禁呪回収02
魔物から身を守る為にかけていた魔法も、水中で息が出来るようにしている魔法も全ての魔法を解き、全ての魔力をレイは1つの呪文に集める。
あふれ出た魔力を多いつくすほどの魔力が必要だ。
『ラス』
レイの身体から魔力が一気に溢れる。
魔力の多さで水が振動する。
自身の魔力で持って、水晶球からあふれ出る魔力を多い尽くす。
レイの瞳は閉じられ、目の前の水晶球のみに集中する。
『ロゥ』
これは殆ど時間との戦いになるだろう。
場所は水中、人はずっと水の中に居続けることはできないのだから。
『スルゥ』
レイの杖を握る手が少し震えてくる。
限界までの魔力を引き出しているのだ、これのコントロールをするので精一杯。
自分の魔力を全力で引き出して魔法を使うのは何年ぶりだろうか。
昔は父から言われて修行でそうする事もあったが、旅の間で全魔力をかけるほどのことは殆どなかった。
(もう少し…)
あふれ出た魔力は、レイの魔力で包み込めるほどのもの。
その事に内心ほっとする。
それでもギリギリだ。
だから、少しずつ包み込んだ魔力を凝縮していく。
キィンっと強大な魔力が凝縮していく音が響く。
果たしてそれは本当に音なのか。
強大な魔力が2種類あることで、なんらかの反発が起きていることでそんな音が聞こえているような気がしているだけかもしれない。
とにかくレイは魔力の凝縮だけに集中していた。
手に握る杖の感覚も、水の中で空気を取り込めずにいる息苦しさも、魔力を使い切ったダルさも、感覚が殆ど麻痺しかけている。
それほどまでに今行っている魔法に集中している。
どのくらいの間それをしていたのかは分からない。
窒息しないという事は、思ったよりも短い時間だったのかもしれない。
あふれ出てきていた魔力を、全て水晶球に戻し、魔力がほんの僅かですら零れないように封じ込める。
こうしておけば、守りの魔法も働かず、魔物が発生することもないだろう。
― カチリ
鍵を書けるような音を響かせて、完全に魔力を封じた。
それでほっとしたのか、レイは身体から力が抜ける。
(水から上がって、魔力回復しないと。でも…)
水から這い上がる力も残っていないのかもしれない。
水の中に浮く水晶球と自分の手が見えた。
ぼんやりと目に映るものが霞んでいる気がする。
― 随分と無茶をしますね
頭の中に響く声。
(だれ?)
聞いたことのある声で、先ほど水晶球の魔力を開放するということをしでかした魔道士だろうことは頭のどこかで分かっていたのに、レイの頭の中には疑問が浮かんだ。
ここで警戒をしないのはあまりにも危険だ。
この声の主が、今のレイの状況を生み出した本人なのだから。
そして恐らく魔物の大量発生に大いに関わりがある魔道士。
レイをこのような状態に陥れたのだから、この状態のレイを倒すことくらいは楽だろう。
― あまり無茶をすると
(すると…?)
でも、頭に響く声に含まれた感情が、決して冷たいものではないと思ったのは気のせいだろうか。
人を犠牲にした召喚陣を作っただろう魔道士だというのに、声に暖かいものを感じたと思ったのは間違いだろうか。
「父親に怒られますよ」
最後の声だけは耳元で聞こえた気がした。
頭の中に響く声ではなく、まるですぐ側にいるかのように。
そしてひやりっとしたものが、額に触れた気がした。
気持ちがよくて、レイはゆっくりと目を閉じる。
何故かそのひんやりとしたものに安心してしまったのだ。
額からゆっくりと流れてくるのは僅かな魔力。
それでも殆ど魔力を使い切ってしまったレイにとって、それは十分な量だ。
魔力が身体に満ち、沈み始めていた意識が引っ張られるように浮かんでくる。
ぼんやりとしていた思考が徐々に戻ってくる。
(私、何してたっけ?)
一瞬自分が今まで何をしていたのか分からなくなっていた。
しかし、置かれた状況にはっとする。
ぱちっと目を開いて、まだ水中に居る事に気づいたとたんに息苦しさが襲ってくる。
「…ぐっ」
レイは顔を顰め、目の前にふらふら漂っている水晶球を掴むと、水上目指して水を蹴る。
水晶球が沈んでいた場所は、思ったよりも低くないようでばしゃっと音を立てて顔を水上に出し思いっきり空気を肺に入れる。
「…っはぁ!」
勢い良く吸い込んでしまったからか、けほけほっと少しむせる。
ゆっくりと息を整えて、周囲を見る。
天上も床も崩れた様子はないところを見ると、なんとか間に合ったようだ。
お陰で魔力はすっからかんなのだが、とりあえずよしとしよう。
(でも、あの声…)
まさか、あの場所であの声を聞くとは思わなかった。
魔物の大量発生関係の場所にだけ関わってくるかと思っていたが、どうも自分は目を付けられていたのか。
確かに古代精霊魔法を使えるレイは、普通に考えても敵にまわすとなると厄介な存在であることは確かだろう。
(助けてくれた?)
