ヴォルの目印
は一人でダイアゴン横丁に買い物に来ていた。
暖炉から来たわけではないので、ホグズミードの家に帰るにはそろそろダイアゴン横丁を後にしなければならない。
駅に向かう途中、ふと、とある店が目に付いた。
”貴方のペットの目印に”
(ペットの目印、か。一応ヴォルさんもペットと言えばペットだよね…。まぁ、本人に言えばあの目で睨みながらも思いっきり否定してくれそうだけど)
なんとなく惹かれるものがあって、そのお店に入っていく。
カントリー風の可愛らしい雰囲気のお店である。
カランカラン
音が鳴り扉を開く。
お店の中には数人の客がいた。
ざっと店の品物を見回す。
「首輪?」
目に留まった猫用の首輪。
に気付いた店員が近づいてくる。
「お客様はペットに猫を飼っていらっしゃるのですか?」
にこにこと愛想よく近づいてきた店員に曖昧な笑みを浮かべる。
(あれをペットと言っていいのかな?表面上はそうといえばそうなんだけど)
「それでしたら、首輪は必須ですよ?最近の魔法使いがかっているペットも盗まれることがございますからね。見つけたときに自分のペットだと主張してもペットが喋るわけでもないので、その主張が通らないこともあるんですよ!」
(ヴォルさんは喋れるし、誘拐なんてされないだろうけど…、万が一ってことあるよね。まぁ、ヴォルさんに限って誘拐なんてものがありえたらそれこそおかしいけどさ)
「そんな時に首輪をつけてありますと、所有者が特定できますからね!今なら首輪に名前をいれるサービス付ですよ。オプションで探索の魔法をかけることもできますし、いかがですか?」
勧める店員に、は迷う。
いろいろサービスがどうとか言ってくるが耳にはいらず首輪をじっと見つめる。
可愛らしいデザインの首輪が多い。
ひらひらレースつきの首輪を付けたヴォルをちょっと想像してみる。
(…変。というか、あの姿には合うかもしれないけど、目と口調に違和感が…。綺麗なあのヴォルさんの猫の身体に似合う首輪かもしれないけど、ヴォルさんって無愛想な顔ばっかりだし)
心の中で自分の想像に思わず苦笑する。
しかし、ヴォルに似合うものを選んでいるあたり、もう買う気は満々のようだ。
「あ…」
その中のひとつに目が留まる。
黒くシンプルな皮でできた細めの首輪。
唯一、この店にある中ではシンプルなデザインのものだろう。
「すみません、これ…」
(ヴォルさん喜ぶかな?…いや、無理かな。喜ばないだろうから、からかってやろう!こういう時くらいしか、からかえないしね!…って、私なんか立場弱いかも)
*
上機嫌でホグズミード近くの屋敷に戻ったは早速ヴォルに買ってきたものを差し出す。
にっこりと笑顔で。
「何のつもりだ…?」
不機嫌いっぱいの表情で答えるヴォル。
は両手で、黒い首輪を広げて見せている。
「何って、勿論お土産。どうかな?ヴォルさんに似合うと思ってさ」
「ほほぉ〜、俺を馬鹿にしているのか?」
「そんなことないよ。ほら迷子になった時のための目印ってことでさ」
「やっぱり、馬鹿にしているな」
じろりっと睨むヴォル。
かなり首輪は嫌らしい。
「一度でいいからつけてみてよ〜、ヴォルさん」
「断る」
「いいじゃない。だってせっかく買ったのに勿体無いよ」
「買ったのはだ。俺は欲しいとは言ってない」
(う〜ん、やっぱり喜ばないか)
当たり前だろう。
元は人間だったのだから、首輪など付けられて喜ぶようではおかしい。
自分で買ってきてなんだが、首輪を喜ぶようだったら、それこそ変な趣味があったのではないかと疑ってしまうところだ。
「一度でいいからさ。絶対ヴォルさんに似合うと思うんだ」
