お酒もほどほどに





2年生も終わりはリーマスが住む家まで戻っていた。
勿論、ヴォルもである。
色々なことがあったが、無事に終わって何よりである。
このイースター休暇中がにとって唯一のほっとする時間でもあるだろう。
ホグワーツでは何かと事件があって、気が休まる時間が少ない。
それに、元の少女の姿に戻るのは殆どこの家でだけだ。

「今年も疲れたよ〜〜」

ん〜っと伸びをしながらはソファーに横たわる。
リーマスは月イチ恒例の外出である。
つまり今日は満月。



かちんっとヴォルがグラスを二つ持ってやってくる。

「どうしたの?ヴォルさん?」

ヴォルの右手にはグラスが二つだが、左手にはワインらしきビンが一本。
古そうなラベルから見るとかなりいいものなのだろうが…。

「昔使ってた屋敷から見つけた。外で飲まないか?」
「外?」
「ああ、月の明かりで随分明るいし季節も季節だから外の方が気持ちがいいだろう?」
「でも、私お酒はあんまりたしなまないから…」
「年代もので、かなり甘いワインだから平気だろう」
「そうかな…?」

少し迷っただが、頷いてヴォルに付き合うことにする。
見た目からしてかなり高そうなワインなのだろう。
ここで飲まないと損するかもしれないと、は思った。
だが、は自分が忘れていることがひとつあるのに気付かなかった。



満月の光が照らす中、小さな切り株の上に白い布を被せてグラスを二つ置く。
そこに注がれるのは赤ワイン。
月の青白い光に照らされて僅かに紫色がかった、透き通った綺麗な色に見える。

「ワインか…。日本酒を割ったものとか、ビールとかなら飲んだことあるけど…」
「ワインはないのか?」

ヴォルが注がれたグラスを片方に差し出す。
はそれを受け取ってじっとみる。

「ない…ワケじゃないけど。多分そんな高いものは飲んだことないよ」

学生が飲むお酒など値段はしれている。
そうそう高いものなど飲めるはずはない。
が飲んだことあるのは、友人の付き合いでちょこっとだけだ。

「これはいいワインだぞ。20年ほど前のものだからな……。値段に換算すると…」
「言わなくていいよ、ヴォルさん!怖くて飲めなくなりそうだから!!」
「そうか…?別に大した値段じゃないと思うがな」
「それはヴォルさんの感覚で、でしょうが!!」
「いや、ワインでこれくらいなら普通にあると思うぞ?高いのは屋敷ひとつ買える位のものとかあるからな」
「屋敷ひとつ?!!」

屋敷って屋敷だよね?!!
ここの通貨は未だによく分からないけど…日本円だと家一件建てるのに何千万とかって単位だし…。
つまりはそういう単位の金額ってことで…。

は思わずじっとグラスのワインを見てしまう。
これはそこまでの値段ではないのだろうが…。
ヴォルは何のためらいもなく、グラスのワインを飲む。
はグラスをじっと見つめたままで飲もうとしない。
それにヴォルが気付く。

「どうした、?飲まないのか?」

飲むも飲まないも値段が気になって飲めないよ〜!

「別にそうそう高いものじゃないって言っただろ?『白き花の雫』ひとつでこの程度のワインは10本くらいは買える」

さらっとヴォルは何のことでもないように言うが…。
『白き花の雫』が貴重なものであることはは知っている。
それの買取値段を聞いたときは思わず騙されているのではないかと思ったほどだ。
なにしろそれひとつ売っただけで、生活用品とそしてホグワーツの入学品全て一級品でそろえることが出来たのだ。
それでも余るくらいだった。

「ヴォルさん…それ十分高い」

はため息をつく。
やはり金銭感覚が違うようである。
でも、こういうワインを飲める機会は少ないだろう。
は意を決して一口だけ口にふくむ。

「…あ…苦くない」

お酒は、どんなお酒でも少し苦味があることがある。
しかしこれはすっきりして甘く、飲みやすい。

「美味いだろ?」

そう言うヴォルはすでに2杯目を口に運んでいた。
はグラスを傾けるヴォルを見て思う。

前の時も思ったけど、ヴォルさんってやっぱりこういう格好とか、すっごい様になってるよね。
似合うというかなんというか…。
って、あれ?
前って、そういえば…。

以前ヴォルがお酒を飲んだときの事を思い出す。
あの時は、双子もいてハリー達もいてリーマスもいた。
ヴォルが何をしたかと言えば…。



ヴォルはさりげなく、のグラスをの手からとり切り株の上に置く。
はその行動を視線で追って眺めていた。


どさっ


と思えば、いつの間にか視線が反転。
目の前にはヴォルの顔と、満月が見えた。

「えっと……、ヴォルさん?」
「何だ?

