彼女のお金の稼ぎ方




は現在一文なしである。
つまり、お金がない。
頼れるような大人もいるわけでもなく、両親もここにはいない。
誰かに恵んでもらおうなどとは思ってはいないようだった。
というわけで、とる行動は一つ。

「ねぇ、ヴォルさん」
「何だ?」
「手っ取り早くお金を稼ぐ方法ってないかな?」
「……手段を選ばなければあるがな」

ふんっと顔を背けて素っ気無い返答をする黒猫ヴォル。
体を得たのはありがたいが、猫の姿だというのがどうもお気に召さないらしい。

「どんな?」

今のの頼りはヴォルのみ。
この世界の知識はヴォルからしか得られないのだ。
ホグズミードの村に降りて「三本の箒」にでもいけば多少の情報は得られるかもしれないが。

「そうだな、強盗とか」
「却下!法を犯さない程度で!」
「ならば、ない。どれもこの魔法界では違法にあたるものばかりだ」
「じゃ、人に迷惑をかけないもので!違法はOK!
「…随分と変わり身の早な」

呆れたようにをちらっと見る。
てっきり、違法するくらいなら真面目に働こう!とか言い出すと思ったヴォルだったのだが。
人に迷惑をかけないという点から、の優しさが感じられる。

「そうだな、違法薬を作り出すとか、珍しいモノを取ってきて売るとかだな」
「違法薬っていうと作り方覚えるって事?」
「そうなるな」
「時間が掛かるものはだめ。ホグワーツ入学までに間に合わないよ」
「それなら、珍しいモノを取ってきて売ることだな」

どこまでも素っ気無い対応のような気がする。

「じゃあ、それにしよう!珍しいモノ!何処へ行けばいいの?」

ホグワーツに行きたいが、杖もローブも教科書もないようでは困る。
この世界に招くくらいなら、金銭面でも困らないようにちゃんとフォローしてくれればいいのに。
は思った。
何も知らないまま、役目だけ告げられた放り出されたようなものなのだから…。

「『覇王の社』に『白き花の雫』、『暁の血玉』がある。両方ともかなり貴重なものだ」
「じゃあ、その『覇王の社』に行こう!」
「別に構わないが、かなりの力を持った魔法使いでも近寄らないほど危険な場所だぞ?」
「…え?」

一瞬ぴたりっと動きを止める
だが、他にお金を稼ぐ方法はなさそうな気がする。
ちまちま働いて稼ぐ時間的余裕などない。

「だ、大丈夫!なんとかなるよ!うん。案内して、ヴォルさん」
「……思いっきり不安そうだな」
「そ、そんなことないよ!生きていく為ならたとえ火の中水の中!闇の中!」
「短い人生だったな」
「そういうこと言わないでよー!もう、行くよ!」

はひょいっとヴォルを抱き上げる。
ここで言い合いをしていても何も事態は変わらない。

「お、おい!!」
「ん?何、ヴォルさん」
「何で、俺を抱えるんだ?!」
「え?だって、この方が移動早いし、私がヴォルさん見失わないように…」
「移動時間など変わらないぞ、それに見失ったら勝手に迷ってろ」
「うっ。酷い、ヴォルさん。ま、でもさ…」

はヴォルと目を合わせる。

「危険な場所に行くんでしょ?だから、ヴォルさん1人で歩かせたら危ないじゃない。私なら力があるから守れるし」

の言葉に驚いたように目を開くヴォル。
危ないから、守るため。
はそう言った。
誰かに…しかもマグルの少女に守られるなど、ヴォルにしてみればプライドが許さない。
それでも、何故か逆らう気にはならなかった。



はノクターン横丁で『白き花の雫』と『暁の血玉』を入れるための道具を買った。
小さな小瓶と、シルクの布でできた小さな袋を2〜3個。
実はそれを買うために屋敷にあった売れそうなものを、ヴォルに目利きしてもらって売ったのである。
勿論、ノクターン横丁で。
基本的には魔法界では少年の姿にしようと思っていたので、今は少年の姿である。
まだ、幼い少年がノクターン横丁などでうろついていて、物を売った店の店主は顔を顰めていたが…。
としても内心はかなりビクビクものだった。
それでも平気でいられたのは、ノクターン横丁に詳しいヴォルがいたからである。

『覇王の社』
そこは、はるか昔、まだホグワーツ創立前に闇の魔法使いの研究場所だった所、らしい。
研究の成功例もあれば、失敗例もそれこそ沢山うようよしている。
その成功例のいくつかが『白き花の雫』と『暁の血玉』である。
それでも、失敗作の植物や動物の方が数多く…。

