第二の土地03



レイは紅い刃を手にして、ガイに対峙する。
村から村への移動途中、街道から少し離れた場所でレイとガイは向かい合っていた。
ガイは剣を抜いてもいないし、構えてもいない。
対するレイは剣を真っ直ぐ正面に構えたままぴくりっとも動かないでいた。

「どうした?遠慮しないで来い」
「はい、分かってはいるんですが…」

レイは魔道士とはいえ実戦経験は数多くある。
隙があるなしくらいは分かるのだ。
下手に実戦経験がある為、隙だらけに見えるガイに実際隙なんて全然ないように見えてしまうのは仕方ないだろう。
防がれる前提で攻撃を仕掛けるしかない。
これは命をかけた勝負ではないし、なによりもレイがガイに剣で勝てるわけないのだ。

「行きます!」

レイは地面を蹴って刃をガイに向かって振り下ろす。
ガキィンと金属がまじわる音が響く。
ガイは長剣を柄から抜かずにレイの刃を受け止めている。
再びギィンと刃と柄のまじわる音。
レイが振る刃はあっさりとガイに受け止められてしまう。
何度かレイが刃を振るっているうちに、レイの体力の方が尽きてくる。
短剣を手にしたまま、息を荒くするレイ。
長時間歩いたりする程度の体力ならばあるが、剣を振るって長時間動き続けることができるほどの体力はないのだ。

「体力もないな」
「す、すみませ…。いつも魔法にばかり、頼っている、ので」

息を切らせながらレイはガイ答える。
ガイの方は平然としている。

「無駄な動きが多すぎる、遅い、それから鋭さが全くない。その程度じゃ雑魚の魔物もしとめることも難しいだろうな」
「う…」

はっきりと評価してくるガイの言葉に、やっぱり多少なりとも傷つく。
分かってはいても、はっきり言われるとやっぱりへこむものだ。
だが、剣を本当に扱えるようになりたいならば、それくらいはっきり言ってもらったほうがいいのかもしれない。

「いいか、まずは剣の持ち方だ」

ガイはレイの手に自分の手を添えて、正しい持ち方に変えさせる。
両手をくっつけるように柄を持っていたレイの手の間隔を広げる。

「自分が持ちやすい持ち方が一番だろうが、これが基本だ。しばらく使っていてこれで使いにくいようなら徐々に変えていけばいい」
「はい、分かりました」
「手合わせもいいが、一番いいのは実戦だろうな。魔物でも軟体系の魔物なら切りやすいだろ」
「そうですね」

獣のような形をした魔物が多いが、軟体系の魔物もいる。
軟体系の魔物はゼリー状のもので、倒したからといって何が得られるわけでもなく、近づいたところで特に害という害も少ない為、殆ど魔物として扱われない。
初心者が自分の実力を試す為に相手にするくらいだ。
軟体系の魔物は敵意がない。

「でも最近はあまり見ませんよね、軟体系の魔物」
「強力な魔物ばかりが増えているからな。魔物に食われてるんだろ」
「それじゃ、創りますね」
「創る?できるのか?」
「はい。軟体系の魔物って、実は魔道士が魔獣界から召喚に失敗した魔物の成れの果てなんですよ」

魔物がどうして出来ているのかを知っている者は少ないだろう。

「魔物が魔獣界から来ているのはガイも知っていますよね」
「ああ、リーズがそんなことを言っていたな」
「魔物を倒すと宝石が出てくることも知っていますよね」

魔物を倒すと、その魔物が強大であればあるほど輝く綺麗で大きな石がその後に残る。
魔法で魔物を木っ端微塵にしてしまえば石ごと砕けて何も残らないことが多いが、剣士の物理攻撃で倒された魔物の多くは肉体が消えた後に石が残る。
その石は大抵、金がある貴族や王族達の嗜好品となる。
中には砕いて薬となる種類のものもあるようだが、その手の薬はかなり高価となってしまうため手に入れるのは難しいだろう。

「魔物の心臓は宝石です。魔獣界がどうなっているのか私も良くは知らないのですが、魔獣界にある石、宝石に魔の力が込められて魔物が出来ます。幻魔獣のような強大な魔物は例外だそうですが、この世界に迷い込んでくる下位の魔物は大抵そう創られるそうです」

どのような原理で魔獣界で魔物が創られてしまうのかは分からない。
レイの父もそこまでは教えてくれなかった。
教えて得るばかりの知識だけでは駄目だということで、父はあまり深い知識を教えてくれない時があった。
恐らく父はその原理を知っているのだろう。

「その魔物が創られる原理を真似たのが召喚です。宝石を媒体として魔力を流し込み、魔獣界の魔の力を引き出して”召喚”するのが魔物の召喚です」
「それは召喚でなくて、創りだすではないのか?」
「はい、正確には創りだすですね。でも、一般的にはこれを召喚魔法と言っているんですよね」

この召喚魔法が成功すれば、従順な魔物が出来上がるし、失敗すれば呼び込んだ魔の力がどこに行くか分からない。
魔の力が拡散され、特に被害を及ぼすことがなければ一番いいが、そうばかりいかないのが常だ。
失敗した召喚魔法は暴走しその場を廃墟と化すこともあれば、軟体系の魔物という失敗された形で魔物が創り出される。

