WOT -second- 28



ゆっくりっと歩く船内は結構広い。
部屋の数もかなりのもので、設備もあの当時のホテル並と言えるだろう。
800年以上も経っているにしては、随分と綺麗なまま残っているものだと思える。

「私達がいる部屋は客室とかじゃないんだね」

シリンは昨日の約束通り、グルドに船内を案内してもらっている。
ざっとシリン達が閉じ込められている部屋から廊下を歩いて、室内をちょこちょこ見せてもらっている。
一つ一つの室内は広く、どこをどう見ても法術陣がある事もない普通の部屋だ。

「あの部屋は、捕虜の部屋だったらしい」
「にしては豪華だったけど?」

捕虜という事は敵ということであり、敵を閉じ込めておくには待遇が良すぎる部屋だろう。
ベッドはキングサイズ、法力封じの法力陣はあったが、小物も色々揃っていた。

「捕虜といっても、人質の価値がある大事な捕虜を入れておくためのものなんじゃないか?生憎と、この船がどんな用途で作られたのか俺は知らんからな」

知らないという事は聞いていないということなのだろう。
この用途を知る者がいないのか、それとも知る者がいてもその人が知る必要などないと判断して話していないのか。

「この船は前文明の遺産だ」
「前文明?」
「この世界は、800年以上前はもっと技術が発達した世界だったらしい」

シリンはグルドの言葉に驚く。
以前の世界の事が記録に残っている事は本当に少ない。
言われてみれば、以前別の世界があったのかもしれないと思える程度の記録しかない。
グルドがそれを知っているということは、ドゥールガに聞いたのだろうか。

「最も、前文明の頃を知るのは父上だけだがな」
「お父さんと同世代の人はいないの?」
「俺が生まれた頃には、すでに父上だけだった」

それはそうだろう。
翔太も桜もドゥールガが今も生きているのに驚いているようだった。
桜が調べた限りでは、長寿であっても彼らの寿命は500年程のはずだということ。
あれから800年以上も経っている現在も生きているドゥールガの存在は例外中の例外のはずだ。

「ってことは、グルドって今何歳?」
「何故そんな事を聞く?」
「だって、800年以上生きてる人がお父さんってことは、グルドの年齢は20歳とか30歳とかじゃないんでしょ?」

落ち着いた雰囲気と、どう考えても少年とは言えないだろう見た目のゲインに慕われているのだ。
少なくともゲインより年は上のはずだ。

「366歳だ」
「じゃあ、随分と遅くにできた子だったんだね。…て、基準が違うからそれくらいが普通なのかな?」

首を傾げるシリン。
生殖能力が低いにしても、400年以上子が出来なかったという事もないだろうから、やはりグルドは遅くに出来た子になるのではないか。
くくくっとグルドは笑う。

「お前は面白い事を言う」
「そう?」
「私はそう遅くできた子というわけでもないだろう。上には2人兄がいるが、下には17人の弟と3人の妹がいる」
「は…?」

一瞬グルドが何を言ったのか分からなかった。
生殖能力が低い、つまり彼らの種族はあまり子が生まれない。
だから、シリンはグルドには兄弟が少ないと思っていたのだ。
ガルファを兄と呼んだことから、彼がグルドの兄である事は分かったが、兄弟がいてもあと1人くらいだろうと思っていたのだ。

「えっと…23人兄弟?」
「だな」
「随分と多いんだね」

生殖能力が低いのではなかったのだろうか、と不思議に思う。

「父上の今までの状況を考ると23人は少ない方だ」
「奥さんがたくさんいるってこと?」
「100を過ぎたあたりからは数えなくなったと言っていたから、総数だとかなりいる事になるんだろうな」
「ひゃく…」

どうしても思わず顔を顰めずにはいられない。
ティッシの貴族にも一夫多妻は認められているし、愛人がいる貴族の当主もいるらしい事は聞いた事がある。
とはいえ、シリンは大人になれば娶られる側だ。
自分が大多数のうちの1人になるということを喜ぶような女はそう多くはないだろう。

「そういう顔をするな。俺達の一族では多妻は当たり前の事だ。たった1人の妻としても、その妻との間に子が出来なければ種族が途絶えてしまう可能性だってあり得る」

グルドの言う事は、分からなくはない。
しかし、頭で理解するのと気持ちが納得するのは別物だ。
シリンは嫌な気持ちを吐き出すように、小さく息をはく。

「あのガルファにも妻が12人いるしな」
「ガルファって、この船にいるグルドのお兄さんのガルファ?」
「ああ」
「じゃあ、子供もいるの?」
「3人いたはずだがな」
「3人?ちょっと少ないと思うんだけど、普通なの?」

生殖能力が低く、出生率が低いのは聞いている。
妻が12人に対し、3人の子供というのはティッシでは少ない方になる。
だが、彼ら種族はどうなのだろう。

「多くはないな」
「出生率、そんなに低い?」
「高い、とは言い切れない。まぁ、絶滅するほど低いわけでもないがな」

子が生まれないわけではない、ということなのだろう。
しかし、同種同士では子が生まれにくいという事は、ドゥールガ以外はみな混血ということになる。

「グルドも奥さんいるの?」
「さて、どうだろうな」
「どうだろって…」
「あの扉の向こうが丁度甲板になる。見るか?」

その言葉にシリンは前方にある扉を見る。

「甲板?」
「シールドを張られているから外の景色が見れるわけじゃないがな」
「行ってもいいの?」
「構わないだろ」

グルドは扉をガチャリっと開ける。
外にシールドが張られているからか、風が吹き込んでくるわけではないが、少しだけひんやりとした空気が中に入ってくる。

(なんか、上手く話を逸らされた?)