ふわりっと笑みを浮かべるヴォル。

うあ〜〜、その笑み反則だってば!!

月の光で逆光になるものの、僅かに位置をずらされたヴォルの表情が僅かに見える。
顔立ちの整った相手に微笑まれるのほど恥ずかしいものはない。
は思わず顔を赤くする。
ヴォルのそんな表情はにしか見せないだろう。



笑みを浮かべたまま、ヴォルはに顔を近づけてくる。

「え?ちょっと…ヴォ……」

ヴォルは軽くの唇に自分の唇を重ねる。
触れるだけ。
そのまま、ヴォルは唇をの耳元に近づける。

「愛してるよ、

耳元で響く声に、ぞくりっと感じる。
いつの間にかヴォルの両手は空いており、左手はの右手に絡み、右手はの左手に絡んでいる。

「ヴォルさん、酔ってる?酔ってるで…っ?!!」

舌で耳を舐めてきた。
猫の時はそんなことも多々ある。
人の姿の時もそんなようなことをされたことはある。
だが、今はちょっと状況がやばい気がする。
やけにヴォルの舌の感触がリアルに感じられる。

「ヴォルさん?ちょっと…まっ…っ」

耳の下から首筋までたどるように舐められる。
変な声が出ないようには口をむすぶので精一杯。
舐められるたびにびくりっと反応してしまう。

「ヴォル…さ…」


ふいにヴォルが顔を上げる。
深紅の瞳がを見る。
顔色も変わっていないし、目も正気にしか見えない。
つまりは酔っている様には全然見えないのである。
しかし、この状況は確実に酔っていると断言できる。

「痕…つけてもいいか?」
「あと…って?ひゃっ!」

の返事を待たずにヴォルはの首筋に吸い付いてきた。

「…んっ……」

両手はふさがれたまま。
絡められたヴォルの手をは強く握り返すだけ。
キスは嫌じゃないし、ヴォルに抱きしめられるのも嫌じゃない。
そういう行為は知識としては知っていても、はいろんな理由があって怖い。
なによりも、これ以上近づいてしまったらいつか離れてしまう時に離れられなくなりそうだから…。


「……ヴォルさん?」


ふと気付けば、ヴォルの動きが止まっていた。
の首筋に顔を埋めるような形のまま、動かない。
僅かに首筋に感じる息から、どうやら寝ているようだとは思う。

やっぱり酔ってたんだ、ヴォルさん…。

酔うといつも以上に大胆になるヴォル。
しかし、以前とは違う体だからかお酒に耐性があまりないのがにとっての救いだ。
このまま迫られまくったらどうなるか分からない。

は動こうとするが……。

「う、動けない」

両手はヴォルに絡められたまま。
ヴォルの全体重が上から乗っていて勿論の力ではどかすことはできない。
足も僅かに絡まってる。

「どうしよう…」

密着している体からは、生きている証の体温が伝わってくる。
首筋にはヴォルの息遣い。
の目には、ヴォルのさらさらの黒い髪が見える。
無防備に目を閉じて眠る姿は可愛いと思えるけれど、ドキっともする。
は苦笑しながら言葉を紡いだ。

『猫に戻れ』


ぽんっ


軽快な音と共にヴォルの姿は黒猫へと変わる。
こんな時にはの力は便利だ。
はヴォルを抱きかかえて、家の中へと戻る。
グラスとワインも忘れずに。


その日は、のベッドで猫ヴォルと一緒に眠った。




そしてその翌朝、はヴォルに自分の首筋の痕を指摘されて思うのだった。
いくつか散らばっている赤い痕。
鏡で確認して顔を真っ赤にするをヴォルは楽しそうに見ていた。

「何が楽しいの!ヴォルさん!!」
「別に。俺がつけた痕だろうなって」
「こんなの数日で消えるよ!」
「そしたら、又つけてやるよ」
「…っ?!!」

楽しそうというより嬉しそうと言うべきか。
その日のヴォルの機嫌はよかったとか何とか。


ヴォルさんには、絶対にもうお酒は飲ませないようにしてやる〜〜!!