黒犬とお買い物





クリスマスまであと2日。
流石に今日、プレゼントを買わなければ間に合わないだろう。


「シリウスさん!出かける前にちゃんとお風呂へ行ってくださいね」

はシリウスにタオルを差し出して、風呂場のある方向を指す。
ここはリーマスの家だ。
ホグワーツから戻ってきて、我が家とばかりに寛いでいるシリウス。
この家は広いため、シリウス1人が増えたところで変わらない。
食料保管庫も広いし、風呂も結構大きな風呂だ。
勿論全部魔法を使用したものである。

「別にこのままでも…」
「駄目です。シリウスさんがお風に行っている間にその服をなんとかしますから」

シリウスの着ている服は、ローブも含めて所々がボロボロだ。
だが、洗ってつくろえば着れないほどではない。

「シリウス、素直に従ったらどうだい?はっきり言うと、今の君。とてもじゃないけど町に出れるような姿じゃないよ?」

の後ろからひょっこり顔を出したのは、シリウスのよく知る親友の顔。
しかし、その姿は透けており、顔立ちはシリウスよりも若い。
普段は1冊の本の中で眠っているジェームズの記憶だ。
ジェームズがどんな魔法を使って、今の状況を作り出したのかシリウスは知らないが、昔と変わらない親友の性格に顔を顰める。

「分かったよ…」

納得いかない表情をしながら、が差し出したタオルを受け取って、シリウスは風呂のある方向に向かっていった。
なんだかんだと言いながら、シリウスはジェームズに弱いのかもしれない。

「シリウスって、昔からいい加減なんだよね。ブラック家の長男だから、身の回りは綺麗過ぎるくらい綺麗にするかと思っていたけど…これがまた全然でさ」
「そうなんですか?アズカバンにずっといたから平気になったわけじゃなくて?」
「じゃないんだよ。あれがシリウスなんだよね〜」

意外だ。
ブラック家といえば、かなりいい家のようだから、その辺りの躾は厳しかったのではないのだろうかと思っていた。
環境が性格を作り出すと言うが、周りの環境が嫌で正反対の性格になったと言う事なのだろうか。





ヴォルに声をかけられ、は声のした方を向く。
ホグワーツ特急でリーマスの家に一緒に戻ってきたが、ヴォルはシリウスにはあまり近づこうとしなかった。
大抵シリウスと一緒にいない時のに話しかけてくる。
と言っても、ここに帰ってきてからそんなに日は経っていないのだが…。

「ヴォルさん?」
「俺はちょっと今から出るからな。あれと一緒にどこか行くつもりなら、それを持っていけよ」

ヴォルが”あれ”と表現したのは恐らくシリウスのこと。
”それ”というのはジェームズの本の事だろう。

「どこ行くの?」
「ノクターン横丁だ」
「遅くなる?」
「そうだな……2日くらいかかるかもしれないな。クリスマスが終わるまでには戻ってくる予定だ」
「うん。分かった」

ヴォルはたまにと別行動をとり、ノクターン横丁に行っているらしい。

「来年には間に合わせるつもりだからな」
「へ?何が…?」
「大したことじゃないさ」

そう言い残してヴォルは暖炉からノクターン横丁へととんでいった。
何をしているか少し気になる。
ヴォルも特に隠す様子はないようで、ヴォルが何をしようとしているのかが、なんとなくだがは分かっていた。

「黒猫君も、相変わらずには甘いね〜」
「そう…ですか?」
、もしかして自覚なしかい?」
「いえ……」

多分分かってる。
だって、ヴォルさん、相手によって結構態度違うし。

「さて、それじゃあ僕は黒ワンコをからかいにでも行ってくるかなv」

ジェームズはすぃ〜と飛び回りながらシリウスのいる風呂の方向へと移動していった。
風呂の方からがたーんっと大きな音がする。
シリウスの怒鳴り声と共に…。

―ジェームズ!!入ってくんなー!
―いいじゃないか、別に恥ずかしがるような仲ってわけじゃないしね〜。
―そういう問題じゃないだろーがっ!
―いやだな〜シリウスってば。そんな女の子みたいに隠す必要なんてないじゃないか!今の君は確かに汚れまみれて隠したくなる気持ちは分かるけどね!
―喧嘩売ってんのかー!!

