WOT -second- 26
誘拐目的は嫁候補探しの為。
奴隷として扱うとか、人体実験とかでなかったのでまだいいかもしれないが、嫁と言えば良い表現に思えたとしても実際はどうなのだろうか。
浚われて無理やり嫁にさせられ、子を孕ませられ産み、そして幸せになった子は果たしてどれだけいるのだろうか。
「俺も聞いていいか?」
「ん?」
シリンはひょいっと顔を上げる。
「法力が少ない無力なフィリアリナのご令嬢。何故、あの時あんな所にいた?」
「あの時ってあの時のことだよね」
「そうだ」
グルドと初めて会った日本での時の事だろう。
何故の場所にいたかと言えば、法術の実験が出来るような広い場所を探していたからなのだが、そんな事を馬鹿正直に言う必要はない。
「簡単に言えば散歩かな?」
「散歩?あんな所へか?」
「そう、あんな所へ」
にっとシリンはグルドを見ながら笑みを浮かべる。
それ以上詳しく話すつもりはない、という意味を込めて。
「呪われた小島と言われている場所らしいが?」
「よく知ってるね」
「あの辺りは父上が詳しくてな」
「父上って…」
「ドゥールガ・S・レサ。俺達種族の中で最も強く、長く生き、里を治めている男だ」
シリンも名前だけは知っている。
かつて翔太と戦ったことがある800年以上生きる獣人。
「ということは、グルドの種族のトップ?」
「少なくとも父上に逆らう馬鹿はいないな」
そんなに強いのか、とシリンは思う。
翔太はあっさりと勝ったと言っていたが、あっさり勝てるようなものなのか。
(でも、会ってはみたいかも)
イディスセラ族よりも恐れられているように感じる彼ら”魔族”。
その長とも言える存在にそう簡単に会えるはずもなく、会えたからと言って仲良く話し合いなどもできないだろう。
彼ら種族は好戦的で完全実力主義、力を示して認めさせないと話すらも聞いてもらえそうもない。
「グルドのお父さんが詳しいって言っても、グルド達はオーセイからあまり出ないじゃないの?」
「そうだな。緊急時でもない限り、殆どはオーセイ方面にいる」
「けどあの辺りに詳しいの?」
「父上にとっては思い入れのある場所らしいからな」
昔翔太と戦ったことが思い出にでもなっているのだろうか。
「じゃあ、今回誘拐事件をティッシで起こしたのはなんで?」
緊急時でもない限り、オーセイ方面にいるというのに、今は何故ティッシにいるのだろうか。
嫁候補誘拐が目的なのだろうが、それにしてもこのティッシまでは遠い。
「さあ?何故だろうな。ここに決めたのは俺じゃないからな」
グルドの視線はガルファへと向けられる。
こちらを気にせずに食事を続けているガルファ。
誘拐事件に積極的にかかわっているようには見えないグルドだが、何の為にここにいるのだろうか。
ガルファの命令に従っているようにも見えない。
「グルドはどうしてここに来たの?」
「ガルファに頼まれたからというのが、一応理由だな」
この言い方では他に理由があるような言い方である。
しかし、ガルファに頼まれてここにいるというのが表向きの理由な以上、それ以外の理由を当のガルファがいる前で言えるはずもない。
「ティッシ軍など、ガルファ1人でどうにでもなるだろうが、万が一の為に同行しろと言われたからここにいるだけだ」
「グルドはガルファに従ってるの?」
「いや?」
「けど、頼まれたからここに来たんだよね」
頼まれたという事を了承したという事は、従っているとは違う事なのか。
「仮にもガルファは兄だ。一応”兄上”の頼みごともたまにはきいてやらないとな」
「え?兄?!」
「母は違うがな。同じ父を持つ異母兄弟だ」
「兄弟なんだ…」
「似てないだろ?」
シリンはその言葉に思わず正直に頷いてしまう。
その反応にグルドはくくっと笑う。
だが、確かに似ていないのだ。
見た目だけならば確かに似通っている所は多そうに見える。
性格と雰囲気が、とてもではないが兄弟には見えない。
「万が一の為の同行って何で?万が一の事があるの?」
ティッシ軍はガルファ1人でどうにでもなるという事は、万が一はティッシ軍の事ではないだろう。
しかし、ティッシで誘拐事件を起こすのに、ティッシ以外の万が一があるのだろうか。
「ティッシは朱里に近い。朱里にはイディスセラ族がいるだろう?」
「グルド達でもイディスセラ族は怖いって思うの?」
「怖いとは思わんが、脅威に成り得る存在となる可能性がある」
それはイディスセラ族を評価しているということなのだろうか。
シリンが知る限り、イディスセラ族が脅威に成り得る理由はぱっと思いつかない。
確かにイディスセラ族の法力は強大だが、それはグルド達種族以上のものではない。
「つい最近だが、ティッシと朱里は同盟を結んだのだろう?」
「うん」
「そして、フィリアリナ家には1人、イディスセラ族が滞在している」
「よく知ってるね」
「ティッシがその情報を隠しているわけではないからな」
