セウィル=スネイプ
が1ヶ月間消えていた。
ダンブルドアが慌てることなく落ち着いているのを見て分かった。
あの時期なんだと。
あの時は2週間ほどいたが、こっちでは時間の流れが違うのかそれとも、時空間を移動した際にズレが生じたのかは分からない。
俺は、が消えてから毎日のように『カナリアの小屋』へと通った。
がここに帰ってくるのは確かなことだと知っていたから…。
ヴォルがを最初に見つけたのは偶然ではない。
ここにが戻ってくると知っていたからだ。
『カナリアの小屋』の中、スリザリンのネクタイとローブを着たを見つけたときには、ほっとした反面、嬉しくもなったヴォルである。
が戻ってきたことで分かったことだが、『カナリアの小屋』には、が身につけているなんらかのものに反応して、見たくない幻を見せる仕掛けになってたようだ。
を医務室に運んでからヴォルはスリザリンのネクタイとローブを自分の部屋へと持っていった。
これはが直接返した方がいいだろう…。
「セウィル…か」
思い出すことすらなくなっていた、学生時代の忠実な後輩であり友人でもあった相手の名前。
別れたのは40年以上も前のこと。
セウィルが変わったのは…ヴォルが20歳になる頃のことだった…。
ホグワーツ卒業後、すぐに父親のいるリトル・ハングルトンに向かった。
目的はリドル家の血筋を根絶やしにする為…、未だのうのうと生きているマグルの血族を殺すためだった。
だが、目的を達することは出来なかった。
いや、しなかったと言った方が正しいのかもしれない。
頭の奥で、ソレを止める声が響いてくる。
―殺してしまったら、戻れない!
全ての憎しみの源ともいっていいマグルの血族。
何をためらう必要がある?
だが、リドルは……それから3年ほどずっと躊躇し続けた。
今思えば、それはを知っている記憶が止めたのかもしれないと思う。
20歳になった頃、リドルは父と祖父母を手にかけた。
初めてこの手で人を殺めたにもかかわらず、悲しみも後悔も何もなかった気がする。
ただ分かったことは…もう、戻れないということだ。
「邪魔なものは全て殺してしまえばいいだろう?」
闇の帝王ヴォルデモートとしてその存在を徐々に世界に刻み付けている間。
ヴォルデモート卿は冷酷で残酷であった。
そう、誰の例外もなく…。
ヴォルデモートの側にいた者たちはそれに従い、忠実な行動をする。
ただ、唯一の例外を除いては…。
「リドル先輩。駄目ですよ?」
にこっと笑みを浮かべて、セウィルはいつもヴォルデモート卿に意見する。
決して卿を「ヴォルデモート卿」と呼ばずに、昔のままの呼び方をしていた。
「その呼び方をやめろ!貴様は俺様に忠誠を誓ったのではないのか?!」
セウィルの呼び方に何故か無性にイラつく。
昔を思い出させるからか、この道を歩み始めたことを後悔させる気持ちを呼び起こすからか。
どちらにしろ、ヴォルデモートにとっては邪魔なことでしかなかった。
「僕は貴方に……貴方の全てに忠誠と生涯を捧げるつもりです。今も、昔も…!その気持ちは変わっていません!」
「ならばどうして、命に従わない?!」
「それは本当の貴方が望んでないから……!」
「本当の…?」
くくく…とヴォルデモートは哂う。
「何を言う?本当の俺様?俺様の出す命は全て俺様の願いだ。貴様は何を勘違いしている?」
「僕は勘違いをしていません。貴方が忘れているだけだから…」
「忘れている?何をだ…?闇の魔法も、学生時代に得た知識も、経験も…全てここにあるというのにか?」
多くの闇の魔法を扱うことも出来、彼の右に出るものなどいないのではないかと思えるほどの天才。
闇の世界に染まりながらもその存在感は圧倒的なもの。
そこにいるだけで人を惹きつける何かがある。
望むままに人を殺め、禁呪とも言われる闇の魔法を扱う。
「一番大切なものを…貴方は忘れている。貴方が可哀想です……、リドル先輩」
セウィルはヴォルデモート卿に哀れみの視線を向けた。
それがヴォルデモートには気に入らなかった。
何故そんな視線を向ける?!何故哀れまれなければならない?!
