第二の土地05
魔物発生が起こった2番目の土地。
ここに出向くことで何か分かるかもしれないと思っていたものの、魔物の活性化が始まった初期の頃に大量発生した場所に残っているのは、魔物が発生してから生えた草だけだ。
第一の村のように、魔物発生をさせた人物がいつまでも残っているとは限らない。
「一応行ってみよう。何か見つかるという可能性も否定できない」
リーズのその言葉に、徒歩で向かうことになった。
着いた先は本当に何もない。
広がるのは草が生えるだけのいわば草原。
魔物が大量に発生した後は、魔物の瘴気を浄化しない限り、植物が育ちにくい土地となってしまう。
瘴気の浄化はファストから派遣された魔道士がやったのだろう。
浄化が上手くいかなければ、緑が戻るのは遅いが、ここの浄化をやった魔道士は優秀だったのか、緑がだいぶ戻ってきているようだ。
「リーズ、私はこっちを見てきますよ。思ったよりもここは広そうですし、手分けした方がいいでしょう」
「そうだね。俺とサナでこっちを見るよ。ガイはレイの方を一緒に頼むよ」
「ああ」
リーズとサナは左に、レイとガイは右へと別れる。
レイはリーズとサナをちらりっと見た。
2人は仲が良さそうに楽しく話しているようだ。
「リーズとサナは仲がいいんですね」
「初対面で、上の連中の愚痴の言い合いで意気投合してたからな」
「上の連中?」
「サナの場合は親父や口うるさい神官共、リーズの場合は頭の固い老魔道士のことだろ」
レイは首を傾げるだけだ。
王族でも貴族でもなく、自然はたくさんあったがかろうじて村と呼べる小さな集落で育ったレイには分からないことだ。
身分ある立場が大変だろうということしか分からない。
「ガイはそういう不満とかないんですか?」
ガイはレイと同じようにリーズとサナの方を見る。
「ないといえば嘘になるが、オレにとってそれは無意味なものだ。不満を述べた所で何が変わるわけでもない。父にとっても母にとっても、オレはただの道具だろうからな」
そう呟くガイの表情は怖いほど何も感情が感じられなかった。
レイはそんなガイの表情に悲しくなる。
諦めたような、望みを全て絶たれてしまったかのような表情。
「私にとって、ガイは仲間ですからね」
ガイはレイの言葉に驚いた表情をする。
「私に不満があったら言ってくださいね。性格を変えてくれとかだとちょっとすぐには無理ですが、ガイが不快になるようなことはしたくないので、嫌なことは嫌だって言って下さいね」
レイはガイが今までどうやって過ごしてきたかなど知らない。
だから、そんなことないとは言えない。
でも言える事はある。
今、レイはガイを大切な仲間の1人だと思っている、それを伝えればいいと思ったのだ。
仲間ならば互いのことを思い合うのが普通。
嫌だと思っていることはしない。
「レイは、そのままでいてくれればいい」
ガイはぽつりっとそう呟く。
小さな声だったが、その言葉はレイの耳にも届いた。
「はい」
レイはふわりっと嬉しそうな笑みを浮かべて、頷いた。
そのままの自分でいいと言われれば、やっぱり嬉しいものだ。
今の自分を認められたような気がするから。
犠牲は殆どなかったと言われている第二の土地。
魔物の大量発生があったからか、今はひと気は殆ど感じられない。
草だけが生え、生き物の気配も少ない。
「この場所は本来は森だったらしい」
「森、ですか?」
「サナ達と別れた場所からこの辺りは全て森で、森の中に村があったという噂がある」
「森の中に村、ですか」
少し離れたところに森が見える。
この辺りも森の一部だったとしたら、今見えている森は随分小さくなってしまったのだろう。
村があったとしても、今のこの状態では最初から何もなかったかのように、ここには何もないように見える。
「何もないわけでもなさそうだな」
「ガイ?」
ガイが何か気づいたようで歩き始め、レイはそれについていく。
少し歩いてレイも気づいた。
ガイが向かう方向にあるのは、何本も立てられた木の十字架。
盛り上がった土に刺さるように立てられたそれは、恐らく墓の意味を持つのだろう。
立てられた十字架は苔が生えているのか、小さな蔦が巻かれているのか、緑色になっているものがあって草と交じってよく分からなかったのだ。
「最近のものじゃなさそうだな」
「村があったという噂が本当だったのでしょうか?」
「恐らくな」
太めの木の枝を切って、紐で縛って十字にしたものを立ててある。
全て誰かが作ったものなのだろう。
墓に小さな白い花がいくつか供えられ、墓の周りには小さな花も咲いている。
見回せば全ての墓に同じ花が供えら、同じような小さな花が咲いている。
誰かが種をまき、花を供えたのだろう。
「誰かが来ているようですね」
「親族かそれともこのにあった村に関係があった者か」
「親族よりも、昔村に住んでいた人とかという可能性の方が高そうですね」
「そうだな。親族ならばここに村人”全て”の墓は作らないだろう」
ガイは存在する墓を見回す。
立てられた十字架の数は数十。
小さな村であったとしても、その犠牲は少なくない。
立てられた十字架の数が亡くなった村人の数と同じであると考えていいだろう。
「ここのお墓を大切に思っている方がいるのは確かなようですね」
レイはすぅと虚空から杖を取り出す。
「レイ、何をするつもりだ?」
「ここに眠る人達が少しでも安らかに眠れるように、浄化と護りの魔法でもと思いまして」
レイは少し悲しげな笑みを浮かべる。
自分に出来るのはそのくらいしかない。
魔物の大量発生の名残と思えるほんの少しの瘴気と、ここが荒らされないようにする為の護りの魔法。
広範囲に渡るものだが、レイにとってはそう難しいことではない。
自己満足にしか過ぎないかもしれないけれども、何かしておきたいとレイは思った。
銀色の細い杖を、多数の墓に向けて振る。
浄化と護りを彼らに。
「レイ!!」
呪文を紡ごうとしたレイの名を、ガイが厳しい声で呼ぶ。
ガイの声の厳しさの意味が分からず、ふっと顔を上げたレイの視界を塞ぐかのようにガイの背が見えた。
ギィン!