もうちょっとだけ、恥じらいをもって静かにして欲しいと思うのは我侭だろうか。
言い合いが筒抜けである。

「あれ?でも、最近はなんでジェームズさんだけしか出てこないんだろう?」

ふとした疑問である。
リリーと幼いハリーが出てきたのは、が知る限りは最初だけ。
ヴォルと一緒にアズカバンにこっそり行った時にも現われたらしいが、本から出てくるのは大抵がジェームズだけである。

「もしかして、3人一緒だと魔力の消費量が大きいからかな?」

ジェームズがどのように”記憶”をこの本に残したのか分からないため、想像でしかできない。
ヴォルならばもしかしたら理由が分かっているかもしれないが…。





ダイアゴン横丁はクリスマスムードになっていた。
所々でクリスマス用プレゼントが売られている。
プレゼント用の中身はともかくとして、こういうムードがあるところはマグル界と全く変わらないようである。
はバッグの中にジェームズの本をつめ、シリウスと一緒にグリンゴッツに向かった。

シリウスは黒く長い髪を後ろで一つに結び、が簡単につくろったローブを着ている。
念のため、のスペアの眼鏡をかけている。
あちこちで見かけるシリウスの手配書の写真とはまるで別人に見える。
きちんと身なりを整えれば、シリウスは人目をひくほどの綺麗な顔立ちだ。

はグリンゴッツでは外で待っていた。
あのトコロッコだけはどうにも苦手だからだ。
シリウスはすぐに戻ってきた。

「相変わらず子鬼は世間のことにはお構いなしだな」
「そうですか?」
「俺が誰でも客は客らしい」

確かにそうかもしれない。
シリウスは「シリウス・ブラック」名義の金庫からお金を引き出してきたのだ。
子鬼は何も言わずにお金を引き出す許可を出した。
しかし、逆を言えば、それだけ金銭面では信用できる銀行であると言える。

「ああ、それから、金振り込んでおいたからな」
「はい?」
に買ってもらった分の金。適当に金額の予想つけて振り込みしといたから」
「え?ちょっと待ってくださいよ。適当って…!どうやって僕の金庫なんて…!」

慌てる
シリウスのために自分が勝手に使ったお金だ。
使った分きっかりならともかく、適当にというのは困る。

「金を引き出すならともかく、振り込む場合は聞けば教えてくれるみたいだぜ?だから、適当にな」
「適当ってどれだけ入れたんですか?!」
「だから適当だって。大した金額じゃねぇよ」
「貴方にとっては大した金額でなくても、僕にとっては絶対に大金のはずです!」

きっぱり言い切る

「ほんと大したことねぇって。何で大金だ何て言い切れるんだよ?」
貴方と僕とは絶対に金銭感覚が違うからです!

の金庫はハリーの金庫と違って金貨がぎっしりなど詰まっていない。
かといってそれほど少ないわけでもない。
ブラック家の金庫事情は知らないが、元資産家で炎の雷(ファイヤー・ボルト)をひょいっと変える様な人の金庫がそんなにすっからかんのはずがないし、金銭感覚が同じはずがない。

「差額分はきっちりお返ししておきますからね」
「…別にいらねぇよ」
「いいえ、お金の事だけはしっかりするべきですよ」

金銭関係のトラブルだけは絶対に避けたい。
こういう事だけはきちんとすべきだとは思っている。

「とにかく目的のものを買いに行きましょう。『高級クィディッチ用具店』でいいんですよね?」
「ああ。そこなら炎の雷(ファイヤー・ボルト)があるはずだからな」

炎の雷(ファイヤー・ボルト)は、現在存在する箒の中で最も性能がいい。
その分値段もかなり高い。
一般家庭では手に入るようなものではなく、プロのクィディッチ選手が持っているほどのもので、趣味や学校競技で使用できるほど気軽に手に入るものではない。


『高級クィディッチ用具店』にはクィディッチに使用するものがそろっている。
箒は勿論、クアッフル、スニッチ、ブラッジャー、ブラッジャーを食い止めるための棍棒、そして専用のユニフォームやプロ選手のユニフォームのレプリカなど。

「本当に…これ、買うんですか?」

店頭に飾られた炎の雷(ファイヤー・ボルト)の値段を見て、は唖然としていた。
高いだろうとは思っていたが、ここまで高いとは思っていなかった。
下手をすれば屋敷がひとつたたるんじゃないのだろうか?
”家”ではなく”屋敷”がである。

「何言ってんだ、当たり前だろ?」
「…にしても、値段が…」
「そうか?俺はもっと高いと思っていたからな。これくらいなら13回分相当だろ?」

当たり前のように言うシリウスに、は完全に金銭感覚が違うと確信した。
シリウスはハリーの13回分のクリスマスプレゼントとして、これを買うのだという事は分かる。
しかし、子供にプレゼントするものとしては法外な値段だ。

