ノクターン横丁の出会い
アーサー=ウィーズリーのお陰で、ルシウス=マルフォイはノクターン横丁に来ていた。
魔法省の抜きうち検査をするとのこと。
しかも、それを勧めたのがアーサー=ウィーズリーだったようだ。
現在でも忠誠を誓うのは『例のあの人』のみ。
家の中に調べられたらまずいものがいくつかある。
今日はそれを売りに来ていた。
「面倒なことだ…」
忌々しそうにルシウスは口にする。
闇に生きる者にとって、アーサーのような存在はかなり目障りだ。
いっそのこと、金と権力にものを言わせて魔法界から追い出したいが、いかにせん彼には人望がある。
その彼を無理やり追い出したとしても反感がこちらに向いてしまっては面倒だ。
ノクターン横丁でも有名な「ボージン・アンド・バークス」
ここの店は、マルフォイ家は昔から上客として扱われていた。
店の扉を無造作に開けて、ツカツカと中に入り込む。
「ドラコ、無闇にその辺りのものに触るな」
連れてきた息子、ドラコが興味深そうに周りの品物を眺めていることへと一応注意を促す。
これで変な呪いの道具に触って呪われても自業自得だ。
「これはこれは、マルフォイ様。今日は何の御用で?」
ルシウスが来たことに気付いたのか店の奥から主人のボージンが近づいてくる。
ルシウスは事情を告げて、家のものをいくつか売る手続きをする。
面倒なことだ…とでも言うように。
ボージンは嫌な顔ひとつせずに、当然のようにそれを受ける。
ここはノクターン横丁。
闇の魔法が当たり前にある場所。
「それでは、マルフォイ様。そのお預かりする品物を見せていただけませんか?」
「ああ、これだ…」
ルシウスが持ってきた品物をいくつかカウンターに置こうとしたその時
ガラドシャズシャァァァァァ!!
何かが落ちたような、降ってきたような大きな音。
恐らく音のした方にあった品物のいくつかは壊れただろう。
「痛い…」
音のした方から声がした。
ドラコが興味深そうに覗こうとしたが、ボージンがそれを制して見に行く。
この時、ルシウスはその声の主に全くといっていいほど興味はなかった。
興味があるのは、今もって来たこの品がどうなるかだけ。
「あ、れ?ボージンさん?」
聞こえてきたのはまだ幼い声。
少年のものだろうか?少女の声にも聞こえる。
ぱたぱたと埃を払った音が聞こえて、その声の主が立ち上がったので姿が見えた。
主と同じ黒い髪、だが瞳の色は違う黒い瞳。
顔立ちは東洋系の幼い顔立ち。
黒いローブはまだ誇りにまみれていて、ひび割れてしまった眼鏡を懐にしまっていた。
その少年がボージンと知り合いのように会話を交わすのを見て、少し驚いたと同時に興味を持った。
ドラコと変わらない年齢の少年がこのノクターン横丁で堂々としている。
少年がこちらを見て、何かに気付いたような表情になる。
「あれ?マルフォイ君?久しぶりだね〜」
気安くドラコに声をかける少年。
ドラコの方は対照的に苦々しい顔つきになる。
「…!」
ドラコが知っているということはホグワーツの生徒なのだろう。
だが、この反応からするとスリザリン生だという可能性は低い。
「何で、お前がこんなところに!」
「何でって、それは勿論フルーパウダーでダイアゴン横丁行こうとして失敗したからに決まってるじゃないか」
「威張れることか!」
「別に威張ってないけどさ…。それにしてもマルフォイ君こそどうしてノクターン横丁なんかにいるのさ?」
完全にドラコが遊ばれている様子を見て、これはドラコが敵う相手じゃないな…と思う。
いつもの冷めた視線で少年を見るルシウス。
「ドラコの知り合いか?」
少年はルシウスの方を臆することなくまっすぐ見る。
ルシウスのこの冷めた瞳に臆することがないのは、その瞳に込められた感情に気付かない愚か者か、気付いていても尚平気でいられる者かどちらか。
少年はルシウスの瞳を見て、一瞬嫌悪感を浮かべたが、それをすぐに消して淡く微笑む。
(ほぉ…、臆することなく見返すか。面白い)
「はい、はじめまして。ルシウス・マルフォイさん。僕は・と言います」
ドラコがの返答に隣で突っ込む。
知り合いじゃないとかなんとか…。
それにはさらりと返す。
(やはり、ドラコでは全く敵わないようだな。相手の方が一枚も二枚も上だ)
