星の扉 08
かつての仲間であった少女は、大きな手裏剣を武器にして戦っていた。
狡猾な手段は彼女は一番得意であったのではないのだろうか…と思う。
それでも確かな強さがある少女だった。
クラウドは走りながら履いていた靴を脱いで手に持つ。
両足で靴は2つ。
走りながら、銃を連射している男の方にひとつを思いっきり強く投げつける。
「がはっ……!て、てめぇ!!」
命中したものの、やはり靴程度ではたいしたダメージを与えることが出来ない。
だが、それも一瞬の隙は生まれる。
その一瞬の隙だけでクラウドには十分。
すばやく地を蹴り、その反動で膝蹴り。
ガッ
「ぐはっ…!」
膝は男の顎に思いっきり決まる。
これで無闇に銃が乱射されることはない。
男が持っていた銃を遠くへ蹴り飛ばす。
これを武器としてもいいが、なれないものを扱って下手に怪我人を出してはまずい。
素手で向かっていったほうがまだいい。
「き、貴様…!」
少女を人質にしていた男がこちらへと銃を向ける。
ぱんっぱんっ
銃をクラウドに向けて打ち始める。
それの銃弾はクラウドの急所には当たることなく…だが、頬を僅かにかする。
クラウドは頬の傷を右手で拭い、もう片方の靴を投げつけた。
靴を投げつけたのは、先ほどもそうだが、隙を作るため。
「なっ…!」
男が靴に隙を取られているうちに、クラウドは距離を一気に縮めて、男の間合いに入る。
突然間合いにまで入ってきたクラウドに男はぎょっとする。
その瞬間、少女を拘束していた腕の力が緩む。
それを見逃さずにクラウドは少女を腕の中に庇った。
「ひっ…く…」
少女の泣いている声が耳に届く。
見ず知らずの他人の命がとても大切だから…なんてことはクラウドにはない。
それでも、今自分の腕の中にあるこの暖かい命を守りたいと思った。
男が銃を構える。
クラウドはその銃口をぐいっと下へと下げさせる。
ぱんっ
その反動か、男が銃の引き金を引いた。
クラウドはたんっと地を蹴り身体を浮かせ、右足を男の頭に向かって回す。
力がないクラウドが威力ある攻撃をする為には、何かの反動を使うなり、遠心力を使うなり、別の力を利用するのが一番いい。
ごっ
回し蹴りが綺麗に男の頭に決まる。
よろよろっと男は後ろへと下がるが、そのままクラウドは男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
がすっ
ものすごい痛そうな音である。
小さなうめき声と共に男は倒れる。
クラウドは小さく息をつき、周りの気配を探った。
見えたのは2人だけだが、他の仲間がいるとも限らないと思ったからだ。
だが、周囲に他の攻撃の気配はなく、ふっと力を抜く。
「もう…大丈夫だ」
クラウドはしゃがみこんでいる少女になるべく優しい声をかけた。
少女は涙をぽろぽろこぼしながら、クラウドを見上げる。
泣いている少女を慰める方法をクラウドは知らない。
困ったような表情を浮かべて少女の親がいるだろう方に視線を移す。
少女の母親はすぐに駆けつけてきて、少女を抱きしめた。
「…レイン!」
少女の名前なのだろう、その名を叫んで抱きしめる女性。
ぎゅっと娘を抱きしめながらクラウドに頭を下げる。
「貴方、ありがとう。この子を助けてくれて」
「いや…」
たいしたことはしていない。
クラウドはそう思っている。
泣き叫んでいた母親と少女、抱き合って無事を確かめ合う姿を見て、クラウドはそれだけで嬉しかった。
とにかくこの場でこのまま突っ立っているわけにはいかない。
クラウドは自分の靴を拾い上げる。
このままこの場から立ち去ろうとしたが、ようやくと言っていいのか…神羅兵が駆けつけてきた。
騒ぎが伝わったのだろう。
一般兵が数名こちらに駆けつけてくる。
「何があったのですか?」
その一人が聞いてくる。
他の兵士達も周りの人たちに状況を聞くように、他の人に話しかけている。
娘を抱きしめたままの女性は、何か言おうとするが…うまく言葉にならないかのように言葉を発しない。
「……ストライフ?お前、こんなところで何やっているんだ?」
問いかけてきた兵士がクラウドに気づき、驚いた表情をしていた。
クラウドはその兵士が同僚の一人だと今気づく。
神羅の一般兵は何しろ数が多い。
顔見知りと言える相手もそう多くはないクラウドであるが、この兵士のことはたまに仕事が一緒になるため、知っていた。
「ちょっと散歩をしていただけだ」
「散歩?いや、散歩はいいだろうけど、お前もしかして当事者か?」
「いや、詳しい状況は知らない」
どうしてあんな事態になってしまっているのかは本当に知らないのだ。
すると女性が口を開いて状況を簡単に説明する。
すぐ傍の銀行で強盗があったのだということ、自分の娘が人質に取られたと言うこと、それをクラウドが助けてくれたと言うこと。
「思いっきり当事者じゃないか、ストライフ。あっちの方にサー・セフィロスがいらっしゃるから本社まで行ってこの人と事情を説明して来いよ」
「は?」
クラウドは何を言われたのか一瞬分からなかった。
この場で普通でてこないはずの名前が聞こえなかっただろうか。
「サー・セフィロス、が?」
どうして英雄がそんな所にいる。
そもそも何故事件当事者達の送迎をする必要がある?
