星の扉 05
夜勤続きの後は休みのはずだった。
そう、今日、クラウドは休みのはずなのだ。
だが、何故か……本社に呼び出されていた。
警備で入り口や1階くらいならば入ったことは何度もある。
幹部の連中が入るようなセキュリティの高い場所に一般兵であるクラウドが入室したことなど殆どない。
ごくごくまれに、会議中の警備などの仕事もあるのだが、それは過去に1回きりだった。
朝、日が高く上った頃にゆっくり起きたと思ったら、隣室の同僚が待ち人がいると言っていたので、着替えて兵舎の入り口まで急いでいった。
それが間違っていたのか、兵舎の入り口に立っていたのはタークスのレノ。
この時レノとクラウドは初対面だが、クラウドは”レノ”を知っている。
「おまえが、クラウド・ストライフだな、と」
赤い髪の姿も口調も特徴ある男。
突然のレノの出現にクラウドは顔を顰めた。
話を聞けば、昨日のルーファウスの「秘書にする」発言は冗談ではなかったようで、呼び出されたらしい。
何のために…?と聞けば。
行けば分かる、とのこと。
大きなため息をつきながら、クラウドは本社ビルに向かったのだ。
そして、ここに至る。
レノについて本社ビルのかなり上までのぼる。
一体どこまで行くのだろうと思っていれば、ひとつの部屋の扉の前でレノが立ち止まった。
その扉はセキュリティつきの場所。
ピピっとキーを操作しするレノ。
「約束の連れてきたぞ、と」
部屋の中から誰の声か分からないが応答がある。
クラウドにはその声が小さくて聞き取れない。
どうやら了解が出たようで、扉がしゅんっと音を立てて開く。
「とりあえず、今日からお前の仕事場はここだぞ、と」
「は…?」
開いた扉の向うに広がるのは大きな執務室のようなものだ。
ゆったりとした場所に机とパソコンが8つほど並んでいる。
席が埋まっているのは1つだけだ。
他の席も使用されている形跡はある。
ただ、その所有者が席にいないだけのようである。
「レノ、おっせぇーぞ!」
「十分時間通りだぞ、と」
聞き覚えのある声にクラウドは顔を顰める。
レノの後ろからひょいっと中をよく覗いてみれば、やはりそこには見覚えのある顔。
「は、クラウド?!」
「…やっぱり、ザックスか」
聞き覚えのある声はやはり、同室のソルジャーであるザックスだった。
ザックスもクラウドがここにいることが意外だったようで、驚いた表情をしている。
どうやらここは、ソルジャーの執務室のようだ。
「何だ、お前達知り合いか?」
「知り合いも何も、オレ達親友だよな、クラウド」
「ただのルームメイトだ」
同意を求めるザックスにそっけなく言い放つクラウド。
ザックスがヒデェ…と呟くがそんなことは気にしない。
「それで、俺は何のためにここに連れてこられたんですか?」
一般兵にとって、特殊な集団であるタークスとは言え、目上は目上だ。
丁寧語で話さねばならない。
不本意だという表情を出さずにクラウドは尋ねる。
するとレノは一枚の紙を取り出してクラウドに差し出す。
クラウドはそれを受け取って目を通す。
「ソルジャー・ザックスの下士官に任命する……?」
どこをどうしたらザックスの下士官などにならねばならないのか。
こんなソルジャーのイメージをぶち壊す友人の下士官など嫌だ。
「やっと報告書の苦痛から抜け出せると思って、楽しみにしてたんだぜ〜」
「拒否権は…?」
「あるわけないぞ、と」
見事にレノが否定してくれる。
何故こんなことになる。
説明しろとばかりに、クラウドはレノとザックスを睨む。
「お前、昨日副社長を助けただろ?」
「それがなんですか?」
「ルーファウス、最近…つってもここ1〜2年くらいなんだけどよ、勝手に出歩くことが多いからツォンのやつに、常に傍にいる秘書をつけろって言われてた訳」
前者の台詞はレノ、後者の台詞はザックスである。
説明すると言うことはザックスは事情を知っているのだろう。
「副社長は、その辺のやつを思いつきで秘書にするって言い出すこと…これで、5回目だぞ、と」
「下積みがなにもない一般人から、ソルジャーまで手当たり次第に思いつきで任命してな〜。肝心の秘書の仕事が出来ないんじゃ困るだろ〜ってことで、秘書としての実力を身につけさせるためにためしにソルジャーの下士官やら、お偉方の秘書やらやらせるってワケなんだよ」
事情はなんとなく分かった。
ルーファウスの思いつきで秘書任命されたはいいが、秘書などやったことがない一般兵。
となれば、書類の扱い方などをザックスの下士官として学べということなのだろう。
「ちなみに、今まで副社長の正式な秘書になったのはたった1名、秘書期間は1週間だったぞ、と」