「…なんか、すっごくどんよりって感じだね」
「一歩踏み出せば、何かが襲ってくるぞ」
「脅かさないでよ」
「別に脅かしてなどない、本当のことだ」
「…ヴォルさん、ここに入ったことある?」
「何度かはな。闇の魔法を試す標的にはことかかない場所だ。だが、俺とてここの全てを知っているわけじゃないからな…。ここで一生を終わらせたくなければ言う通りの道を進めよ」
「う、うん」

は、腕の中のヴォルをぎゅっと抱きしめる。
1人だったら不安で怖かっただろう。

(でも、1人じゃない。たとえ、相手が元闇の帝王でも…)

いや、相手が元闇の帝王でここに詳しいからこそ少しは心強いのかもしれない。
は一歩つづ踏み出していく。
足元には緑色なのかそうでないのか分からない草が沢山生えている。
目の前にある屋敷は、壁がはがれた部分もあり、窓など殆どガラスがはまっていない。

「来るぞ、
「うん」

に気配をとらえるなど高度な事はできない。
がさがさ…と音がして、目の前の草が伸びる。
伸びた草は、の背をすぐに追い越し壁のように立ちふさがる。

「燃やせ!」

『燃えろ!!』

ぼっと炎が立ち上がり、草の壁は燃えつくされる。

「走れ!のんびりしている暇はないぞ!」
「うん、分かってる」

は駆け出し屋敷の中に入っていく。
中にはわけの分からない生き物や、襲ってくる植物達が沢山いた。
はヴォルの的確な指示で、突破していく。

ばんっ

勢いよく扉を開き、一つの部屋に駆け込む。
の息は完全に上がっていた。
弾む息を整え、部屋の中を見回す。
天井が一部抜け落ち、光がうっすらと差し込んでいる。
光の差す場所には数輪の白い花。

「もしかして、あれが『白き花の雫』の白き花?」
「ああ、そうだ。だが、気をつけろよ、あれは………っ…!

しゅるっ

「ヴォルさん!!」

どこからか蔓が伸びて、の腕の中のヴォルを絡め取る。
黒猫のヴォルは蔓に囚われ締め付けられる。
よく見れば蔓には小さな棘がいくつか見える。

!これは、火は駄目、だっ!!」
「ヴォルさん!」

ヴォルの首が蔓に締め付けられる。

(火が駄目ならどうすればいい?!)

今までの植物は大抵火で燃やしてきた。
でも、迷っている暇はないのではないか?
蔓はヴォルの首に喰い込み、血が滲んでいる。
何をすればいいかなんて分からなかった。
でも、ここままでは駄目だと思った。
だから……はそのまま蔓に飛び掛った。

「ヴォルさんを離して!」

ヴォルの首に巻きついている蔓を素手で掴む。
痛みが走るが気にしている場合ではない。

『外れろ!!』

蔓を引きちぎるように引っ張る。
ヴォルをとらえていた蔓は緩み、その隙にヴォルは蔓から逃げる。
それを見たはほっとして油断していた。
今度はが蔓に捕らえられる。

「わっ!」

の声にはっとなるヴォル。
は蔓に巻きつかれ、振り回される。
持っていた小瓶が2つほど、転げ落ちてしまった。
食い込む蔓に顔を顰める

(なんとかしないと。火は駄目、それなら何…?)

ぎゅっと拳を握り締めて痛みを堪える。
ヴォルがの落とした小瓶を咥えるのが見えた。
そのまま、を助けようともせずにどこかに行ってしまう。

(ヴォルさん…。そっか、だって、魔力も殆どないし猫の体。杖もないから魔法も使えないんだしね。分かっていた、まさか自分の身を省みずに助けてくれるなんて思ってない、でも、知らぬ振りをされると……)


ぎきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


何かの叫び声のようなものが聞こえた。
その声は蔓に伝わるかのようだった。

しゅる…

を捕らえていた蔓が緩む。
蔓はしゅるしゅるっと戻ってく。
開放されたはがくんっと膝をつき、蔓の戻っていく方向を見る。
その中心にあるのは…

「白い、花……?」

光を浴びて綺麗に咲く白い花。
だが、その白い花は踏み潰され無残に散っていた。
その場にはヴォルがいる。
ぐしゃっと白い花を思いっきり踏み潰している。
ヴォルが踏み潰すたびに、白い花からは叫び声のようなものが聞こえてくる。

