WORLD OF TRUTH 00



紫藤香苗は、普通の女子高校生だった。
いや、普通の基準は最近が変わってきているので、比較的真面目な女子高生と表現すべきだろうか。
髪を派手な色に染めるわけでもなく、かといって真っ黒のままでもなく。
携帯を持ち、バイトをし、友人と楽しくおしゃべりをし、気が進まないまでも勉強をしながら、日々を過ごす、そんな普通の女子高校生、16歳だ。

「進路希望調査ね…」
「香苗は進路決めてるの?」

高校の教室の中、放課後残って友人と一緒に1枚の紙と睨めっこである。
香苗ももう高校2年になった。
そろそろ進路を決めても良い頃なのだろう。

「全然〜。将来のことなんて、全然考えられないよ」

シャープペンをくるくる手の中で回しながら、香苗は紙をじっと見る。
進学か就職か。
幸いというか、香苗の通っている高校は進学する者が半数以上いるそこそこの進学校である。
就職難なのは変わらないようで、就職が厳しいならばと専門学校や短大への進学を希望する人も多いらしい。
流石に四大へ行くには、成績が上位の方でないと無理なようで、香苗がもし進学するならば、専門学校か短大になるだろう。

「働くのも考えられないし、やっぱり進学かな」
「あたしも進学かも。無難に短大かなぁ」

香苗の言葉に、友人も同意したようで2人同時にカリカリっと紙に書く。
進学か就職か選ぶとすれば進学。
進学を選ぶのならば、次は志望校、もしくは志望学部等を記入しなければならない。

「なんで、まだ2年、しかも前期なのに、進路希望調査なんてあるんだろ」
「まったくだわ。こんなの3年になってからでいいじゃない」
「就職難が続いているから?」
「かもね」

香苗は志望学科など全然決めていない。
教科でも飛びぬけてできる教科があるわけでもなく、勉強はどちらかと言えば苦手だ。

「香苗の得意教科って、化学と日本史だっけ?」
「得意って程ズバ抜けてできるわけじゃないけどね」
「でも、授業聞いているだけで、テスト勉強殆どしないのに平均点以上ってのは十分得意教科よ」
「殆どって一応ちゃんと勉強しているって。そっちは、数学が得意なんでしょ?」
「そうなんだけど、あたし理系に進みたいわけじゃないのよね。香苗の場合は、化学と日本史じゃ、どっちに進んでも微妙よね」

はぁと同時にため息をついてしまう。
そもそも希望の学部を聞かれたからといって、どんな学部があるのかも知らない。
その為に大学一覧の本もあったりするのだが、大学名を見たところで分かるわけでもない。

「近くの大学が一番かな?」
「その大学が、あたしたちが入れるレベルならばいいけどね」
「確かに…」

この進路希望調査の紙は今日提出しなければならないものだ。
昔から進路を決めてある人は、紙を貰ってすぐに提出したらしい。
他にも図書室に篭ってこれを書いている人もいたり、部室で悩みながら書いてる人もいるだろう。
2人は、運動部に所属しているわけでもない、写真部という活動をしているのか分からない部活に所属しているので、放課後は基本的にヒマなのだ。
今日は進路希望に頭を悩ませて、日が暮れてしまいそうだ。

カタカタ

机が揺れるような音が聞こえる。

「香苗」
「うん、揺れてる」

カタカタと小さな揺れだが、机が揺れているのが分かる。
2人は慌てずにその場でじっとしている。
学校が揺れているのではなく、地面が揺れているのだろう。
しばらく待っていると、揺れはおさまる。

「最近多いね、地震」
「でも、日本は地震大国よ。別に多くても不思議じゃないでしょ。幸い揺れは小さいものばっかりだから被害は殆どないわけだし?」
「それはそうだけど…、最近本当に多し」
「確かに数がね」

