二人の考えと想い
ヴォルはえらく退屈をしていた。
ホグワーツに来て1ヶ月も経てば飽きるというものだ。
最初は自分の知っているスリザリン寮と違う雰囲気で、ものめずらしさもあって散策などして楽しんでいたが…。
寮の外にでて、誰かに見つかりでもしたら後が面倒なので寮からでることもできない。
「つまらんな」
ヴォルに出来ることといえば、寮で大人しくしながら少しずつ魔力を溜めていくことだけだ。
今のこの黒猫の姿では何も出来ない。
「暇なら、寂しいからわしの話し相手になってくれんかのぉ」
聞こえてきた声に、ヴォルは思いっきり顔を顰めた。
嫌そうな表情のまま振り向けば、部屋の入り口にここにいるはずのない人物。
「校長っての受け持ちの授業がないから、随分暇なんだな」
「かつての恩師に酷いいいようじゃの」
「誰が恩師だ」
容赦なくダンブルドアに言い返すヴォル。
そう、部屋の入り口に立っていたのはダンブルドアだった。
校長が生徒達の寮にいるなどと知られたら、グリフィンドール生たちはさぞかし驚くだろう。
しかし、今生徒達は授業中で誰もいないはずである。
サボっている生徒がいなければ、の話だが…。
「少し、話でもしないかね?…トム」
ダンブルドアの言葉にぴくりっと反応する。
「その名で呼ぶな!!」
殺気すら込めた視線でダンブルドアを睨むヴォル。
その名で呼ばれる事は今でも吐き気がする。
それほど憎んでいた。
母を捨てた父親に当たる男を…。
「それなら、サムとでも呼べば良いのかね?」
「何故サム?!!」
「冗談じゃ」
「………」
ヴォルは睨むが猫の姿で睨んでも迫力も何もない。
流石のヴォルもダンブルドアに口で勝とうと思っても無理らしい。
伊達に年を食ってないダンブルドアである。
ダンブルドアはゆっくりとヴォルの隣に腰掛ける。
ヴォルがいたのはのベッドなので、正確にはのベッドに腰掛けたのだが…。
「について、トムに頼みたいことがあっての」
「その名で呼ぶな」
「それなら、どの名で呼べばいいんじゃ?マールヴォロ?リドルか?…それともヴォルデモートかの?」
ダンブルドアは静かにヴォルを見る。
ヴォルはふいっとダンブルドアから視線をそらす。
生まれたときにもらった名は「トム=マールヴォロ=リドル」だ。
そして、次に自分で決めた名は「ヴォルデモート卿」だった。
だが、今の自分は闇の帝王であるヴォルデモート卿に捨てられた存在。
(名乗るべき名など知るか!!)
「そうじゃな。ここではリドルと呼ばせてもらおうかの」
「勝手にしろ」
相変わらずそっぽを向いたままのヴォルにダンブルドアは嬉しそうに笑う。
ダンブルドアの知る「トム=リドル」という生徒は、常に優等生の仮面をつけ誰も自分の中に踏み込ませようとしなかった。
次に会った「ヴォルデモート卿」は、完全に闇に囚われた魔法使いだった。
「リドルはと会って変わったようじゃな」
「ああ、自覚はしている」
はヴォルが大嫌いなマグルだ。
自他共に認める。
けれど、ヴォルはが嫌いではない。
「ヤツに捨てられてに憑依させられた時、最初に思ったのは”捨てるくらいならこのまま殺せ…!”だったな」
甘い自分。
大嫌いなマグルの血を引いていた自分。
ホグワーツで優等生を演じてきた自分。
過去の自分が嫌いだった。
甘さの残った過去の自分が…。
(捨てるくらいならこの女ごと殺せ!!)
ヴォルは強くそう思ったというのに、憑依させられたマグルの少女は。
「は、俺に肉体を与え、といっても猫のものだが…俺を対等に扱う。俺がヴォルデモートに捨てられた存在だと知りながら」
名を聞くだけで魔法使いは恐怖するヴォルデモートの存在。
はマグルだから、ヴォルデモートの名を聞いても動じないのだと思っていた。
何も知らないマグルだから。
「はマグルなのに、ヤツのことを知っていた。きちんと理解しているかは怪しいがな…」
「はおそらく知っておるよ。リドルのこともヴォルデモートのことも…。”時の代行者”とは不思議な存在じゃ、普通なら知らぬはずのことまで知っておる」
ふっと遠くを見るダンブルドア。
おそらく思い出しているのだろう。
先代の時の代行者、シアンのことを。
ヴォルはのことを思う。
変わった存在だ。
そして…
―おいで、ヴォルさん。…一時的なものだけど、姿、変えられるから…
どう判断してあの時自分を人の姿に変えたのか。
どうして、信じてくれたのか。
「は、馬鹿だ。この俺までも信じて、対等に扱う」
「そうじゃな、しかも、はリドルが過去に何をしたかも知っておるのじゃろうな。シアンがそうだったように時の代行者は全てを知っているような気がしてくる。そして、その優しさで包み込む」
多くの人を手にかけた過去を持つヴォル。
初めて人をこの手で殺めてから狂い始めたとはいえ、その記憶もあるし、その殺意は紛れもなく自分のものだった。
捨てられ、全てを失ったと思ったあの時、憑依の相手がでなければ、ヴォルは今頃憑依した相手を乗っ取っていただろう。
対等に扱われ、信じられることが……嬉しかったのだと思う。
