二人の決意、一人の想い
今日の授業は『闇の魔術に対する防衛術』が最後の授業だった。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは倒れたを抱きかかえるセブルスを見ていることしか出来なかった。
慌てて言い訳らしきことを言っているロックハートの言葉を、ハリーとロンはもちろん、ファンであるはずのハーマイオニーも耳に入れることなく、3人は黙ったままグリフィンドール寮に戻る。
男子寮と女子寮の別れる場所で、ハーマイオニーとハリー達は分かれるはずだった。
「このままで、いいのかしら?…ねぇ、私達、に何も、お礼も言ってないのに!」
「どうしろっていうんだよ?スネイプの後を追いかければよかったのか?!」
「だって、友達じゃない!は私達を助ける為に無理して倒れたのよ?!」
「ファミリーネームで呼ぶような他人行儀なヤツを君は友達と呼べるのか?!」
ハーマイオニーの言葉にやけに突っかかるロン。
ロンだって分かっている。
が自分達を友達だと思っているから、無理してまで助けてくれたのだと。
それでも、ピクシー達を一瞬で砂にした力を目の当たりにして、頭では分かっていても気持ちがついていかないのだ。
未知なる物に恐怖を抱くのは人として当たり前なのだから。
「ハリー、貴方はどう思うの?」
ハーマイオニーはハリーの方を見る。
ハリーは真剣な表情で真直ぐ男子寮の方を見ていた。
「僕は、のことをもっと知るべきだと思う。僕らはに何度も助けられた。でも、のことを知らなさすぎだと思わない?」
「そういえば、そうよね」
「去年のハロウィンの時。、杖を使わずにトロールを吹っ飛ばしたよね」
「あっ!」
ハリーの言葉にそれを目の前で見たロンは思い出す。
ロンを庇って怪我をして、杖も使わずにが叫んだだけでトロールは吹っ飛んだ。
「が隠し事をしているのは分かる。杖なしであんな凄いことできることとかね」
「それで、どうするの?ハリー」
「聞こうと思う。それを知っているはずのひとに…」
「聞く?ダンブルドアに?」
「違うよ」
ハーマイオニーの言葉に首を横に振るハリー。
そして、自分の部屋のある男子寮に向かう。
「の猫に、だよ」
え?というハーマイオニの驚きなど目に入っていないようにハリーは自分達の部屋に向かった。
確かにの使った魔法は怖かった。
ピクシー達を一瞬で砂に変えてしまったのだ。
けれど、そうしなければあの時自分達はどうなっていた?
大怪我をしていた…いや、怪我ではすまなかったかもしれないのだ。
それなのに、が見せた力に少しでも怯えてしまった。
怖い。
でも、知れば怖さがなくなるかもしれない。
知っていればこの次はきちんとに迷惑かけなくなるかもしれない。
知りたい。
けれども、は教えてくれないだろうから。
「ちょっと、ロン!猫に聞くってどういうことなの?」
「うわっ!ハーマイオニー怖いって!」
「いいから早く言いなさい!」
「わ、分かった、分かったから」
ハーマイオニーはロンを揺さぶる。
ハーマイオニーの剣幕に圧されながら、ロンは話した。
のペットの黒猫が人の言葉を話せること。
アニメーガスかもしれないこと。
「分かったわ。それなら、私も聞きに行くわ」
「え?!だって、アイツは男子寮にいる…」
「忍び込めばいいのよ!ほら、ロン!行くわよ!」
「…君が、進んでそんなことするなんてね」
「何か言ったかしら?」
「何も言ってないよ!ほら、行こう!」
ハーマイオニーを隠すようにロンは部屋へ向かった。
深いため息をつきながら。
どうも、ロンはハーマイオニーには逆らえない気がするのであった。
*
ロンとハーマイオニーが部屋に着けば、ハリーは黒猫ヴォルと向き合っていた。
しかし、何も話すことなく睨み合っているだけ。
「ハリー、本当にこの黒猫がのことを知っているの?」
ハーマイオニーがハリーの隣に行き、ヴォルを見る。
