旅の目的08



時はほんの少しだけ遡る。
レイがあの影に取り込まれてからのことだ。
あの影に取り込まれたレイは、黒い空間の中に浮いていた。
前後左右上下、何も感じない漆黒の空間。

「まいったな」

自分の目が開いているのかすら分からなくなるようなほどの、何もない黒い空間。
レイは結構落ち着いていた。
あの黒い影に取り込まれる瞬間、これが古代精霊語がキーとして発動する魔法である事は分かったのだ。
これを読み解けば脱出は可能だろう。

「問題は、時間が制限されているってことなんだよね」

ふぅっと小さくため息をつくレイ。
時間が制限されている割には、レイに慌てた様子はない。
うむ、と考えるような仕草をして、ふっと手を黒い空間にかざす。

”ライ”

すると、ぼぅっとレイの手元から文字が徐々に浮かび上がってくる。
文字は空間に浮かぶ光のように、一面に広がる。

「あれ?思い違いかな?古代精霊語だったらこんなに複雑なわけないし。これ現代魔法の複雑な組み合わせだ」

ぶつぶつと呟き、浮かんだ文字を読み始める。
浮かび上がった光の文字は現代精霊語と言われるものだ。
現代精霊語を複雑に組み合わせる事によって、古代精霊語と同様の効果を現す事はできる。
今回はそれなのだろう。

「私1人だけなら無理やり壊すのが一番楽なんだけど…」

ルカナも取り込まれていた。
同じ空間かどうかは分からないが、レイが強制的にこの空間を壊すことによってあちらも壊れてしまった場合、ルカナが無事であるかどうか分からない。
時間は限られているが、読み解く事ができないことはない。
ならば読み解く方がいいだろう。

「でも…」

ばぁっと並べられた光の文字を見るレイ。
これは全て現代精霊語の構成だ。
この精霊語によってこの魔法は成り立つ。
多くの精霊語を使用しているのが分かる。

「回りくどいな。古代精霊語なら、3つの言葉で事足りるのにね」

ため息をつき、レイは文字に両手をそえる。
文字をじっと見ながら考える。
この精霊語の繋がりは闇と空間、そして創造。
すぅっと息を吸うレイ。

『ここは成さざる、闇にあらず、創造する場所にあらず、有の空間、満ちゆくは自然、あるがままの元素、戻れ、あるべき空間へ、あるべき闇へ、砕けよ生、現われよ生』

ぴしりっと何かがひび割れる音が聞こえた。
すっとレイは顔を上げる。

『果て無き闇、ここに散れ』


―パキンッ


黒き闇に亀裂が入り、ぱきんっと音を立ててそれは割れる。
まるでガラスであったかのように、ぱらぱらと闇は零れてゆく。
とんっと地に足をつけるレイ。
闇の隙間から先ほどの光景が見える。
レイはふっと虚空より杖を取り出した。
目に入った恐らくルカナが取り込まれただろう黒い球体。

『果て無き闇、ここに散れ』


―ぱきんっ


簡略の呪文だが、外からで杖の補助もあれば十分だと思ったレイだったが、思ったとおり、球体は割れ、中からルカナがどさりっと音を立ててで放り出される。
多少乱暴だったが仕方がない。
レイはガイ達の方に顔を向ける。

「すみません、リーズ、ガイ、サナ。少し解読に時間がかかりました」

仲間を安心させるために、レイはにこりっと笑みを浮かべた。
ガイ達とレイに魔法をかけたらしい先ほどの魔道士風の男は、信じられないかのような驚いた表情を浮かべていた。

「ガイ?リーズ?サナ?どうかしましたか?」

驚かれるとは思っていなかった。
心配してくれるだろうとは思ってはいたが、レイにとってあのくらいの空間を抜け出すことはそう難しいことではない。
最終手段として空間転移があるが、あの手の魔法は取り込まれた人物が核になっていることが多い。
核がなくった魔法がどうなるか、恐らく暴走だろう。
魔法の暴走は周囲にどんな被害がもたらされるか分からないため、なるべく避けるべき事だ。

「いや…、レイよく無事だったね」
「はい。古代精霊語かと思っていたのですが、現代精霊語の組み合わせだったので、ちょっと時間がかかってしまいました」
「現代精霊語の組み合わせって…」
「案外1度取り込まれたほうが構成が分かりやすいかもしれ…」
「説明は後にしろ、来るぞ」

