星の扉 03





スラムからゆっくり歩いて帰った…歩くと言ってもよじ登るような場所もあったのだが…為に夕方の仕事の時間まではぎりぎりとも言ってよかった。
まず兵舎に戻り、今後の仕事の時間割の確認。
どこどこの警備などの仕事が殆どで、警備場所と時間が変わるだけである。
最低ランクの二等兵から始まり、経験をつみながらソルジャー試験を受ける日まで鍛える為に、この当時は頑張っていたのを覚えている。
流石にいつどんな仕事をしたかまでは覚えてないが…。

12歳になってから神羅に来てクラウドはまず兵士の養成学校へと入学した。
勿論入学試験は難関であるとも言われている。
その入学試験も通ったし、何よりも成績もかなりいいほうだった。
スキップを重ねて通常よりも早く学校を卒業し、実績を積むために兵士として勤務する。
それが今の状況だ。


簡単な食事を食堂でもらって兵士の服装に着替える。
装備するのは量産型のライフルのみ。
クラウドの得意とするのは剣術の方なのだが、射撃の腕も決して悪くはなかった。
寧ろ同期の周りに比べれば良い方だったと言ってもいいだろう。


ザックスの言ったとおり、仕事は神羅本社ビルの入り口の警備だった。
他にも数人の兵士が同じ時間の勤務だ。
一般兵の中ではクラウドは若い方である。

「交代時間だ」

自分の持ち場にいる兵士にそう呼びかける。
兵士は嬉しそうな笑みを浮かべて「頼む」とクラウドに交代する。

神羅カンパニー本社ビルの入り口の警備。
実際クラウドはこの仕事がそんなに嫌いでなかった気がする。
本社ビルにはソルジャーが頻繁に出入りする。
憧れていたセフィロスを見ることも出来たから…。

(セフィロス…)

その名前を思い出し思わずため息が出てしまう。

「どうした?」

隣の同僚が声をかけてくる。
なんでもない、と首を振るクラウド。
同僚はそうか…と言って特に気にする様子もなかった。

セフィロスは自分が何故生まれたか、その真実を知ってしまった為に全てを滅ぼそうとした。
真実はニブルヘイムにある。
ここ、ミッドガルからニブルヘイムまではかなりの距離があることをクラウドは分かっている。
ニブルヘイムの神羅屋敷に行き、あそこの資料を、とにかくどうにかしなければならないかもしれない。
だが、そうしたことで本当に何かが変わるのか…とも迷いが生まれる。

クラウドは首を小さく横に振った。
間違っているかもしれないといって動かないでいれば、後になって後悔が出てくるかもしれない。
違っていても構わないから行動はしてみるべきだ。
それから考えても遅くないかもしれないのだから…。


「副社長のお出ましだぜ…」
「相変わらず社長には全然似てないよな…」

ぼそぼそっと同僚達の呟きが聞こえた。
警備兵は入り口にピッタリ張り付いているわけでなく、入り口から離れた場所に突っ立ている。
ビルには近いが入れるような配置ではない。
クラウドが入り口のガラス張りの扉の方に視線を移せば、確かに副社長のルーファウスが出てくるところだった。
しかも一人…いや、後を慌てて追うようにして黒服の男。
あれはタークスのツォンだろう。
他の兵士達の視線がルーファイスに向かう中、クラウドは興味なさげに視線を逸らした。

別にルーファウスは嫌いじゃない。
最初はキザったらしい強欲で冷徹なヤツだと思っていたが、彼は彼なりの信念がある事が後になって分かった。
神羅カンパニーの上に立つものとしての覚悟と信念がある。
直接話をしたことは数少ないが…それでも嫌いではない。

そんなことを考えているクラウドの視界の隅に何か光るものが見えた。
最初は気のせいだと思ったが、気になるのでその光ったはずの方向に視線を向ける。
クラウドはニブル山でよく過ごしたせいか目はいい。
光ったらしき方向には無数のビル。
ビルが立ち並ぶのはおかしくないが、嫌な予感がする。
辺りは薄暗く、何が光ったのか良く分からない。
もう一度光でもなにかでもあれば……

チッ

そう思った瞬間再び小さく光る。
とあるビルの屋上からだ。
あの光は……

その光が何の光か分かった瞬間、クラウドは駆け出していた。
そう言えばこんなことがあった気がする…と思い出す。
神羅ビルの入り口の警備の時…


パァンッ


ルーファウスの狙撃騒ぎがあったことを。
勿論そのときルーファウスの命にかかわるような状況にはならなかった。
それでも弾があたったのを思い出したのだ。
だからクラウドは飛び出した。


