星の扉 19
どこから話すべきかクラウドは迷った。
古代種の事か、ジェノバの事か、それとも魔晄エネルギーの事か。
(全てはジェノバ、厄災が舞い降りた事から始まる。ならば、ジェノバの真実からの方がいいか)
クラウドはルーファウスのすぐ側にあった椅子を引き寄せて自分も座る。
話は随分長くなるだろう。
ここが隠された地下室でなければ、こんな長い話はきっと出来ない。
「話は随分長くなるけどいいか?」
「構わないよ。コーヒーでも入れるかい?原材料がかなり怪しい豆と、どんな雑菌がついているか分からないカップでよければ、だけどね」
長期間滞在できるように生活できるような空間になっているようだが、何が入っているか分からないものを口につける気にはならない。
クラウドは首を横に振った。
当然の返事だろうと、ルーファウスは苦笑する。
クラウドは小さく息をついて、まずは始まりから話し出す。
「全ての始まりはジェノバのこの星に来た事から始まる」
「この星に”来た”?ジェノバは古代種じゃないのかい?」
「違う。ジェノバは星にとっての厄災だ」
はるか昔、ジェノバはこの星に飛来した。
恐らく別の星をその力で滅ぼして来た後だったのだろう。
滅ぼされた星はジェノバの”船”となり、ジェノバを別の星へと導く。
「この星には昔は古代種しかいなかった。だが、ジェノバが飛来した事によって、ジェノバの種が古代種の中に植え付けられた。そして多くの古代種が力を失い今の”人”となった」
「それは僕らの体内にも”ジェノバ”の種があるということを意味しているんだね」
「ああ、そうだ」
「僕らと古代種の違いは”ジェノバ”の種、その種はソルジャーに植え付けている細胞とは違うのかい?」
「種はウィルスのようなもので、欠片にすぎない。ソルジャーに植えつけられている細胞はまた違うはずだ」
ソルジャーはどんな方法でできるものかは詳しくは知らない。
だからはっきりと言い切ることはできないが、種と細胞は違う。
「僕らには”種”、ソルジャーには”細胞”。僕の中のその”種”が消滅すれば、古代種の力を得る事が可能?」
「古代種に特別な力があるわけじゃない。だが、”種”がなくなれば古代種と同じ事ができるようにはなるだろうとは思う」
クラウドの体内からジェノバの”種”が消え、セトラと同種のような存在になった。
星の声が聞こえ、星に語りかける事ができる。
そして、マテリアなしので初期魔法の発動が可能だ。
「古代種は絶大な力を持つ種族ではないということになるんだね」
「彼らは星の声を聞いて、星の力を借りる事でできるだけだ。俺達はマテリアによって魔法を発動させる。マテリアは星の力を凝縮したもの。彼らはマテリアという媒体なしでも魔法を使う事が可能だったかもしれないだろうし、人の手に余るほどの強力なマテリアを使いこなす事ができたのかもしれない」
「そのあたりは君の推測か」
「俺だってセトラを全て知っているわけじゃない。これは聞いた話から推測しただけだ」
「セトラ?」
「古代種のことだ。正しくはセトラの民と言う」
クラウドが知るセトラの民はただ1人。
優しく母のような、姉のような存在だった少女。
恐らくこの星の上で、セトラの生き残りは彼女ただ1人だろう。
「今そのセトラはどれだけいるんだい?」
「俺が知る限りは純血のセトラはもう1人もいないはずだ」
セトラの血を引く生き残りはいる。
でも、彼女は純血のセトラではない。
純血の最後のセトラの民は彼女の母だった。
「ジェノバ飛来後、ジェノバを封じる為にその力を使い果たし多くのセトラが力尽きた」
そう多くはないセトラの民達の殆どがジェノバを封じる事に命をかけた。
残ったセトラはそう多くなく。
少数民族の辿る道など見えているようなものである。
「古代種が昔からこの星にいた民族、セトラであることは分かった。ならば”ジェノバ”はどういう存在だい?厄災?ならばなぜ神羅はジェノバを古代種と間違えた?」
「神羅の事情を俺は詳しくは知らない。だから推測になってしまうが…、ジェノバが発見された場所が古代種の住まうところだったからじゃないかと思う」
遥か昔、2000年ほど前のこと。
この星に飛来したジェノバは、セトラによって北の大陸に封じられた。
そしてセトラはそれを見張るかのようにその地に住まうようになった。
「ジェノバが持つ力は確かに強力なものだ。古代種の持つ力を手に入れたいと思っているのならばジェノバが古代種であると勘違いしても仕方ないだろう。人はジェノバの力とセトラの力の違いなど知らないんだからな」
今のクラウドにならば分かる。
禍々しいまでのジェノバから感じる力と、星の暖かい力を借りたセトラの力の違い。
「確かに力の違いなんて分からないね。強大であって他者を圧倒する事ができさえすれば、僕はジェノバの力だろうがセトラの力だろうがどちらでも構わないさ」
「ルーファウス…」
クラウドの声が思わず低くなってしまう。
どんな力であってもそれが強大であれば構わないのだろうか。
その貪欲さは構わない。
だが、ジェノバの力はそんなに甘くない。
「ただ、その力が自分にとって不利益をもたらすものでなければ、という前提条件がつくけどね」
クラウドの言いたいことが分かったのか、ルーファウスはふっと笑みを浮かべる。
クラウドの説明を聞いているうちにジェノバの危険性を少し感じ取ったのだろうか。
「ジェノバに意志はあるのかい?」
「ある。全てを滅ぼし壊しつくすという、とてつもなくやっかいな意志がある」
「破壊以外の能力は?」
「あえて言うならば擬態…か?ただそれは、破壊しつくすための手段に使ってるように見えたな」