水晶球に魔力を封じ込めた後に聞こえた声は、どこか暖かさを持っていた。
だが、自分を助けることで何のメリットがあるのだろう。
レイは良く分からず首を傾げるだけしかできない。
(私を殺そうとして、水晶球の魔力を放出するようにしたはずなのに?)
それから、父のことが出てきた。
あれでは自分の魔法の師匠が父であることを知っているかのような言い方ともとらえることが出来る。
まだ子供と言っていいレイを心配する対象が両親であり、たまたま父親であったということなのかもしれないが…。
「まさか…お父さんの知り合い?」
父の知り合いなのだろうか。
レイは父の交友関係を全て知っているわけではない。
親しい友人がいるらしいことは聞いた事があるが、レイは会った記憶がない。
どうやらかなり幼い頃には会った事があるらしいのだが、レイの記憶にはないのだ。
父ではなく母の知り合いで、レイの魔法の師匠が父であることを知っていたという線は薄いだろう。
何しろ言葉にしたのが”父親”だ。
母の知り合いならば”母親”という言葉が出てくるはずだ。
「駄目だ、考えがまとまらない」
レイは軽く頭を振る。
魔力の使いすぎもあるが、身体がとても疲れている。
このまま水に身を任せて寝てしまいたいくらい、身体が休息を欲している。
ぱしゃぱしゃっとローブをおいてある所まで泳ぐ。
身体が酷く重たい。
水辺について、身体を水から上げると、濡れた服がさらに身体にのしかかってくるように重い。
― カツン
杖に寄りかかるようにしてなんとか身体を支える。
頭がぼんやりとしていて、視界もぼんやりとしてくる。
水から上がるのがやっとで、体力も魔力ももう殆ど残っていないのだろう。
カンっと音を立てて、手から何かが零れるのが分かった。
回収した水晶球だろう。
(この水晶球を禁呪のある場所に置きに行って、あと服を乾かさなきゃ。
このままじゃ、絶対に風邪ひく)
頭の中でそれが分かっていても、呪文を唱えることが辛いほどに限界だった。
ふらりっと身体が揺れる。
(あ、倒れる)
自分の身体のことなのに、頭の中では冷静にそう分析した。
冷たい床に身体が倒れこみ、痛みとひんやりとした感触がくるのだと思った。
だが、身体に触れたのは暖かな感触。
抱きとめられて、腕を”掴まれた”。
「レイ!」
レイは目を開いて顔を上げる。
聞こえるはずがない、聞き覚えのある声。
レイの身体を支える腕、心配そうに自分を見る顔。
「…ガイ?」
「大丈夫か?」
何故ここにガイがいるのだろうか。
ガイ達には先に街に向かってもらうようにしていたはずなのに。
いや、その前にここに向かってきたのならば、水晶球の守りの魔法の魔物はどうやって倒したのだろうか。
あの魔物は全て消滅させなければ倒せない魔物で、通常の物理攻撃ではダメージを与えることすら難しいのに。
(ああ、でも、ガイは倒してたよね)
道中であの魔物にレイがぼうっとしていて襲われた時、ガイは剣で魔物を倒した。
”気”というのを使ったのだろう事は分かるが、よく倒せたものだと思う。
「レイ?」
反応のないレイにガイが声をかけてくる。
「ガイ、お願い…していいですか?」
レイはガイの腕を支えにして、ガイを見上げる。
触れているのに、こんなに近くにいるのに、今は避けられていないということが少し嬉しかった。
「魔力も体力も限界なので…」
「無理はするな」
「はい」
分かっています、と心の中で呟く。
喋ることも辛いくらいな状況なのだ。
状況の説明も何にもできないのは後で謝っておこう。
「服、だけ乾かさなきゃと思って…」
「いいから、無理してしゃべるな」
「はい」
くすりっとレイは思わず笑みを浮かべる。
「だから、後、お願いします」
濡れた服だけでもどうにかすればとレイはそう思っていた。
杖を軽く振り、暖かい風を呼ぶ。
ふわりっと暖かな風がレイとガイを包み込む。
水浸しのレイを抱きとめたことで、ガイも少なからず濡れてしまっただろうと思ったので、ガイも魔法に巻き込む。
『フィール』
小さなレイの呪文と共に、暖かな風がレイとガイの服にしみこんだ水分を霧散させる。
ふわりっと太陽の中に干してあったような暖かさを帯びた服となる。
乾いた、とそう実感したレイは安心して意識を手放した。
身体が休息を欲していた。
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