杖探し
はノクターン横丁へ新しい杖を探しに来ていた。
魔法界では少年の姿で通しているのでいつもここに来る時は少年の姿だ。
ダイアゴン横丁で杖は買えない。
正式な杖でなくて、杖もどきでいいのだ。
そもそも正式な杖はにはない。
「作ってもいいけど…さすがに杖作りの人から見ると分かっちゃうだろうからな…」
軽いため息をつきながら、小さなボロい店の前に立つ。
扉もボロボロで今にも壊れそうだ。
けれども、ここの店がノクターン横丁の中での杖の専門店だ。
他にも杖の専門店はあるが、裏事情を聞かずに適当な杖を売ってくれるのはここだけだ。
ギギ…
壊れそうな扉をそっと開く。
「すみません〜、杖をいただきたいのですが…?」
店の中はそんなに広くない。
の声が聞こえたのか、こっそりと顔を出してきたのは妙な仮面をした魔法使いだった。
ローブがゆったりとしたもので、体格が分からないため男性か女性か分からない。
「どのような杖をお求めですか?」
仮面をしているせいか、やや聞き取りにくい声。
しかし、声の低さから男性だと分かる。
「そんな材質のいいものでなくて…適当なものが欲しいのですが…」
「長さは?」
「えっと…25センチから30センチくらいが希望です」
「分かりました。少々お待ちください」
男は奥のほうへと杖を探しに行く。
仮面はあるものの、声はかなりいい声で背も低くない方だ。
後姿から分かる髪の色は黒。
長くサラサラの黒髪を後ろで紐で縛っている。
その紐が日本で売っているような和風なデザインなのが少しアンバランスに見える。
なんか、見たことあるような後姿のような…。
知り合いの訳はないだろうから…、勘違いかな?
そんなことを考えているうちに男が3つほど杖を持ってきた。
カウンターの上にその杖をならべる。
「右から…桜の木とカナリアの涙27センチ、柊の木と竜の鱗30センチ、楓の木とユニコーンのたてがみ28センチになります」
手で一つ一つの杖を指しながら説明していく。
違うのは杖の長さと色。
どれも日本にある木ばかりだ。
そういうものを選んでくれたのだろうか…?
「そうですね…それじゃあ、これを……」
が選んだのは「桜の木とカナリアの涙27センチ」の杖だった。
桜の木ということろが日本っぽくてなんとなく気に入ったのだ。
「分かりました。20ガリオンになりますがよろしいですか?」
「はい」
普通の杖に比べるとかなり割高だ。
けれど、ここではこんなものだろう。
は20ガリオンを取り出してカウンターに置く。
「丁度お預かりします。杖はこのままでよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
は杖を取りしまっておく。
軽く会釈して店を出て行こうとした。
「また、困ったことがあったらいつでも来て下さいね。さん」
の背に掛けられた声が、まるで知り合いかのような言い方に少し驚く。
振り返って男を見ても仮面で表情は分からない。
この店に来たのは初めてのはずである。
噂だけは聞いていたが…。
「僕の名前…ご存知なんですね」
「ええ、とても貴重な薬草などを仕入れてくる方として名前をお聞きしたことがありますから」
「そうですか…」
少し気になったが、知り合いではないはずなので気にせずそのまま店を後にした。
声からしてもそう年をとってはいないだろう。
しかし、ノクターン横丁に出入りし始めて3年目になるが、若い魔法使いの知り合いはいないはずである。
首を傾げながら、そう気にすることでもないだろうと思いそのことを忘れることにした。
悪いことに繋がることならばなんとなく分かるはずである。
この世界に来てからは結構この勘が当たる為、は自分の勘を信じることにした。
この件は大丈夫だろう…と。
*
ノクターン横丁からリーマスの住んでいる家に帰るときはいつもダイアゴン横丁を通っていく。
今日もそのつもりだ。
堂々とノクターン横丁を歩き、知り合いにはにこやかに挨拶を交わす。
意外とノクターン横丁の住人も気さくだ。
知り合いになれば…の話だが。
それと、意外と仲間意識が強く部外者を嫌う。
迷い込んだ魔法使いがどこかに連れて行かれるのを皆が目撃しても、見ていないふりで皆で口裏を合わせる所など特にそうだ。
ダイアゴン横丁から迷い込んだ善良なる魔法使いにとっては不幸以外の何者ではないだろうが…ノクターン横丁にはそういう風習のようなものがある。
ノクターン横丁とダイアゴン横丁の分かれ目。
そこを出井入りする時は少し気を使う。
誰かに見られてしまったら言い訳が大変だ。
「うん、大丈夫そうだね」
ほっと息をついてダイアゴン横丁へと戻る。
賑やかで明るいダイアゴン横丁。
「何が大丈夫なんだい?」
「っ?!!!」
後ろからの声にばっと振り返る。
聞き覚えのある声と思えば、そこには予想通りの姿。
思わず顔がひきつりそうになる。
「ジョ、ジョージ先輩…どうしてここに…?」
そこではっとなる。
きょろきょろっと周りを見回す。
の目の前にはジョージ1人だけ。
しかし、ジョージがいるということはもう1人いてもおかしくはないはずである。
「フレッドはいないよ。急用を思い出したとかで女の子を追いかけていったからね」
「そうなんですか…」
ほっと安心する。
双子が一緒にいないのはかなり珍しい。
しかし、先ほどのジョージの言葉にハタと気付く。
「って女の子って、ウィーズリー先輩が、ですか?」
「意外かい?」
こくりっと頷く。
そのままゆっくりと歩き出す。
ジョージもの歩幅にあわせての隣を歩く。
「去年の終わりごろから気になる子がいるらしいことは知っていたんだけどね〜」
少し寂しそうなジョージの口調。
いつも一緒にいたはずの双子の片割れが独立したような感じで寂しいのだろう。
そう言えばこの2人って今年5年生で15歳になるんだっけ…?