ジェノバは他者の記憶を読み取り相手の親しい者へと擬態する事ができる。
親しい者へ擬態し、そして種…ウィルスを植え付ける。
そうして滅びて行ったセトラが多かった。
「滅びを呼ぶ力は決して僕の求めるものではないね。だが、敵にまわすには厄介そうだ」
「そうかもしれない。それでも放っておくわけには行かない。ジェノバはすでに半分目覚めてしまっている」
神羅がジェノバを発掘してしまった時点で封じられた時は動き出してしまった。
今はジェノバは”眠って”いるが、本格的に活動を再開されてしまってからこちらが動くのでは遅いかもしれない。
星はジェノバの存在に気づいている。
「ちなみに、ジェノバの種を持っている僕ら”人”は、ジェノバが目覚めるとどんな影響を受ける事になるんだい?」
「ジェノバの本体に近づかなければ、特に問題ないだろうとは思う」
死してライフストリームの中に還っても、種だけならば星の力で浄化できるだろう。
神羅が星のエネルギーを必要以上に吸い上げない限りは…。
「ならばソルジャーは?細胞を埋め込まれたソルジャーはどうなる?」
「ソルジャーはもしかしたら、ジェノバに”呼ばれる”かもしれない。だが、ソルジャーになるやつは意志が強いやつだ。そう簡単にジェノバに”呼ばれる”ことはないだろうが…」
「敵になる可能性は捨てきれないってことだね」
ジェノバ細胞を植え付けられたソルジャーは、本体に呼ばれ本体と再び結合しようとするかもしれない。
こればかりは細胞を持つ本人の意志の強さ次第だ。
意志が弱ければ、ソルジャーになる時点で駄目になっているはずだ。
だから、ジェノバに呼ばれる可能性は低いだろう。
「セフィロスはどうなる?」
その言葉にクラウドははっとなる。
セフィロスはソルジャーとも普通の人とも違う。
生まれた経緯が違うのだ。
「確実に”呼ばれる”。下手をすれば完全に呑み込まれる」
”昔”クラウドと対峙したセフィロスは、ジェノバと一体化していたようなものだった。
ジェノバが望む破壊を望み、ジェノバが望む滅びを望んでいた。
それは自分の生まれた理由に絶望し、世界そのものを憎んでしまったからだろう。
「でも意志の強いソルジャーが平気ならば、セフィロスも同じような理屈で”呼ばれ”ても抗う事は可能にならないかな?」
「強い意志、か」
セフィロスが世界に絶望しなければ、確かにセフィロスがジェノバに呑まれる可能性は低くなるかもしれない。
本当にそれが可能なのだろうか。
セフィロスを救う事ができるということなのだろうか。
「ねぇ、クラウド。ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
「何だ?」
ルーファウスはクラウドをじっと見る。
その目はまるで何かを試すかのような目だ。
「君の話し方だとさ、君はジェノバを滅ぼして星を救おうとでも思っているように聞こえるんだけど、世界を救いたいとか思っているのかい?」
世界を救う。
ジェノバという厄災から世界を救う。
確かに最終的にはそうなるだろう。
だが、クラウドの望みはそれではない。
(世界を救うのが幸せじゃない、俺はそれを知っている。救われた世界に共に旅した仲間もいた。でも、そこにはエアリスがいない。ザックスもいない。そして…、セフィロスもいなかった)
「俺が望んでいるのは、大切だと思える人達が幸せに暮らせる事だ」
魔物がいたっていい、少しくらい危険な事があってもいい。
そこに笑顔が消えない幸せがあれば、それだけで十分だ。
「その為には”ジェノバ”が邪魔だ」
大切な人達が暮らすこの星を滅ぼそうとする厄災。
「だからジェノバを滅ぼす」
母たる星の願いでもあり、自分の願いでもある。
大切な人が生きて幸せに、笑顔でいられる場所を守りたい。
クラウドの望みはただそれだけ。
二度と後悔したくないから、だからこの星を守る。
ルーファウスは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにくくくっと笑う。
笑いは次第に大きくなって、声を出して笑い出す。
それにクラウドはぎょっとした。
笑われるような事でも自分は言ったのだろうか。
それともジェノバを滅ぼすなど無謀だとでも思われたのだろうか。
「ジェノバの危険性を散々僕に語っておきながら、ジェノバを滅ぼす理由が”邪魔”だから…ね」
くくくっと笑いを堪えながらルーファウスは面白そうに言う。
「無理だとでも言いたいのか?」
「いや、そんな事は言わないよ。だって、君は無理だなんて全然思っていないだろう?」
星にとっての厄災も一度は滅ぼした相手。
以前は仲間の力を借りてできた事とはいえ、クラウドは今の自分にそれが無理だとは思わない。
「いいよ」
ルーファウスはまだ笑ったままだったが、クラウドに右手を差し出す。
「君の取引に応じよう。君に協力するよ、クラウド」
そう答えたルーファウスの目は、何か面白いものでも見つけたような目だった。
クラウドは無言でルーファウスの手を握り返す。
何がルーファウスにそう決意させたのか、クラウドにはよく分からなかった。
ルーファウスに決意させたのはクラウドの偽りのない言葉。
ジェノバが邪魔だから滅ぼすと言ったクラウド。
クラウドが世界を救う為という偽善的なことを言っていただけならば、ルーファウスは決して今と同じ答えを返してはいなかっただろう。
心を動かすのは心なのだから。
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