WORLD OF TRUTH 07
カイの身体を治したその体で、シリンがまた法術などを使えるはずもなく、カイの手錠の法術解除は次の日に持ち越された。
その日はシリンは牢屋から抜け出すので精一杯だったのだ。
相当疲れていたのだと、夜自分の部屋でベッドに入ったときに実感した。
「とりあえず、これ渡しておくね」
シリンは飴玉のような小さな半透明の球体を2つほどカイに渡す。
カイは受け取ったものの、ものめずらしそうにそれを眺めている。
「何だこれ?」
確かに見た目だけでは半透明の球体、ビー玉のようにか見えない。
「法術が組み込まれたガラス玉」
「何の法術なんだ?」
「発動すれば分かると思うけど、逃げる時に誰かに見つかったらかく乱くらいにはなると思うから、使ってみて。効果も知りたいし」
「…まさか使ったことないのか?」
「うん」
シリンは迷わずきっぱりと頷く。
これは念の為のようなものである。
「大丈夫、理論上は簡単な火花が散るだけだから。失敗しても、威力が予想以上に小さいか大きいかの違いだよ」
「ちなみに、理論上の威力ってどのくらい?」
「それは使ってからのお楽しみ」
にっこりとシリンは笑みを浮かべる。
本当はシリンが屋敷を抜け出す用で作ったのだが、威力の調整が上手くいかないので作ったものは使わないでとっておいたままだったのを思い出したのだ。
何もないよりも何かあったほうがいいだろうと思って持ってきておいた。
一般市民相手ならともかく、軍に見つかりでもしたらそれが通用するかどうかはかなり怪しい所だろうが。
「一応ありがたく貰っておくよ」
「うん、そうして」
シリンはふぅっとひとつ息を吐く。
「それじゃ、先に説明するね」
術者にはバレるが、バレると同時に法力封印の法術解除が出来る方法。
これで正しいはずなのに、シリンは緊張していた。
違っていたらどうしようという思いがないわけではない。
「大丈夫なのか?」
「確実とは言えないけど色々考えてみた結果たどり着いた結論だから、解読方法はあってると思う」
「いや、オレが言いたかったのはそれじゃなくて、シリンの方だよ」
シリンはカイの方を思わず見てしまう。
てっきり解除方法があっているのかを確認したのかと思っていたが、違うのだろうか。
「解除と同時に術者にバレるってことは、シリンもここにいたのがバレるんじゃないか?オレを逃がすのに協力したのがバレたらまずいんじゃないのか?」
「大丈夫だよ、そのあたりなら考えてあるから」
それを考えずにこんなことをしようとはしない。
ここから学院、そしてフィリアリナ家の屋敷まではそう離れていない。
カイがすぐに逃げてくれれば、シリンはここから離れやすくなる。
「いくらシリンが頭よくても、クルス・ティッシを甘くみるのだけはやめておけよ」
「へ?」
シリンはきょとんっとした表情になる。
クルスを甘くみるなという言葉は分かる。
確か彼の年齢はカイと同じ16歳のはずだ。
その年で軍の副将軍という位にいる。
副将軍という位は、軍で1人だけではないのだが、その若さでその位に就く事ができたのは、決して王の弟という強みだけでなく、相応しい実力があったからだろう。
「あの、カイ?今なんて言ったの?」
「だから、クルス・ティッシには…」
「いや、それは分かってる。その前」
「シリンが頭が良いって事か?」
(な、何を言っているんだ、この子は?!)
