星の扉 10
休日を経て、執務室に出勤してみれば、そこにはラクシュとセフィロスが揃っていた。
2人は先日までのミッションの報告書を作っているのだろうか、机に向かっていた。
ザックスとは違って、書類作成も誰かの手など借りずとも自分で十分にできるのだろう。
「おはようございます。サー・セフィロス、サー・ラクシュ」
挨拶をして入室する。
クラウドはザックスの下士官としてここに居るのだが、ザックス専用というわけでもない。
今日はザックスのたまっていた書類がようやく片付きそうなのだ。
他の仕事も手伝えるかもしれない。
やはり、誰かの役に立てるのは嬉しいものだと思う。
「クラウド君。ザックスは?」
「ザックスは、その、先に行っててくれと言われまして…」
「寝坊で遅刻って事だね」
くすくすっと笑うラクシュ。
目は全然笑ってない。
流石に寝坊はまずいだろうと思い、言葉を濁したのだが分かってしまったようである。
クラウドは何度も何度も起こしたのだ。
それこそ、蹴りを入れても。
「いつものことだな…」
「そうだね、良くあることだしね」
セフィロスが呆れたように呟く。
ラクシュも同意するということは、ザックスの遅刻は頻繁なのだろう。
「遅刻はするが、ミッションは誰よりも正確にこなす」
「そうそう、だからザックスは優秀だって認められているんだよね」
クラウドが知っているザックスは、いつも軽い性格の賑やか男。
ソルジャーであり、何度か戦闘の場面も見ているが、おちゃらけたようなイメージが強い。
強いのは分かっているのだが、こうして他の人が認めていることを聞くと改めて感じる。
兵舎で同室で友人なのだが、自分とは違う場所にいる人なんだと。
「そう言えば、クラウド君。昨日はすごかったんだってね。報告をちらっと見ただけだけど、強盗を2人倒したんだってね」
「いえ、大した事ではないです」
「そんなことないよ。ああいう場面になって、関係ないはずなのに自分から足を踏み入れることが出来る人って少ないからね」
クラウドは曖昧な笑みを浮かべる。
守れるものならば守りたいと思った。
見ず知らずの少女だったけれども、自分には助けることの出来る力がある。
相手は強力な魔物でもなく、普通の強盗2人。
「昔…、とても大切な人を守ることが出来なかったんです。だから、自分が守れるものは迷わずに守って行こうって」
(エアリス!俺はエアリスを、危険だと分かっていながら…あれじゃあ見殺しにしたようなものだ。そして、エアリスだけじゃない、ザックスも…)
クラウドは無意識にぎゅっと手を握り締めていた。
後悔が心の中に渦巻いている。
だから変えようと思っているのだ。
自分の考えの中に入ってしまいそうだった所をはっとなるクラウド。
ここは執務室だ。
「すみません、関係ない話を…。コーヒーでもお入れしますね」
「あ、うん。それじゃ頼むよ。ミルク入れてね」
「はい、分かりました。サー・セフィロスは?」
「ああ、オレはブラックでいい」
「はい」
クラウドは簡易キッチンに向かう。
カップを準備して二人分のコーヒーを入れる。
誰かコーヒーに凝ってる人でもいるのか、豆を挽いて入れるようなセットまである。
クラウドは小さく息を吐きながら準備をするのだった。
ザックスのミッションに同行するとは聞いていた。
場所が随分遠いことも調べたので知っていた。
だが、すっかり忘れていたが、自分は乗り物酔いが酷かった。
ジェノバ細胞を埋め込まれ、魔晄を浴び、ソルジャーと同じような肉体になった時には随分と平気になっていたのだが、今は普通の身体だ。
「おい、クラウド大丈夫か?」
ヘリの中、真っ青な顔をしているクラウドにザックスが声をかける。
声を出せば吐きそうでクラウドは何も言えない。
目を瞑って上を向いて我慢するのが精一杯だ。
下を向くと絶対に吐く。
目的地は最北端と言ってもいい場所である。
行くには海を渡らなければならない。
船で行くには時間が掛かりすぎる。
貴重は海チョコボを見つける時間などないし、なによりも移動人数は1人ではない。
それゆえヘリでの移動になる。
「無理すんなよ。別に今回のミッションは戦闘があるとは限らなねぇんだからな」
「……ああ」
弱々しい返事しか出てこないクラウド。
この時代に来てから乗り物に乗ることがなかったためにすっかり忘れていた乗り物酔い。
懐かしい感覚だが、嬉しくない。
早く地上に降りたいと願っているクラウドの目元を誰かの手が覆う。
「……?」
ふわっと何か暖かな光に包まれる感覚。
(魔法…?)
