ヴァールの翼 05
でかい。
とにかくその一言に尽きる。
ロイ曰く、ここでの仕事は長期になるかもしれないために1つの建物を完全に軍で貸しきったらしい。
恵那はこの世界の人の感覚を疑いたくなった。
エドもアルもこの家のでかさに全然驚いてないからだ。
(庶民は私だけってことかな)
ふっと思わず遠い目をしてしまう。
遠慮しながらその建物に入っていけば、軍人がちらほら目に入る。
ものめずらしそうに見られるが、ここは軍部ではないので特に気にされる様子もない。
とりあえずは応接室に通されて待っていると、金髪美人のお姉さんが、お茶を入れて入ってきた。
勿論彼女も服装から軍人であることが分る。
(うわ~うわ~!もしかして、もしかして、この人は…)
彼女を見て恵那はちょっぴり興奮気味。
応接室でロイ、エド、アル、恵那の分のお茶を出して、彼女はロイから一歩下がった位置で座ることなく立っている。
「あ、あの!お茶ありがとうございます!」
「あら、いいのよ」
にこっと笑顔を見せてくれる彼女に感激。
「私は、恵那・桐島といいます。お邪魔してすみません」
「恵那さんね。私はリザ=ホークアイよ、リザでいいわ」
「はい、リザさん!」
(実は貴方の大ファンです!かっこいいリザさん大好きです!大佐を無能呼ばわりしたあの瞬間に好きになりました!)
名前を呼んでもらっただけで感激である。
目がキラキラしている。
リザを見て目を輝かせている恵那に複雑そうな表情を送っていたロイだったが、話を再開する。
「それで、どういうことなのかね?鋼の」
エドはむすっとした表情をしながらも事情を簡単に話す。
まずはエドたちはいつもの探し物の情報を求めて旅をしていた。
とある町で、ディスにいる「マルティア」という錬金術師がそんなような話をしているのを聞いたことがあると話を聞き、ディスに行った。
「マルティア」さんは現在留守らしく、その家を現在管理している近所の人に頼み込んで鍵を貸してもらい家の中に入る。
そこで見つけた大きな練成陣。
エドがその練成陣に触れると恵那が現れたというわけだ。
「それは、彼女が練成されたという意味かね?」
「いや、恵那が言うには召喚、らしいぜ。一応その練成陣はメモしておいたが、複雑でよく分らない部分がある」
エドが自分の手帳をぱらぱらめくりその一枚をびりっと破いて、テーブルに置く。
そこには1つの練成陣。
それをちらっと見た恵那は、なんとなく理解できた。
構築式なんてものは分らない。
自慢じゃないが理数系は苦手だ。
ただ、この練成陣の流れはこういうものだということが分っただけ。
問題の答えは分るがその過程がさっぱり分らない、というようなものだ。
(多分、この練成陣は不特定多数の世界や場所から、望むものを呼び出す練成陣。これの練成陣では私は元世界に戻ることはできないんだよね)
不特定多数から1つを選び出すことはできても、それを元に戻すにはその不特定多数の場所からもとあった場所を限定しなければならない。
対象が多いほどその作業は大変になる。
言うのは簡単だが、元に戻す事事態はそれほど難しいことはない。
「なるほど、確かにこれはかなり複雑だな。完全にオリジナルの理論が入っている練成陣のようだ。だが、これは…」
「人体練成と似たような練成陣だって言いたいんだろ?大佐」
「やはり気付いたのか」
「オレを誰だと思ってるんだよ」
人体練成の経験者だ。
人体練成の構築式は何度も組みなおしたり、学んだりした。
独学とはいえそれなりの知識はあるつもりなのだろう。
「それが原因か分らないが、恵那は記憶喪失なんだよ。ただ覚えていたのが自分の名前と、住んでいた場所らしきイメージ、そして…」
「『ディアクヴァン』というわけか」
真剣に考えているところを見るとどうも罪悪感がでてきてしまう。
何しろ記憶喪失とは全くの嘘っぱちなのだから。
「確かに、偶然すぎるな。マルティアの家にあった練成陣から召喚された少女の手がかりは『ディアクヴァン』、しかも、ディアクヴァンには昔マルティアの研究所があった」
「研究所なんてあったのか?」
「鋼のは知ってるかね?2年前にあったこの町の騒動を」
「話だけはな」
かなり有名な話なのだろう。
エドは頷く。
「2年前の騒動は…」
「大佐、良いのですか?」
ロイが話そうとしたのをリザが少し口を挟む。
リザはちらっと恵那を見る。
それだけで、ロイはリザの言いたいことが分ったらしく苦笑する。
「構わないだろう。どうやら彼女も関係者のようだからな。それにこの町で少し調べれこの程度のことは分かるだろう」
(軍の機密にでも触れることなのかな?)