「貴様は…俺様に忠実ではない。忠実なれ!セウィル=スネイプ」
セウィルを殺すことが出来なかった。
だから、かけた魔法は『闇の人形(デス・ドール)』だった。
ヴォルデモート卿ほどではないにしろ、セウィルは闇の魔法にかなり秀でていた。
苦しみながら胸を抑え……自らの杖を振りながらセウィルはヴォルデモート卿を見る。
その表情は、悲しみにあふれた笑みだった。
「僕は…貴方の生き方に尊敬の念を抱いてた」
「しぶといな…、まだ生きているのか?」
「貴方がどんな存在でも、僕は…貴方について行こうと思ってた!」
「セウィル、その口を閉じろ。次は服従の呪文だ」
「貴方の全てを好ましいと思っていたのに…貴方はその一部を捨てようとしている!!」
苦しみながらもセウィルは叫ぶ。
瞳には涙が浮かんでいた。
変わってしまっていく主の姿への悲しみと、何も出来ない自分への悔しさからだ。
「黙れ、セウィル!!…インペリオ!」
「っ…!」
光がセウィルを包む。
だが、セウィルの瞳から光は失われることなく、呪文が効かなかった事を示した。
「憎しみのみに囚われずに思い出そうとして下さい!リドル先輩!」
「黙れと言っているだろう!!」
ヴォルデモートは何故かあせり始めた。
呪文が効かなかった事が原因ではない。
セウィルの言葉に心が揺さぶられている。
「クルーシオ!!」
「っ…ああああ!」
自分が心を揺さぶられることなどあってはならない。
ヴォルデモートはそう思う。
苦しむセウィル。
殺すには惜しい魔法使い、だが、自分に忠実ではない者。
「僕…は、ずっと………貴方の側にいたかった」
セウィルの瞳から零れるのは一筋の涙。
悲しみのみが彩られた瞳。
「…が、貴方の側に戻るまでは…ずっと」
セウィルの呟いた名がヴォルデモートにははっきりとは聞こえなかった。
「でも、今の貴方は…もう僕たちが知る貴方じゃないんですね」
何故その時、セウィルが「僕たち」と複数形で表現したのか分からなかった。
誰と誰にとってのヴォルデモート卿を意味していたのだろう。
ヴォルデモートはセウィルの言葉に何もしなかった。
服従の呪文も、死の呪文も……。
何故か…体が動かなかった。
「さようなら…リドル先輩」
悲しみの感情が見える笑みを浮かべながら…セウィルはその場から消えた。
ただ一人の僕の裏切りだ。
別に大したことではない。
セウィルの戦力を失ったのは痛いが…気に病むことではない。
それだというのに………ヴォルデモートの中には大きな喪失感があった。
ヴォルは今、ある屋敷の前に立っている。
ホグワーツからは随分離れた場所だ。
まだ在学中というのに、ホグワーツから離れたこの場所に来ることは、ヴォルにとっては造作もないことだ。
ホグワーツで姿現しを使えないのはいささか不便ではあったが…。
先ほど目が覚めたに会って来た。
「確証がなかったから言えなかったが…」
ヴォルは家主に構わないかのように、姿現しを使って屋敷の中へと入っていった。
目的はただひとつ。
…トン。
音を立てて床に足をつけるヴォル。
屋敷の中の屋根裏ともいえる場所の一室。
そこにひとつの大きなベッドがある。
部屋の中はこの場所には似つかわしくない、和風なものばかりだ。
部屋にあるのはベッドだというのに、明かりと敷物は純和風のもの。
洋風なものと和風なものが混ざり、おかしな具合になっている。
大きなベッドの上には一人の少年…青年とも言えるのか…が上半身を起こして窓の外を見ていた。
「セウィル…」
ヴォルの小さく呟いた名に、少年はゆっくりと振り返る。
今まで誰もいなかったはずの部屋にいるヴォルの姿に驚くことなく…いや、ヴォルの姿を目にいれるなり、驚きで目を開く。
「え……?」
少年の口から零れた言葉は小さなもの。
「セウィル=スネイプ…だろう?」
ヴォルが確認するかのように尋ねる。
今の時代、セウィルが生きているとしても60過ぎだ。
目の前の少年はどう見ても10代後半だろう。
黒く長くなった癖のある髪は、後ろで束ねてある。
「貴方は…誰?」
震えるような声。
「分からないか…?そうだな…俺も全てでなく、欠片に過ぎないからな」
「ま…さか…」
「が”ヴォル”と呼んでいるのは俺のことだ。そして、ヴォルデモートはまだ生きている」
少年はまじまじとヴォルを見る。
そして、驚きの表情が苦笑へと変わる。
「貴方は…、本当に何をやってるんですか…、リドル先輩」
どこか呆れたかのような口調。
「お互い様だろう?セウィル」
ヴォルも苦笑する。
生きているかもしれないとは思っていた。
でも、確証がないからには言えないでいた。
「その姿はあの魔法のせいか?」
「そうですよ、貴方にかけられた『闇の人形』の魔法を自分で無理やり解除したからあの時のままの姿なんです」
『闇の人形(デス・ドール)』は「時の力」と魔力で発動する魔法だ。
それを知り理解し、使うものは殆どいない。
セウィルの場合は魔力の力のみを打ち消し、残った「時の力」がなんらかの作用を及ぼしたために肉体年齢が止まってしまったのだろう。
「医者には、今生きているのが不思議なくらいだと言われています。実年齢60過ぎですし、結構いろんなことしてますからね…中身はボロボロなんですよ」