そう思ったと同時に、乗り物酔いの気持ち悪さがすぅっと収まっていくのを感じた。
驚いたように目を開いたクラウドが見たのは、大きな手。
「気分は良くなったか?」
声の方を見れば、そこにはクラウドに手を伸ばしたセフィロスの姿。
目の上に乗せられていたのはセフィロスの手だっただようだ。
「ありがとう、ございます。サー」
どうやら”エスナ”をかけてくれたようである。
お礼の言葉は出たものの、まさかセフィロス自ら魔法をかけてくれるとは思わなかった。
そもそもこのミッションにセフィロスが同行することを、当日まで知らなかったクラウドである。
ザックスも知らなかったようだが、それはザックスの性格なのか、全く驚いた様子はなかった。
聞けば、急に同行することが決まったらしい。
今回のミッションは最北端、といっても北東と言うのが一番正しい位置か…の島の調査だ。
その島の存在が最近になって発見され、魔物も多数いるとのこと。
何があるか分からず、存在する魔物もかなり強い魔物が多い為にソルジャーの派遣となった。
何故、セフィロスも同行することになったかは知らない。
科学部門から要請があったとのこと。
マテリア関係だろう、とザックスは言っていた。
「まだ到着まで時間があるが、大丈夫か?」
「はい。サーのお陰で随分と楽になりましたから」
だが、揺れはおさまっていない為、ほんの数十分もすればまた先ほどの状態に戻ってしまうだろう。
酔い止めの薬をのんでも気休め程度にしかならない。
やることも特にない。
クラウドは目を閉じて気分が悪くならないうちに眠ることにする。
寝てしまえば酔いも何も関係ないだろう。
先ほどの酷い酔いの状況を見れば、ザックスも目的地まで寝てしまうくらいのことはおおめに見てくれるだろう。
到着したのは小さな島。
ミッションはザックスとセフィロス、そして一般兵が数人同行している。
一般兵が同行しているのは連絡を取る為にと、ミッションが長期にわたる場合に備えてだ。
この島は発見されて間もない小さな島らしい。
がさがさがさっ
草を掻き分けて進むザックス、セフィロス、クラウド。
何の気配も感じないくらい静かな島だ。
ただ、木々は伸びたい放題に成長し、草も腰辺りまで伸びている草が殆どだ。
「なんでこんな辺鄙な所に来なきゃならねぇんだよ〜」
ぶちぶち文句を言うのはザックスだ。
クラウドはといえば、この場所にどこか見覚えがあるような気がしていた。
星を救う戦いで、シドの作ったハイウィンドで世界中をまわっていた。
色々な目的で色々な体験もした。
ここはその時訪れた場所のひとつに良く似ている。
そう大きくはない島で、中心に向かっていけば確か…。
「あ?何か洞窟が見えるぜ」
そう、洞窟がある。
先ほどヘリから降りた場所からそう歩いていない。
しかし魔物と遭遇しない事に不思議に思うクラウド。
ここの島ではそう弱くはない…強いと言っても構わないだろう…魔物が出ていたはずだが。
かさっ
小さな草の揺れる音。
それにクラウド達は気づく。
ザックスもセフィロスも慌てる様子なく、周囲を警戒し始める。
クラウドは今の自分の能力がどれだけのものかを自覚しているために、下がる。
現れたのはブルードラゴン。
ドラゴン系の魔物はその巨体とパワー故にかなり強力な魔物である。
ソルジャーでもなければ倒せないだろう。
ザックスとセフィロスがブルードラゴンに対峙する。
魔物はブルードラゴンだけではない。
マンドラゴラ、レプリコンが数匹。
マンドラゴラは伸びたい放題に伸びた雑草に足が生えたような魔物。
レプリコンは一本足の翼が手になったようなダチョウのような魔物だ。
こちらはブルードラゴンに比べれば大したことない敵だ。
今のクラウドでも倒せるだろう。
だが、油断は出来ない。
クラウドは自分の武器であるバスターソードを構える。
ザックスと同じような系統の武器だ。
セフィロス、ザックスとは背を会わせる様に、クラウドはマンドラゴラ、レプリコンに対峙する。
「クラウド、お前にそっち任せても平気か?」
「ああ。このくらいなら…」
体力も魔力もこの当時のもの。
だが、頭で、感覚で分かる。
大丈夫だと。
「無理はするな」
「大丈夫です」
後ろからのセフィロスの声にクラウドは口元に笑みを浮かべて答えた。
例え体力も魔力も並より少し上程度のものでも、精神的に落ち着いて状況を判断できると随分と違う。
特に本当の戦場では、自分の冷静さが勝敗を握る事が多い。
ドラゴン系の魔物とは何度も対峙してきたクラウドにとって、慌てる事など考えもしなかった。
(感覚が戻る、かな)
実戦はこの時代にきてからは初めてと言っていいだろう。
強盗との事は実戦とは言いがたいものだ。
大地を踏みしめ、剣を握る手に力を入れる。
クラウドは目を細めて目の前の”敵”を見据えたのだった。
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