第二の土地01



顔色が悪かったルカナを移動陣の神殿へと運び、レイ達はすぐに旅立った。
ルカナも気分を害した様子もなく、先に行ってくださいと快く送り出してくれた。
移動陣を使っても良かったのだが、行く村の噂を集めながらの方が見落としていた情報が耳に入るかもしれないとのリーズの提案で、歩きで進むことになった。
向かう先は第二に魔物の大量発生が確認された土地だ。
当分は、魔物の大量発生が起きた場所を回っていく予定だ。

「一番近い街でレイの武器を購入しないとね」
「そうよね。大きな街の方が種類も豊富だもの」
「多少値は張るがな。レイはどんなものがいいんだ?」
「え?え?…私の、武器?」

突然のリーズの言葉に、サナもガイも同意している。
レイは何のことだか分からなかった。
何故武器の話になっているのだろう。

「オレが剣術を教えると言っただろう?」
「あ、はい」
「剣でなくてもやっぱり武器は持っておくべきよ、レイ」
「何があるから分からないからね。それに常に身につけておく武器に何らかの魔法を掛けておくこともできるよ」

魔法以外は馬に乗ることも、剣術もさっぱり駄目なレイ。
それではまずいのではないかということで、ガイが剣術を教えてくれると約束してくれたのを思い出す。
サナはじっとレイの腕を見る。

「レイって腕力とかあるのかしら?」

ひょいっとレイの腕を持ち上げてまじまじと見る。
魔道士というのは基本的に体力は必要としない為、ひょろっとした体格の人が多い。
リーズも決してがっちりとした体格ではない。

「レイの腕って細いわね。そう言えば…」
「サ、サナ?!」

サナはぺたぺたっとレイの腰の辺りを触りだす。

「腰も細いわ。女の敵よ」
「敵って……」
「私なんて小さい頃から鍛えまくっていたら、筋肉ばっかりなのよ。もう、ドレスなんて全然似合わないの」
「サナは十分綺麗ですよ」

にこりっとレイは笑みを浮かべる。
ストレートな褒め言葉にサナは少し顔を赤くする。
照れを隠す為なのか、むにゅっとレイの頬をひっぱる。

「別にお世辞なんて言わなくていいわよ」

綺麗だというお世辞など言われなれているだろうから、どれがお世辞でどれが本音かくらいサナには分かるだろう。
だからこれは完全に照れ隠しである。
やっぱり綺麗と言われて嬉しくないはずがない。

「でも、レイってそんなに細くて剣なんて持てる?」
「生まれてこの方、刃物は包丁くらいしか持ったことないです」
「となると最初は体力作りからになるか」
「旅をしてきたってことは、基礎体力はあると思うけどね」

丸1日歩き続けるくらいならできるだろう。
足腰は丈夫な方かもしれないが、問題は剣の振るい方を知らないことと、スピードについていけないことだ。

「剣より弓の方がいいかしら?」
「いや、魔道士ならば遠距離攻撃は魔法で可能だろう」
「そうそう、魔道士は近距離が苦手なんだよね」
「それを剣術でカバーできればいいんだが…」

レイは追い詰められても空間転移魔法が使える。
それで逃げれば何とかなってきた。
だが、今後は魔物を討伐していかなければならない為、逃げるでは解決にならない。
何よりも剣術を覚えて決して損はない。

「剣ならロングソード?それともあたしみたいなショートソードがいいかしら?バスターソードは流石に無理でしょう?」
「軽いものがいいだろ」
「軽い材質であるていど丈夫なものにしてもらえれば、硬度や強度は魔法で調整できるはずだよ。ね、レイ」
「はい、大丈夫です」

どうあっても力が劣ってしまうレイには、軽いものが一番いいだろう。

「重さの調整も魔法でできるにはできますが、いざという時に剣の重さには慣れておいたほうがいいと思うので、軽いものがいいです」

レイも自分に力がないと自覚している。
剣を持ったこともないので、たとえ剣を買っても使えるようになるまで時間がかかるだろう。
果たして状況がそれを待ってくれるだろうか。
それはまだ分からない。

「なるべく急いだ方がいいな」
「場所によっては魔法を使えないところもあるかもしれないしね」

確かに、と頷くレイ。

「リーズ、魔法を使えない所なんてあるの?」
「俺が知る限りは1箇所。この世界の最南端、レストアの近くだよ。レストアが剣術大国になったのは、最南端で魔法が使えないからだって聞いたことがあるしね」

レイもそれは聞いた事がある。
魔道士の間では比較的有名だ。
世界の最南端にある無人島、そこは世界のエネルギーの全てが溢れている島である。
それゆえ、人のちっぽけな魔力など世界のエネルギーに呑まれ、魔法が発動しない。

「最南端の孤島と似たような擬似空間を作り出すことは可能かもしれませんしね」
「いまだかつてその成功例はないようだけど、あの村での禁呪。あれをつくった誰かならば可能かもしれない」

レイとリーズにだけ聞こえた”声”。
男とも女とも分からなかった、魔力の声だった。

「とにかく街まで急ごうか。レイの武器を購入したら次の場所に向かおう」

まだ確証が得られない、魔物大量発生の人的介入。
人的介入が確信できれば、今の状況が動く。
それが悪い方向か、良い方向かは、解明までの時間の長さが決定打となるかもしれないのだ。
急ぐに越したことはない。
それはリーズだけでなく、レイもガイもサナも、4人がそう感じていた。