ヴォルはハーマイオニーの方にちらっと視線を向ける。
口を開き言葉を発しようとするのを迷うが、ハーマイオニーの口からでてきたの名前が気になった。
ハリーはヴォルの目の前にいるだけで、まだ何も話していないのだ。
「に何かあったんだな」
すっと冷たい視線をハリーに向ける。
ヴォルがしゃべったことに目を開いて驚くハーマイオニー。
そんなハーマイオニーにヴォルは気付き…
「そういえば、お前の前で話すのは初めてか?ハーマイオニー・グレンジャー?」
「…え、ええ、そうね。はじめまして、かしら?えっと、何て呼べばいいの?」
「は俺を『ヴォル』と呼ぶ」
「…ヴォル、ね。その名前からして貴方にも秘密がありそうね」
「知りたいのか?」
「あら?教えてくれるのかしら?」
「教えても構わんが、俺を見る目が確実に変わるぞ」
「それなら遠慮しておくわ。私が聞きいても貴方を見る目が変わらない時期になったら教えてもらうわ」
怯えることなく堂々とヴォルと話すハーマイオニー。
ロンはそんな彼女に一種尊敬の眼差しを送る。
「俺は優秀なやつは嫌いじゃない。身の程をわきまえるのはいいことだ、グレンジャー」
堂々としていたハーマイオニーだが、内心はドキドキものだった。
言葉を話す猫などと会話をするのは初めてだ。
しかも、ヴォルからは何か分からないがただの猫ではない存在感みたいなものがある。
感じる雰囲気に圧されそうになる気がする。
「それで、に何があった?」
ヴォルの問いに答えるのはハーマイオニー。
ロンはヴォルの気配に圧され、ハリーは不機嫌そうにヴォルを見ているだけだ。
ハーマイオニーは、『闇の魔術に対する防衛術』でロックハートがピクシーを放したこと、そのピクシー達の様子がおかしく生徒達を襲ったこと、ピクシー達を結局はが杖も使わずに砂にしてしまったこと、そしては今セブルスに連れて行かれてしまったこと。
「ギルデロイ=ロックハートか、下らない授業を…」
「そんないこないわ!『体験授業』をしてくださっただけなのよ!」
ロックハートをフォローするハーマイオニーの瞳はキラキラしていた。
一瞬呆れた表情をするヴォル。
「それで、は今、あの陰険教授の元にいるのか」
「ええ、無理をして熱をだしてしまったみたいなの」
ヴォルの陰険教授の言葉に突っ込むことなく肯定するハーマイオニー。
やはり日頃散々嫌がらせをされているグリフィンドール生から見ればセブルスの印象は最悪なのだろう。
少しはフォローしてやってやれ、優等生。
「一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「ピクシー達はを狙っていたのか?」
「いいえ、どちらといえば、ハリーを…」
ハーマイオニーはちらっとハリーに視線を向ける。
ヴォルもハリーに視線を向ける。
その瞳は冷たい。
しかし、少し安心していた。
ルシウスに気に入られたらしいを狙って、ルシウスが仕掛けたものなのかと思ったからだ。
を狙ったのではないのなら違うのだろう。
「お前を狙っていたのか、ピクシーは。それなら、遠慮なく言えるな」
ふっと笑みを浮かべ、ヴォルはハリーを覚めた眼差しで見下すように見る。
「何も出来なかった、ハリー・ポッター?それでお前は何しに来た?」
ハリーはヴォルをぎっと睨む。
それでも言い返さないのはヴォルの言う事が本当だと分かっているからだ。
何もしなかった自分。
「確かに、僕は何も出来なかった。だから教えて欲しいんだ、次こんな事がないように」
「教える?お前ごときに何を?」
「は杖なしで魔法を使った。それを見たのはこれで2度目。…正直、怖いと思ったよ」
「怖いと思ったのなら二度とに近づかなければいいだろう?」
「でも!それじゃ駄目なんだ!助けてくれたんだ、は。だから、知りたいんだよ、がどうしてあんな凄いことが出来るのか」
「知ってどうする?何か変わるのか?」
(お前にの何を知る権利がある?!)