「花の叫び、声?」

白い花を全て散らしたヴォルは小瓶を咥えてのもとにくる。
咥えていた小瓶をの手元に落とす。

「ヴォルさん?」
「ぼうっとするな、ここを出るぞ」
「え?だって、『白き花の雫』は…?」
「もう取った。小瓶の中を見てみろ」

言われて小瓶を見てみる
ヴォルが咥えていた2つの小瓶には確かに透き通る液体が入っている。

「どうやって?ヴォルさん」
「話は後だ。あの植物はまた復活する。はやく出るぞ」
「え、あ、うん」

は体中の痛みをこらえて立ち上がる。
でも、立ち上がるのがやっとだ。
よろよろしているを心配そうに見上げるヴォル。
そんなヴォルに気付き、は笑みを浮かべる。

(このままじゃ、ヴォルさんの足手まといになっちゃうよ。できるかな、痛みを消すことって…)

『痛みよ…消えろ』

小さく呟く。
力で痛みが引いていく。
でも、これはあまりよくない力の使い方だ。
痛みは消えても傷が治ったわけではない。
しかし、いちいち傷を治していたら時間がない。
いくら力を使っても傷を治すには時間がかかるだろう。

「行こう!ヴォルさん!」
「おい、

ヴォルをひょいっと抱き上げる
いきなり元気そうになったに驚くヴォル。

「大丈夫なのか?
「平気平気!急ごう!ヴォルさん!」

ヴォルを抱えて走り出す
後ろで、ヴォルに踏み潰された白い花が少しずつ、少しずつ元に戻っていった。
蔓も分からないように部屋の周りに伸びていく。
それに捕まらないようには出口へと向かった。



『覇王の社』のすぐ側、小さな木の木陰には座り込んで傷の手当てをしていた。
まずはヴォルの傷を治す。
やはり、力を使っても傷の完治には時間が掛かった。
一通り傷を治し終えて一息つく。

「ところで、ヴォルさん、あれはどういうことだったの?」
「あの蔓か?」
「うん、そう」

部屋に入ったとたんに襲ってきた蔓。
白い花をヴォルが踏み潰したことで蔓が引いたという事は、あの蔓の本体は白い花なのだろうが…。

「分かったとは思うが、あの蔓は白い花を守るためのものだ。近づいたものを片っ端から襲う、あの蔓には火は効かない。本体の白い花を潰さない限りはどうにもならない」
「でも、本体の白い花を潰したら『白き花の雫』ってとれないでしょ?どうやったの、ヴォルさん」
「『白き花の雫』を取る為には、あの蔓の攻撃をかわして尚且つ素早く正確に雫をとらないと無理だ。大抵はあの蔓の守りで白い花に近づけない。だから貴重なんだ」
「私が蔓に絡まれている間に取りに行ったって事?」
「ああ…」

つまりはを囮にしたようなものなのだが…。
はにっこり微笑んで

「ありがとね、ヴォルさん」

礼を言った。
それに驚くようにを見るヴォル。

「何の礼だ?」
「何のって、助けてくれたお礼と『白き花の雫』取ってくれたお礼、かな?」
「別にあれは助けたとは言わない。それに俺はお前を囮にしたようなものなんだぞ?何故、怒らない?」
「怒る?何で?だって、『白き花の雫』が欲しいのは私の事情なんだよ?私の事情に付き合ってもらったのにお礼は言っても怒るなんておかしいでしょ?」

(それが何か?)

きょとんっとする
にしてみれば、無理やりつき合わせたヴォルを助けるのは当たり前だし、助けてもらったことには感謝する。
でも、ヴォルはが自分を助けた借りを返すつもりでやったこと。
あの時、自分が蔓に囚われなければは怪我等することもなかっただろうから…。

、お前、馬鹿だな」

「は…?いきなりなにさ?」

顔を顰めるだが、ヴォルのそう言った時、どこか嬉しそうに聞こえた気がした。
打算もなく迷いもなくヴォルを助けた
その行動が、想いが…、ヴォルを少しずつ変えていく。

かつて闇の帝王であった、ヴォルデモートの一部である彼。
彼は、今少しずつ変わる。
闇に囚われていた想いは薄れ、全てを恨み憎んでいた想いが馬鹿馬鹿しくなり…今を楽しむことを考え始める。
とヴォルの二人の関係はここから始まる。