衣食住
授業に参加してないからといって、勉強が免除されるわけではない。
はセブルスに言われて授業へでていない間は勉強をすることを強制されていた。
と言っても1日の内のほんの数時間だけだが…。
「あれ?この本…」
今日も今日とて、暇だったはセブルスの部屋にある本を漁っていた。
とある本に目が留まり、それを引き抜く。
ぱらぱらめくってみれば、それは『日本語』で書かれた本。
『「生物における考察」?』
ぽつりっとその本のタイトルを読み上げてみるが、ははっとなる。
「え…?ちょっと私、今、日本語?」
この世界に来てから聞こえてくる言葉は日本語に聞こえる。
本に書かれている英語が日本語に変換されることはないが、理解ができるのは『知識』をもらったからだろうと思う。
でも、自分の話している言葉はずっと日本語だと思っていた。
何しろ、周りに日本語を話す人がいないのでそんなことを考えるはずもなく…。
「英語、しゃべってたんだ…」
今更、本当に今更であるが、自分が口に出して喋っている言葉が英語であることが分った。
日本語に触れる機会がなかったから、今まで気付かなかったのか。
そして、英語が標準語として認識されてしまっていたからか。
「きっとあの『時の代行者』としての知識を与えられ時、標準語が英語だと思い込まされたのかな」
何の違和感もなく英語を解し、英語を話す。
寧ろ先ほど口に出した日本語の方が、外国語であり普段使っていない言葉のように聞こえる。
つまり、日本語を話すほうが違和感があるということだ。
「にしても、なんで教授のところに日本語の本なんてあるんだろ」
英語で書かれた専門書はそれこそ山ほどある。
そこにまぎれるようにあった日本語の本。
セブルスが使ってるからなのか。
「生物関係の本みたいだから、やっぱり魔法薬学に関係することとかかな?」
こくりっと首を傾げて考えるが、考えても分からない。
「はそれが読めるのか?」
「へ…?」
ひょいっと顔を上げてみれば、いつの間にか戻ってきたセブルス。
リアクションこそ何もないものの、は思いっきり驚いていた。
「教授、授業はもう終わったのですか?」
「終わったからここにいるのだが?」
「それもそうですね」
セブルスがの手からひょいっと本を取り上げる。
「教授は日本語分かるんですか?」
「いや…」
「じゃあ、どうして日本語の本が?」
セブルスは難しい表情をしてその本を睨んでいる。
というより、眉間のシワはいつものことなので、いつも睨んでいるような表情をしているというか…。
「は、日本人なのか?」
(あれ?言ってなかったっけ?)
「そうですよ」
「ならば、この本が読めるのか?」
「まぁ、専門的な用語の意味は分かりませんが、読むことはできると思いますよ」
日本語で書かれていることならば、読むことは可能だ。
理解できるかどうかは分からないが…。
いや、そもそも専門書など理解はできないだろう。
「それならば、暇な時間にでもこの本の翻訳を頼んで構わないか?」
「え?それ全部ですか?」
その本はそれなりに厚い。
読むだけならともかく、翻訳して書き写すのはかなりの作業だろう。
「別に翻訳本を作れといってるわけではない。我輩が時間のあるときに読んで貰えるかということだ。ここに住みついているんだ、それくらいしても構わないと思うがね」
「いや、ここに住む、というかいるのは、教授とダンブルドアの強制じゃないですか。私は、出てけと言われれば寮に戻りますよ」
「それは駄目だ」
「じゃあ、見返りを求めないで下さいよ」
セブルスは眉間のシワを深くする。
そんなに内容が気になるのか。
それならば日本人の魔法使いなりに頼むとかすればいいだろうに。
「私じゃなくても普通に日本の魔法使いとかに頼めばいいじゃないですか。それか、日本語の分かる知り合いに頼むとか」
「日本の知り合いに頼めばバレてしまう。それはできん」
「…ばれる?って誰にですか?」
セブルスは苦虫を潰したような表情になる。
そして、諦めたようにため息をつく。
「この本は伯父から借りたものだ。伯父は日本語ができるのだが、あの伯父に頼るのは我慢ができん」