「正式な秘書なんぞになろうものなら、振り回されること確実だもんな〜。その唯一正式採用されたやつも、まだ怪我で入院中らしいし」
頭を抱えたい気分である。
それって本当に秘書を雇う気があるのか?使う気があるのか?と聞きたい所である。
「けど、副社長の秘書って言ったら、給料はいいぜ〜、クラウド」
ザックスはそう言うが、今のクラウドは給料などどうでもいい。
今、一番すべきことは故郷に帰ることだ。
その為に資金は必要だが、堂々と帰れるわけではないため、自力で帰ったほうが早いかもしれないと思いつつある。
強さはともかく、ある程度アイテムがそろえば大丈夫ではないかと思っている。
欲しいのは時間である。
「拒否権は…?」
「「ない」」
再度同じ事を聞くクラウドに、声を揃えて否定するレノとザックス。
声を揃えて否定しないで欲しい。
クラウドは大きなため息をつく。
「クラウド・ストライフ二等兵、サー・ザックスの下士官を拝命致します」
諦めたようにクラウドはびしっと敬礼する。
殆どが、やけくそのようなものだ。
ソルジャーの下士官ならば、ニブルの近くまでいくこともあるかもしれない、そしてザックスならば適当にごまかして抜け出すことも出来るかもしれない、という思いもある。
「やったー、これで、書類の山との格闘もおさらばだぜ!」
喜ぶザックスに、まて、コノヤロウ。
と言いたくなったのは仕方ないと言えるだろう。
「と言っても、2ヶ月だけだからな、と」
「げ…マジ?」
元はルーファウスが秘書にと任命したのだから仕方ないだろう。
一定期間…この場合は2ヶ月だが…ザックスの下で下士官の仕事をこなせば、ルーファウスの秘書に就くことになるだろう。
「ザックスの下士官が2ヶ月でも無事こなせれば、事務処理能力はかなりなものだろうって、ツォンが言っていたぞ、と」
「お、オレはそんなに書類の作成は酷くねぇぞ…」
どうだか…と、クラウドは心の中で呆れていた。
兵舎の部屋まで書類を持ってきて、いつも慌てている姿を見ている身としては、ザックスがいかに書類作成が苦手かは分かる。
つまり、2ヶ月間苦労することが目に見えているということにもなる。
「せいぜい、2ヶ月頑張れよ、と」
レノはクラウドの頭にぽんっと軽く手を置いてから、部屋を出て行った。
クラウドはザックスを見る。
自分は何をしたらいいのか。
ひたすら書類作成をやらされているのは目に見えているが、その書類を作成するためにもミッションへと同行しなければならない時も多いだろう。
「とりあえず説明するぜ、クラウド。あ、その前にこれ、お前のIDカードな」
ひょいっとカードを投げ渡される。
何気なく渡されたカードだが、これはここまで入ってくるのに絶対に必要なもの。
一般兵程度ではセキュリティの関係上、こんなところまでひょいひょいと入って来れないのだ。
「オレが普段作ってる報告書の類はお前も知ってるだろ?」
「あんたがよく部屋に持ってきて、手伝わされたこともあるからな」
「ははは、そうなんだよな〜。オレがやるよりも、絶対お前のがやったほうが早いし」
「自分の報告書くらい、自分で作るようになれば?」
「そう言われてもな〜…、どうもこういった机向かってやる仕事はすっげぇ苦手で…」
苦手なのは見ていれば分かる。
それを克服しようという気はないのか、とクラウドは言いたいのである。
ザックスの性格からして無理だろうが。
「もうすぐ、2ndから1stに昇格しそうだからな。正直、報告書類をやってもらうと随分助かる」
その言葉に、そういえばそんな時期だったと思い出す。
ソルジャーは3rdから1stまでのクラスがある。
特に2ndから1stへの昇格は一番難しい。
1stからレベルが一気に変わるようなものなのだ。
「それで、今日は何かやることあるのか?」
「お?早速やってくれるのか?」
ぱっと顔を輝かせるザックス。
「実は、これとこれとこれが今日中でな〜。お前ならささっと出来るだろ?」
ばさばさっと紙を漁って、クラウドに束を渡してくる。
ぱらぱらっと内容を見れば、簡単な戦闘シュミレーションの報告書類。
この程度ならばそう時間は掛からないだろう、とクラウドは思う。
「オレがやると半日以上かかっちまうからさ〜。どれくらいでできる?」
「1時間もあれば十分」
「さっすが、クラウド。終わったら久しぶりに手合わせ付き合うぜ?」
ウキウキと給湯室の方に向かうザックス。
飲み物でも入れてゆったりと待とうとでも言うのだろう。
軽くため息をつき、クラウドは机に向かう。
そして、カタカタっと書類の作成を始めたのだった。
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