街に着いたレイ達は、レイの武器を買うべく武器屋に向かおうとした。
だが、着いたのが日暮れ少し前だった為、サナとリーズは宿を先にとってくるとの事で、2組に分かれた。
比較的大きな街には武器屋が何件かある。
この街にも武器屋は何件かあるようで、今日全部まわるのは無理だろう。

「今日は1件回って、いいものがなかったら明日出発前に他の店を回ればいいだろ」
「はい」

レイとガイが入った武器屋は表通りではなく裏通りにあった薄暗い武器屋。
ガイがそこを選んだのでレイはついてきただけなのだが、裏通りを選んだ理由はレイにはなんとなく分かる。
旅に必要な薬草や、魔法の補助として使う石、そして杖などを買うときもそうだが、表通りの大きな店にはハズレはなく一般的なものが並べられている。
だが、それはただそれだけにしか過ぎないのだ。
普通のものでよければ表通りの店で買えばいい、貴重なものを望むのならば裏通りにあるお店の方がいいのだ。
裏通りにある怪しげなお店の数々には、ハズレの商品も数多いが、稀にかなり貴重なものも信じられないかのような値段で存在する。

「見た目で自分に合いそうなものを手にとってみろ。それが手になじむようなら一番いい」

店内に無造作に並べられた剣は多数。
奥の方に店主らしき老人が1人いるが、何の声もかけてこない。
ロングソードは壁に立てかけられていたり、筒のようなものに何本もまとめて刺さっていたりする。
レイはふっと一本の短剣を目にとめる。

「これ…」

その短剣は鞘にも本体にも細工はなく、柄に丈夫そうな皮の紐を巻いただけのどこにでもありそうな短剣に見える。
レイがその短剣に触れようとすると、店主から声をかけられた。

「それに無闇に触れん方がいい。呪われるぞ」

見せの奥で椅子にかけていた店主がゆっくり体を起こして、こちらに歩いてくる。
レイは短剣に触れずに手を止めた。
じっと短剣を見れば、確かに魔力を感じる。

「これは魔法剣か?」
「銘のあった長剣が折れ、その刃から作り出された短剣じゃよ。ただ、代々の使い主がよからぬことに使い続けた為か、今では呪われておる」

ガイは店主の言葉など聞いていなかったように、ひょいっとその短剣を手に取った。
すっと躊躇いなく鞘から刃を放つ。
剣を手にして様子が変わらないガイに、店主は驚いたような表情を浮かべた。

「物騒な呪いのようだな」

鞘から抜け出した刃の色は深紅。
深紅の刃からは禍々しいものが感じられる。
まるでその刃は血を浴びて、浴びた血によってその色に染まってしまったかのようだ。

「でも、その物騒な雰囲気がなければ使いやすそうです」
「そうだな。材質もかなりいいものだったんだろう、結構軽い。持ってみるか?」
「はい」

ガイに手渡された短剣を手に取ると、レイの手にずしりっとした感覚が伝わる。
それは剣の重みではなく、剣に込められた呪いの重さのようだ。
何かが手にまとわりついてくるような感覚。
レイは右手で短剣の柄を握り、深紅の刃に左指を添える。

『コウル・サラ』

レイの言葉に反応するかのように、刃がぽうっと僅かに輝く。
ふわりっと何か黒いモヤのようなものが浮き出て、そして空へと消える。
禍々しい深紅の刃は、清涼な雰囲気の紅の刃へとなった。

「ほぅ、お嬢ちゃん魔道士かい?」
「はい。呪いは、おそらくこの刃に込められた思念でしょう。あの、でも、私はお嬢ちゃんではないのですが…」
「おや、もしかして坊ちゃんのほうかい?」
「はあ…」

ガイがいる手前否定をしてみるが、やっぱりはっきりと男であると肯定はしたくないものである。
浄化された短剣は、右手にすごくなじむ感覚がする。
何の材質を使っているのかは分からないが、レイでも振り回せるくらいの軽さだ。
ぱちんっと鞘に収めてみる。

「これを頂きたいのですが、おいくらですか?」

深紅の刃のこの短剣をレイは気に入った。
余計な魔法は一切かけられていないが、材質そのものに魔力があるのか創った人が魔力を自然に溶け込むように入れたのか分からないが、ここまで綺麗に魔力が織り込まれている剣はめったにない。

「そのままもっていって構わないよ。どう処分しようか困っていた所だったしの」
「ですが、これは結構値が張るものなのでは…?」
「それはあまりに呪いが酷くてね、金をもらって引き取ったものなんじゃよ」

レイはあっさり呪いを浄化したが、使ったのは古代精霊語による魔法だ。
現代精霊語で対応するとなると呪いの浄化にもっと時間がかかっただろう。

「それに、ガイ・レストア様がご一緒ということは、坊ちゃんも魔物討伐の隊にいる魔道士かなにかなんじゃろう?この短剣を坊ちゃんに渡すことで何かの手助けに慣れれば嬉しいよ」

店主はガイを見る。
その目には憧れや尊敬、そして空の上の人を見るような目だった。
ここはレストア帝国内領地ではない。
どちらかといえばファストに近い街だ。
だが、この店主はガイの顔を知っている。

「レイ、行くぞ」
「あ、はい。おじいさん、ありがとうございました。大切に使わせてもらいます!」

ガイは店主の言葉には答えずに店主に背を向けた。
きっとこういうことはよくある事なのだろう。
何かを期待されるような目。
期待されるというのは悪いことではない。
よい緊張感を保つことができるし、励みにもある。
だが、それが過度になると精神的苦痛にしかならない。
ガイの場合は、今まで過度な期待が多かったのかもしれない。
だから、人を簡単に信用しないのだろう。


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