を勉強してきたような魔道士では思いつかない発想がある。

「でも、リーズは大魔道士で、レイも魔法に関してはかなり知識を持つんでしょう?これってそんなに珍しいものなの?」

サナは簡単な魔法を使えるが、深い魔法の知識を知っているわけではないので首を傾げる。
魔法に使う陣というのは専門的なことが分からない者が見れば、どれも同じワケの分からないものにしか見えないだろう。
見る人が見なければどれだけすごいものか、どれだけ簡単なものかが分からない。

「少なくとも俺にはこんな発想は無理だね。レイは?」
「同じようなことをするならば、私は古代精霊語を使うことを選びます。現代精霊語を使ってここまでのことは無理です」

複雑に組まれた陣は全て現代精霊語の知識が要求される。
点と点を結べば簡単な陣に見えるが、これが発動した時は、無数の現代精霊語がその場にぼんやりと浮かんだ事だろう。

「現代精霊語と古代精霊語はそんなに違うの?」
「違うと言えば違うよ。現代精霊語の方が使いやすく消費する魔力も少なくていい。古代精霊語は理解が難しく、さらに魔力の消費量が比較的多いんだ。俺やレイみたいに魔力の保有量が多い魔道士は理解さえできれば古代精霊語の方が楽だけどね」
「現代精霊語で長い呪文を必要とするものでも、古代精霊語だと3文字で済んでしまったりするんですよ」

だから、レイは比較的古代精霊語を好む。
人前ではあまり使わないようにしているが、1人で禁呪を処理する時は主に古代精霊語を使用する。
そのほうが使い慣れているし、楽だからだ。
現代精霊語を使用しての複雑な魔法などは殆ど使ったことがない。

「本当に、これが偶然であることを願うばかりですね」
「全くだよ」

故意でも偶然でもこれはすでに起こったこと。
取り消しはできないのだから、故意でも偶然でもあまり変わりはないのかもしれないと思える。

「まさか、この地図の陣は完成したものか?」

ガイがリーズとレイの方をじっと見る。
リーズは大きなため息をつき顔を顰める。
レイは眉を寄せ、悲しげな表情になる。

「そうだよ、ガイ。この召喚陣はすでに完成して召喚は成されている。問題はこれが故意であった場合だよ」

幻魔獣が本当に喚び出されていたとして、その幻魔獣はどこにいるか。
今起こっている魔物の大量発生は何の目的があるのか。
偶然で起こったことならば、なんとかして幻魔獣を探し出し倒すか送り還せばいい。
そして今の魔物の大量発生を食い止めていき、偶然に起こった発生の原因を探ればいい。
それは簡単なことではないが、対処のしようはあるにはある。
だが、故意に起こっていた場合はそれだけでは済まない。
地図に記された陣を組んでいった順番を考えると、これを作った魔道士は完成しなければそれが召喚陣であると悟られない作りにしていた。

「これが故意であった場合、怖いのは今起こってる魔物の大量発生地点が陣だとしても、何の陣であるのか、完成してみないと分からないってことだね」

現時点で何かしらの陣であるとしても、考えられる可能性の陣の組み合わせは無数にあると言ってもいい。
人によって発想が変わり、魔法の組み合わせも変わってくるのだ。
だから、これが偶然であることだけを願うばかりである。
ただ、その可能性は限りなく低いだろう事は、レイもそしてリーズも分かっていた。


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