「なんなんですか、その理由は。まぁ、構いませんけど、読むくらいなら…」
セブルスに伯父がいるなど初耳だ。
しかも日本語が話せる人らしい。
一体どういう人なのだろう。
「分かりやすい本だといって、わざわざ日本語の本を差し出してくれるところが気に入らん。しかも、読めないとなるとこっちを馬鹿にするのが更に気に食わん」
「どういう伯父さんですか」
「そういう伯父だ。昔日本人の面白い知り合いがいたから日本の事に興味を持ったとかなんとか…。あの性格は昔の知り合いを思い出すから気に入らん」
その伯父について少し気になるが、突っ込まない方がいいだろう。
セブルスの感じからして、あまり好きでない、というか苦手なタイプには違いないだろう。
「お茶でも入れる。座ってろ」
「じゃあ、お茶ついでに少し読みますよ。区切りのいいところまで」
「頼む」
(なんか、人にものを頼む教授ってすごく貴重かも。それだけその「伯父さん」が苦手なのだろうけど…)
*
お茶が入って、は5ページほど本の内容を読んだ。
この分厚い本の5ページほどなので、大した量ではないのだが、セブルスはとりあえず今日はそこまででいいと言う。
ということは、この本をちまちま読み続けるのに大分かかるのではないのだろうか…?
(いや、暇だからいいんだけどね、私は)
「は…、いや、なんでもない」
「なんですか?言いかけてやめられると気になりますよ、教授」
まったりとお茶会。
セブルスとはそれなりの会話を毎日している。
それでも課題の採点に追われている時は、最低限の挨拶しかしないのだが…。
セブルスはこちらが話を向ければ、きちんと答えてくれる律儀さがある。
いつものその無愛想な表情と、そっけない答えで誤解されがちだが、意外と結構話をする方だと思う。
「…貴様は寮でどういう生活をしているんだ?」
「はい?」
「…いや、「少年」として過ごしているなら不便もあるのではないか?」
は一瞬きょとんっとしたが、ああ、と頷く。
恐らくセブルスが言いたいのは、性別が「女」のが男子寮でどうやって暮らしているのかということなのだろう。
いろいろ、問題点はある。
「私は基本的に単独行動が多いですから、お風呂もトイレもこっそりいってるだけですよ」
そう、最初はそうだった。
特にこれといって親しい人もいるわけでもなし、誰もいないときにすませていたのだ。
「最初はそうだったんですけどね、ダンブルドアに事情がバレてからは、ダンブルドアが寮の部屋に隠し部屋を作ってくれたんです。お風呂とトイレ」
そんなものを作った時はダンブルドアも随分過保護だと思ったが…。
それはそれでのことを思ってくれているのだろう。
お陰で助かっている。
「よく平然としていられるものだな」
「だって、同室の相手は11歳の子ですよ。ダンブルドアも高学年になれば一人部屋を与えることもできるからそれまでのことだって言っていましたし」
たかが11歳の少年に襲われるなど、は全く思いもしない。
今のところ、全然支障はない訳だし…。
セブルスの部屋に泊まっている間は、気を使ってくれているようだが…。
「『・』は単独行動が多く、ふらっといなくなっても誰も必死で探すわけでもありませんから」
苦笑して答える。
「それも、の計算の内ということか?」
「最初からそれを意図したわけではありませんけどね、あまり深入りするつもりはないんですよ」
きっと、あとで自分が辛い思いをすることになるから、自分の為にそう行動しているにしか過ぎない。
は悲しそうな笑みを浮かべる。
だが、その表情がよけいに自身に関わりたくなってしまうものだと気付かないのだろうか。
放っておけないと思わせる表情。
「もしかして、心配してくれたんですか?教授」
「だ、誰がっ!!」
「やっぱり、教授は優しいですね。ありがとうございます」
「…っ!!」
否定はしないが肯定もしない。
これがセブルスの優しさ。
きっとこの不器用な優しさが分からない人が多いから、彼は嫌われてしまうことが多いのだろうとは思った。
これは、セブルスの部屋で過ごした日常のうちの、ほんのひとコマである。