「2年前、この町にある組織があった。人体練成を研究していた組織だ」
静かにロイは語りだす。
ロイの言葉にエドは驚いた表情を、アルの表情は分らないがおそらく同様に驚いているだろう。
「人体練成は禁忌だ。それは分っているだろう?だから、その組織を軍で制圧した。それが2年前の騒動だ」
「それで?そこにマルティアという名の錬金術師が関わっていたのか?」
「その通りだ、しかも関わっていたどころではない。ヴァン=マルティアとレイン=マルティアはその組織に属していた、それもかなり上層部のな。だが、その二人の錬金術師だけが捕まることなく今でも手配をかけられている」
「けど、オレはそんな話知らないぜ?公けな手配じゃないのか?」
「いや、手配は東部地域の一部だけだ。軍の上層部から事を大きくするなと命が下ったのでね」
だから、エドたちはマルティアという名の錬金術師が指名手配をかけられていると知らなかったのだろう。
「つい最近、この町で規模は小さいが爆破事件があった。幸い死傷者はでなかったが…、その爆破のあった場所が組織のあった研究所の近くでね」
「それで、大佐は調査をしているってワケか?」
「小さな爆破程度で軍のそれ相応の地位のものが動くと民衆は不安になる。大総統直々の命でね詳しく調査しろとは言われているが、大きな動きはできないのだよ」
詳しく調べるにも、軍の大佐の地位の人間がそう堂々と調査をすると大事になる。
かなり動きにくい状況なのだが、命令が大総統からとなると”否”とは言えないのが軍人である。
なにより、過去この研究所で研究されてきたことは錬金術関係の為、国家錬金術師であるロイが借り出されたということなのだろう。
「そんな極秘任務をオレ達にばらしていいのかよ?」
その通りだ。
軍の機密事項だということを、そうべらべらと話していいのだろうか?
恵那でさえもそう思う。
「調査中に分ったことだが、研究所である練成陣が発見された。その練成陣が見た限り、それとよく似ているのだよ」
ロイはエドが手帳に書いてあった恵那を召喚したらしき練成陣をちらりっと見る。
それでエドは納得した。
つまり、エドに見て欲しい練成陣はこれと似たようなもの。
恵那はその練成陣から召喚された、そして、エドとアルはその目撃者。
「それって、私の他にもこの町にある練成陣で誰かが召喚されたかもしれないってことですか?」
「いや、そうとは限らない。何しろあの練成陣は使われた形跡はよく分らないが、古いものなのは確かだ。君のような存在は今のところ報告されていない、我々が確認できる範囲ではね」
ロイは可能性がないとは言い切れないと言いたいのだろう。
だが、恵那はそれはないと思った。
真理を見て、異世界から召喚されるような人がそうぽこぽこいてはたまらない。
それにそう簡単に真理を見せるわけない。
真理を見るためには、それと等価となるものが必要。
恵那が真理を得たのは、二人の錬金術師が犠牲となったからだ。
「オレとしては、その大佐が見つけた練成陣を見てみたいけどな」
「明日案内しよう。あの類の練成陣は君のほうが詳しそうだ」
「それは嫌味か?」
「いや、単なる事実だ」
恵那はそんな二人の様子をぼーっと見ていた。
「エドワード君と、ロイさんって、仲がいいですね」
ぽつりっと呟く恵那。
無意識にこぼれた言葉。
信じあっているように見えるというか、対等の存在というか。
「はぁ?!!何言ってるんだよ?!オレがコレと仲がいいだんなんてあり得ねぇって!」
「コレとは何だね、コレとは」
「喧嘩するほど仲がいいって言うし」
「冗談じゃねぇ!オレはこんなエロ大佐と仲がいいだなんて思われたくねぇ!」
「鋼の、それは言いすぎではないのかね」
「エドワード君はともかく、ロイさんは仲がいいこと否定しないんですね」
エドはハタとロイを見る。
ロイはにこりと笑顔を浮かべているだけだ。
読めない表情。
「否定しろよ!」
「別に構わないだろう?」
なんかエドは構われたくないけど、ロイさんははエドをからかって子ども扱いして楽しんでる感じ…?
じゃれあってるように見えるんだけど…。
「あの、ところで、ロイさん」
「何だね?」
「その、マルティアさんのいた研究所のあった場所でその練成陣のほかに何かありませんでしたか?」
「他に何か、とは?」
ロイの視線が変わる。
探るようなものへと…。
(やばっ、何か疑われた?)
動揺心を抑え、恵那はロイを見返す。
「あ、いえ、もし私に何か関係あるようなことがあれば教えて欲しかったので」
「それならば、明日君も来るかね?」
「へ?」
探るような視線を消してロイは笑顔で尋ねる。
「鋼のにあの練成陣を見てもらうのについてくるかね?」
「え、あ、はい。お願いします!」
何か分るかもしれない。
やるべきことはなるべくはやく片付けたいが情報が少なすぎる。
真理の扉の前で見た、あの少女はどこにいるのか。
この広い町のどこかに…、破壊の女神はいる。