記憶とヴォル
ヴォルはが確かに、ここから離れていくのを見届けてから、まだ驚いたままのジニーに視線を戻す。
ヴォルが差し出したままの本を手に取らないジニー。
黒い背表紙のそれ。
それは、トム・リドルの日記であることがヴォルには分かっていた。
馴染み深い魔力をそれから感じるからだ。
「貴方、誰?」
ジニーはもう一度同じ問いを繰り返す。
驚いた表情は少し消え、変わりに警戒するような表情になる。
「いらないのか?これ」
ヴォルはその問いに答えずに、日記をジニーに差し出したまま。
その表情はすぅっと冷めたものへと変わる。
がいるといないとでは、ヴォルの表情も自然と変わってしまう。
ジニーはヴォルの表情にはっとして、日記を奪い取るようにひったくる。
「貴方、誰なの?」
再び同じ問いを繰り返す。
ヴォルはうっすらと笑みを浮かべ…
「言う必要があるのか?」
「え?」
「お前に名乗る必要があるのかと聞いている」
以外はどうでもいいヴォル。
名乗るべき名はあっても、ジニー相手に名乗るつもりなどない。
「な、何よ!こんな所にいて、名前も名乗らないなんて怪しいわよ!先生に言いつけてやるわよ!」
「それがどうした?」
「なっ!」
「怪しい、だと?それなら、お前の方はどうだ?何故こんなところに来る?」
「ここは女子トイレよ!女の私が来てなんの不都合があるの?!」
「誰も近寄らないここに?日記を持ってか?」
びくっとジニーが反応する。
ぎゅっと手の中の日記を握り締める。
「いい加減その姿でその話し方をするのをやめろ。吐き気がする」
ヴォルは吐き捨てるようにそう言った。
その瞬間、ジニーの体ががくんっと崩れ落ちる。
変わりに現われたのは透けたゴーストのような姿。
黒い髪、深紅の瞳、スリザリンの制服。
その顔立ちはヴォルと瓜生二つとも言っていいくらい。
否、彼の方がいくらか若く見えるか…。
「君は、誰だい?」
ヴォルを真直ぐ睨むように見据え、問いかける彼、リドル。
ジニーの意識を奪って秘密の部屋の入り口に来てみれば、いたのはという少年と自分そっくりの少年。
その姿に驚き、思わず持っていた日記を落としてしまったほど。
そこにいたのが自分そっくりの少年でなければ、彼らが去るまでどこかに隠れ潜んでいて秘密の部屋に行っただろうに。
「お前に名乗る必要などないと言っただろう?」
「でも、きっと君は僕と関係がある。そうだろう?」
「何故そう言える?」
「じゃあ、反対に聞くよ?何故僕と君はこんなにも似ている?」
世の中にそっくりな人が3人はいるといっても、ここまで瓜二つな事になることは少ないはずだ。
まさに何から何までそのまま鏡にうつしたよう。
「何故?それは自分で見つけてみろよ、トム・リドル」
「僕を知っているんだね」
「ああ、嫌って程な。今のお前が誰なのかもな」
「へぇ…」
そう、嫌だと言うほど知っている。
この手を血に染め、滅ぼしていくことに楽しみを覚え、闇にのめりこんでいったヴォルデモート。
闇に囚われ、闇を支配下においているつもりで、闇自身に操られているだろう闇の帝王。
「それを知って、君は何も、驚きもしない存在、という訳か」
「驚いてどうする、分かりきったことに」
ヴォルは肩をすくめる。
自分ことだ。
リドルがヴォルデモートであること、それはヴォルにとって当たり前で、驚くようなことでもない。
「分かりきったことね。成る程、君が誰であるかの想像はつきそうだね。気になることだし、勝手に調べさせてもらうよ。ただ、僕の邪魔をするのは誰であっても認めない」
「俺がお前の邪魔をするかどうか、ということか?」
「重要なことだよ。もし敵にまわれば、君の存在はここではダンブルドアと同等くらい厄介そうだからね」
「俺はお前の行動に関与するつもりなどないさ、例え誰を手にかけようともな。俺が動くのは、に何か起こったときだけだ」
「?あの少年のことかい?」
リドルは思いっきり顔を顰めた。
目の前の自分にそっくりの少年からは、油断のならないほどの魔力を感じる。
しかし、という先ほどまでいた少年からは、マグルと言ってもいい程度の魔力しか感じない。
なんの取り得もなさそうなただの少年。
何故、そんな少年に拘るのかリドルにはわからいない。
「何故、あの程度の少年に拘る?」
リドルはヴォルを見るが、ヴォルはリドルを冷めた目で見返すだけ。
別に分かってもらおうとなど思っていない。
寧ろ、分からなくていい。
「分からなくていいさ。の側にお前のようなヤツはいらないからな」
「へぇ、君がそこまで言うなんて興味はあるね」
「勝手にしろ。俺はとめるつもりはないが、に何かしてみろ、が止めても俺はお前を消す」
すぅっと目を細めるヴォル。
殺気すらこもっているその視線に、リドルはぞっとする。
だが、その感情を誤魔化すかのように笑みを浮かべた。
「自分から弱点をばらすなんて、君は馬鹿だね」
「弱点?なんのことだ?」
「大切なものをもつということは弱点になるということが分からないとは言わないだろうね」
「が俺にとっての弱点だと言いたいのか?」
「違うのかい?」
今度はヴォルが笑みを浮かべた。
しかし、その笑みはぞっとさせるほど冷たいものでしかない。
「が弱点?俺の?お前がに何が出来る?俺はを守りきる自信があるし、なによりは、お前程度にやられるほど弱くないぞ」
「魔力がマグル並みのあの半人前の魔法使いが、この僕に何ができるって?」
「半人前の魔法使い、ね」
ヴォルはちらっとリドルを見て、話は終わりとばかりに歩き出す。
すっとリドルの横を通る。
リドルはヴォルを止める気などないらしく、そのままヴォルを見るだけ。
「をただの半人前の魔法使いだと思っているうちは、お前はその程度ということだ」
聞こえるか聞こえないか位の声でヴォルは呟いた。
ヴォルを見るリドルの瞳に少し怒りが見えた。
おそらく聞こえていたのだろう。
ヴォルはそのまま、姿を猫に戻してのいるはずの寮に向かう。
このヴォルの言葉が切欠となり、リドルがに対して興味を抱くとも知らずに…。