あまりの勘違いに頭を抱えてしまうシリン。
どこをどう考えたら、自分の頭が良いことになってしまうのか。
言葉を覚えるのが遅くて物覚えが悪いと言われたことがあっても、シリンとしても香苗としても頭が良いと言われたのは初めてだ。
「7歳で法術の解除もできて、そんだけのこと考えられれば十分頭が良いだろ?」
(そりゃ、7歳にしては優秀な方に分類されるんでしょうけど、一応精神年齢は16プラス7ということで、23になるからそう思うと結構微妙なんだよね)
シリンは巨大なため息をひとつつく。
弁解しようにも、自分は本当は23歳の精神年齢なのでとは説明しても理解できないだろう。
誤解させたままなのは悪いが、誤解を解くのも面倒だ。
「まぁ、いいけど…」
シリンはカイの腕に嵌められた手錠に自分の手を添える。
「んで、方法の説明だけど、法術の仕組みを今から浮かべるから、浮かんだ法術の中に赤い部分があると思うから、そこを壊して欲しい」
「浮かべる?てか、壊すってオレ法力使えないんだけど」
「分かってる。今から私がするのは、これに使われている法術を薄く広く伸ばす事。伸ばすと、多分全部で7つ支点が見えると思うから」
「そこを壊せばいいんだな」
「そう。薄く広く伸ばす事で、内側からその支点部分を同時に壊せば解けるから」
「へぇ〜」
凝縮してあるから見にくく分かりにくいだけで、それを広げてやれば法術の解読というのは結構分かりやすい。
ちなみにシリンでは支点部分全部を1度に壊す事は無理だ。
こういう時は自分の法力の少なさがちょっと悲しい所だ。
「法術ってどんなものでも支点ってのがあるから、解く為にはその支点を全部壊せば法力封じのものだろうと何だろうと解くことが出来る」
「そうなのか?」
「法術を人間に例えるとね、急所でないところを攻撃してもあまり効かないけど、急所を殴れば一撃必殺でしょ?」
殴られようとして防御されれば効かない。
しかし、急所に攻撃が当たれば相手はノックダウン。
法術の支点というのは、人で言う急所のようなものだ。
「慣れてくると法術を広げなくても支点のみを壊す事ができるはずなんだけど…」
「難しそうだな」
「うん、難しいと思う」
法術を使った戦いでそんなことなどしていられないだろう。
1秒という短い時間で勝敗が決まってしまいかねないのが戦いというものだ。
「とにかく法術を広げるから、カイは赤い部分を壊してね。法術を広げることによって法力封じが多少は弱まるから」
「分かった」
「それから、法術を広げた時点で相手にバレるかもしれないから、即効でよろしく」
「はあ?!ちょっと待った、広げた時点でって…!」
「う〜ん、だって、これかけたのクルス殿下かもしれないんだよね?流石に王弟殿下を誤魔化せる自信はない」
カイの所にクルスが来ていたということは、これをかけた術者がクルスである可能性も捨てきれない。
「だから、よろしくね」
「よろしくって…、それってかなり危険なんじゃないのか?!」
「大丈夫だって」
シリンは明るく言う。
バレたらバレたで仕方ない。
大体言葉だけでは証拠になりえないはずだ。
バレた時は自分の噂と身分を最大限に利用させてもらうつもりだ。
法力が少ないシリンに法術を解くことなど出来ない、名門とも言えるフィリアリナ家の娘を裁判沙汰になど出来ない等。
(どうにかならなかったらならなかったで仕方ないし)
シリンはカイを助けたいと思った。
だから、カイを助けることができれば、ここから無事に出すことが出来ればそれで十分だと思っている。
「じゃ、始めるから」
シリンは自分の手に触れているカイの手錠に集中する。
法術を広げる為に使う法力は大したものではない。
これはその法術の理論を理解していることが最も重要なのだ。
「汝の本来の姿を現したまえ」
手錠に刻まれた文字がふわりっと浮かび上がる。
その文字はバラバラといくつもの文字に分かれ、その文字が白い光となって浮かび上がる。
文字の羅列。
それがこの法術の理論全てだ。