2人がこの小さな地震に騒がなかったのは、慣れているからである。
ほんの3ヶ月前くらいからだろうか、小さな地震が起きるようになったのは。
どうやら日本だけでなく、アジア地方全域に起こっている地震らしい。
巨大な地震の観測はまだされていず、小さな揺れを僅かに体感できる程度のものばかりである。
ただ、数が多い。
これで何回目だっただろう。

「今のあたしたちの問題は、起きるかどうか分からない大地震よりも、進路希望調査よ!」
「う〜ん、終わるかな?」
「終わらせなきゃ、帰れないわよ」
「図書室行く?」

進学希望と決めたはいいが、大学名がぱっと浮かぶわけでもなし、調べるしかないだろう。

「別に書いた希望大学とかに必ずしも行かなければならないわけじゃないからさ、調べて目についた大学を適当に書こう」
「それしかないわね」

がたんっと音を立てて、2人が立ち上がった瞬間、また机がカタカタ音を出し始めた。
再び地震のようである。

「今回は随分と感覚が短いね」
「こんなにすぐに地震が続くのは初めて……」


ずんっ


何かがズレるような音と、一瞬自分の体が浮いたかのような感覚を覚える。
足が床から浮き、そしてとんっと再び床に足が着いた瞬間、今度は学校全体が大きく揺れる。

「何?!」
「小さい地震じゃないの?!」

立っていられなくなるほどに大きな揺れになり、教室内にある机と椅子が滑るように動く。
2人はふらふらっと歩きながら、壁際になんとか移動して、転ばないように壁に寄りかかりながら座り込む。
揺れが大きくて立っていられない。
パラパラっと天井の破片らしきものが上から降ってくる。

「学校、潰れない、よね?」
「そう願いたい、わね」

ガタガタ揺れる机。
ぴしりっとひび割れてくる天井と床。
そして…、パリンッと音を立てて蛍光灯が割れる。

「きゃっ!」
「やっ!」

蛍光灯の破片が机に降り注ぐ。
ぶつんっと明かりが全て消え、教室内は外の夕日の明かりに照らされる。
真っ赤な夕日に照らされた教室内は、燃えているように見えぞっとする。
揺れる机と大地。
この揺れが早くおさまってくれと祈ることしか出来ない。
天災に比べれば、人の力などちっぽけなものだ。
こうしてじっとしながら、過ぎ去るのを待つしかない。


どのくらい時間が経ったのだろう。
香苗は友人と手を繋いでいたのだが、その手が汗を書いている事に気づく。
そして、地震はいつの間にかおさまっていた。
どうやら校舎が崩壊することはなかったようである。

「おさまった…?」
「みたいね」

ゆっくりと教室内を見回す2人。

「とにかく外に出るわよ」
「うん、崩れるかもしれないしね」

かばんはそのままに、2人はその身ひとつで校舎の階段へと向かった。
教室は3階にあり、飛び降りることは無理だ。
階段で急いで降りて外に出るしかない。


ずんっ!!


階段を急いで降りていた2人に、大きな揺れが再び襲い掛かる。
校舎内に残っていた他の生徒達が同じく階段を駆け下りていくのだが、皆その揺れに足を止めざるを得ない。
がくんっと大きく沈むような感覚。

「いま…」
「香苗!上!」
「え…?」

友人の言葉に上を向いた時にはすでに遅く、階段が振ってくるのが見えた。
逃げようと思うこともなく、ただその事実に驚き恐怖で足が動かない。

「きゃああああ!!」

その声は自分の声だったのだろうか、友人の声だったのだろうか。
それすらも分からないほど、頭の中は混乱していたのだろう。
視界が真っ暗に覆われて、意識が途切れるのだけは分かった。

理解したのは、自分は死んだのだという事だけ。
そして、友人は無事だろうか、と思ったことを”覚えて”いる。
痛みも苦しみも感じなかった。
死への恐怖を実感する前に意識は消えてしまった。

紫藤香苗、享年16歳。
彼女の一生は一度ここで終わる。


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