ひらひらっと首輪をヴォルの目の前で見せる。
ヴォルはすぅっと視線を鋭くして、が持っていた首輪をばしっと奪う。
つける気になってくれたのかとは期待するが、そう甘くはない。
ヴォルは首輪を口に加え、とてとてと暖炉の方に歩いていく。
「ヴォルさん?」
は何をするのだろう、と不思議そうにその様子を眺めていた。
ヴォルは首輪を暖炉に放り込み、いつの間にか暖炉の横においてあったマッチ…これはが買っておいたものだが…で器用にも火をつけて、暖炉に火をつける。
ぼっ
まだ余熱というか、残り火があった暖炉は見事に火を灯す。
さすが魔法界の暖炉、普通の暖炉ではこんなにすぐに火はつかない。
「あああー!!酷い、ヴォルさん!」
勿論、ヴォルが放り込んだ首輪は見事に燃え始めている。
は叫んだが、もう遅い。
皮製の首輪のせいか、燃える臭いが変だがそんなことを気にするヴォルではない。
「くだらないものを買ってくるからだ」
「でも、結構奮発してせっかく買ってきたのに!」
「少し考えれば、いや、考えなくても俺がこんなものつけるはずがないと分かるだろう?」
「え?でも、つけたら面白いかな〜って思って、つい」
てへっと笑う。
そんなにヴォルは呆れたような視線を向ける。
「こんな無駄金使ってホグワーツで必要なものを買えなくなっても、俺は知らないぞ」
「あ、大丈夫だよ、うん。……多分」
ちらっと金額を計算する。
確かに無駄なお金はないのだ。
食べるものには困らない程度にはお金はあるが、やはり貧しい方だとは思う。
「でも、せっかく買ったのに、一度くらい付けたヴォルさん見たかったな」
ぽそっと呟く。
とっても残念そうである。
ヴォルはそんなにため息をつき
「なんでまた首輪なんて買ってこようだなんて思ったんだ?」
最初から買うつもりなら一番最初の買い物時に買ってきただろうに。
どうして今更、と思うのだ。
「う〜〜ん、首輪売ってるお店でね、ペットの誘拐もあるって言ってたから…」
「この俺が簡単に誘拐されるとでも思っているのか?」
「いや、思わない。でもそれ聞いて首輪もいいなって思ってさ、そしたらヴォルさんに首輪を無性に付けたくなったから」
「下らん」
聞いた俺が馬鹿だった、とばかりにヴォルは深いため息をついた。
ヴォルとしては、何かもっとまともな理由かと思っていた。
だから聞いてみたのだが、聞くだけ無駄だったようだ。
「買うならもっとましなものにしろ」
「じゃあ、例えば?」
「そうだな、『シンシアの目』とかな」
「なにそれ?」
首を傾げる。
魔法界のもの関係は何も知らないので仕方ないだろう。
「魔法のシールドがかかっていない場所ならばありとあらゆる場所を覗き見ることができる、水晶球のようなものだ。誰がどこにいるかを調べるにはかなり便利なものだな」
(それって、完全に違法なんじゃないのかな。というか、合法的なものじゃないんだろうな)
「それって、探査衛星みたいなものなのかな?」
「衛星って何だ?」
は思わずヴォルを見る。
ヴォルは本当に分からないかのようにを見ていた。
そこで、ふと思い出す。
「そうか、ヴォルさん魔法使いだもんね。マグル界のことなんてあまり知らないんだ。うん、なんか改めてそれを実感できたよ」
「なんだよ、それは…」
「なんでもないよ」
何でも知っているかのようなヴォルだが、やはりマグル界のものは知らないことが多いらしい。
完璧そうに見えてそうでないことが分かると、なんとなく嬉しくなるだった。
完璧でない方がその存在を身近に感じられるから。
そして、より人間らしいと思えるから。