ガイの言葉に、すぐに戦闘体勢に入るレイとリーズ。
サナはルカナの側により、守るように立つ。
男はばっと紅い布を巻いている方の手をこちらに向ける。

「貴様ら全員巻き込まれろぉ!!」

ぶわっと黒い闇が男から放たれる。
ここにいる全員をまとめて取り込む気なのだろう。
レイはさっと一番前に出て杖を構える。

『ラグ・ファ・アナク!』

闇がぴたりっと止まる。
リーズは驚いたようにレイを見ていたが、何かに気づいたように自分もさっと杖を取り出す。
レイの呪文であの闇がどんな魔法なのか気づいたのだろう。
大魔道士の称号を持つだけある。
呪文だけで相手の魔法の効果を知ることができる魔道士はそういないはずだ。

『アナクス!』

止まった闇がリーズの呪文で動き出す。
こちらへではなく、男のいる方へ。
男がぎょっとしたように闇を見た。
紅い布を巻いた手を何度も振るが、闇の勢いは止まらない。

「な、何故だ?!何故こちらに来る?!」

闇は男の足元から這い上がり、男をゆっくりと飲み込んでいく。
一気に飲み込まれるよりも徐々に飲み込まれるほうが恐怖である。
ひぃっと引きつるような悲鳴が男の口からもれる。

『フィル』

さっとリーズが杖を振ると共に呪文を口にすると、侵食している闇の動きがぴたりっと止まる。
男の胸の辺りまで闇は侵食していて、紅い布が巻かれていた腕はすでに闇に呑まれている。

「さて、簡単に消えてもらっては困るな。色々聞きたいこともあるしね」
「た、助けてくれ!」

先ほどまでの余裕はどこへいったのか、男は命乞いをする。

「話す!知っている事はなんでも話すから助けてくれ!」

紅い布に込められた禁呪が切り札であり最強の武器だったのだろう。
それが効かないどころか返されてしまった。
この闇にどんな効果があるのか、それは自分で今まで見てきたから知っているはずだ。
だからこそ恐怖は増す。

「知っている事を全部話してくれたら考えてあげるよ。そうだね、とりあえずはこの禁呪はどうやって手に入れたんだい?」
「こ、この禁呪はとある方………」

ぴくりっと男の言葉と動きが止まる。
ひくひくっと男の喉がゆれ、苦しそうにひゅーひゅーと息をしだす。

「く…がっ…はっ……!」

苦しそうにうめきだす男。

「リーズ、離れろ!」

ガイの言葉にリーズはとっさにシールドを張りながら男から距離を置いた。
その瞬間、ばんっと男が”弾けた”。
頭は跳ねられ、残った肉体は細切れになって弾け飛ぶ。
闇に呑まれていなかった胸から上の部分が弾け、肉や血が飛び散る。
闇はすぅっとそのまま消える。
吐き気がしそうな血の匂いと、光景が広がる。


―余計なことを言わないで欲しいですね


はっとレイとリーズが顔を上げる。
聞こえた声は頭の中にだ。
ガイとサナは警戒しているものの、この声が聞こえていないようだ。
魔道士にしか察知できない声か。
しばらく警戒を続けていたが、ふっとガイが警戒を緩める。

「消えたな」
「みたいですね」

レイは盛大に顔を顰めていた。
この血の臭いが嫌なわけではない。
旅をしていれば血の臭いや、引き裂かれた遺体を目にする事だってある。
気に入らないのは、このやり方だ。

「少し追ってみましたが、早すぎて追いきれませんでした」
「レイ、どこまで追えた?」

リーズの問いにレイはすぅっととある方向を指で示す。

「方向だけですね。距離は遠くとしか分かりません」
「俺もだ…。厄介な相手みたいだね」

すぅっと目を細めてリーズはレイが指差した方向を見る。
あの男が使っていた禁呪は誰かが与えたものなのだろう。
先ほどの”声”の人物がそうなのか、それは分からない。
だが、分かったこともある。

「どうやら、この魔物の大量発生は人的介入がありそうだね」

そう、全国に広がる魔物の大量発生は人的なものである可能性が出てきた。
少なくともここで起こった魔物の大量発生は、人的なものだ。
それも禁呪によるもの。

「どうするの?リーズ」
「勿論決まっているよ」

リーズはガイ、サナ、レイを見る。

「故意による魔物の大量発生は許されない。原因を突き止め、それを消す」

やるべきことは魔物の討伐だけではない。
その原因を突き止め、この状況を止める事。
リーズの言葉に強く頷く3人。

人的介入があったかもしれない魔物の大量発生。
もしかしたら、私とお父さんが感じた幻魔獣も同じ人が呼び出したものだったら…?

レイはぞくりっと怖くなった。
どんな理由があって、何が目的でそんなことをするのだろう。
世界に魔獣を撒き散らし、多くの命を消していく。
それをして何の意味があるのだろう。
これを行おうとした人は狂っているとしか思えない。


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