そもそもミッションでいないんじゃなかったのか?
疑問は尽きない。
「ストライフ。お前の言いたいことはよぉく分かる。俺も一瞬何かの冗談かと思ったさ。だが、本当にいるんだよ。なんでもミッションの帰りで、しかも普段この類のことをやってくれるやつらが今丁度色々出払っていて、当事者から事情を聞くのに車だせるヤツがいなくてな…」
たまたまミッション帰りの英雄が乗せていってくれる、ということらしい。
星をかけた戦いの時やジェノバの欠片としてのセフィロス、そしてニブルヘルムで真実を知ったセフィロス以前のセフィロスは、他人のことなど殆ど考えず、自分の望みのままにメテオの発動を求めていたように見えた。
だが、神羅のソルジャーで英雄として存在していたセフィロスには、そんな優しげな一面もあった気がする。
「分かった…」
クラウドは小さく息をつく。
ちらっと女性の方を見れば、彼女は小さく笑みを返してきた。
突然兵士に事情を…と言われても不安なのは仕方ないだろう。
強盗たちに投げつけた靴を履きなおし、クラウドは兵士が示した方向へと向かうのだった。
そう離れた場所ではない所に目的のものをみつけた。
かなり目立つ。
運転者はクラウドと同様の一般兵のようだが、外に立つセフィロスの姿は目立ってた。
どこへ行っても目を引くその顔立ちと姿。
クラウド達に気が付いたのか、セフィロスの目がこちらへと向く。
女性は軽く会釈したが、小さな少女は母親の服をぎゅっと掴んで母親の後ろに隠れてしまった。
「レイン、どうしたの?」
母親が心配そうに少女に聞く。
少女は泣きそうな表情で母親を見る。
クラウドが少女を見ると、少女と目が合う。
少女の目には怯えが見えた。
クラウドは手を伸ばして、少女の頭を撫でる。
「大丈夫だ。何も怖いことはない」
「…本当に?」
「ああ」
少女はほっとしたように笑みを見せた。
幼い子供にとって、ソルジャーの魔晄の瞳は怖いものなのだろうと思う。
それ以前に、セフィロスの雰囲気が近寄りがたいものでもある。
「彼らを乗せたらビルまで送ってやってくれ」
「はっ!…ですが、サーは?」
「ああ、オレは歩いて戻ることにする」
運転手の兵士とセフィロスの話が聞こえる。
その言葉にクラウドは少し慌てた。
この女性と少女ならば一般市民なので構わないだろう。
だが、クラウドは仮にも神羅兵だ。
セフィロスからしたら”下”の地位になる。
上にあたる者を歩かせ、自分が車に乗っていくなど冗談ではない。
「車に乗るスペースがないのなら、俺が歩いていけますよ。サー・セフィロスは乗っていってください」
クラウドの言葉にセフィロスがクラウドを見る。
「今日は休日ですが、俺は神羅兵でもあります。上官に当たるサーを歩かせて、自分が乗っていくわけには行きません」
英雄が街を堂々と歩くなよ!と言いたい。
ただでさえ目立つのだから、一般市民がいる街中をひょいひょい歩くなと。
しかも”正宗”を装備したままで。
そんな格好では幼い少女だけでなくても怖がる人はいるだろう。
セフィロスは何か考え込む様子を見せて、再度運転席の兵士に話しかける。
兵士は頷く。
セフィロスは母親と少女を車に乗せると、車を走らせるように合図した。
車はセフィロスを乗せずに走っていってしまったのだ。
「サー・セフィロス?」
どういうつもりなのだこの人は。
自分が目立つ存在だということが分かっていないのだろうか。
「行くぞ」
「え?あ、はい」
行くと言われたらついていかなければならない。
クラウドは歩き出したセフィロスの後ろを慌てたようについていく。
(俺、なんでこんなことになってるんだろ…?)
街中を英雄と歩くのは結構注目されるものである。
救いなのは、先ほどの強盗騒ぎで自主避難した人たちがいるために、さほど人通りが多くないということだろう。
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