必要なもの
ホグズミードはずれの古びた屋敷。
そこにとヴォルは過ごしていた。
ダンブルドアからホグワーツ入学許可証が届き、必要なものを買い揃える為まず何をするか…。
それはもちろんお金、である。
だが、お金については、ヴォルの知恵を借りて珍しい薬草などを取ってノクターン横丁で売ることに。
「あと必要なものは、と」
今は生活に必要なものを買い揃えている。
意外とヴォルが言っていた珍しい薬草類はかなり高く売れる。
生活に必要なものはほぼ買い揃えることができた。
しかし、無断でこの屋敷に住み着いていいのだろうか…と思うが。
「ヴォルさんは何か必要なものある〜?」
どこかにいるだろう黒猫の姿を探しながら呼びかけてみる。
しばらく待ってみるが返事が来ない。
どこかにでかけたのだろうか?
と、が思っていたら…
すとんっ
「どわっ!」
上から黒猫が降ってきた。
それも綺麗な着地を決める。
の目の前に着地したヴォルはをちらっと見て。
「色気のない叫び声だな」
ふんっと馬鹿にするように呟く。
ヴォルのこういう態度は今更なので、過剰に反応することもない。
「悪かったね…」
としてはそう答えるしかない。
人間本当に驚いたときは本性がでてしまうものだ。
可愛く驚くことなどできない。
「ところで、ヴォルさんは何か必要なものある?」
は生活用品を棚に並べながら問う。
時計にメモ帳、ちょっとした外出用の服はタンスの引き出しに。
ついでに防虫剤は忘れないようにしておく。
ちなみに、ダイアゴン横丁でなくほとんどがマグルの街中で買ったものばかりである。
にとって、魔法界のものは扱いが分からない。
「魔力」
ぼそっとヴォルが言う。
その返答は当然だろう、魔力がないからこそただの猫として今を過ごしているのだから。
魔法に関しての記憶だけではどうしようもないし、何も出来ない。
「いや、それ無理だって」
「それ以外は特に必要ない」
「そんな寂しいことを…。ほら、寝床はふわふわがいいとかさ、おしゃれにリボンとか付けてみたり」
「ほほぉ〜、それは俺をからかっているつもりなのか??」
じろっと睨まれて、浮かべていた笑顔を引きつらせる。
ヴォルの睨みがちょっと怖かったりする。
「冗談だってば。でも、本当にいいの?」
「別に必要ないだろう?この体で何を望めと?」
そう言われてはも何も言えない。
アニメーガスでもなく、ただの黒猫の体。
ヴォルは棚の上にが並べた鏡の前に立つ。
自分の黒猫の体を見るように…。
すらりっとした綺麗な体。
つややかな毛並み。
深紅の瞳に映る意志の強い光。
「その黒猫の体、嫌?」
は少し悲しそうに尋ねる。
特に考えもせずに黒猫とした。
人の体にすればよかったのだが、やはりそれは無理だったと今も思う。
力と知識を得たばかりの時でも、無意識に人の体にヴォルの意思を移すのは無理だったと分かっていたのだろうと思う。
ヴォルを黒猫にしたあとでも、結構力を使った為か疲労感が結構あった。
「でも猫っていっても、ヴォルさんの意識と私のイメージを元にしたものだからあまり違和感はないと思うんだけど」
ヴォルの意識を礎として作り上げた体。
無から有を作り出すのはかなり難しいが、ヴォルの意識と言うものがあったからさほど難しくはなかった。
ヴォルは無言でを見て。
「俺は誰だ?」
「え?」
から視線を逸らし、ヴォルは再び鏡を見る。
鏡に映った自分をじっと見て…。
「肉体があることはありがたい…。だが、こうして改めて自分の姿を見せ付けられると、俺は誰だと問いたくなる。”ヴォルデモート”は他に存在しているのに俺は誰だと」
「ヴォルさん…」
ヴォルデモートとして、闇の世界の帝王として存在してきた。
だが、過去の記憶と想いは帝王として必要ないと捨てられ、そして今がある。
ヴォルに悔いはみられない。
だが、瞳に迷いがある…。
「これは誰だ?だが、これは俺だ。俺は何だ?何の為にいる?」
深紅の瞳に少し見られる悲しいという感情。
道に迷ってしまって、どこに行けばいいのか分からないという感じなのだろうか。
だが、それはとて似たようなもの。
もヴォルの後ろから鏡を覗き込む。
「私は。…でも、何故ここにいるのか、何故ここにいるのが自分なのか分からないよ」
「?」
鏡に映ったはヴォルと同じ瞳をしている。
道に迷い込んでしまったような迷子の瞳。
少し驚いたように振り向くヴォル。
「悩んだって、迷ったって、今の状況が変わるわけじゃない。自分で考えて決めて、動いていかなければこの状況から変わることはない」
「そうだな」
「何故とか、何の為になんて、理由とかは後からついてくるものだと思うよ」
瞳を閉じ、そして再びゆっくりと開く。
開いた瞳にもう迷いは見られない。
にっこりと笑みを見せ、鏡の中のヴォルを見る。
「私は、ヴォルさんははヴォルさん。今はそれでいいんだよ。それだけで十分じゃないかな?」
今の状況を把握しているだけで十分。
何かの役目があるとか、何かをしなければならないとか…。
そんなことを考えるのはあとでもいい。
悩んで考え込みたいのはとて同じ。
「私がいて、ヴォルさんがいる。一人じゃないんだよ」
そう、一人じゃない。
たった一人ここに放り込まれていたら寂しさでどうにかなっていたかもしれない。
でも、は一人じゃなくてヴォルがいる。
「一人じゃない、か」
少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなった気がする。
ヴォルにとって誰かが隣に並ぶなど許せるものではなかったはずだ、昔は…。
しかも、はヴォルの嫌いなマグル。
「俺はマグルが嫌いだ」
「うん、知ってる」
「だがな、」
「うん?」
ヴォルはをまっすぐに見る。
は少し笑みを浮かべてヴォルを見返す。
「俺はお前のことだけは嫌いではない……、と思う」
その言葉に少し驚くだが、すぐヴォルに笑みを向ける。
くすくす笑いながら。
「”と思う”ってなにさ?断言して欲しいんだけど?」
「断言できるほどお前のことを知らないからな」
「じゃあ、これから知ってね」
「知った所で気が変わるかもしれないがな」
「じゃあ、ヴォルさんの気が変わらないように頑張るよ」
「…今更頑張ったとしても印象が変わるとは思えんがな」
「う…」
ちょっとすねるだが、ヴォルの言葉にこめられた意味に気付かなかった。
印象が変わるとは思えない、つまり、変わることはないのだろう。
ヴォルのに対する考えが。
嫌いではない……嫌いになることはないだろうということに。