「親馬鹿だ……」

ぽそっとは呟く。
シリウスは、いそいそと楽しそうに店員に炎の雷(ファイヤー・ボルト)を贈ってもらうように頼んでいた。
とても嬉しそうな表情である。

「手配はしたぜ。付き合ってくれてありがとな」

店員にハリーに送る手続きと、支払いを済ませたらしい。

「いえ、ついでにダイアゴン横丁で買いたいものもありますし…。あ、そうだ。せっかくなので服を買いましょう」
「ああ、そうだな」

シリウスの買い物に付き合うのも用件の1つだが、は友人へのクリスマスプレゼントも買いにきた。
それと、年明け以降のシリウスの服と、必需品の買い物もだ。

「とりあえずは生活必需品と…、何か欲しいものってありますか?」
「特に不便はねぇんだけど…食事が一番の問題なんだよな〜」
「長持ちするものを買い溜めしておきます?」
「そうだな。ああ、それから、は欲しいもんあるか?」
「僕ですか?」

これといって必要なものと言えば、消耗品くらいなものである。
ノートやシャープのシンなど。
少なくとも魔法界で手に入るものではない。

「今の所ないですけど……なんでですか?」
「随分世話になってるしクリスマスプレゼントでもと思ってな」
「え、別にいらないですよ。僕に買うくらいなら他の人に買うか、自分の為にお金を使ってください」

大体あれだけの大金をたった今使っておいて、まだ使う気なのか?!
…やっぱり金銭感覚が全然違う。

「けどなぁ…」
「いらないものは、いりません。大体、自由になったときにお金は必要になるじゃないですか。その為にとっておくべきですよ」

お金というものはあって困るものでもないだろう。
今のには、さしあたって早急に必要なものなどない。
シリウスの事だから、高いものを平気でひょいっと買ってしまいそうで怖いという理由もある。

「とにかくお店に行きましょう。『雑貨屋』に行きますか?それとも『洋装店』に行きますか?」
「『洋装店』に先行くと荷物持ちが大変になるだろうから『雑貨屋』に先に行こうぜ」
「そうですね」

『高級クィディッチ用具店』から移動を始めるとシリウス。
クリスマスが近いこの時期、クリスマスプレゼントを買う為なのかその準備の為なのかは分からないが人は多い。
ざわざわしているダイアゴン横丁の中を目的の店へと向かう。

「なぁ」
「なんですか?」

ダイアゴン横丁の町並みはどこか懐かしい雰囲気だ。
魔法界の村や町には、基本的にコンクリート製の建物がない。
昔ながらの建築方式を利用している建物ばかりだ。
その壁は木であったり、石であったり、レンガであったり。

「お前、その馬鹿丁寧な口調どうにかならねぇの?」
「口調…ですか?」

は基本的に年上…実年齢でなく現在の世間での年齢である13歳より上…の相手には丁寧な言葉使いだ。
普通に話すのは同級生以下の子が相手の時だけである。
例外はヴォルとリーマスのみ。

「僕にとってはこれが普通なんですよ。変ですか?」
「いや、変じゃねぇけどよ…。そーいや、リーマスと一緒に暮らしているんだよな?」
「はい」
「リーマスにもその口調なわけか?」
「いえ、リーマスは……」

僅かに顔が引きつる
最初は”ルーピンさん”と呼び、シリウス同様丁寧語で話すつもりだった。
でも、やはりリーマスの雰囲気には逆らえない。

「脅されたか?」
う……はい」
「……あいつ、昔と全然変わってねぇんだな……」

どこか遠い目をするシリウス。
学生時代に似たような目にでもあったことがあるのだろうか。
ジェームズも怒ったリーマスほど怖い相手はいないと言っていたが、シリウスも同じ思いかもしれない。

リーマスって…やっぱり怖いよね。

そのままとシリウスは一緒に買い物を続けるのだった。
『雑貨屋』ではクリスマスプレゼントを買い、シリウスは『洋装店』でローブなどを購入。
必要以上のものを買わなかったせいか、荷物はそんなに大きくなる事はなかった。
が買ったクリスマスプレゼントはフクロウ便での配達を手配しておいたため、自分で持ち歩くものはさほどなかったこともあるだろう。
手元にあるのは、クリスマスに直接会えるだろう人用のプレゼントのみだった。


ドラコの家のパーティーはちょっと憂鬱だな…。
そう言えば、ドレスローブだっけ?
どうしようかな。
後で適当に買いに行くべきかな。


先のことを思い、ため息をつくだった。