ヴォルは、何も知らずに守られている立場のハリーにそう言いたかった。
嫌そうな顔一つせず、ハリー達を助ける為に大怪我を負ってしまっても笑っていられる。
見捨ててしまえばいいだろう?!と何度も言いたかった。
ハリーに関わらなければヴォルデモートとも関わる機会が減るのだ。
の安全度も上がる。
「変わる。変わってみせる!だって、僕らはのことを全然知らないんだ!助けてもらっているのに!友達なのに!のことを知って、もっと仲良くなって!が誰でも友達だって、ずっと友達だよって!」
「必要ないな、はお前達を必要としていない。だから俺は教える必要はない」
ふいっとヴォルはハリーから視線を外す。
もう、話は済んだとばかりに…。
それを呼び止めたのはハーマイオニー。
「ねぇ、ヴォル。貴方もしかして、のこと凄く大切なの?」
凄く大切。
この表現は適切じゃないかもしれないとハーマイオニーは思う。
それでもはっきりとは言葉にしなかった。
ヴォルはハーマイオニーの方に振り向く。
「は俺の唯一だ。だけが俺を動かし、俺はの為だけに動く。だから、に危険が及ぶ可能性のあるものは排除するだけだ。ハリー・ポッター、お前のような」
ヴォルは真直ぐハーマイオニーを見る。
の前では言えないかもしれない言葉。
「貴方、その言葉使いからだと…男、よね?」
「それが何だ?」
「は男の子よ?」
「だから何だ?全てから捨てられ疎まれた俺を拾い上げてくれたのがだ。でなければ俺は受け入れられなかっただろう。俺にもう一度生きる楽しさがあると教えてくれただからこそ、俺にはが唯一なんだ」
何もないと思っていた。
独りになってしまったのだと思っていた。
そこから救い上げてくれた。
ヴォルを救ってくれた本人はきっとそんなことをした自覚はないのだろうが…。
「そういうこと…ね」
ハーマイオニーはほぅ…と息をつき微笑む。
「でも、ずるいわ。私だってのこと好きなのよ。のこと知りたいの。迷惑をかけるつもりなんかないわ、ただ、の手助けをしたいからのことを知りたいの」
その言葉にヴォルは少し迷った。
「時の代行者」としてのの役目。
それは勿論本人の許可なく話すつもりなどない。
しかし、にはやはり多くの味方が必要だと思う。
目が離せないほど危なっかしいのだから。
「ハーマイオニー!君変だよ!」
突然口を挟んだのはロン。
「何が変なの?ロン」
「だって、もその猫も男なんだよ?!どう考えてもおかしいじゃないか!」
「私はそういう邪な目で見る貴方の方がおかしいと思うわよ、ロン」
「でも、変だ!だって、が唯一なんて!絶対変だよその猫!それに名前がヴォルなんて怪しすぎじゃないか!」
すっと目を細めるヴォル。
ロンに何か言おうと口を開くが、ハーマイオニーの怒りの方が早かった。
「ロン!貴方はヴォルの純粋な気持ちを邪な目で汚しているのよ!名前が怪しいですって?!人の名前を勝手に怪しいだなんて決め付けるものじゃないわ!」
ハーマイオニーはロンに怒鳴ったあと、ヴォルの方に向き直る。
ヴォルの前に手をつき、ヴォルに目線をあわせるようにしゃがむ。
「私、貴方との邪魔をするつもりなんかないわ。でも、のことは知りたいの。駄目かしら?」
「…そうだな。お前のような友人がいた方がにはいいのかもしれないな。だが、俺からはについては何も言えない。ただ、言えるのは」
ヴォルはハリー、ロン、ハーマイオニーを順々に見る。
「はお前らに嫌われても、絶対にお前らを守るだろうな。ヴォルデモートに自分のことがばれれば、確実に命を狙われると分かっていながらな」
がそう言ったのではない。
けど、の行動から分かる。
恐らくはこの3人を自分の身よりも優先して守るだろうと。
「が、ヴォルデモートに命を狙われるって…どういうこと?」
ハリーがぽつりっと呟く。
「そのままの意味だ。はその存在がヤツに知られてしまえば、お前より危険という訳だ」
「僕より?」
「お前は、ヴォルデモートを倒した存在としてヤツらに命を狙われているが、ホグワーツの守護とダンブルドアの守護がある。だがな、の事情を知るダンブルドアはお前を守るので精一杯、その無防備なは我が身も省みずにお前を守る」
「それって、誰もを守ってくれないってことなのかしら?」
「の事情を知らないヤツからみれば、など守る必要などない。それに自身が守れらることを拒む」
「どうしてなの?」
ヴォルは深いため息をつく。
ハーマイオニーには分からない。
いや、ハリーにもロンにも分からない。