金属がはじかれるような音が聞こえたと思ったら、ガイが鞘から剣を抜いて振りぬいたのが見えた。
何かに攻撃されたという事だけ分かった。
レイは風の簡易結果を自らの周囲に展開し、ガイに背を向けて警戒する。
危険に何も気づけなかった自分が許せなくなる。
何もいないと思いこんでしまっていた。
ガイがいなければ、確実に怪我を負っていただろう。
「消えたな」
ガイが警戒を解き、ぱちんっと剣を鞘に収めたのを見て、レイも警戒を解く。
手にしている杖を思わずぎゅっと握り締める。
ガイは自分の剣ではじいたものをひょいっと拾い上げる。
それは短剣と呼ぶには小さすぎる、小刀。
「毒もない、殺傷能力も低いものだな」
「私が狙われたんですよね」
「レイというよりも、レイの魔法を止めようとしたんじゃないか?」
「魔法?」
ガイはレイの杖にとんっと触れる。
「狙っていたのはレイの杖を持っていた方の腕だ。投げた相手の狙いが正確ならばの前提だが、腕にこんな小さな刀が刺さったところで、隙はつくれても致命傷には程遠い」
「ですが、私が使おうとした魔法はただの浄化と護りの魔法です」
「相手はそう取らなかったかもしれない」
杖を構え呪文を唱える前だったのだから、何の魔法を使おうとしていたのか、遠目では分からないだろう。
何か魔法を使う、という事だけしか分からない。
「墓荒しにでも見えたんでしょうか…」
レイは口元に手を当てて考える。
墓荒しに見えた、果たしてそうだろうか。
大切な墓で、他者に触れられたくないというのならば、何かをしようとしている魔道士に対して止めるために攻撃することもおかしくはない。
だが、レイは何か引っかかった。
墓を全て見回し、そして来た方向を見る。
「ガイ、その小刀が飛んできた方向は分かりますか?」
「もう気配はないが、あの辺りだな」
ガイが示したのは森のある方角だ。
ここから森は遠くはないが近くもない。
この距離を正確に狙えるとしたら、相手は相当腕がいいのだろう。
レイはしゃがみ込んで地面に手をつく。
土も大地からの魔力も、特に違和感はない。
レイは立ち上がって、杖をとんっと地に付ける。
魔力をざっと地に広げる。
周囲に悟られないように、薄く薄く探査の魔力を広げる。
レイはそれに集中して気づかなかったが、ガイの雰囲気が鋭いものへと変わる。
レイをかばうように移動し、森の方を睨みつける。
森の方角に小さな気配が1つ。
その気配は、レイが集中を解き杖を地から離すと、またふっと消えた。
「ガイ?」
「気にするな、もう消えた」
この場に魔法をかけられたくないかのように、どこの誰か分からない相手は反応するようだ。
薄く魔力を敷いてこの辺りを調べたが、呪文もなく魔力を薄く広げた探査では何も発見することが出来なかった。
「1度戻りましょう」
「ああ、その方が良さそうだな」
この墓に何かがあるのは確かだろう。
魔法を使おうとするたびに反応をしてくる相手。
それは何かの仕掛けなのかもしれないし、本当に誰かがそこにいるのかもしれない。
闇雲に手を出さない方がいい。
レイは手の中の杖をふっと消す。
レイは周囲の気配に敏感な方ではない。
それなりに気配を捉えることはできるが、剣士には敵わない。
だからこそ、こういう場所では警戒しるぎるほど警戒するべきなのだと思った。
先ほどのようなことが、またある事もあるだろうから。
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