「召喚魔法の失敗系の多くは、軟体系の魔物になるんです。しかも、召喚した場に出現するのではなく、別の場所に出現するケースが多いようで、軟体系の魔物が存在しているんですよ」

軟体系の魔物はそんなに数多くない。
しかし、森の中ではなく比較的人の多い所に出現する傾向がある。
強さもさほど強くないため、実害は殆どない。
だから、軟体系の魔物がどうして人の多い所に出現するかなど、原因を探ろうと思っている魔道士は殆どいないだろう。

「わざと召喚を失敗させるのか?」
「いえ、原理さえ分かれば、軟体系の魔物を創りだすことはできますよ」
「そんなに簡単なものか?」
「難しくはないと思うんですけど…」

一般的に簡単かと言われると自信がないレイである。
魔道士としての自分の基準が、きっと一般的なものと違うのだろうことはなんとなく分かってはいるのだ。

「その前に、もう少しまともに剣を振れるようにならないと駄目だな。実戦はもうしばらく後になるだろ」
「ですよね…」

自分の剣術の実力のなさに思わずため息をついてしまうレイ。
駄目だと分かっていたものの、ガイと手合わせしてみるとすごく分かる。
全然動きがついていかない上、攻撃全てを軽く受け止められてしまう。
ガイが一流の剣士であって、自分が素人であることは分かってはいるのだが、ガイとの歴然とした差を理解するとため息が出てしまう。

「ひとつ聞いてもいいか?」
「はい、なんですか」

ガイは短剣を握っているレイの手を見る。

「手に豆ができて痛みが伴う場合、魔法を使うことに支障はあるか?」
「あ、そうですよね。剣を振るえば手に豆もできますよね」
「魔法を使うのに支障がないのならば、治癒魔法で治すのはやめておけ。手が剣に慣れるまでは自然治癒に任せた方がいい」
「はい、そうします」

にこりっとレイは笑みを浮かべる。
魔法にも色々種類があるが、基本的に魔法と言うのは呪文を唱えるものであり、必要なのは声だ。
中には印を必要とするものもあるが、印を結べなくても特に問題はないだろう。

「一応次の街で、グローブのようなものを買うか?」
「え、そこまではいいですよ。本格的に剣術を学ぶわけではないですし…」

剣士を目指しているのならば別だが、レイの場合は補助的な意味での剣術だ。
いざという時に使えるに越したことはないだろうという程度のもの。

「そうか。だが、あまり手の豆が酷くなるようなら言ってくれ。無理はするなよ」
「大丈夫ですよ、ガイ」

豆がつぶれ、血が出てくるほど無理して剣を握ろうとはレイは思わない。
レイは魔道士であり、魔法を使っての戦いが主なので手が傷ついてしまっている為に、印を必要とする魔法を使えなくなっては意味がないのだ。
あくまで魔法を使う上であまり支障のない程度でいいと思っている。

「でも、できるだけ早く上手く使えるようになりたいです。せっかくこの短剣もとてもいいものですし」
「力まず自分のペースで進めていくのが一番だ」

レイは頷く。
自分は剣士向きではないとは思うが、それでも頑張ればそれなりに使えるようになるだろう。
剣が勿体ないと思ってしまうような使い方はしたくない。

「ガイが初めて剣を持ったのっていくつくらいの時でしたか?」

ガイは少し考え込む。

「そうだな…。物心つく頃には当たり前のように剣を握っていた気がする」
「私と似てますね」

くすりっと思わずレイは笑う。
剣と魔法、種類は違うけれどもレイは自分もそうだったと思う。

「自分が覚えている一番昔の記憶の中でも、魔法を当然のように使っていました」
「オレも剣を持つことが当たり前だったな」

当たり前のように魔法を学び、使ってきたレイ。
当たり前のように剣術を学び、剣士となったガイ。
レイは魔道士でよかったと思っているが、ガイはどうなのだろう。
サナと話をした時、レストアの王位継承権を持つ者…現帝王に認知されている子…は強制的に剣術を学ばされていると聞いた。

「ガイは魔道士になろうと思ったことはないですか?」
「魔道士?考えたこともないな」

少しだけガイが笑みを浮かべる。

「剣を振るうのは好きだ。剣を振るった瞬間、静かで鋭い気を感じる事ができた時は、すごい満足感がある」

サナの言い方だと王位継承者は無理やり剣を持たされたように聞こえたが、ガイのこの表情を見る限り、ガイは決して剣を持つことが嫌ではないようだ。
ガイの剣の腕は、素人であるレイから見てもかなりレベルが高いことは分かる。
サナもすごいのだが、きっとガイはそれ以上だろうと雰囲気で分かる。
そこまでの剣術レベルに到達するのに、剣が嫌いでは無理だろう。

「ガイが剣を振るうのが嫌いでなくてよかったです」

レイは心の底からそう思った。
魔法にしても剣にしても、それを使うことそのものを嫌い、憎む人は使い方がとても乱暴になる。
その憎しみが捻じ曲がり、犯罪者となってしまう事がこの世界には多い。
切欠がどうあれ、自分の持っている力を憎まず、好きだと思えるのは何よりもいいことだろう。


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