何故、は守られることを拒むのか。
「は、誰かを巻き込みたくないからなのだろうな。危険にさらされるのは自分だけでいいと思っている。だから全てを話さない、俺にもな」
ヴォルは気付いていた。
はまだ何かを隠しているのだと。
それを誰にも話すつもりはないことも。
「そんなの駄目よ!だけが危険な目に合うなんて!私にだって何か出来るはずだわ!まだ半人前だけど、それでも、勉強して魔法を沢山覚えて、力になっていくことできるわ!」
「そうだよ!そんなの駄目だ!僕らだって何かの力になれるかもしれないだろ?!」
ハーマイオニーとハリーはヴォルに訴える。
自分達にも何かできるはずだと。
「俺に言うな、の力になりたいのなら自分でを口説き落とせ。知りたければ自分で調べろ」
拒むを説得してみろ。
でなければ認めない。
「一つ教えてやろう、は魔法を使って怪我を治すことが出来ない。分かるか?この意味が」
「魔法を使って治せないって、大怪我したら大変じゃないの!」
「その通りだ。だから、の側にいたいと思うのなら、守られなくてもいい程度の力をつけろ。中途半端な気持ちでに近づく事は俺が許さないからな」
守れらるために側にいるのなら、排除する。
を傷つけるものは誰であっても俺が許さない。
を守るためなら、再びこの手が穢れても構わない。
邪魔なものは排除するだけだ。
「分かったわ。私は認められて見せるわよ、まずは貴方に。だって、のこと大好きだもの」
すっと真直ぐにヴォルを見るハーマイオニー。
ハリーもヴォルを真直ぐ見る。
「僕だって、そんな話聞いたら余計、を放っておけないよ」
ハリーはホグワーツで守られなければならないほど危険だ。
でも、も同じ、いやそれ以上の危険を抱えている。
力になりたい、と思うのだ。
大切な友達だからこそ、危険な時には頼って欲しい、頼られる存在になりたい。
ただ、ロンだけが複雑な気持ちだった。
*
ハーマイオニーはの事を少ししか聞きだせなかったものの満足そうに女子寮へとこっそり帰っていった。
男子寮に忍び込むなど、彼女は時々行動が大胆だ。
ハリーはまだ、ヴォルに聞きたいことがあったが、彼がこれ以上話をしてくれるとは思わなかったので、ぶつけるはずの疑問は心の中にしまった。
何故、はヴォルデモートに命を狙われるのか。
のあの力はなんなのか。
知りたい事はまだある。
でも、前にもに直接言ったのを思い出した。
― 自分で調べてみせるよ!
あの時は、できる、やってみせると思っていた。
と仲良くなりたいと思っていた。
それなのに、その気持ちは、の力を見て小さくなってしまっていたようだ。
「僕、の友達なのに、を信じられなかったんだ」
「普通信じられないだろ、あんな怪しさ満載なやつ」
「ロン…」
ロンはふんっと顔を背ける。
ハーマイオニーとハリーがのために頑張ろうと決めた時、ロンだけはそうは思っていなかったようだ。
「ロンって、のこと嫌い?」
「嫌い、だって?そんなことはないさ、よくも知らない相手のことなんて嫌えるはずないだろ!」
「ロン」
「大体なんだよ、君もハーマイオニーも、って。アイツと友達になんかならなくても別にいいだろ?しかも、ハーマイオニーのやつ、やけに張り切っていたし、何考えているんだよ!」
「…ロン、君もしかして」
「さっきまでは、ロックハートに目を輝かせていたくせに、アイツがピクシー達から助けてくれたからってころっと気持ちが変わったみたいにさ。、、五月蝿いんだよ、って何笑ってるんだよ、ハリー」
むっとしているロンとは対照的にハリーはくすくす笑っていた。
何故ならロンの気持ちが分かったからだ。
本人恐らく自覚はないのだろう。
それなら言わない方が変に意識しないから、いいだろうと思う。
「なんでもないよ、ロン。君は君だからね、別に無理に僕達に付き合わなくてもいいと思うよ。だって、僕とハーマイオニーは自分の意思でのために頑張るって決めただけだから、君も付き合うことないよ」
くすくす笑いながら言うハリー。
ハリーの様子にロンは顔をしかめるが「それならいいけど…」と、今ひとつ納得行かない様子だった。
その様子をちらっと見ていたヴォルのロンの気持ちには気付いていた。
ロンはやけにに突っかかることが多いとは思っていた。
最初はのことを怪しんでいるからだと思っていたのだが…。
ただの嫉妬、らしい。
ロンの心は複雑らしい。
それは、ハーマイオニーが目の前でを好きだと言い切ったからである。