月とヴォル
黒くすらりっとした体に深紅の瞳。
それは、リドルであった頃の黒い髪と瞳をそのまま現したような姿。
現在の彼の肉体である。
魔法も使えず、特にすることもなく。
できることと言ったら、と会話することくらいだ。
歯がゆくて仕方ない。
「ヴォルさんの、寝るところはここね」
は満足そうにぽすぽすっとそこを叩く。
大きな籠に大きなクッションをつめて、バスタオルを置いてある。
今のヴォルの大きさを考えれば大きいくらいの寝床だろう。
「人の姿になることができたら、ちゃんとしたベッド買おうね」
「その日が来ればいいがな…」
「悲観的だね、ヴォルさん。もっと前向きに生きないと!」
びしっとヴォルを指差す。
とてそれが簡単なことでないことくらいは分かっている。
「じゃあ、今日はもう寝ようね。まだまだやることは沢山あるんだし」
はいそいそとベッドにもぐりこむ。
勿論パジャマには着替えてある。
の生活はマグルのそれと殆ど変わりがない。
魔法界の生活に慣れていたヴォルにとってそれは結構新鮮だった。
「おやすみ、ヴォルさん」
「ああ」
ぼんやりと明るい室内。
ヴォルは目を閉じて寝ている…と思われる…をじっと見る。
よく寝れるものだと呆れるがふいっと目を逸らし、外を見る。
今日は月がでているので普段よりも明るい夜。
魔法界では夜電灯などつかないので、星も月もよく見える。
「俺は…」
自分の体を見るヴォル。
ヴォルデモートと切り離された時、おそらくかなりショックだったのだろう。
頭では分かっている。
この世界を闇に染め、帝王として君臨していく為には学生時代の甘い考えは不要だ。
残酷で冷酷で、そして誰よりも気高く。
「今までの記憶もある、知識もある。だが、今の俺は、闇の世界に興味はない…」
貪欲なまでに世界を欲し、マグルを憎んでいた自分は全てヴォルデモートの元にある。
確かに今でも、自分の血縁上の父と同じマグルは嫌いだ。
憎んでさえもいる。
しかし、それもどうでもよくなってきている自分もいる。
ヴォルはの方を見る。
「…」
ただ名前を呟く。
返事を期待していたわけではない。
「何?ヴォルさん?」
寝ていたと思っていたから返事があったことに驚く。
はゆっくりと目を開けてヴォルを見た。
起きていたようだ。
「起きていたのか?」
「見知らぬところですぐ眠れるほど神経図太くないよ、私は」
苦笑する。
目をつぶっていただけで寝てはいなかったようだ。
じっとヴォルを見る。
だが、突然くすくすっと笑い出す。
「何だ?」
ヴォルは顔を顰めてを見る。
窓の側に立つヴォル。
その身には月の光が射し込んでいる。
「月の光とヴォルさんってなんか似合うなって、すっごく神秘的」
「……」
「一応褒めてるんだよ?」
「一応とはなんだ、一応とは」
の言葉に突っ込むヴォル。
くすくすっとまだ笑う。
青白い月の光、黒猫のヴォル。
とても綺麗で、とても神秘的。
でも…とは思う。
「ヴォルさんは神秘的だけど、ちょっと寂しそうだね」
悲しそうな笑みを浮かべる。
の言葉にヴォルは黙ってを見る。
紅い瞳がとても寂しそうだと感じる。
「俺が、寂しそう…だと?」
「うん」
「目が悪いんじゃないのか?」
「うあ、そういう言い方する?普通」
はそう言われても笑っていた。
ヴォルが決して本気で言ってるわけではないと分かっていたから。
「神秘的か。昔、怖いと言われたことはあったがな…」
ヴォルは月の光を見ながらそう呟いた。
どこか悲しそうな感情をこめながら。
「月の光を浴びてどこを見ているか分からない、その紅い瞳が怖い、とな」
ヴォルはすっとを見る。
その深紅の瞳で。
月の光と紅い瞳。
どちらも魔を感じさせるもので、怖いと言われれば怖いのかもしれない。
誰に言われたのかはもう忘れてしまった。
けれど、その時のヴォルはまだ幼かった為に、その言葉は今でも心に傷を小さな傷となっている。
「怖くないよ、綺麗だよ?」
はにこっと笑みを見せる。
ヴォルのその瞳をまっすぐに見て、決して嘘ではない言葉をつむぐ。
「私は怖いだなんて思わない。とっても綺麗な紅い瞳。例えるなら……真っ赤に実ったおいしそうなトマトみたいに!」
「何故そこでトマトが出てくる」
にこにこしているにヴォルは一瞬あっけにとられる。
何を言われたのかわからなかった。
この紅い瞳を血のようだと、宝石のようだと例えられたことはある。
だが……トマト?
「どういうセンスをしているんだ、お前は?」
思わず突っ込んでしまうヴォル。
はその言葉にくすくす笑うだけ。
「だって、血みたいな紅って例えされたことはあるんじゃないかって思ったから、別のたとえと言えば…って思いついたのがトマトだったの」
「馬鹿か?」
「酷い。せっかく場を和ませようと思って言ったのに!」
「どこがだ?全然和まない」
「そうかな〜。だって血よりトマトのほうが温かい感じしない?」
「全くしない」
むぅ〜とする。
半分本気、半分冗談のつもりだったのだ。
(だって、あまりにもヴォルさんの表情が寂しそうだったから。私は綺麗だけど怖いだなんて思ってないことを伝えたかった。でも、上手く言えないから、ぱっと思いついた言葉を言ったなのに)
「私は、ヴォルさんのその瞳好きだよ?」
(怖くないよ。綺麗だし、最初は冷たいと感じた瞳も今はどこか温かい気がするから…。私は、その瞳が好きだよ)
「ふん、物好きな…」
ヴォルはふいっとそっぽを向く。
は気付かなかったが、それはヴォルの照れだ。
拒絶されなかったことが嬉しかったのだろう。
そしてそれ以上に嬉しかったのが、この瞳を好きだと言ってもらえたこと。
サラザールの血をひく証、魔法使いである証のこの紅い瞳。
これだけは、ヴォルにとって、リドルであってもヴォルデモートであっても、誇りに思っていることには変わらなかったから…。