そうだよね、そろそろ恋愛に目覚めるって言い方も変だけど、そういう時期だよね。
「ジョージ先輩にはいないんですか?気になる子とか」
賑やかな双子が結構モテることをは知っている。
特にグリフィンドールでは人気がある。
女子生徒と話すことは少ない為にどれだけモテているのかは分からないが、それでも彼らへ視線を向けている女生徒達を見かけることが結構ある。
「僕が今一番気になるのはのことだけだからね」
「ぼ、僕…ですか?」
思いっきり顔を引きつらせてしまう。
「あ、別に変な意味じゃないよ、分かってると思うけどね」
「いや、それは分かりますけど…。いい加減諦めてくださいよ」
ウィーズリー家はスリザリンの生徒達と考え方が違うみたいだから、そういう感情はないと思っている。
スリザリン…というか純血一族のほうがおかしいんだけどさ。
「フレッドはハリーに説得されて、とりあえずからのファーストネーム呼びは諦めたようだけどね」
「それで全て諦めてくれればよかったんですけど…」
「そうはいかないのが僕らのいいところさ!」
いいところなのだろうか?
「、『カナリアの小屋』について調べているんだって?」
ニヤっと笑みを浮かべるジョージ。
はその言葉に焦った。
双子だけにはその情報は洩らさないようにと思っていたのに…。
「だ、誰から聞いたんですか?」
「ロンとハーマイオニーだよ。2人で声を合わせて言ってたよ。『が「カナリアの小屋」について知りたがっているから教えてあげて』ってね」
グレンジャー!ウィーズリー君!!
本当にやらないでよーー!!
頭を抱えたくなる。
去年、ハロウィンで絶命日パーティーの内容を教えなかったことを覚えてくれていたらしい。
あの後双子の反応がいつもどおりなので、ハーマイオニーもロンも忘れてくれていたとばかり思っていたが…。
「教えてあげようか?カナリアの小屋がどこにあるか」
「いえ、結構です。ジョージ先輩に借りを作ると大変なことになりそうなので…」
「酷いな〜、。別に僕はそんな酷い奴じゃないよ?」
「僕を脅してファーストネームで呼ばせておいて、普通そういうことを言いますか?普段の行動をちゃんと振り返ってくださいよ」
ため息をつく。
ジョージだけでなくフレッドに対してもそうだが、借りを作ったら最後。
どうなるか分からない。
「こそ、自分の普段の行動ちゃんと振り返って欲しいな」
「どうしてですか…?」
「こういう時じゃないと君には借りを作れないだろう?」
「こういう時でも借りを作るつもりは一切ありませんよ」
弱みを握られたら今度は何を言われるか分かったもんじゃない。
双子は嫌いじゃないが、苦手な相手だ。
「それは借りを作ることで必要以上の友好を深めそうになるから?」
ぴたりっとの足が止まる。
はひどく驚いた表情でジョージを見る。
対するジョージは悲しそうな瞳だが不機嫌そうな表情だった。
「どう…?」
「どうしてそんなことを思ったかって?フレッドがそう言ってたよ。こういう洞察力はフレッドの方が得意なんだ。は壁を作ろうとしている、誰に対してもね」
「考え…すぎですって」
「考えすぎ?僕はフレッドの考えは正しいと思ったよ。だからこそ、を勧誘することは諦めない。どうしてそんな面倒な壁を作ろうとしているんだい?」
「ですから、考えすぎ…」
「」
笑い飛ばしてしまおうとしたにジョージの低い声が重なる。
怒っている様な低い声。
まっすぐ向けられた視線が今のには辛かった。
「今のままじゃ…駄目なんですか?」
「駄目だよ。せっかくの学生生活をどうしてそんな壁を作るなんてつまらないことをしているんだい?」
せっかくの学生生活…か。
はふっと悲しげな笑みを浮かべる。
ホグワーツにいるのは学生生活を送るためではない。
魔法使いになるためでもなく、学生らしく遊ぶためでもないのだ。
けれど、それを言うことは出来ない。
まだ学生であり、社会では何の力も持たない無力な彼らを巻き込むわけにはいかない。
それだけは絶対に嫌なのだ。
「僕は今のままの生活で十分楽しいですよ」
「もっと楽しく過ごしたいとは思わないのかい?」
「ジョージ先輩達のような波乱万丈な楽しさはちょっと……」
「そんなことないさ!」
ジョージは楽しそうな笑みを浮かべての前に立つ。
「悪戯も、遊びも、パーティーも!僕らと一緒にいれば楽しいこと間違いなしさ!」
本当にのことを考えてくれるのだと分かるから…分かるからこそは悲しくなってしまう。
ただの友人ならばいい。
けれど、親友と呼べるほど親しくならないのはそれができないから。
大きな隠し事をしながら親しく付き合えるほど、は器用ではない。
「僕とジョージ先輩は学年も違いますよ?どうして、そんなに拘るんです?」
学校内でたまに追いかけてくる時はあっても、普通の友人のような付き合いを続けている。
たまに妙に拘りを持ってしつこい時がある。
今がそれだ。
には納得できない。
どんな理由があって拘るのか…。
ジョージは少し迷う様子を見せた。
やはり理由があるのだろう。
けれど、をまっすぐ見てニッと笑みを浮かべた。
「は面白いから、退屈しないからかな?」
それは褒めているのだろうか?