「そうか…」
「まぁ、寿命みたいなものだから仕方がないです。セブルスなんて煩い位に絶対安静だって言いますよ、まったく心配性の甥っ子で困ります」
「ああ、そういえばアレとは血縁関係だったな。アレもセウィルに似ているな…」
顔立ちだけならば似ていると言うものは多数だろう。
性格までもが似ていると聞かれれば、似ていないと答えるものが殆どだと思われる。
だが、セウィルとセブルスの本質はよく似ている。
「どうして今更僕に会いに来たんですか?別に今でなくてもよかったんでしょう?」
ヴォルはセウィルの存在は覚えていた。
リドルとしてと過ごした記憶がなくても、セウィルという後輩がいたことは知っていたはずだった。
それでも今まで会おうと思わなかったのは…。
「どうでもよかったから…か?」
「うあ、それって結構酷いです!」
言葉とは裏腹にくすくすっと笑うセウィル。
ふっとヴォルも笑みを浮かべる。
セウィルには悪いとは思うが…裏切ったと思っていた相手を探そうなどとは思わなかった。
あの当時、今のヴォルにとって彼が正しい意見を言っていたとしても、だ。
セウィルの存在は時が経つにつれて…重いものではなくなってしまっていた。
「けどな…、学生時代はそれでもセウィルの存在は有難かったさ」
「僕も、学生時代貴方の側にいれたことがなによりも楽しかったです」
学生時代のあのまま続くと思っていた時は小さな魔法によって消え去ってしまった。
些細なことだったかもしれないけれども、大切なものを失った。
そこから崩れ…そして今、あの時はない。
「時期的に、は僕達に会った後…ですか?貴方が来たのもそれが理由なんでしょう?」
「丁度昨日戻ってきたばかりだ。お前の生存を俺は知らなかった、だから確認に来た」
「それじゃあ、そろそろに手紙を書いてもいいかな?一応ね、セブルスからのことをちょっと聞いていたんですよ。日本人でグリフィンドールの変わった生徒がいるってね」
にこにこっと楽しそうな笑みを浮かべるセウィル。
「僕が死ぬ前に…約束だけは果たしてもらわないとね」
口調は明るいものだったが、言葉は明るいものではない。
セウィルの言葉は、セウィルの命が残り少ないことを意味している。
ヴォルもそれはセウィルを見て分かっていた。
外見の時を止め、中身のみが成長していく不自然な状態。
寿命もあるかもしれないが、そんな不自然な状態がそう長く続くはずがない。
医者も言っているのだ、今生きているのが不思議な位なのだと…。
「後悔はしてないんです。僕は、今の貴方もヴォルデモート卿である貴方も大切だと思っていますから…」
ふわっと笑みを浮かべるセウィル。
”トム=リドル”というスリザリンの血を引く少年に惹かれた一人の純血の少年。
「卿がどれだけの人を殺めても、僕はあの人を憎むことも恨むこともできません。僕に憎しみと呼べる感情を引き起こさせたのはアーマンド=ディペット………そして、ハリー=ポッター」
セウィルの視線がすぅっと変わる。
冷たい闇のものへと…。
優しげな顔立ちをしながらも、体が弱っている状態でも…瞳に込められた感情は強いものだ。
「全てを捧げてもいいと思えたのは貴方だけなんです。だから、貴方を変えてしまったあの老いぼれは許せませんでした」
「だが、アレは校長を退任させられて魔法界の片隅で生きているらしいが…?」
「生きてるだけましだと思いません?」
「やはり、校長を退任させたのはお前の仕業か…」
「僕以外の誰がやるっていうんですか。後任についたのが髭爺ってのが気に入りませんけど…」
大切な主を変えてしまった、老いぼれ魔法使い。
ヴォルデモート卿の元から去ったセウィルが一番最初にしたことが、ディペットの校長退任だった。
十分な脅しをかけての退任への追い込みである。
「変わってしまった貴方を倒したハリー=ポッターも殺してやろうかと思ったんですけどね、いくら変わってしまった貴方とは言え、貴方は貴方ですから…」
「難しいだろ」
「はい。流石にあの髭爺の守りは強いですので、とりあえずは保留中です」
くすくすっと笑うセウィル。
冗談などではない本気の言葉である。
セウィルにとって大切だったのは、主と思っていたリドルの存在。
そして、自分に興味を抱かせたの存在。
その二つだけ。
変わってしまったリドル…ヴォルデモートだけれども、セウィルにとっては唯一の存在。
世界を闇に染めようとも、どれだけの人を殺めようとも…その存在は唯一のもので大切なもの。
それはいつまで経っても変わらない。
ヴォルデモートが倒れ、魔法界が「ハリー=ポッター」を英雄と喜び浮かれていた時、セウィルは大切な存在が消えてしまったことに悲しみを抱き、そしてそれを成しえた英雄に憎しみを抱いていた。
ヴォルデモートに逆らわなければ、いや、ヴォルデモートがセウィルの意見を反論として捉えなければ…セウィルは誰よりも優秀な『死喰い人(デス・イーター)』になっていただろう。
昔からヴォルデモート卿に仕える者達のみがセウィルの存在を知っている。
誰よりも忠実であったのにも関わらず、裏切った優秀な闇の魔法使い。
セウィル=スネイプの存在を知る者は少ない。