でなければ、今ココで大人しくなどしていない。
「は優しいからの、優しすぎるから心配なんじゃ。シアンの二の舞になって欲しくないんじゃよ」
ダンブルドアは悲しそうな表情になる。
過去何があったのかは誰にも分からない。
「だからの、リドル。最後まで、の側にいてやって欲しいんじゃ。を守って、信じてやって欲しい、たとえ誰が敵にまわっても」
そう、たとえ誰が敵にまわっても。
ヴォルデモートでも、ハリー=ポッターでも、…そしてアルバス=ダンブルドアが敵になっても。
「どうしてそんなことを言う?」
「誰も側にいないのは寂しいものじゃ。人は寂しすぎると生きてはいけないのじゃよ」
「は1人じゃないだろう?友人もいるし、家族もいるはずだ」
「本当にそう思うかの?」
じっとヴォルを見るダンブルドア。
には友人と呼べる相手は確かにいる。
家族もいるのだろう。
「は周りと何故か一線引いておる。「時の代行者」であることを言えないからじゃ」
「…それは、分かる」
それにはヴォルも最初から気付いていた。
仲良くしたいのに、やはり一線引いて見守っている。
まるで一歩下がって、周りを静かに見ているかのように…。
「それにの、東洋の方の魔法使いにこっそり調べてもらったおったのじゃが…」
ダンブルドアはそこで言葉を一回とめる。
「=という名前の魔法使いはいないそうじゃ」
誰ものことを知らない。
魔法使いの家系で、=という人物はいない。
「はマグルじゃ。もしかしかたら魔法とは全く無縁の完全にマグルの家庭で育ったのかもしれん」
「それはないだろ。は俺と会った時にマグルが何なのかを知っていたぞ?それに、を呼び寄せたのはヴォルデモートの魔法だ。転移の魔法で浚われたマグルがいないかとか調べれば分かるだろう?」
「わしもその可能性を考えて、転移の魔法の痕跡についても調べてもらったんじゃが、どこにもそんな痕跡は見当たらん」
いくらただのマグルとはいえ、魔法で連れ去られたならば魔法省が何か感づくはずだ。
たとえその魔法を使ったのがヴォルデモートであっても。
だからこそ、ヴォルデモートはにヴォルを憑依させて、すぐにその場を立ち去って行ったのだ。
魔法省に感づかれては、今のヴォルデモートではかなり困る為に。
「ダンブルドア。まさか、お前が言いたいのは…」
「分かっておるのではないか?リドル。はどこから来たのか分からないのじゃよ。何処の誰なのか、本当に「=」という名前なのか…」
「つまり、今のには、帰る場所がないかもしれないってことか?」
ダンブルドアはゆっくりと頷く。
これだけ不明な点がそろえばその考えも当たりである可能性が高いのだ。
「にとってここは全然見知らぬ場所なのじゃよ。戻るべき場所もないここで…独りなのかもしれないんじゃよ」
ヴォルの知るはそんな風には全然見えなかった。
散々自分をからかったり、自分もからかってやったりしたが。
孤独であるなど思わせもしない態度。
「わしは、なるべくを理解し、事情を知りながらも側にいてくれる味方を増やしたいと思っておる」
「だが、は話さないだろうな、「時の代行者」であることを」
「そうじゃろうな」
そう、は話さないだろう。
ダンブルドアとヴォル以外に、「時の代行者」であることを知るものはいなくていいと思っているのだから。
見守り、助け…そして、自分が傷つくのは隠していく。
優しすぎる「時の代行者」
「守るさ…。自身が離れようとしても、抱きしめて絶対に離さない」
ヴォルは自分に言い聞かせるように呟いた。
に対する自分の気持ちなんて今は分からない。
分かりたくもない。
けれど、自分にとって彼女は特別で、彼女だけは特別で…。
独りになりそうだった自分とずっと側にいてくれて、対等に扱ってくれて…。
優等生のトム=リドルでもない、闇の帝王ヴォルデモートでもない自分自身だけをみてくれる存在。
人は、本当の自分を見てくれる存在を好む。
自分自身を認めてくれる存在を受け入れる。
「その為には、まずは人の姿になって、魔法を使えるようになることじゃな」
「分かってる」
ふぉっふぉっふぉと嬉しそうに笑うダンブルドア。
を守るといって安心したこと。
そして、誰かを守ると言い切った元教え子の変わりように嬉しくなった。
「その為になら、わしは多少のことなら目をつぶろう」
「随分と気前がいいんだな。禁書の類は当然見せてもらうつもりだったが…」
「構わんよ。の側にいてくれるならの、何をしても」
「何をしても、か」
にやっとヴォルが笑みを浮かべる。
側にいるだけなのはつまらない。
やはり楽しみもないと…。
「に何しても構わないってことか」
「犯罪にならない程度なら構わんよ。むしろ面白いことは大歓迎じゃよ」
それでいいのだろうか、校長。
しかし、とめるものはこの部屋には誰もいない。
ヴォルがを抱きしめてからかおうが、本気で迫ろうがそれは全然構わないらしい。
過剰なスキンシップだろうがなんだろうが…。
(側にいてやる、。俺を認めてくれた、お前を…。何があっても、俺だけはお前の側にいてやるよ)