は『穢れた血』という言葉にも反応しない。
普通の混血の魔法使いやマグル出身の魔法使いの殆どは、この言葉に激高する。
その言葉に反応して怒るのは、自分自身が混血であることをどこか卑屈に感じているからではないのかとルシウスは思っている。
なんとも思っていないのならそんな言葉に反応しなければいいのだ。
はその意味を理解しながら、決して卑屈にならない。
さらっと流してしまう。
「ドラコ、杖をおろせ」
杖を向けてに魔法をかけようとしていたドラコを止める。
しぶしぶとルシウスには逆らえないドラコは杖をおろす。
「マグル出身の魔法使いが何故こんなところにいる?しかも、ボージンとはどういう知り合いだ?」
半人前の魔法使いがどうしてこのノクターン横丁に平気で出入りしているのか。
しかもこれは初めてで迷い込んだという様子でもなく、前々から来ている様子。
「…今ここにいる理由は、先ほど述べた間抜けなものです。ボージンさんとはただの客と店主としての知り合いですよ」
苦笑しながら答える。
ルシウスがそれをボージンに確かめれば、ボージンは肯定する。
ボージンの雰囲気からも、への印象が悪くないことが分かる。
ますます興味深い。
聞けば、去年いくつかルシウスが購入した闇の魔法につかうものはこの少年がとってきたものらしい。
どこでとってきたと聞けば、口から出てきたのは『覇王の社』と『バルドの隠れ家』。
「確かにあの場所には貴重なものが多い…。だが、半人前の魔法使いが行って無事に戻れるほど甘くはない場所のはずだ」
そう、そう簡単に出入りできる場所ではない。
ルシウスでさえも行くのに躊躇する場所だ。
「そのあたりは企業秘密ということで。言えない事もあるんですよ」
にこっとは笑みを見せる。
つまりは人には言えない力を使っているのか、それともそれを他者に知られて同じ力を使われるのが嫌なのか。
年不相応の落ち着いた態度。
ルシウスへの対応もかなり大人びたもの。
取り乱すことなく冷静に対処する。
(そう、こういう相手は一度、壊してみたくなるものだ。どこまで耐えられるか、さまざまな仕掛けを講じて、潰れる瞬間がみたいものだ。…だが、それを乗り越えたら?)
「何があっても乗り越えるか?」
「…は?」
ルシウスの突然の問いにはきょとんっと返す。
どういう経緯でそんな質問がでたのか分からないのだろう。
「貴様は自分の進むべき道はあるのか?」
再度ルシウスは別の問いをぶつける。
は少し考える様子を見せ…
「はい。やるべきことが僕にはあります」
まっすぐにルシウスを見る。
「その道を私が邪魔をしたらどうする?」
すぅっとルシウスは目を細めてを見る。
普通の魔法使いならばそれだけで怯んでしまいそうな視線だ。
だが、はそれを自然に受け止める。
「邪魔でもするつもりなんですか?」
苦笑しながら答える。
「仮定の話だ」
今のところはな。
この答えで、どうでるか決めるつもりだ。
「それならば、言える事は1つですね」
はルシウスを見て、口元に笑みを浮かべる。
「勝手にやってください。できるものなら…ね」
できるものなら、やってみろ。
そう言いたいのだろう。
ぞくりっとした。
その笑みに、その言葉に…。
おそらくには譲れない何かがあるのだろう。
それを邪魔するものは誰でも許さないつもりなのだ。
(面白い、実に面白いな。貴様なら期待できそうだ。私が塞ぐ壁を見事砕けるか?全ての壁を乗り越えて、私に認められるか?幼い体に似合わないその瞳の強さ、考え方、それを壊すほどの力を加えて……どうなるか見てみたいものだ)
ルシウスはくくく…と笑い出す。
ここまで楽しい気分になったのはどれくらいぶりか。
「闇に染まりたいのなら歓迎する」
驚くに更にルシウスは言葉を続ける。
「但し、優秀なものに限るがな」
(そう、私が与える試練を乗り越えるだけの優秀さを持つならば、主を変えても構わないと思えるほどの強さを見せてくれるのならば…私が試してやろう。壊れるのか、それを乗り越えるのか…どちらの結果になるか楽しみだな)
ルシウスはに分からないように笑みを浮かべた。
その笑みが見えないは気付かなかった。
その時、ルシウスの考えが後の自分に何をもたらすことになるのか。
最悪の試練は……3つ。