「反応が面白いものあるけれど、は悪戯のターゲットにするよりも仲間にすればこれほど心強いものはないだろうと思うよ。自身謎が多いから僕らも退屈しない」
「別にそんな大層な謎があるわけじゃありませんよ」
「そうかい?それとも自覚なしかい?」
ジョージはの右手をがしっと掴む。
そのままその右手をの目の前に見える位置に上げる。
「例えばこの指輪とか?」
「?!!」
の右手の薬指に嵌められた銀の指輪。
それはこの姿を維持するためのもの。
ホグワーツにいる間もずっと嵌めているもの。
「あとは普段の何気ない言動と……誰に対しても作る壁。謎が多いところが好奇心をくすぐるんだよ、知りたいってね」
ジョージは楽しそうな笑みを浮かべている。
けれど、は少しそれが怖いと感じた。
純粋な好奇心と頭の回転の良さ。
ルシウスのように裏がある企みがあってに拘る方がまだいいかもしれない。
下手に心を許している部分がある相手だからこそ、怖いと感じる。
「好奇心はいつかその身を滅ぼすことに繋がりかねませんよ、ジョージ先輩」
は掴まれていた右手をばっと振り払う。
怖いのはジョージ自身ではなく、巻き込んでしまいそうになるという恐怖。
はすぅっと目を細める。
表情を消してジョージをまっすぐ見つめる。
「これ以上僕の事情に踏み込まないことをお勧めします」
「…?」
の表情の変化に戸惑ったようなジョージ。
「僕の事情は、好奇心や退屈しのぎ程度の理由で話せるような軽いものではありません。これ以上僕の事情に踏み込むつもりなら……」
実力行使で引き下がってもらうこともありえる。
戸惑ったままだったジョージの表情が変わる。
ただの好奇心ならばこれだけ厳しく言えば引いてくれるだろう。
少し気まずい雰囲気にはなるだろうが…。
はそれを覚悟して言ったつもりだった。
けれど、に見せたジョージの表情は少し怒ったような真剣な表情。
何か言おうとジョージが口を開いたその瞬間…
「ジョージ…??」
ぴりぴりしたこの空気を破ったのはもう一つの声だった。
きょとんっとした表情でジョージとを見るフレッドがすぐ側にいた。
「何やっているんだい?こんな往来で」
フレッドの様子から話は聞いていなかったようだが。
「いえ、何でもありませんよ」
「そうかい?てっきりに対して突っ込んだ質問してジョージがを怒らせたのかと思ったよ」
苦笑しながら言うフレッドに少しぎくりっとした。
やはり鋭い。
話は聞いていなかっただろうが雰囲気から察したのだろう。
だからこそこの双子は侮れない。
「そう、実はを怒らせちゃってさ〜」
「だから、言っただろう?誰にでも知られたくないことはあるって。人の傷抉るようなことするなよ、ジョージ」
「分かったって。、悪かったよ」
「あ、いえ…別に構わないですよ」
先ほどの真剣な表情はすでに面影もなく、にこにこしながらジョージはに謝った。
その様子に戸惑いながらもは笑みを返す。
あまりにも中途半端で壊された今の雰囲気。
ジョージにとってみれば、言いたいことが沢山あるだろう。
先ほどの表情は、の事を諦めた様子ではなかった。
これは一度話し合わないと無理かな。
まぁ、話し合いで解決してくれればいいんだけど…。
とんでもない杖探しになったものだった。
どんなことでも、それを隠し続けるのは難しい。
本当のことをまぜた嘘を教えてしまうのが一番だと思うが、はまだその嘘が上手ではない。