どうしても聞きたいことではなかったのだが、こうして話を逸らされたという事は、グルドにとっては聞かれたくない事だったのか。
300年以上生きていれば過去にもいろいろあったのだろう。
シリンがそれを根掘り葉掘り聞く権利はどこにもない。
聞かれたくないのならば、聞かない方がいいのだろう。

(ま、別にいっか)

グルドに促されてこの船の甲板に足を踏み出す。
広がる甲板は、強大ではないがかなり広い。
例えるならば、学校のグラウンド位の広さはあるのではないだろうか。
シリンが踏み出した足はかつんっと音を立てる。

「わっ?!なに、これ…」

カツカツ音が聞こえるような甲板の床。
それは木の色をした、まるでプラスチックのような軽い音を立てる床。
茶色のプラスチック板かと思ったが、良く見ると一枚透明の板があり、その下が木目になっている。
そしてその木目の床には細かく刻まれた文字と線。

「まさか…法術、陣?」
「よく分かったな」

感心したようなグルドの言葉。
軽そうな音を立てるこの床は、これだけの年数が経っているというのに目立った傷も見当たらないという事は、特殊な素材でできているのだろう。

(ちょっと待った、まさかこの法術陣が…)

外に無防備にさらされているという事はないだろうとは思っていた。
だが、こうして薄く脆そうに思えるが決して脆くなどはないだろう透明の壁に阻まれている状態では、手を出すのが難しい。
室内の法力封じの法術陣がかなり脆いものだったので、シールドもそう大した事はないではないかと思っていた。
それはとんでもない思い違いだったようだ。

「この甲板は、父上でさえ傷つけることは敵わないものだ」
「どれだけ凄い法術をぶつけても壊れないって、こと?」
「と言われているな」

大戦の頃の科学力を使って作られたのだろう、この透明の板。
うっすらと見える法術陣はかなり巨大だ。

「どんな法術でも駄目だった?」
「俺達が使えるものはな」
「ふーん」

シリンは考えこむように口元に左手をあてる。
グルド達種族が使える法術はそう多くないはずである。
そして、大戦の時代に作られたものといっても桜ならば解析は可能だろう。

(それに、法力の供給源を絶つために、何も法術陣を壊す必要なんてない)

別の法術陣を被せて、無効にさせることが理論上は可能だ。
問題はこの強大な法術陣をどうやって頭に入れるか、である。

(これが”そう”なのか確信もないわけだし、これも相談してみるか)

1人でないというのはとても心強い。
シリンひとりだったならば、思いつめてしまっていた所もあったかもしれない。
動けるのは自分だけ、けれどそれをサポートしてくれる存在がある。

「歩いてみるか?」
「ん。けど、なんかこの音だと割れそうでちょっと怖いね」
「慣れれば平気になるさ」

かつんかつんっと歩くたびに音がする。
そのうちばりっと割れそうな感じだ。
シリンはじっと床の法術陣を見ながら、ゆっくり歩く。

(翔太の指輪ほど複雑じゃないっぽい。もしかして、ただ陣が大きいだけ?)

決してこの強大な法術陣が単純なものというわけではない。
シリンの持っている翔太作成の指輪がかなり複雑すぎるだけだ。
あれほど複雑なものが他にもあったならば、この世界の現状はもっと変わっていたはずだ。
翔太にとてつもなく個性的で細かく複雑な法術を組み上げる才能があったからこそ、朱里という国が今でもあるのだ。

「結構大きい船なんだね」
「元は百数十人ほど乗せていた船だったらしいからな」
「百数十人って、結構な大型船なんだ」
「無駄にでかいだけだ。小型の船は、今じゃ殆ど使い物にならないから仕方ないけどな」
「他にも船があるの?」

今のこの世界の科学技術のレベルでは、空飛ぶ船というのは存在しない。
大きなものを浮かす技術がないのだ。
法力ある人は空を飛べるし、空間転移もできるので、そう必要なものとは考えられていないという事もある。

「見たいか?」
「うん、あるなら是非」

恐らくそれも法術が使われているのだろう。
シリンが一番興味があるのは、オリジナルの法術を作ってしまう事から分かるように法術だ。
逃げるために確認するこの船の法術も、結構興味津々で見ていたりする。

「それなら、逃げようとしないで大人しくしている事だな」

それはつまり、船が見たいならば大人しく浚われていろということなのか。
多分そんなことだろうと思っていたシリンは、小さくため息をつきながら、グルドには笑みのみを返す。
何を言われてもシリンは大人しくなどしているつもりはないのだ。


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