WOT -second- 26.5



グルドは怯える事もなく、普通に食事をしている目の前の金髪の少女を観察する。
自分の膝の上に座らせている為表情は良く見えないが、人間らしくなく自分達に対する恐怖というのが全く見えない。
不思議なものだと思う。

(どうすればこんな不思議な感覚の女が育つんだ?)

グルドは心底不思議だった。
法力が小さく学院に通えず、魔族の存在を知らずとも、その姿を一目見れば怯えるのが人間というものである。
法力の大小が分かるのならば尚更だ。
しかし、シリンはどちらも違った。

初対面では警戒。
2回目の対面では驚きと警戒。
しかしそこには、グルドの知る人間が彼らを見て抱く恐怖の感情は全く見えなかった。

シリンの食事がストップする。
どうやら食事の量に満足したのだろう。
グルドから見ればもっと食べてもいい量しか口にしていないと思うのだが、こんな小さな身体では食べる量もたかがしれているのか。
グルド達の殆どはすでに食事を終わらせており、ガルファをはじめとする比較的年長者の獣人はすでに部屋に引きあげている。
この場に残っているのは、グルドとゲイン、そしてあとゲインとそう年の変わらない比較的若い獣人2人だ。
シリンはゲイン達の事が気になったのか、そちらに視線を向ける。
すると彼らはぱっとあからさまに視線を逸らす。

(…若いな)

彼らの反応にグルドは内心苦笑する。
シリンはどうも不服そうだ。

「あいつらは若い。人間の女など母親くらいしか知らないからシリンの事が気になるだけだ」
「若いって…」
「30にも満たないやつは十分若い部類に入るからな」

長寿な彼らにとって30歳などまだまだ若造のレベルだ。
寿命が人より長い彼らは、一人前とみなされるまでの期間がかなり長い。

「人間の女の人って珍しいの?」
「嫁に来た女は殆ど家から出ないからな。里の中で見かける事も殆どない」

夫となった相手にすら恐怖を抱く妻。
自ら腹を痛めて産んだ子にさえも恐怖を抱く。
母親に抱きしめられた事のある者が、果たして何人いるだろうか。
母親と会話ができるだけましという状況は、シリンには分からないだろう。

「お嫁さんに来た人たちは引きこもっちゃってるの?」
「家の外には恐怖の対象がゴロゴロいるから、出るに出られないんだろ」

男達は農作業もすれば、対オーセイ軍の為の訓練もする。
里での行動制限などなく、里の中は獣人だらけだ。
その中を1人で堂々と歩く人間の女などいないだろう。
恐怖で顔を引きつらせながら、夫に引きずられるように歩く女をたまに見かけるくらいだ。
グルドはふとシリンの表情に気付く。

(何で、お前がそんな表情をする)

この言葉で、少しだけ里の現状が分かってしまったのだろう。
シリンが悲しそうな表情をするのは同情かもしれない。
だが、その同情すらも人間は彼らに向ける事はないのだ。

「そういう顔をするな」

ぽんっとシリンの頭に手をおき、優しく撫でる。
シリンは大人しくそれを受け入れてじっとしている。
普通ならば振り払われて当然の手を、シリンは素直に受け入れてくれる。

「俺達に対して、シリンのような態度をとる方が珍しいんだ」
「そう?」

どこが不思議だとでもいうように、反対に首を傾げるシリン。

「全身を毛に覆われた獣の姿、そして人在らざる者の証とも言える金色の瞳。シリン、お前はこの姿を見てどう思う?」

人間とは明らかに違う姿。
異形だと言う証かのような、人には存在しない金色の瞳。
その気になれば素手で人を引き裂く事すら可能な爪。
かぶりついてかみ殺す事もできるだろう牙。
これを怖がらないシリンが不思議で仕方ない。

シリンは少し考えこむような仕草をした後、こくりっと首を傾ける。
どんな返答が返ってくるかグルドは少し緊張する。

「思う存分撫でくり回したい?」

返ってきた言葉は思いがけないものだ。
一瞬グルドは何を言われたのか分からなかった。
こちらの話を聞いていたのか、若い3人組みはぶはっと吹き出している。
その反応に戸惑ったのはシリンだ。

「え?え?なんかまずい?」

自分の言った言葉の意味を理解していないかのように問うてくる。

「…別の意味でマズいと俺は思うぞ」
「え?なんで?」

やはり不思議そうに首を傾げるシリン。
シリンには他意はないのだろう。
ただ、そこにあるのは恐らく純粋な好奇心と好意。
シリンは、まずい?と吹き出した3名に視線を向けて聞いていた。
当然の事ながら3人が3人とも何故か大きく頷くのだ。

「思っていてもやっては駄目っす!」
「そうです!かなり危険行為です!」
「何が起こるか分からないですよ!」
「もしかして、そっちの種族では決闘申し込む動作とかになったりしてるとか?」
「いや、そうではないんですが…」
「そういう危険ではなくて…」
「もうちょっとオレ達に危機感を持って欲しいです」

