出来る事を貴方に。



大きな屋敷が並ぶその外れとも言っていい場所にスネイプ邸がある。
この屋敷の持ち主は、セブルス=スネイプとなっている。
屋敷に住むのは、家主の彼と、彼の伯父、それから屋敷しもべ妖精くらいである。
屋敷の屋根裏に、セウィルの部屋があるが、これは決してセブルスがそれを強要したわけではなく、セウィルがここがいいと強引に決めた為のこの場所になったのだった。

セブルス=スネイプはホグワーツ教員である為、この屋敷にいるのはセウィルと屋敷しもべ妖精くらいだ。
セウィルの存在は周囲にあまり明らかにされていない。
なぜならば、彼はかつて死喰い人として、何人もの魔法使いを殺しているからだ。
ただ、その罪状には証拠が全くなく、魔法省も動けない。
誰よりもスリザリンらしく狡猾に、ヴォルデモート卿のしもべとして動いていたことがあるセウィルの存在は、意外に世間には知られていない。


「明日、ホグワーツ特急で戻るのですか?」

屋敷のセウィルの部屋には2人の人影。
1人は、すでに齢60過ぎだというのに青年の姿のままのベッドで上半身のみを起こしているセウィル。
そして、もう1人は、セウィルがこの世界で丁寧な言葉遣いを使うただ1人の人、スリザリンの制服を着ているヴォルだ。

「何もなければな」
「さすがにこれ以上は何もないでしょう」
「だろうな」

ふっと小さく笑みを浮かべるヴォル。

「やっぱり、が心配ですか?」

2人にとって共通の知り合いで、信用の置ける人物、それがという存在。
一緒にいた時間は、一生を思えばとても短い。
でも、彼らにとっては大切だと思える存在だと言えるだろう。

はまだ隠そうとしていることがある」
「故郷がないこと、ですか?」
「知っているのか?」

ヴォルがセウィルの方を見ると、セウィルはくいくいっと指で床を示す。

「セブルスか…」
「そうです」

苦笑しながら答えるセウィル。
ホグワーツの情報は殆ど甥のセブルスからのもの。
世の中の動きなどは新聞で把握できるものの、ホグワーツ内のことはその場にいる者に聞いたほうが詳細な情報が得られる。
セブルスがそう言ったわけではないだろうが、話を聞いていてそうセウィルが感じたのかもしれない。

は結構隠し事が下手ですしね、色々おかしいな?と思う所は短い間一緒にいただけでも分かりますよ」
「表情に出やすいしな。だが、あまり深くは聞いてない」
「こちらも、話せないことはありますしね」

が知っていても、こちらから詳しく話せないことは多々ある。
は優しい子だ。
だが、人生60年以上経ているヴォルとセウィルはそれなりのことをしでかしてきて今がある。
2人共、それをに詳しく語ろうとは思っていない。

「過去、あなたの部下としての仕事の内容なんてとてもじゃないけど話せませんよ」
「そうだな、あれらは俺が命じたとはいえ、かなり非道な行いだろうな」
「笑っている場合じゃないですよ、リドル先輩。僕、に嫌われるのは嫌ですよ?」
「大丈夫だろう。そんな程度じゃの態度は変わらないさ」
「そうですか?」
「いい顔はされないだろうがな」

かつてヴォルデモートの最盛期といわれた時代。
その時代を築くという役割のひとつをセウィルは果たした。
やはりというか、人に憎まれるようなことは山ほどしたし、人を殺めることも山ほどした。
人の命を大切だと思うにとって、セウィルやヴォルが行ってきた事が正しいとは思えないだろう。
だが、それでもは否定はしないで受け止めてくれるだろうことが分かる。
でも、悲しい顔はさせてしまうだろう。
だから、言えないのだ。

「でも、黒の花嫁…シェリナの件では泣かれるかもしれないって思うんですよね〜」
「そうか、アレはセウィルの提案だったな」

シェリナ=リロウズ。
スリザリン生で、純血一族の娘。
過去の起こってしまった事は言わなければ知られることはない。
でも、未来に起こるだろう事は隠すことができないかもしれないだろう。
シェリナの存在はを悲しませることになるかもしれない。

「その提案を破棄しないでそのまま使ってくれているのは嬉しかったんですが、まさかシェリナがと会う事なんて思いもしなかったので」
「たまたま学生時代が重なることがあったのが計算違いということか」
「学年が違うから接点もないかな〜と思っていましたし」

実際、とシェリナが会うことは少ない。
会おうと思わなければ会うことは殆どないだろう。
だが、シェリナがを見つければ声をかけるし、それを無視するではないため、話す機会はできてしまう。

「説明はするつもりか?」
「シェリナのことをですか?」

セウィルは少し考える仕草をする。

「そうですね、隠せるものなら永遠に隠しておきたいです。これは闇側のことで、に泣かれるのは僕は嫌ですし」
「どちらにしろ、後でバレることにはなりそうだがな」
「それでも僕の都合を考えると、事が起こってしまった後バレた方がいいです」

セウィルはにこりっと笑みを浮かべてヴォルを見る。
ヴォルは呆れたようにため息をつく。

「僕にとっての一番は貴方ですから」
「俺はヴォルデモート卿じゃないぞ」
「僕はヴォルデモート卿に忠誠を誓っているわけじゃないですから」

死喰い人として動いてきた過去も、ヴォルデモート卿に対して何度か忠告めいたことを言って裏切り者扱いされてきた事も、すべてただ1人の為。
セウィルは彼だけに忠誠を誓う。
それは他の死喰い人と少し違う忠誠だろう。