ふわりっと全てが浮かび上がり、白い光の文字の中に赤い文字が7つ見える。
「カイ!」
呆然とそれを眺めていたカイだが、シリンの声にはっとなり、法力を振るう。
言葉など必要ないだろう。
力が風のように舞い、赤く光る文字へと衝撃波となって襲い掛かる。
―ぱきんっ
金属がまっぷたつに折れたような音がした。
カイを拘束していた手錠がカイの手と、そして法術を開放する。
途端に押し寄せるカイの本来持つ法力の圧迫感。
(うわ…すごっ)
セルドの全開の法力も少しだけ見た事があるが、それよりもすごいかもしれない。
最もシリンが見たセルドの全開の法力は5歳の時のものなので、今はもっと成長しているかもしれないが。
どんっ
法力開放の勢いのまま、カイは壁を吹っ飛ばす。
壁は崩れ、室内を太陽の光が一気に照らす。
シリンは自分もここを出なければと思い法術を使おうとしたが、ぐいっと自分の体が引っ張られて浮くのが分かった。
「のわっ?!」
どうやらカイに腰を抱えられて一緒に飛び出したらしい。
視界が暗い牢屋の中から青空へと変わる。
浮かぶ身体と、その身体を支えているのはカイの一本の腕。
結構怖いものがある。
カイはそのまますとんっと近くに着地して、シリンの足を地につける。
「シリン、本当に助かった」
「え?あ、…いや、成功してよかったよ」
「ほんと、お前のお陰だ」
太陽の下でカイが嬉しそうな笑みを浮かべる。
こうして太陽の下でカイを見ると、本当に整った顔立ちだというのが分かる。
「そんなこと…、あ、それより、早く逃げないと!」
「あ、そう…だな」
ほんの少しだけ困ったようなカイの表情。
あれだけ派手に牢屋をぶち壊したのだから、音を聞きつけて誰かが来るのは間違いない。
どちらにしろ術者にはバレてしまっただろうから、急がなければ見つかる。
カイはシリンの肩に手を置いて、唇でシリンの額にそっと触れる。
「感謝の印」
照れたような笑みを浮かべるカイ。
額に触れた感触にシリンは顔を少しだけ赤くする。
まさか、そんなことをされるとは思っていなかった。
「またな、シリン」
ばっとカイは風をまとって飛び上がる。
ふわりっとシリンは頬に風を感じる。
カイの姿はすぐに見えなくなる。
あれだけの法力を持っていれば、逃げることくらいは簡単だろう。
1度捕まったのだから、警戒心もちゃんと持っているだろうし。
(無事に逃げてよね)
シリンはカイの唇が触れた額にそっと右手を当てる。
カイが逃げてくれたことにほっとすべきなのに、嬉しいべきなのに、心を満たすのは違う感情だった。
(心が……痛い)
心の痛みを自覚して、シリンは自分の頬に伝う涙に気づく。
ぼろぼろっと留まることなく流れてくる涙。
悲しい、そして寂しい。
(私、カイと別れるのが、会えなくなるのが嫌だった?)
よく考えてみれば、分かるかもしれない。
面倒なことが嫌いなシリンがどうしてカイの手錠の法術を解こうと思ったのか。
最初は興味本位だった。
でも、今日とった方法はシリンも共犯者だとバレかねない方法で、危険なことだった。
そうまでしてカイを逃がしたかったのは…。
(そっか…)
暗い牢屋に閉じこもったままにしたくなかった。
太陽の下に出て欲しいと思っていた。
そして、これ以上傷ついて欲しくなかった。
(私、カイが好きになってたんだ)
別れて、もう会えないかもしれない状態になってから気づくなんて、自分はなんて馬鹿なんだろうと思う。
それでも、カイが無事に逃げてくれたことが救いかもしれない。
会って話した時間はそんなに長くなかったけれども、一緒に話した時間がすごく楽しかった。
ずっとこうしていられたらと心のどこかで思っていたかもしれない。
そんなことは無理だと、知っていたはずなのに。
「出会えたことに感謝を」
楽しい時間をありがとう、と。
一緒に話をしてくれてありがとう、と。
会えなくなると思う悲しみよりも、出会えたこの時間に感謝をするべきだろう。
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