ドサッ


押し倒すように狙われていたルーファウスを庇う。
狙撃に気づいたツォン。

「第三ビルの屋上だ!」

ツォンの声に応えるように黒服の影が見えた。
その影はすぐにビルの方向に向かっていったのが見えた。
狙撃の弾はクラウドの肩をかすっただけだった。
僅かに痛む肩に顔をしかめながら、クラウドは身を起こす。
流石に副社長をいつまでも押し倒したままはまずいだろう。

「ルーファウス様、大丈夫ですか?」

ツォンがルーファウスに手を伸ばして起す。
僅かに乱れた髪を整えながら、ルーファウスはほっと息を吐いた。
そして、ルーファウスとツォンの視線がクラウドに向かう。

「君は…?」

ルーファウスの言葉にクラウドはびしっと敬礼をする。

「申し訳ありませんでした」
「そんな言葉が聞きたいんじゃない。君は誰だ?」
「はっ、自分はクラウド・ストライフ二等兵であります」

じろじろとルーファウスに見られて居心地が悪い。
とっととどこかに行ってくれないだろうか…などとクラウドは思っていた。
かすり傷とはいえ、銃弾を掠めた肩の傷の治療もしたい。

「そう言えば、ツォン。新しく秘書をつけろと言っていたな」
「言っていましたね」
「それなら、この彼を秘書にしよう」

明日の夕食はカレーにでもしよう、みたいな言い方である。
クラウドは一瞬ルーファウスの言葉の意味が分からなかった。

「兵士なんてやっているんだ、体力的には問題ないだろう?」
「ですが、ルーファウス様…!」
「私が決めたんだ、異論はないはずだ」
「…ルーファウス様」
「辞令や手続きの方は任せた」

任せたって、俺の意思は…と言いたい。
だが、クラウドが神羅の一兵である以上、副社長のルーファウスの命令は絶対である。
所詮神羅は一般企業。
上の命令には逆らえないだろう。
ツォンは軽くため息をつく。

「彼の身辺調査及び、部署移動の手続き、それからいつもの『研修』で、正式採用までは少なくとも2ヶ月はかかりますが…」
「構わない」
「分かりました、手続きはしておきます」

ツォンは徐に携帯電話を取り出して連絡を取る。
どこに話を通しているのか分からないが、クラウドの手続きを頼んでいるようだ。
その間クラウドは二人の傍でびしっと立ったまま。
早くこの場を逃げたい気分だ。

「正式な辞令が近々行くと思うけど、その時はよろしく頼むよ、クラウド君」

ルーファウスはそのままツォンを連れて神羅ビルの外に止まっている高級車へと乗り込んだ。
クラウドは呆然と立ち尽くすのみ。

待ってくれ。すごく待ってくれ)

ルーファウスを呼び止めて前言撤回させたい気分だ。
この場でこの地位にいなかればそれができたかもしれない。
だが、クラウドは企業の縦社会の仕組みを知らないわけではない。
逆らってはいけないことは分かっている。

「副社長の気まぐれだな」
「不運だな、お前」

同情するかのような同僚達。
その中の一人が慰めるかのようにクラウドの肩にぽんっと手を軽く置く。
それは決して強いものではなかったが…

「っ…!!」

ぴりっと響いた痛みにクラウドは肩でその手を払う。
驚いた同僚ははっとクラウドの肩に置いた自分の手を見る。
その手には紅いものがついていた。

「おい、お前!怪我しているじゃないか?さっき副社長を庇った時か?!」
「なんだって、怪我?!警備なんてしてる場合じゃねぇだろ!」
「副社長を庇った怪我なら仕事を早退して文句はでねぇだろ。医務室行け!」
「夜中でもあそこは怪我人なら見てくれるからな。行って来い!」

クラウドを引っ張り、兵舎の方向へと向かわせる同僚達。
あまり彼らとかかわりを持とうとしなかった昔。
孤立していると思い込んでいたが、周りの者たちは暖かかったということが今分かった。
拒絶していたのは自分。

「ありがとう」

僅かに笑みを浮かべてクラウドは兵舎の方へと向かった。
少ない言葉でも意思を伝えればそれはまわりに響く。
クラウドの笑みと言葉をもらった同僚二人は…

「ストライフが笑った?」
「あいつ、あんな顔も出来るんだな…」

そう呟いていた。




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