ティッシ国内では、朱里との同盟の事実を伝えると同時に、甲斐のティッシ滞在の情報も公式に発表されたはずだ。
少しずつ民に受け入れてもらう為、甲斐の存在は結構知られている。
「ティッシと朱里が同盟を結んだから、万が一を思って来たって事?」
「そんな所だ」
ティッシに手を出して、ティッシ軍だけが出てくるならば対応はできる。
同盟国であるティッシを助けるために朱里の人間まで出てきた場合の事を考えているということなのだろう。
だが、生憎とティッシと朱里はそこまでの関係を築けていない。
今回の事はティッシだけでどうにかするしかない。
「そう言えば”ここ”って、まだティッシ国内?」
「一応な」
一応ということは、ティッシ国内でもはずれの方に当たる場所なのか。
「それじゃあ、ここは建物?」
「いい質問だ」
シリンの質問にどこか嬉しそうな笑みを浮かべるグルド。
地に建てられた建物ではない可能性の方が大きいのだ。
元々ある建物ならば、ティッシで以前から認識されているはずであり、かと言って新しく建物が建てられる時間などもないはずだ。
「これは船だ」
「船?船って海の?それとも空の?」
「空の方だ」
「じゃあ、これって浮かんでるの?」
「ああ」
揺れを全く感じないので、かなり性能がいい船なのだろう。
だが、今の時代はそんなものを作る技術はなかったはずだ。
となると、これは過去の大戦時代に作られた遺産なのだろうか。
「明日船内を案内してやろうか?」
「いいの?」
必要ならば、こっそり部屋を抜け出して探検すべきかと思っていたが、グルドから言われる方が堂々と見れるので助かる。
「明日も同じように食事の場に来てくれるならばな」
「ここで食事をしろってこと?」
「そうだ」
シリンにとって、彼らの中で食事をする事に抵抗感はあまりない。
「そのくらい全然構わないよ。けど…」
「けど?」
「普通に座りたいかなぁと思ったり」
グルドの前にちょこんっと腰を降ろしているシリンだが、この体勢ではグルドとは話しにくいし、なんとなく恥ずかしい。
ぽすんっとグルドへと寄りかかっているのに言える台詞ではないが、シリンとしてはできれば普通に座りたいものである。
「俺はこのままがいいんだがな」
すっとグルドの腕が背後から伸び、シリンを優しく抱きしめる。
9歳のシリンの身体は、成人をしているだろうグルドの腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
「この体勢の方が…」
ふっとシリンの耳元にグルドの息がかかる。
顔が近い、とシリンが思った瞬間、ぱくりっと耳たぶを軽く噛まれる。
「にょはぅ?!」
思わず反射的に奇妙な声を上げて、シリンは噛まれた方の耳を隠すように手で覆う。
人間というのは本当に驚いた時には、可愛らしい悲鳴などあがらないものである。
「色々楽しいしな」
「な、な…!」
噛まれたといっても、牙をたてられたわけでもないので痛くもなかった。
「案外初心な反応だな」
意外だとでも言うようなグルドの言葉。
シリンとしては、噛まれてこれ以外の反応を期待する方がおかしいと思える。
抱きしめられたくらいで慌てはしないが、流石に予想外の事をされれば誰だって驚くに決まっている。
耳を噛まれるなど誰が予想するだろうか。
「逃げようとするなよ、シリン」
ふっと真剣な表情になるグルド。
少し冷たいと感じるような雰囲気だ。
「どうして?」
誘拐されたのだから、逃げたいと思うのは当たり前なのではないだろうか。
この場でのんびり会話をしている事を棚に上げているかもしれないが、シリンは大人しくこのまま連れ去られるつもりは全くない。
「俺達は生憎と手加減というのが苦手だ」
「手加減と逃げるなと何の関係が…」
「逃げられたら捕まえるのに、手加減せずに力を加えて骨の2〜3本折るかもしれないからな」
浚われたのは10歳前後の少女で、誘拐したのは成人しているだろう体つきの獣人達。
彼らに力いっぱい腕を掴まれれば、浚われた少女たちの腕は折れてしまいそうなくらい脆いものなのだろう。
「怪我をしたくないなら逃げるな、ってこと?」
「大人しくしていれば危害は加えないさ」
浚われた子達の精神状態はともかく、確かに身体に危害を加えられているようには見えなかった。
子を産んでくれる花嫁候補達を、傷つけるつもりはないということか。
しかし、誘拐されて逃げるチャンスがあった場合、大人しくしている人など果たしているだろうか。
(つまり、逃げる時失敗はできないってことだよね)
逃げる事に失敗して、ただまた部屋に閉じ込められるだけならばいい。
だが、それだけでは済まないとグルドは言っているのだ。
シリンが行動するにしても、正確な情報を集め、整理し、動かなければならないだろう。
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