撫でくり回すという事は、身体に直接触れると言う事である。
毛はあっても服を着ているように、彼らにとって毛のある場所は肌なのだ。
その肌を撫でまわされる。
しかも、人間の少女に、だ。

(…完全な生殺しだよな)

無自覚でそれをしたいと思っている所がタチが悪い。
誘っているわけではない事が分かるから、触られている方はそういう気分に引きずり込まれそうになるのを我慢するしかない。

「何でまた、撫でまわしたいとか思うんだ?」

理由は想像つくが、一応聞いてみる。

「こう、なんというか…もっふもふのふわふわ」

くるりっと身体の向きを変えて、じっとグルドの胸へと視線を固定させるシリン。

(…俺はフィリアリナ家の教育がどうなっているのか強い疑問を感じるぞ)

どうすればこんな感覚を持つ令嬢が育つのだろう。
シリンは一応誘拐された立場だ。
乱暴な事はしていないと断言できるが、ここまで警戒心ゼロというのはどうなのだろう。
グルドは深いため息をつかずにはいれなかった。

「別に触るのは構わないが…」

そこまでじっと見られてしまっては、そう言うしかないだろう。

「いいの?!」

ぱっと顔を輝かせるシリン。
その表情にグルドは頭が痛くなる。

(何でそう無防備なんだ…)

相手がグルドだからいいが、若い獣人達なら理性が吹っ飛んでいてもおかしくない満面の笑みである。
元々人間の女に満面の笑みなど向けられる事が殆どない彼らからすれば、シリンの笑みは破壊力抜群だろう。

「グルド様、いいんすか?」

おずおずとゲインが聞いてくる。

「悪意があるわけじゃないからいいだろ」
「ですが、撫でまわされるというは…」
「何だ?お前らがシリンに撫でまわされたいのか?」

ニヤリっと笑みを向けてからかってやる。
しかし、若者3人組みはぎょっとした表情をして、一斉に首を横に大きく振った。

「「「む、無理です!」」」

声を揃えての断りの反応。
そういう反応が返ってくるだろう事は分かっていた。
シリンを見れば、グルドの胸にじっと視線を固定させたまま手を構えて待っている。
ドキドキ緊張している様子が表情から分かるのだが、はっきり言って、今からする事といい、その表情といい、誘っているようにしか見えない。

(里についたら、それについてしっかり常識を叩き込ませないとどうなるか分からないな)

勘違いした相手がシリンを襲う事があるかもしれない。
だが、シリンが弱い訳ではない事をグルドは知っている。
そこでシリンが相手を返り討ちにしてしまう可能性の方が高い気がするのだ。
そうなればかなり大きな問題になるだろう。
彼らに対して法術で対抗できる嫁など前代未聞なのだから。

「本当にいいの?触っていいの?撫でてていいの?」

当のシリンは全くそんな事は考えていないようで、ワクワクした様子でいっぱいである。

「別に構わないが、変な所までは触るなよ」
「うん、気をつける」

きちんと聞いていたのか分からないが、頷いたのを確認したので変な所まで触る事はないだろう。
グルドの胸に手を置いて、さわり心地を少し確認するとシリンは凄く幸せそうな笑みを浮かべる。
そして照れたようにグルドの胸を撫でるのだ。

ざわりっと身体の中から熱が湧きあがってきそうになるのを、どうにか理性で押しとどめるグルド。
彼ら種族は本能的なものが強い種族だ。
誘われればすぐに応える事が出来るように、欲望もかなり本能に忠実。
自分が嫌っていない相手に誘われるような事をされれば、熱が湧きあがってきてしまう。
それを理性で止める事は可能だ、可能だが精神的な疲労でてくる。
大きなため息が思わずこぼれる。

(撫でるってことは、愛撫しているってことだって分かってないんだろうな)

まだ10歳にも満たない少女だ。
そんなつもりなど全くない事は分かる。

「うりゃっ!!」

突然シリンががばりっとグルドの胸に抱きついてくる。
頬をぺったりとグルドの胸に押しつけるようにして、ぎゅっと抱きつく。
シリンの手がグルドの背にまわり、身体全体を密着させるように抱きついている。
突然の事で、流石に固まるグルド。

「あったかい〜」
「………そうか」

グルドはそう一言発するのがやっとだった。
幸せそうに頬を摺り寄せてくるシリン。
理性で自身の熱を抑え込むグルド。
ゲイン達だったら、グルドと同じような対応はできないだろう。
グルドが客観的に見て冷静に見えるのは、年齢を重ねている分理性が強いだけだ。

ふふっと笑みを浮かべながら幸せそうにグルドに抱きついているシリン。
触れてもいいと許可したのは自分だ。

(5年後、盛大に啼かせてやろうか…)

確かに許可したのは自分だが、あまりにも無防備なシリンに、子を産める女として成長した頃、本当に襲ってやろうかと思うグルド。
その行動をグルドが実際起こすかどうかは別として、今のシリンはそんな可能性など微塵も感じていないのだろう。
ただ、純粋に毛並みを堪能しているだけにすぎない。

若者3人の羨ましい半分同情半分の視線を向けられ、グルドはしばらくそのままの体勢でシリンが満足するまで我慢したのだった。


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