「トム・マールヴォロ・リドルであり、ヴォルデモート卿であり、世界を恐怖に陥れた闇の帝王でもある、貴方に、僕は忠誠を誓っているんです。それは、今の貴方でもあり、いずれ蘇るだろうあの人でもあります」

今目の前にいるヴォルの存在も、今蘇ろうと必死で足掻いている闇の帝王も、セウィルにとっては同じ唯一の人。
彼らがどれだけの殺戮を繰り返そうと、彼にどれだけの仕打ちをされても、決してその忠誠は変わることはない。

「あの人のことを考えると、やっぱりシェリナの存在は必要で、が泣くだろうって分かってても、邪魔されない方がありがたいんですよ」
「アレがを害す存在になるとしても、か?」
「それはありませんよ、リドル先輩。そのための黒の花嫁でもあるんですから」

ヴォルは少し驚いたように目を開くが、すぐにくくっと笑い出す。
セウィルにとって予想外だったとシェリナの出会い。
けれど、それをセウィルは別の意味で利用しようとしている。

「なるほど、そういう意味でのシェリナ、か」
「一石二鳥という言葉が日本にはあるでしょう?まさにそれです」

2人のみが意味を理解している会話。
事情を知らない人が聞けば、何を話しているのかさっぱり分からないだろう。

「もし、僕がその時までにいなかった場合、フォローお願いしますね」
「花嫁のフォローか?」
「はい。ちょっと動けなくなるかもしれませんので」

笑みを浮かべたまま少し困ったように首を傾げるセウィル。
顔色はそう悪くないように見えるし、普通に話をしているところを考えれば、どこが悪いのか分からないと思える。
だが、今のままではそう永くはない。

「1年も持たないか?」
と会えるまで持つかどうかって所だったので、いつ逝ってもおかしくない状況ですね」
「……そうか」

死を宣告されているようなものなのに、セウィルはとても冷静だ。
それはヴォルも知っていた。
今のセウィルの状態は、かつて自分でもあった存在がかけた魔法によってのものだ。
ただ、死喰い人として酷使し続けた身体が、たとえ健康体であってもどれだけもったかは疑問だろうが、それでも今よりは長生きできたかもしれない。

「僕の死に目には立ち会わないでくださいね」
「死に顔を見られるのは嫌か?」
「はい」

まるで遺言のような言葉。
ヴォルはそれを冷静に受け止めている。

「貴方に弱い所は見せたくないんです」

強いままでないと、彼の側には立てないとセウィルは思っているから。
弱いところを見せてしまったら彼の側に立つ資格がないと自覚してしまいそうになる。
だから、死に際を見せたくない。

「自分に子を作って、その子に自分の役目を継がせることも考えました。でも、僕は僕自身が貴方に尽くし、貴方のためにありたいと思っている。僕ではない自分の子などでは意味がない」

セウィルには奥さんもいなければ、子供もいない。
彼の血を引くのは義弟の子供である甥のセブルスだけ。

「だから…お願いです」

泣きそうな笑みをセウィルは浮かべる。
死を素直に受け入れられる人間などそういないだろう。
セウィルだって、本当は死を迎えたくなどないはずだ。
それでも冷静でいるように見せかけているのは、ヴォルの前だからだろう。

「ああ、分かった」

ヴォルにできることはその願いを受け入れることだけ。
セウィルに分からないように、ヴォルは拳を握る。

セウィルを苦しめているのは、若き日の無茶をしたことと、何よりもヴォルデモートがかけた闇の人形の魔法。
あれを無理やり解いたための反動だ。
あの魔法をこじらせて解くと身体に負荷がかかる。
その負荷をどうにかできれば、セウィルの身体もまだ持つだろう。

― リドル先輩

無邪気な笑みを向けてくれた後輩の笑顔の裏には、スリザリン生らしい狡猾な考え方がいつも潜んでいただろう。
それに気付かれていると知りながらも隠そうとせずに、尽くしてくれた…そう、友人と言っていい存在か。

― ヴォルさん
― セウィル君

笑みを浮かべて笑うその笑みは、セウィルと違って本当に純粋なものだろう、ヴォルにとってとてもとても大切な人。
セウィルに何かあれば悲しむのはだ。
は知らない。
今のセウィルがどれだけ危険な状況なのかを。
人が傷つくことをとても嫌がるは、それで今でも悩んでいるのをヴォルは分かっている。


「セウィル」

ヴォルの声に、一瞬きょとんっとしたようにセウィルが顔を上げる。

「少し、探してみる」
「リドル先輩?」
「だから、まだ逝くなよ」

ほんの少しでもその命を永らえる方法があるのならば、それを試してみよう。
それがセウィルとの笑顔を守ることに繋がるのならば。
自分らしくない行動かもしれないと思いつつも、ヴォルはそうしたいと思った。

「頑張ってみますよ」

貴方がそう言うのなら、とセウィルは付け加える。
壊れかけてしまった身体をどうにかする方法など、まともな方法でどうにかなるわけがない。
それが分かっていても、セウィルはヴォルの言うように待つだけだ。
再びのためにホグワーツの制服をまとったヴォル。
再び世界を恐怖に陥れようと足掻いているヴォルデモート卿。
他の人から見れば、その2人は驚くほど違うように感じるだろうが、セウィルにとってはどちらも同じ人だ。
もし、この身体が自由に動くようになるのならば、とセウィルは思う。

また、”貴方”のために出来る事をしましょう。
誰を手にかけることも、誰かを騙すことも、そして世界を巻き込むことすらも。
どんなことでも、全てを賭けて。